一緒にお風呂に入りたいラギ監シリーズ04「おい、ラギー。テメェ、今なんつった?」
「だから…。オレとユウくんは、付き合ってないッスよ。」
いつものように荒れた部屋をせっせと片付ける。
まったく、キレイにしてもすぐ荒れるのはなぜなのか。
オレがこうやって世話してる時に、レオナさんから話しかけられることはめったにない。
大体あくびしてるか、寝てるか、だ。
今日は珍しく話しかけてきたかと思えば。
「お前、最近ヤケに草食動物と仲がいいじゃねぇか。」
「…そうッスか?」
レオナさんの話を適当に流しながら、オレは脱ぎ散らかされた服を拾う。
さっき片付けたばっかりなのに。
「んで、もうお前のモンにしたのか?」
「は?」
「とぼけるなよ。お前、あの草食動物と付き合ってんだろ?」
オレはぴたっと動きを止める。
何で急にこんなことを言い出したのか…。
ちなみに、オレとユウくんは付き合ってなんかいない。
けど…オレはユウくんのことが好きで。
「まだ、狩りの途中ッスよ…。」
始めは単なる興味だった。
異世界から来た少女。
魔法も使えない人間の女の子。
男子校に唯一の華。
彼女が入学してから、色んな意味で注目をあびていた。
どんだけ見てみぬふりをしたって、彼女のことが耳に入ってくる。
例の連続傷害事件の時、オレは嫌われたと思っていた。
自分がやったことに後悔はない。
スラムじゃもっとひどいこともしてきたし。
なのに、ユウくんは始めこそおそるおそるだったけど。
ラギー先輩、といつからか慕うように呼んできた。
「動物言語学がどうしてもできなくて…。」
ユウくんに耳があったら、さぞかしぺしゃんこになっていただろう。
それくらい落ち込んでいる姿を見て。
「オレで良ければ、特別友情価格で教えてあげてもいいッスよ。」
なんて。
半分はイタズラ心から。もう半分は…スラムのチビどもに重なったから。
勉強を教えるなんて言い出しちまった。
今思えば、これが始まりだったかもしれない。
ユウくんはそれはもう嬉しそうに笑って。
体が折れちまうんじゃないかというくらい頭を下げてお礼を言ってきた。
なんつーか…調子が狂うっつーか、毒気を抜かれるっつーか…。
それからも、オレが教える度に。
「ラギー先輩は優しいですね。」
なんて言って…またふわっと笑う。
オレは優しくなんかないのに。
ユウくんに言われると…くすぐったい気持ちになる。
「あの…いつも教えていただいているお礼に、ドーナツ、作ってきました。」
ある日、良かったら、と遠慮がちに袋を差し出してきた。
断る理由もないし、ありがと、とお礼を言って受け取り、早速食べてみると。
…これがまた絶品で。
「うまっ…!!」
「!!良かった…!」
ばあちゃんのドーナツとはまた違う、なんだか優しい味だった。
無我夢中で食べていると視線を感じて、ユウくんの方を見ると。
「そんなに勢いよく食べていただけるなんて…作った甲斐があります。」
なんて…またキレイに笑うから。
手に入れたい、って思っちまった。
その笑顔を、オレだけに見せて欲しい。
オレだけの名前を呼んで。
オレだけを見て欲しい。
そこから、オレの狩りが始まったッス。
それからユウくんには、動物言語学以外の勉強も何度か教えて。
ユウくんはお礼にあの絶品ドーナツを作ってきてくれる。
いつの間にか、昼休みに木陰で並んで座って、勉強したり雑談したりすることが日課になっていた。
ユウくんは本当によく笑う。
花が咲くような…なんてキザな言い方ッスけど。
笑いかけられると、心があったかくなって。
…それと同時に手に入れたいという気持ちがうずく。
そんなある日、ユウくんは猫の言葉を教えてくれと頼んできた。
何でか?と聞くと、少し頬を赤らめて。
「あっ、あの…よくここに猫が来るんで…えっと、話せたら、いいなぁって…。」
確かに…レオナさんの世話をして遅れて来た時、大体は猫と戯れている。
楽しそうに笑っているユウくんにすり寄っている猫を見ると…無性に腹が立っちまうけど。
「それに…。」
「それに?」
「…っ!な、何でもない…です。」
うつむきながら、話しにくそうにしているところをみると。
…だんだん成果が出てる、って感じッスね。
あぁ…はやく…。はやく、欲しいなぁ。
それからオレは、頼まれたとおり、猫の言葉を教えて。
ユウくんは必死に勉強する。
とはいえ、元々マジメなんだろう。
壊滅的だった猫の言葉も、最近は上手く話せるようになっていた。
ユウくんが教えたばかりの猫の言葉で「ありがとうございました」とお礼を言ってきた時には…かわいすぎて、うっかり食っちまうかと思った。
「おい、ラギー。お前、まさかくだらないことで悩んでんじゃないだろうな?」
しばし過去に思いをはせていたが、不機嫌なレオナさんの一言で呼び戻される。
くだらないこと、というのはきっとあれだ。
「…言ったのは、アンタでしょうが。」
オレは、ゴミ溜め育ちのハイエナだ。
以前レオナさんが言ったことだ。
この事実がくつがえることは絶対にない、と。
ユウくんとオレは違いすぎる。
そもそもここは王子さまやお坊っちゃま、芸能人と粒揃いなのに…オレみたいなヤツを選ぶだろうか。
それにもし受け入れてくれたとしても、嫌われ者のハイエナと一緒にいることで、ユウくんに迷惑をかけるかもしれない。
考えれば考えるほど踏みとどまってしまって…オレは気持ちを伝えられずにいる。
そんな行き場のない気持ちをぶつけるようにレオナさんを睨みつけると、はぁーっと深くため息をつかれた。
「オレと草食動物を一緒にするな。少なくとも、オレとあいつとでは考え方が違う。」
レオナさんは面倒くさそうに体を起こす。
そんなこと、分かってる。けど…。
何も言わないオレを見て、レオナさんは頬杖をついて、ニヤリと笑った。
「それに、お前とあいつが同じ考え方とも限らないだろ?」
「…!!!」
そうだ…。
オレは、もしかしたら重大なことを見落としているかもしれない。
ユウくんはこの世界の人間ではないのだ。
つまり、この世界の常識なんて知らない。
ハイエナがどんなに忌み嫌われている存在なのかなんて…知らない。
それにオレは…オレのことしか考えられていなかった。
もしかしたら、ユウくんは…。
「分かったらとっとと行ってこい。万一失敗しても、骨くらい拾ってやる。」
しっしっと追い払うように手を振ると、レオナさんはごろんっと背を向けて寝転がった。
この人はいつもそうだ。
(優しさが分かりにくいんスよ。)
心の中で皮肉とお礼を言って、オレは全力でいつもの場所へと向かった。
校庭のはずれにある木陰。
少し遅くなっちまったけど…ユウくんの声が聞こえる。
それともうひとつ。
『どうしてその彼には、気持ちを伝えないの?』
確かユウくんが最近よく話している…リリィとかいう猫の声も聞こえた。
そっと近付いてはいるが、おそらくこの猫には気配を気付かれただろう。
さぁーっと風が吹き抜けて、その風がユウくんの小さな吐息をオレの耳に届けた。
『私は…この世界の人間じゃないから。本当は伝えたいけど…私はいつかいなくなるかもしれない。そうなったら…辛いから…。だから、この気持ちはしまっておくの。』
オレはその場に立ち止まった。
やっぱり…ユウくんは気にしてたんスね。
この世界の人間じゃないこと。
いつか元の世界に帰ってしまうかもしれないこと。
…オレにとってそんなことは関係ない。
どこへ行ったって…必ず捕まえてみせる。
狙った獲物は、逃がさねぇッス…。
オレは舌なめずりをして、ゆっくりと近付いていく。
『でもね。彼のことを思うだけで…すごく、幸せな気持ちになれるの。』
泣きそうな声でユウくんは言う。
けど、きっと今、無理して笑っているだろう。
ユウくんの背中越しに、白い猫と目が合った。
チリンっと胸元にある鈴が鳴る。
あともう少し…。
オレは人差し指を唇にあてて、猫へと目配せする。
ふっと猫が微笑んだ、その時。
『それに、少しでも伝えちゃったら、あふれちゃいそうだから。』
…かかった。
今だと本能が叫び、自然と口角が上がる。
ユウくんと話していた白い猫は、ユウくんには難しい言葉で『ですって。』と伝えてきた。
オレは口の動きだけでお礼を伝える。
猫はユウくんに一言だけ話して、鈴の音を残しどこかへ行ってしまった。
「ユウくん。」
できるだけ優しく、いつも通りに呼びかけたつもりだった。
けど、ひどく甘い声が出たように思う。
「えっ…?」
ユウくんが振り向くのが、すごくゆっくりと感じた。
本当は強く抱きしめたい気持ちをぐっと抑えて、壊れないように…逃げられないように抱きしめて。
…捕まえた。
「ラギー…先輩…。」
一度体を離すと、大きな瞳いっぱいにオレが映りこんで。
そんなに驚いちゃって。かわいいの。
「オレ、ユウくんのこと…好き。」
「??!」
自然と言葉が出ていた。
ユウくんの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
あぁ…かわいい。
「ユウくん、だぁーい好きッスよ。」
さらに驚いて口をパクパクするユウくんは、やっぱりかわいくて。
オレはもう一度ぎゅっと抱きしめる。
そして真っ赤な耳に唇を寄せて…。
さぁ、狩りの仕上げの時間ッスよ。
「ね、ユウくんの気持ち、聞かせて?」