①出発と到着(sideマレンゴ)
日曜日。
「マル、準備は…」
「できてる。今行く。」
今日、俺はこの船を降りて故郷に帰る。ナインズは左腕替わりの付き添いだ。
あらかたまとめておいてもらった荷物を持ち、ロビーに出ると見送りのためか見知った顔が並んでいた。各々が別れの挨拶等何か一言ずつ述べていき、俺はそれに適当に応えていく。流れ作業的にやり取りは進んでいった。
───────
(sideプレクシア)
……とうとうこの日が来てしまった。
師匠が目を覚ましたあの日から少し経って、いよいよここを離れる日。
ハロルドさんと一緒に、どこへ行ってしまうのだろう。
きっと、私の知らないどこか遠く。
「……師匠!」
意を決して呼びかければ、真っ直ぐにこちらを見てくれた。
「師匠、本当にありがとうございました。師匠のおかげで私は今生きてここに立っているし、きっと前より身も心も強くなれたと思っています。だから……安心してここを発ってください」
「おうよ。相変わらずいちいち仰々しいな…」
いつもとなんら変わらない様子で、師匠は鼻で笑って返す。
普段通りの師匠で少しほっとした。
……これなら、私もきちんと伝えられそう。
師匠の隣にはハロルドさんがいるし、周りにも人がたくさん。
それでも、今が最後のチャンスだから。
「それで、その……師匠、私…………!」
意を決して口を開いたはいいものの、もごもごと口ごもってしまう。師匠はそんな私に訝しげな表情を向ける。
だめ、ちゃんと伝えないと。
もう会えなくなってしまうのだから。
もう一度深く深呼吸をして。
大丈夫、伝えられる。
「わたっ、私!ししょ…マレンゴさんのことが、す、好き!です!そのっ、えっと、ひとりの男性として、恋をしています!!」
「…」
一瞬の静寂。なんだか時が止まったような感覚がした。恐る恐るマレンゴさんのことを見上げれば、訳がわからないといった表情だった。
「……」
「……あ?」
呆れた、というより本当に状況がわかってないような様子。
……そんな反応をされると困ってしまうのだけれど。
「オイ…今日はエイプリルフールだったか?」
「いや。確かにここは宇宙だから日付感覚が曖昧になるが、ワタシの記録を見る限りだとおそらく今は11月頃で、エイプリルフールではないはずだよ」
マレンゴさんに尋ねられたハロルドさんがはっきりと答える。
エイプリルフールって……つまり……
「う、嘘じゃありません!本気です!!」
慌てて反論する。なんというか、こういう反応はマレンゴさんらしいといえばそうなのだけど……私だって真剣なのだから、ちゃんと伝わってくれないと困ってしまう。
「……ハァーーー……」
マレンゴさんが眉間をつまみながら大きく溜息をつく。今度こそ、心底呆れたといった様子で。
「…んでお前はそれを今言うんだ…?女ゴコロってヤツはほんとにわかんねぇな…」
「ずっと言えなくて、でも、もう会えなくなるなら最後に気持ちだけでも伝えて区切りをつけたかったんです」
そう。
告白して、恋が叶って結ばれてなんて、そんなのはありえないってことはわかっていた。
マレンゴさんにとって自分は乗り合わせた船員のひとりでしかないし、口うるさい押しかけ弟子でしかない。
ただ、この気持ちを隠して無かったことにしてしまうよりもちゃんと本人に伝えたかった。
伝えて、終わりにしたかったの。
全部、私の独りよがり。
「いやお前はそれで良いかもしれねぇがな、伝えるだけ伝えられた俺と周りのヤツらはどんなツラしてりゃいいんだよ」
「マル」
呆れ笑いでそう言ったマレンゴさんをハロルドさんは嗜めてくれたけれど、私はその言葉にハッとした。
最後に全部伝えなきゃって必死で、周りにたくさん人がいることをすっかり失念していた。
「そ、それは……!その、そこまでは考えが回らなかったというか……」
素直に口に出す。周りに人がいることを意識すると途端に顔が熱くなってきた。
少し何かを考えていた様子のマレンゴさんが、もう一度口を開く。
「……嬢さんが気持ちに区切りつけるつもりなら、どうであれ告白に応えるなんて野暮なことはできねぇな?」
そうして、一歩、私に歩み寄って、
「だから、これは餞別だ」
その大きな右手で、私のことを抱き寄せた。
心臓が跳ねる。
胸の奥の方から、かぁっと熱いものが湧き上がってくる。
あぁもう、どうして。
どうしてあなたは。
「こん、な、ずるいです……!ずるいです!!諦めなきゃって心に決めてきた、のにっ…!」
恥ずかしいだとか、嬉しいだとか、苦しいだとか、いろいろな感情が湧き上がって視界が潤む。
全てを諦めて終わらせるつもりで来たのに、これじゃあ好きって気持ちがいつまでも消えてくれないじゃない。
「ちょっと黙れ。」
耳元でマレンゴさんの声がして、ぶわっと背筋がこそばゆくなる。
どんなに静かにしたくても、心臓がうるさくてちっとも治ってくれない。
「……1回しか言わねぇからよく聞け。
……_____________」
……その声は小さくて、きっと、私にしか聞こえていなかった。
マレンゴさんが、私にだけくれた言葉。
……やっぱり貴方はずるい人です。
あまりにも優しい声が、最後にくれた言葉が、私の心をいっぱいにしてしまって堪らずに涙が溢れた。マレンゴさんの前で泣くのはこれで2回目。
好きって気持ちと一緒に、涙が溢れて溢れて止まらない。
そっと体を離したマレンゴさんが、くしゃくしゃっと私の頭を撫でる。「子どもじゃないんですよ」と照れ隠しをする余裕すらないほどぼろぼろに泣いている私に、マレンゴさんは心底優しく笑いかけた。
その笑顔はきっと、恋情なんかじゃない純粋な愛情からでたもの。
私はそれで充分。これでよかったんだ。
マレンゴさんの腕を離れた私があんまりぼろぼろ泣くものだから、何を言われたのかと周りの人たちに心配されてしまった。
嗚咽の隙間から必死に声と笑顔を絞り出す。
「……すごくいいこと、言われました」
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(sideマレンゴ)
星座や役員の奴らに別れを告げ小型の宇宙船に乗り換えて二人席に着く。
お互い落ち着いた頃を見計らって口を開いた。
「そういや返し忘れてた。忘れもんだ。」
ポケットをまさぐり、あのやたらと書きづらい万年筆を机の上に出す。
それを手に取ったナインズは、安心したような…何かを思い出してすっきりしたような顔をした。
「ありがとうマル。ずっとこのペンを探していたんだ。」
その顔を頬杖をつきながら眺める。
「壊れてんだかなんだか知らねぇが…なんでまたそんな書きづれぇもん使ってんだ?」
「いや、壊れてはいない…と思う。ワタシも正直に言うと手に馴染まなくて書きづらいんだが…何故かいつの間にか手に取ってしまうし、無いと落ち着かなくなるんだ。これに関してはワタシにも分からないんだけどね。」
そう言うと、奴は戻ってきたペンでまたメモを取り始めた。
「(『分からない』っつーか、忘れてんだろうな)」
少し呆けていると、質問を投げかけられた。
「これから行くが、マルの故郷はどんなところなんだ?」
「…どんな……」
数ヶ月前までの生活を振り返る。
「…静かだな。長ぇ間戦争してたせいで人も建物もろくに残ってない。公共交通機関も放送局も壊滅したから移動はだいたい徒歩になるし、テレビは見れねぇ。あー、水と電気はかろうじて使えるが…まぁ国全体がド田舎になったようなもんだ。」
自分で言っておいて改めて酷い有様だと思った。戦争さえなければ、普通に発展していくはずの国だっただろう。
ナインズは俺の話を聞いてスラスラとペンを動かしていく。
「ふむ。なに、問題ないさ。歩くのは好きだし、テレビが映らなくとも話はできる。建物があまり無いとなると食料面が心配だが…」
「ちょっと歩きゃスーパーか薬局くらいならあんぜ。それに…こちとら一応軍人の生き残りなんでな、周りからの待遇は良い方だ。生活する上で心配するようなこたぁ恐らくねぇ。」
「ところでアンタはどんだけ滞在してくつもりなんだ。」
ピタリとメモを取る手が止まった。
「そういえば考えていなかったな…。いつまで滞在して良い?」
「それを俺に委ねていいのかよ。3日でやることやって帰れって言うぞ。」
すると目の前の男は急に苦虫を噛み潰したような顔になり、重そうに開けた口からは捻り出したような声が出た。
「……………いや…すまない。…そうだな………流石に3日間だけでは無理があるだろうから…1週間くらいか?」
あまりにも素直なその様子に思わず鼻で笑ってしまう。
「…ハッ、まぁ1週間ありゃ腕も治るだろうしな。じゃあ頼むぜ、世話係さんよ。」
そんな調子でポツポツと適当な会話を続けた。
〜故郷着いてから~
ガタンッ
どうやら目的地に着いたらしい。
操縦士に扉を開けられ、荷物を持って外へ出る。
もう見ることはないと思っていた…数ヶ月ぶりの故郷の夜空は相変わらず星がよく瞬いている。深く呼吸をすると、あの宇宙船内よりもよっぽど空気が澄んでいるように感じた。
…そして宇宙船では季節の概念などなかったのですっかり失念していたが、今ここは冬だった。
「…………クッッッソさみぃ……」
「……………マル、流石にキミの故郷がこんなに寒いのは聞いていなかったぞ。」
「………うるせぇな…忘れてたんだよ。オラさっさと家向かうぞ。」
「痛っ………そうだな。このまま風邪なんて引いたら元も子もない。」
文句を言うナインズの背中を叩き、2人でそそくさと仮屋まで足を運んだ。
〜
鍵を差し込み、回し、抜き、戸を開ける。久しぶりの動作だ。あっちじゃあカードキーが主流だったから。
入ってすぐにストーブにほんの少し残っていた薪を放り込んで火をつけ(てもらい)、暖を取った。
手を擦りながら揺らぐ炎をじっと見つめていると、ふと気づいた。
「あぁそうだ、忘れてたな。家には客用寝具がねぇから、各々ベッドかソファ使うことになんだが…」
「アンタがベッド使え。俺の腕の代わりに働いてもらうんだから身体痛めてもらっちゃあ困る。別に俺はどこでも寝れるしな。」
「いくらワタシが招かれた方だとはいえ、怪我人のキミを差し置いてベッドを使うなんてできないよ。ワタシがソファで寝る。」
「あ?家主の言うことに従え。」
「断る。その家主を世話するのはワタシだよ。そもそもキミがソファで寝たとして、治りかけていた怪我が酷くなったら誰が世話を見ると思っているんだね?」
「だーからアンタが世話見ることになんだから体調万全にしとけつってんだろうが。」
……あーーーーー………
コイツ本当にめんどくせぇ!
それからしばらく不毛な口論が続いた。
このやたら頑固でああ言えばこう返してくるような男に口で勝てる訳もなく、もちろん折れたのは俺の方だ。
「……あ"ー…分かった分かった。少なくとも腕が治るまでは俺がベッド使うが、その間文句のひとつでも言ってみろ、ぶん殴るからな。」
指差した先にいる男は腕組みの姿勢を保ったまま言った。
「ワタシが他人の家で文句なんて言うわけないだろう。分かった、怪我が治ったらまあ、……その時はまた話し合おう。」
まだ『話し合い』という土俵を譲らないあたり、コイツには100自分が引く気がないことがわかる。
ナインズは俺の顔を見て何か察したのか
「言っておくが、引く気は無いからね」
と付け加えた。
「このクソ強情野郎…」
押されっぱなしも何か癪に触ったので少し悪態をついておいた。
その日は夜も遅かったのと、長時間の移動でお互い疲れていたので特に荷解きもせず、俺はベッドで、ナインズはソファで睡眠を取った。