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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

    ☆quiet follow

    恋願う。
    🎈くんが割と最低なのでご注意。🎈くんの性格が悪い。そして☆くんがほぼ女装状態。続くかは分からない。
    苦手な人はやめた方が良いです。

    恋願う。「いらっしゃい、天馬くん」
    「……ん…、ぉ、邪魔、します…」
    「そんなに固くならないでよ」

    する、と滑り込むように手が触れ合い、そっと握られる。その“慣れた様子”に、ほんの少し胸の奥が ぎゅ、と苦しくなった。引かれるままに靴を脱いで家の中に踏み込む。靴を揃える暇さえ与えられず、少し強引に奥の部屋へ手を引かれる。
    終わった。これでもう、この関係もおしまいだ。死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで、握られる手を強く握り返す。以前よりもすっきりした雰囲気の部屋は、オレの為に整えられたのだろう。掃除嫌いの神代らしくない気遣いが、今は心苦しい。
    真っ直ぐ誘導されたベッドに、促されるまま座る。雰囲気なんて、あって無いものだろう。神様が居るのなら、今すぐ助けてほしい。

    「…ぁ、の……、神代、くん…?」
    「なんだい? 天馬くん」
    「……ぃ、今更、かも、しれんが…、今夜は、その……」
    「おや、また“お預け”なんて寂しい事は言わないでおくれよ?」
    「ぅ……」

    当然のように却下された一縷の望みも潰えてしまい、退路が完全に絶たれてしまった。
    肩に掛かる長い髪を指で払われ、襟元のリボンがゆっくりと引かれる。ギッ、とベッドのスプリングが軋む音に、心臓が大きく跳ね上がった。冷や汗が背を伝い落ち、視線が泳ぐ。
    くぃ、と指先が顎を掬い、顔を上へ向かされた。真っ直ぐオレを見下ろすその顔が、楽しそうに細められる。

    「今夜は長くなりそうだねぇ」
    「……ぁ、はは…、そう、ですね…」

    意味深な言葉に、乾いた笑いが零れる。帰りたい。今すぐ逃げ出して、何事も無かったことにしてしまいたい。けれど、この状況を作ってしまったのは自分な為、言い訳もできない。色々な意味でドキドキする心臓を手で押え、打開策を模索する。が、そんな時間を与えてくれるはずもなく、にこりと笑う神代がオレの肩を軽く押した。

    「それじゃぁ、まずは脱いでおくれ、天馬くん」
    「…う゛……」

    単刀直入に言われた言葉に、オレは顔を引き攣らせた。

    ―――

    遡ること一年と少し前。
    社会人十年目にして、高校の同窓会が開かれた。学年全員が集められた大きな同窓会だ。当然知っている顔と知らない顔がある。大きな居酒屋を貸し切ったその同窓会は、会が始まって1時間もすれば皆酔ってテンションがおかしくなっていった。当然、オレも相当酔っていたのだろう。会場は突然歌い出す同級生もいれば、踊り出したり泣き出したりのどんちゃん騒ぎだった。そんな中あれよあれよと元同級生の女子達に着せ替え人形よろしく好き勝手され、出来上がったのが周りの女子に負けず劣らずの美少女だった。ウィッグと少し丈は短いもののの着れてしまったワンピース。薄めの化粧にも関わらず映えてしまう自分の顔に、気分が良くなったのだけは覚えている。
    酔ったテンションで調子付いて元同級生達にお酌して回ったのは辛うじて覚えているが、そこまでで記憶が無い。

    「おはよう、天馬くん」
    「………は…?」

    気付いた時には朝になっていて、知らない部屋の中にいた。床はかなり散らかっていて足の踏み場もないその部屋の主は、くぁ、と欠伸を一つしてオレに上着を渡してくる。それを流れで受け取って、呆然と部屋の中を見回した。
    同窓会は、あの後どうなったのか。何故、ここに居る? それに、目の前の男の顔には見覚えがある。派手な藤色の髪と月の様な瞳、オレよりずっと高い身長。脳裏に浮かびかけた低い声音に重ねて、目の前の男が「ねぇ」と声を落とす。

    「早く着なよ」
    「……へ…?」
    「それ」

    それ、と指差されているのは、先程渡された上着の事だろう。視線を下へ向ければ、オレのでは無い男物の大きなパーカーを持たされている。そして、そんなオレの格好は、キャミソールというのだったか? 白くて薄い布一枚と、ショートパンツのみだ。やたらと肌寒く感じたのはこのせいなのだろう。全て昨夜借りた服だと思い出し、次の瞬間、ぶわりと顔に熱が集まった。

    「す、すすすすまんっ…!!」
    「それを着て、今日は帰りなよ。僕の連絡先はこれに書いたから、後で送って」
    「…れ、連絡先……?」

    荷物は玄関にあるから、と短くそう言って、男が立ち上がる。床に落ちている服を着て気怠そうにキッチンへ向かう後ろ姿を見ながら、オレは首を傾げた。
    昨夜着せ替えられた際にオレが着ていたワンピースも、床に落ちているようだ。いそいそと渡された上着を着れば、ふわりと嗅いだことのない匂いがする。洗剤の匂いだろうか? 結構好きな匂いだ。すん、すん、と袖を鼻先に付けて匂いを嗅ぐオレの方へ、男がくるりと振り返る。頭が重たい気がして手で触れると、自分の髪質と違う長い髪に手が触れた。

    「付き合うんだよね? 君の方から告白して、家にまでついてきたじゃないか」
    「………こ、くはく…? 付き合う…??」

    意味が分からない。告白とは、なんの事だ。付き合うと言うのは、男女交際の事か? オレは男だぞ。
    訳が分からず目を瞬けば、長い前髪を乱雑に掻き上げて、男がそっと息を吐く。

    「呼び方は好きにしていいよ。神代でも、類でもどっちでもいいから」
    「……かみしろ、るい…?」
    「門限が厳しいんでしょ? 早く家族に連絡して、帰った方がいいよ、天馬くん」
    「…………ぇ…、は…?!」

    聞き覚えのある名前に、目を瞬く。素っ気ない態度とは裏腹に、優しく微笑むその顔は見覚えがあった。沸騰するのではないかと思う程に一気に顔に熱が集まり、慌てて立ち上がる。
    脳裏に、十年以上前に聞いた『悪いけど』という言葉が突然蘇った。

    「か、かかか“神代類”っ…?!」
    「……君、まさか酔い過ぎて昨夜の記憶がないのかい?」
    「か、帰るっ…!! お邪魔しましたっ!!」
    「…ぇ、…あ、ちょっと……!?」

    ベッドを転げ落ちるようにして降り、慌てて玄関の方へ駆け出す。入口付近に置かれたオレの荷物を掴んで、震えて上手く動かない手で玄関の鍵を開けた。バタンッ、と大きな音を立てて扉を閉め、そのまま廊下を駆け抜けエレベーターに飛び乗った。誰もいないエレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと下の階に降りていく。
    ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をしながら、その場にへたり込んだ。

    「よ、よりにもよって…まさか“もう一度”神代に告白したのか…?」

    両手で顔を覆い、あぁああああ…、と腹の底から唸るような声を出す。
    忘れもしない。高校二年生の時のあの出来事を、今更鮮明に思い出してしまった。

    人生初めての恋の相手である神代類に告白し、フラれた時の事を。

    ―――

    「消えたい……」

    ぐったりと机に突っ伏すオレの隣で、寧々が思いっきり溜息を吐く。『何があったの?』とオレの様子に気付いて声をかけてくれる寧々は優しいやつだ。高校時代からの仲でもあるので、大体の事情も知ってくれている。話しやすいのもあって、休憩時間だと言うのに誘ってしまった。

    「司、本当に“神代類”が好きだよね」
    「…何がどうしてこうなったのだ……」
    「良いじゃん。付き合う事になったんでしょ? 十年以上想い続けた御褒美じゃない」
    「いやいやいや、“女装したオレ”と付き合ってもらっても全然嬉しくないが?!」

    バン、と机を叩いて苦い顔をするオレを、寧々は呆れたように見やる。
    あの後自宅に帰って気付いたが、同窓会で施された女装姿のままであった。オレの髪色に似せたウィッグと、薄めの化粧は、違和感無くオレを女にしている。元々中性的な顔であったのも相まって、違和感が仕事をしてくれなかった。加えて、身長はそれなりにあるが、神代の方が身長が高いのでそこも誤解されたのだろう。悔しい事に、十センチ以上の身長差があるのだから。

    「連絡はしたの? アンタからしろって言われたんでしょ?」
    「……していない…、出来るわけが無いだろ…」
    「付き合うって話になってるなら、断るにしても付き合うにしても連絡しなきゃいけないでしょ。今なら酔っていてふざけました、で済みそうだし」
    「…それは、そうだが……」

    もごもごと口ごもれば、寧々がもう一度溜息を吐いた。
    連絡先を書かれたメモはある。一応確認もした。確かに『神代類』の名と、知らないアドレスが書いてあった。だからと言って、言われた通りに連絡を出来るはずもない。出来ない。向こうはオレを“女”だと思っているのだから。

    「嬉しくないわけ? 念願叶って、あの神代類と付き合う事になったのに」
    「………寧々は高校の時、なんと言われてオレがフラれたか知っているだろう…」
    「『男に興味は無い』でしょ? 司、相当ショック受けてたから、よく覚えてるわよ」
    「そうだっ! それなのに、酔っていたとはいえ女装して同じ相手に告白するなど、引かれてもおかしくないだろう?!」

    ぶわりと涙が込み上げてきて、咄嗟に両腕で顔を覆う。
    高校一年の時、隣クラスの神代に一目惚れした。当時は盛んな女性との交遊が噂されていてそれなりに悪目立ちした奴だったが、オレとは正反対のその姿が逆にかっこいいとさえ思っていた。憧れの様な想いだったが、確かにそれは“恋”だった。クラスが違った為に話しかけるきっかけもなく、一方的に想いだけが膨れてしまった結果、二年生の時に神代を呼び出して告白した。してしまった。
    人生初めての恋であり、一世一代の告白だったと思う。緊張もしたし、声だって震えていた。それでもオレなりに頑張ったのだ。だが、神代から返ってきたのは『悪いけど、男に興味は無いかな』という断りの言葉だった。

    (今思えば当たり前なのだが、あの頃は周りが見えていなかったのだろうな…)

    女性関係が派手だったから、少し期待してしまっていた。断られる事を想像もしていなかったから、その後は放心してしまっていて、よく覚えていない。ただ、神代の顔が見られなくて、隠れるように残りの学校生活を終えた。きっと、向こうはオレの顔など覚えてもいないだろう。この前の様子からして、名前すら覚えられていないようだったからな。
    はぁ、と深く溜息を吐くオレに、寧々が肩を竦める。

    「その神代類がモデルになってから、ずっと追っかけてるアンタの行動の方が引かれると思うけど」
    「こ、これは純粋にファンとして応援しているのであって、決してやましい想いでは……!!」
    「最悪な振られ方した相手のポスターを、堂々と部屋に飾れるアンタの神経の方がどうかしてるから」
    「ぅぐ……」

    呆れたような寧々の言葉に、何も言えなくなってしまう。
    高校卒業後、神代は正式にモデルとなった。今や雑誌やCMで見ない日が無いだろう程に有名な人気モデルである。女性との交遊も高校卒業後は一切していないという噂も聞いた。
    そんな神代の事を、あんな振られ方をしたにも関わらず諦めきれなかったんだ。否、アプローチをかけるつもりは一切ない。ただ、いつか他の恋をするまでは、陰ながら応援していたいと、そう思っていた。
    それなのに、何故こうなったのか。

    「とりあえず、一回会ってみれば良いじゃん」
    「…そうは言うが、オレは……」
    「で、大人になっても性格が最悪だって分かれば、さすがのアンタも諦めがつくでしょ」
    「………」

    飲み物を一気に飲み干した寧々は、「そろそろ休憩時間が終わるから」と先に席を立ってしまった。相談料として寧々の飲み物代も含めた領収書を手に取って、オレも席を立つ。会計を済ませてカフェを出て、そのまま職場に戻る。

    (……諦め、か…)

    『男に興味は無い』と、そう言われた時点で諦めなんてついている。否、この想いは消えないが、『付き合いたい』とは思っていない。陰で神代の姿を見ているだけで構わなかった。高校の頃のように。だから、接点など無くていいのだが、ここで連絡をせず無視するのも悪い気がしてしまう。

    (服も、返さねばならんしな…)

    あの日貸してくれた上着が、未だに部屋にある。洗濯はしたが、まだ微かに神代の匂いがする気がして落ち着かず、袋に入れてクローゼットにしまってしまったが。それを返すためだけでも、会うべきだろう。会って、あの夜の事を謝罪して、上着を……。
    そこで はた、と疑問が浮かぶ。ずっと気付かないふりをしていただろう、疑問が。

    「……ぁ、あの夜…、一体何をしたんだ…?!」

    ―――

    「こんにちは、天馬くん」
    「…………こ、んにちは、…神代、くん」

    もごもごと口篭りながら挨拶を返せば、神代が綺麗な顔で笑いかけてくる。その顔に、う゛っ、と低い声が漏れた。
    結局、上着を返さねば、という名目で、もう一度神代に会うこととなってしまった。念の為に女装もして、だ。バレる前に謝罪とお礼だけしてこの前のように逃げればいい。返すものを返して、二度と会わなければなにも問題は無い。
    顔を隠すためか頭をすっぽりと覆う帽子を被った神代が、ズラしていたマスク付け直す。すっ、と差し出された手を見て、目を瞬いた。

    「ぁ、上着ですよね…! これです! 色々とすみませんでした!」
    「…ありがとう」
    「それではこれで…!」
    「待ってよ。せっかくだから、お茶でもどうかな?」

    差し出された手を数秒見つめ、“上着を返せ”という事なのだと察した。すぐ、押し付けるように神代の手に上着の入った紙袋を手渡すと、反対の手で腕が掴まれる。眉を下げて軽く首を傾ける神代に、思わず言葉を飲み込んだ。お願い事をする子どものようなその顔に 頷いてしまいそうになるのをなんとか堪えて無理やり笑顔を浮かべる。

    「いえ、急いでますので……」
    「そう言わずに、少しだけ、…ダメかい?」
    「…ぅ……」

    ずいっ、と近付けられたその顔があまりに綺麗で、小さく呻く声が口をつく。滑るように両手でオレの手を掴む神代は、更に顔をオレの方へ寄せてくる。あまりに近い距離感に、心臓が大きな音を立て、顔に熱が集まった。今すぐに逃げ出したいのに、神代がオレの手を離してくれない。「天馬くん」とダメ押しのようにかけられたその声に、頭の中はパニック状態だった。
    じんわりと伝わる手の熱に、ぶわりと体が熱を持つ。気付けば、こくこくと縦に頷いてしまっていて、そんなオレを見た神代は にこりと笑った。

    「それなら、そこのカフェなんてどうかな?」
    「…は、はぃ……」

    あっさりと顔が離され、握られた手が引かれる。なんとも早い切り替えに呆気としつつ、引かれる手に従って神代と共に近くのカフェに入った。
    お洒落な内装と静かな雰囲気の店内を、神代は真っ直ぐ進んでいく。慣れたように奥の席にオレの手を引くと、隅っこのソファー席の方へ手を差し出される。「奥にどうぞ」そう言った神代の声は、優しい声音だった。言われるままに奥の席に座ると、神代が向かい側の椅子へ腰を下ろす。
    メニュー表がテーブルの上に置かれ、ぱらぱらと開かれた。

    「あの日は、無事に帰れたのかい?」
    「は、はい…」
    「それは良かった。連絡も中々来なくて、心配だったんだ」
    「あ……、すま…、すみません…」

    神代の言葉に、反射的に謝ってしまう。
    心配、してくれたのか。あんな風に逃げ帰ったオレを。会いたくないと、連絡を避けていた自分が情けない。昔フラれた事を引きずって、余計な心配をかけてしまった。悪いことをしてしまったな、と一人心の中で反省していれば、神代の指がメニュー表を指さした。

    「このカフェのオススメはケーキなのだけど、天馬くんも一緒にどうかな?」
    「…た、食べます……!」
    「甘いものは好きかい?」
    「そう、ですね…好きです」
    「良かった」

    ふわりと微笑まれ、思わず心臓が大きく跳ね上がる。
    この状況はなんなのだろうか。何故、あの神代類とカフェでケーキを食べるなんて話になっているのか。「チーズケーキが美味しいんだ」と話す神代の言葉に、「では、それで」と短く返す。

    (…まさか、引き止められるとは思わなかった……)

    上着を返して、それでおしまいだと、そう思ったんだ。こちらから引き止めなければ、何事もなく全て終わると。それなのに、神代はオレを引き止めた。カフェでお茶をしようと誘い、あの頃では見ることの出来なかっただろう優しい顔をオレへ向けてくる。
    その瞳に映る自分の姿は、“オレではないオレ”で、胸の奥が ちくっとした。

    (…オレが女であれば、…あの時の告白の返事も、変わっていたのだろうか……)

    こんな風に、お茶に誘ってくれただろうか。一時でも、神代の恋人になれたのだろうか。こんな顔で、笑いかけてくれたのか。
    そう思う程、なんだか落ち着かなくなってしまう。雑誌で見た神代類は、女性の理想を体現したかのようなかっこ良さで様々な服を着こなしている。同じ服を着た男性を見かける度に神代との違いを探しては、更に惹かれてしまう。
    こんな想いを抱いていると知られてはまずい。特に、オレが神代と同じ“男”で、女性が神代に抱く想いと同じ想いを持っている、と。それだけは、神代に知られるわけにはいかない。

    「…天馬くん…?」
    「ぁ、…な、なんですか?」
    「……考え事かい?」
    「…そ、うです、ね……」

    気まずくなってしまって、顔をそっと横へ逸らす。
    このままでは、緊張で余計な事まで口にしてしまいそうだ。そわそわとしながら注文したケーキを待つオレの方へ、神代が手を伸ばす。差し出された手に目を瞬き顔を上げれば、神代がふわりと柔らかく笑いかけてきた。

    「手、出して」
    「…ぇ、…ぁ、はい……」

    言われるままに手を出すと、その手が握られる。
    ドキッ、として顔を上げるも、神代は依然として柔らかい微笑みでオレを見つめてくる。まるで、“恋人”に向ける顔のように。
    繋ぐ手はテーブルの上から動かず、何をするでもなく神代の手に包まれたままだ。訳が分からず、神代の手と神代の顔を交互に見やる。じわりと熱くなる顔を じっ、と見つめられるのも、気恥しかった。

    「っ、…あ、の……手、…」
    「嫌かい…?」
    「い、嫌ではない、ですが……、困ります…」
    「何故かな? 僕らはついこの前恋人になったのだから、このくらいは当たり前だろう?」
    「………は…?」

    にこにこと当然の様にそう言った神代に、目が点になる。
    恋人になった、というのは、夢ではなかったのだろうか。いやいやいや、おかしいだろう。何故あの夜だけでそんな展開になるんだ。
    笑顔の神代は、変なことを言ったとは一切思っていないような顔をしている。それで余計に訳が分からなくなり、ほんの少し腕に力を入れて引いてみるも、何故か振り解けない。

    「…な、に…言って……」
    「おや。あの夜、そんな話をしたよね? 君の方から僕を好きだと言ってくれて、付き合おうか、って」
    「っ…?!」

    神代の言葉に、耳を疑う。
    確かに同窓会の翌日にも言われたが、正直同窓会の日の記憶が途中から全く無い。まさか、本当にそんな話をしたのだろうか。酔った勢いで告白をした…? 諦めると決めたのに。高校生の時、自分がどれだけ浅はかだったか思い知ったというのに。
    それなのに、あの夜オレは神代に告白してしまったのか? 神代がずっと好きだったと、打ち明けたのか? それを、神代が頷いたというのもまた信じられない。

    (………結局、女だと思われたから、告白も受け止められたということか…)

    本当に、自分は神代の好みでは無いようだ。と言うよりも、恋愛対象として見られていなかったということだ。ならば、やはり潔く諦めた方がいい。今のままでも十分満足はしているのだからな。
    店員さんが注文していたケーキを運んでくるのが見えて、ほんの少し手に力を入れる。と、それに気付いた神代が手を離してくれた。ホッと一つ息を吐いて、目の前に置かれたチーズケーキを見つめる。

    「……そ、の…、無かったことに、してください…」
    「…………何故だい?」
    「神代、くんとは、…付き合えない…」

    両手を膝の上に置いて、ケーキに視線を向ける。神代の顔を見て言う勇気はなかった。
    正直に言うと、まだ上手く状況が飲み込めていないが、心のどこかで嬉しいと思ってしまった。オレの名前を呼んでくれて、オレと向かい合って話してくれている。それに、手を握られるのも、ドキドキする。だが、これは全て“オレが女である”事が前提でなければならない。
    オレが女だと思っているから、神代は今こうして目の前にいるのだろう。

    「…高校の時に、僕が君の告白を断ったからかい…?」
    「ぇ、…違うっ…! オっ、…わ、私には、神代、くんは勿体ないから…」
    「………」

    眉尻を下げて悲しそうに笑う神代に、思わずほんの少し身を乗り出す。“オレ”と言いかけて慌てて“私”に言い直したが、違和感しかない。神代くん、と呼ぶのも慣れなくて難しい。けれど、接点の無かったオレが“神代”と呼び捨てにも出来ない。女装して女と偽っているなら尚更だ。
    あの時断られた言葉は、確かに衝撃的だった。後先考えずに告白したオレが悪いわけだが…。その事を恨んでいるわけではない。ただ、もう不快な思いはしたくないと、そう思っているだけなんだ。この想いが成就する事は諦めたが、陰でこっそり神代の活躍を見守っていたい。神代を騙すような形で付き合いたいとはどうしても思えないだけで、こうして真剣に向き合ってくれる事は嬉しく思っている。

    「…天馬くんって、普段は眼鏡なのかい?」
    「え……、ぁ、うん…」
    「そうなんだね。それなら、同窓会の日はコンタクトでもしていたのかな?」
    「ぃ、や、……一応、裸眼で…」

    話が急に変わって、戸惑ってしまう。何故、眼鏡の話になったのだろうか。
    中学の頃から眼鏡をかけ始めた。本を読むのが好きだった事と、細かい作り物も趣味でしていたから、目が悪かった。裸眼だと近い距離のもの以外はほとんどぼやける程度に悪い。何となく場所を察してぶつかったりはしないが、眼鏡をかけている方が楽に生活できる。同窓会の日は女性陣がオレに化粧をする際外して、そのままが良いと言われたからそうした。同窓会の翌日、神代の事が最初分からなかったのも、少しぼやけていたからだろう。

    「あの日の天馬くんも可愛かったけれど、眼鏡の君も魅力的だね」
    「んぇっ…?!」
    「あまりに可愛らしくて、ますます本気になってしまうよ」
    「…か、揶揄うでないっ…!!」

    あからさまなお世辞に対して、情けなくも ぶわりと顔が熱くなる。綺麗な顔で微笑まれるのも、聞いた事のない声で“可愛い”と言われるのも、心臓に悪い。“本気になる”とはなんだ?! そういう事を軽々しく言うでない! そんな事を言われたら、勘違いしてしまいそうになる。
    フォークで大きめにチーズケーキを切って、それをフォークで掬い、誤魔化すように口へ運ぶ。が、その途中で手が掴まれ、神代の方へ引かれた。

    「っ…?!」

    オレの使いかけのフォークのまま、神代がオレのケーキを目の前で食べた。目を伏せて、ケーキを一口で食べるその顔に、思わず息を飲む。掴まれた手に伝わる熱と、目の前の光景に心臓が早鐘を打った。
    伏せられた瞳がオレに向けられ、ゆっくりと細められる。数秒が何十分にも感じられるほど、神代のほんの少しの動きに目が奪われて、ドキドキさせられる。ケーキの無くなったフォークが神代の口からゆっくりと離れていく。

    「ご馳走様」

    そう呟いた神代の声音は、何故か甘い響きに聞こえた。
    かあぁ、と顔に熱が集まり、オレの手からフォークが落ちる。カラン、とテーブルの上に落ちたフォークはそのままに、掴まれた手は流れるように神代の手に繋がれる。指と指が絡むような、しっかりとした繋ぎ方に、呼吸すら忘れて固まってしまう。
    目の前で怒っている事が、理解出来ない。まるで夢の様な、ふわふわした感じがする。それなのに、心臓の鼓動は信じられない程早くて痛い。繋ぐ手が熱くて、溶けそうだ。
    気恥ずかしくなり片手で口元を隠せば、神代がオレの手を引いた。

    「本気だよ」
    「っ…」
    「天馬くんの事を、もっと知りたいんだ」

    繋ぐ手の甲に、神代の唇が触れる。
    映画やドラマのワンシーンでしか見ないような光景は、オレの妄想なのではないだろうか。優しいその表情と、じっ、とオレを見つめる月のような瞳に、言葉が出てこない。
    こんな事を言われたのは、初めてだった。

    (……胸が、苦しい…)

    胸の奥がいっぱいで、張り裂けてしまいそうな程苦しい。駄目だと分かっているのに、神代にそう言われてしまうと、頷いてしまいたくなる。好きだと、言いたくなる。もっと知ってほしいと思ってしまう。

    「少しでいい。僕に、時間をくれないかい?」

    寂しそうなその声音に、ぎゅぅ、と胸を掴まれたような気がした。
    駄目だ。これ以上はまずい。断って、連絡先も消さなければならない。男だとバレて引かれる前に、逃げないと…。
    はく、と一度開きかけた口が音もなく閉じる。息を吸って、震える口をもう一度開いた。

    「…す、こし、だけ…なら……」

    零れた言葉は、オレも予想していなかった言葉だった。
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