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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    恋願う。6

    もう少し続けようかと思ったけど、切る。
    楽しかった(*´˘`*)

    恋願う 6「適当に座っていてください…!」
    「ありがとう」
    「紅茶でいいですか?」
    「うん」

    ケトルでお湯を沸かしながら、マグカップを二つ用意する。ティーパックを開け、マグカップに入れてから、沸かしたお湯をゆっくり注いだ。それをリビングのソファーへ座る神代に手渡せば、笑顔で「ありがとう」とお礼が返ってきた。キラキラしたその笑顔に、思わず息を詰める。

    (…うぅ、…かっこいい……!)

    神代に会うのは久しぶりだ。きっと、あの映画デートの日以来だろう。連絡も無かったから、もうオレに飽きたのだと思ったんだが、どうやらそうではなかったようだ。態々家に来るとは思わなかったが、何か急用だろうか…。
    隣に座る勇気はなく、かといって正面に座る勇気もない。なので距離も取れる斜め前の床に座って、自分用のマグカップに口をつけた。息を吹きかけて冷ましながらちびちびと紅茶を飲むオレに、神代の視線が突き刺さる。

    (…何故、こっちを見るのだろうか……)

    落ち着かない。あの神代類がオレの部屋にいるだけでも現実味がないというのに、何故こんなにもまじまじと見てくるのか。非常に気まづい。さっさと話を終えて、逃げてしまいたい。
    そわそわとした気持ちで、ちら、と時計を見る。時刻は夜の九時を過ぎたところだ。さすがに時間も遅い。ぐぅ、とお腹が鳴るのを手で押さえ、黙ったままの神代へ顔を向けた。

    「…お腹、空きませんか?」
    「ぇ…」
    「夕飯がまだなので、良ければ、一緒にどうですか?」

    立ち上がり、緊張でぎこちなくなるも笑って見せる。目を瞬く神代は、黙ったまま頷いた。それを確認してから、オレはキッチンに足を向ける。
    ご飯は朝予約ボタンを押して炊いていたので大丈夫そうだ。鍋に市販の鍋スープを流し入れ、冷蔵庫からお肉と野菜を取り出す。それぞれを切って、鍋に入れて煮るだけの簡単な料理だ。豆腐もあったのでそれも入れる。それから、油揚げ。しめじも石づきを取って鍋に放り込む。蓋をして火が通るまで煮込めば、完成。
    客用の茶碗にご飯をよそって、取り皿もテーブルへ運ぶ。鍋敷きの上に鍋を置くと、神代がオレを見た。

    「料理が、出来るんだね」
    「簡単なものなら」
    「…君の手料理が食べられるとは思わなかったから、嬉しいな」

    箸を手渡せば、神代が手を合わせて「いただきます」と口にした。それを横目に、オレも手を合わせる。オレもまさか、神代と一緒に食事をすることになるとは思わなかった。
    取り皿に具をよそう神代から何となく目を逸らしつつ、頭の中を整理する。連絡が来なくなって三週間。まさか突然家に来るとは思わなかった。仕事が忙しかったというのは分かるが、何故突然家に来たのだろうか。女装とはいえ、オレと一緒にいる所を見られるのは、神代にとっても良くないはずなのだが…。
    神代が望んでいることは、何となくわかる。だが、進展しないオレを相手にするよりも、他の女性と付き合う方が良いだろう。態々オレを相手にするのは、何故なのか。
    黙々と食事をしながら、時折神代を盗み見る。神代も、何か言いたいことがあるのだろう。偶然目が合うも、すぐに顔が逸らされてしまう。その気まづい雰囲気が、余計に落ち着かない。どうしたものか、と思案していれば、神代が箸で油揚げを摘んだ。

    「鍋で油揚げなんて、初めて見た」
    「そうなのか? 結構美味しいんだぞ!」
    「…そうだね、スープの味をよく吸っていて、美味しいよ」
    「そうだろう! 野菜も柔らかく煮込んだから食べやすいと思うが…」
    「それは遠慮しておくよ」

    油揚げを食べる神代が、オレのススメをキッパリと断った。なんというか、とても早い返しだった。思わず目を瞬いてしまい、そんなオレを見た神代がふわりと微笑みかけてくる。ぶわりと顔に熱が集まり、慌てて顔を逸らした。豆腐を口に運ぶ神代は、先程から野菜を食べていないように思える。

    「…もしや、野菜が嫌いなのか…?」
    「僕の口に合わないだけだよ」
    「好き嫌いは良くないぞ。少しだけでも…」
    「美味しく食べられる君が食べた方が、野菜くん達も嬉しいだろう?」

    頑なに食べようとしない神代は、取り皿を守るようにオレから離す。無理矢理食べさせてもしょうがないと分かってはいるが、ここまで嫌がるとは。まさか、あの神代にも好き嫌いがあるのか。それも、野菜嫌いだなんてどこか子どもっぽい趣向に、思わず吹き出してしまう。
    くすくす、と笑うオレを見た神代は、ほんのりと頬を赤らめると食器をテーブルに置いてソファーをおり、オレの方へ体を寄せてくる。

    「君、今僕を馬鹿にしてるでしょ?」
    「…いや、…可愛らしいと思ってな…」
    「ちょっと……、…」
    「オレよりずっと大人だと思っていたが、存外子どもっぽい所があるのだな」

    学生の頃とは違い親近感が湧いて、先程までの緊張が解れていく。
    ずっと、手の届かない所にいると思っていた。女子に人気のかっこいい同級生。優しくて、オレなんかでは近付けない雲の上の存在。高校を卒業してからは顔を合わせることも無くなり、モデルになったと知った時はまだ冷めないこの想いに呆れた程だ。頭が良くて運動もできるし、見た目もかっこいい、人気モデルの神代類。女装して付き合う事にならなければ、きっと知らなかっただろう。
    くすくすと笑うオレの頬に神代の手が触れて、上へ向かされた。ふと、視界に大きく映る神代の顔に、ひゅ、と喉が乾いた音を鳴らす。

    「か、神代……?」
    「……そんな風に、笑うんだ…」
    「…へ……?」

    顔が近付けられ、更に視界が神代の顔で埋まっていく。じっ、と見つめてくるその瞳に耐えきれず、ずり、と後ろへ体を下げるも、神代も同じだけ距離を詰めてくる。頬に触れる手の熱が移って、顔が熱い。駄目だ、これでは、この前と変わらない。
    パッ、と自分の口を手で覆えば、神代は目を丸くさせた。オレが言いたいことを悟ったのか、頬に触れる手があっさりと離される。

    「…すまないね」
    「………ぃ、ゃ…こちら、こそ…」
    「ご馳走様。美味しかったよ」
    「そ、そそ、そうか…! それは良かった…!」

    まだ全然食べていないだろうに、神代は箸を置いてしまう。この気まづい雰囲気を戻そうとしてくれたのかもしれん。ソファーに座り直した神代に安堵して、オレも箸を置く。なんというか、食事を続ける気分ではなくなってしまった。残りは明日の朝ご飯にでもすればいいだろう。
    いそいそと鍋や食器をキッチンに片付け、片手間でお湯を沸かす。紅茶を淹れ直して神代に手渡せば、にこりと笑ってお礼を言われた。

    (…いつまで、いるのだろうか……)

    先程と同じ場所に座り直し、時計を ちら、と見やる。いつの間にか一時間近く経っていたようだ。明日も仕事があるので、あまり遅くまで起きている訳にもいかない。神代も忙しかったのなら明日も仕事があるのでは無いだろうか。紅茶のカップに口をつけて俯いていれば、カチャ、と陶器がぶつかる音が聞こえてくる。

    「…実は、君と最後にデートした次の日から、スマホが使えなくなっていてね」
    「……ぇ…」
    「連絡をしたかったのだけど、出来なかったんだ。今日、久しぶりにスマホに触れて君に謝ろうとしたのだけど、ブロックされていて、連絡が取れなくなってしまったから…」
    「ぁ…」

    神代の言葉に、ツキッ、と胸が痛む。
    見に覚えがある。神代から連絡が来なくなって、もう会わない方が良いと一方的に着信拒否した。モデルという職業の神代は、プライベートの時間などそう取れないだろう。分かってはいたが、飽きられたのだと勝手に決めつけて、オレが一方的に神代を拒絶した。連絡先さえ消せば無かったことになると身勝手にもそう考えて、神代から離れようと…。
    寂しそうな顔をする神代に、胸がちくちくと痛む。罪悪感に顔を顰めれば、神代がソファーから降りてオレの目の前に座った。

    「…連絡をしなかったから、怒っているかい?」
    「……そう、ではなく…、やはり、オレが神代と付き合うというのは、その…」
    「もう、僕を好きにはなれないかい?」
    「っ……」

    神代の問いに、思わず『違う』と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
    怒ってなどいない。怒るはずがない。オレの方が、ずっとずるい事をしている。神代に嘘をついて、騙し続けている。そうしてまで、神代ともう少し一緒にいたいと、思ってしまった。
    好きだと、言ってしまいたい。高校の時から変わらず、神代が好きだ。だが、それを言ってしまったら、更に神代を騙す事になる。離れるタイミングを、見失ってしまう。

    (……あの時のように、振ってくれればいいのに…)

    そうしたら、諦められる。こんな風に引き止められては、いつまで経っても諦めなんてつかないではないか。『興味が無い』と、バッサリ言い切ってくれ。オレではダメなのだと、はっきりと言ってほしい。そうしたら、幸せな夢を見たのだと、忘れられるのに。
    『好きではない』と、『好きにはならない』と、そう嘘でもいいから言えればいいのだが、それが言葉にならない。言いかけては口を噤んで、声にならない声に胸が痛くなる。お酒でも飲めば、口にできるだろうか。泣きそうな顔でオレをじっと見つめてくる神代に、開きかけた口をまた閉じた。

    「………」
    「…一つ、聞いてもいいかい?」
    「……な、んだ…?」

    先に沈黙を破ったのは、神代の方だった。
    ハッ、と顔を上げれば、少し気まづそうに眉を下げて神代が笑う。諦めにも似た苦笑に、オレは黙って耳を傾ける。

    「君が学生の頃に僕を好きになったきっかけを、教えてくれないかい? その…、やっぱり、顔、とか……」
    「…ぇ、……んー…、顔、と言われれば、まぁ、…そうかもしれんが…」

    突然そんな事を聞かれるとは思わなかった。以前、神代に告白したと言ったからだろうか。
    改めて聞かれると、少し照れくさいが…。
    何故か俯いてしまった神代を不思議に思いつつも、学生の頃の事をぼんやりと思い返す。多分、高校に入学してすぐの頃だっただろう。

    「笑った顔がきらきらして見えて、とても、優しい人なのだと、…そう思ったんだ」
    「…ぇ……」
    「花壇の水やりをする時、よく花に笑いかけていただろう? 初めて神代を見たのが、丁度その時だったんだ」

    今でもよく覚えている。水をやった後に花に手で触れて話しかけるその姿を。優しい人なのだと思った。みんなに人気者の、かっこいい同級生。オレとは住む世界が違う、雲の上の存在。そんな神代の、想像していたイメージとは少し違う一面を見て、『好きだ』と思った。

    「友だちでも良いから関わってみたいときっかけを探している内に、どんどん好きになってしまって、気付いたら、告白していたんだ」
    「……っ…」
    「『興味が無い』と振られた時は悲しかったが、今なら、オレでは神代に釣り合わないとはっきり理解して…」
    「そんな事はないよっ…!」

    神代の少し大きな声で言葉が遮られ、肩を強く押された。視界が反転し、背中が絨毯の上に押し付けられる。天井をバックに映る神代は、何故か顔を赤くさせてオレを睨むように見ていた。
    何故、神代が目の前にいるのだろうか。背中が痛いのは、何故なのか。肩が押し付けられているのは、何故だ。今オレは、どうして神代に押し倒されているんだ…?
    思考が止まったかのように状況が理解出来ず、瞬きも忘れて神代の顔を見つめ返す。ほんの少しズレた眼鏡を直す余裕すらないオレの目の前で、神代はゆっくりと息を吐いた。

    「…あの頃の僕がどう思って君を振ったのかは思い出せないけれど、少なくとも、今の僕なら君に『好きだ』と言ってもらえたら、嬉しいよ」
    「………ぇ…?」

    物語の台詞を読むように、静かな声だった。意味を理解するのに時間がかかってしまって、言葉を返せずにいるオレに、神代はまっすぐオレを見つめてもう一度口を開く。

    「僕は、君が良い」

    はっきりと、そう言われた。

    ―――
    (類side)

    『オレよりずっと大人だと思っていたが、存外子どもっぽい所があるのだな』

    そう言って笑う彼女の表情が、今まで見た中で一番“可愛い”と思った。
    愛想笑いや、困ったように笑う表情では無い。楽しそうに笑うその顔が、今まで僕が遊んできたどの女性達よりキラキラして見えた。僕へ向けられたその笑顔を見た瞬間、心臓が大きく鼓動して、思わず体が動いていた。もっと近くで見たい。もっと、その顔を僕へ見せてほしい。天馬くんの表情は、泣いた顔も、怒った顔も、照れた顔も、何故か全て鮮明に思い返せる。そんな彼女の表情の中で、その時見た笑顔が一番輝いて見えたんだ。

    (……触れてみたい…)

    丸くて柔らかそうな頬が、細くしなやかな指先が、服で隠された腰のラインも、僕より小さなその華奢な体も、彼女の全てに触れてみたい。そう思ったら、無意識に手が伸びていた。天馬くんの頬に触れ、赤く色付いた唇から目が逸らせなくなって、つい体が前に出る。
    けれど、彼女は自らの手で唇を隠して、僕を拒んだ。その瞬間、何故か胸の奥がズキンと痛くなった気がして、そっと彼女の頬から手を離した。

    (…何故、拒むのだろうか……)

    彼女の反応は、僕を嫌っているようにはどうしても思えない。そればかりか、意識してくれているようにさえ感じるのに、何故、拒むのだろう。
    この胸の落ち着かなさは、なんなのだろうか。平静を装って会話を続けても、その疑問ばかりが浮かんでしまう。触れようとする度逃げる彼女が…、そんな天馬くんに触れたくなる自分が、よく分からない。

    「もう、僕を好きにはなれないかい?」

    咄嗟に口をついた問いかけに、天馬くんが口をつぐむ。何かを言い欠けるように開いた口が、音を発する前に閉じられ、また薄く開いたかと思えば引き結ばれる。そんな彼女をじっと見つめながら、ちくちくと痛む胸元を手で掴んだ。
    何も言わないと言う事は、そういう事なのだろうね。そうなのかもしれないと、好意があるのではと思う態度や表情も、僕がそうであればいいと勝手に思い込んでいただけで、彼女のそれはもう、“恋”ではないのかもしれない。

    (だからあの時、“もう好きではない”と、言ったのかな)

    同窓会の日の彼女の言葉を思い出して、苦笑してしまう。あの言葉は、本心だったのだろう。それなのに、簡単に堕とせると高を括って、逆に僕が振り回されている。
    最初は確かに意地やプライドだった。けれど今は、それだけではないと分かる。こんなにも必死に彼女を引き止めようしている自分が、何を望んでいるか。

    「…一つ、聞いてもいいかい?」
    「……な、んだ…?」

    僕の問いに、彼女が顔を上げた。
    緊張した様子の天馬くんに、苦笑してしまう。

    「君が学生の頃に僕を好きになったきっかけを、教えてくれないかい?」

    ずっと気になっていた。天馬くんの名前や顔に見覚えがないというのが、不思議だった。同級生で、告白までされたというのに、全く覚えがない。これだけ惹かれる子なら、少なからず学生の頃でも惹かれたはずだ。それなら、ほとんど面識がなかったか、学生の頃と彼女の容姿が違うと考える方が自然だろう。面識がないとしたら、クラスが同じにならず、彼女が一方的に僕を知っていたという事もある。
    それなら、彼女が僕を好きになった理由は…。

    「その…、やっぱり、顔、とか……」

    自分で口にして、泣きたくなった。
    遊んできた子達が皆同じ理由だったから、きっと天馬くんもそうなのだろうとずっと思ってきた。思ってきたけれど、今それを肯定されてしまうのは、少し嫌だ。面識が無いならそれ以外に理由なんてないはずだけど、“かっこいい”という理由で僕に告白したのだと、そんな言葉を、彼女の口からは聞きたくない。

    「…ぇ、……んー…、顔、と言われれば、まぁ、…そうかもしれんが…」

    一瞬驚いた顔をした天馬くんは、首を傾けて小さな声でそう返した。その言葉に、ズキッ、と胸の奥が痛む気がして、顔をしかめる。
    結局、天馬くんも僕が好きなわけではなかったのだろう。他の子達と同じように、最初から“恋”でも何でもなく、“憧れ”に近い想いだったのだと思う。だから、顔を近付けると頬を赤らめて照れたりするのだろう。それは、好意なんかではなく…。

    「笑った顔がきらきらして見えて、とても、優しい人なのだと、…そう思ったんだ」

    話し出した天馬くんの声に、顔を上げた。
    気恥しそうに眉を下げて照れ笑いをする彼女は、少し小さめの声で一つひとつ思い出すように話してくれる。

    「花壇の水やりをする時、よく花に笑いかけていただろう? 初めて神代を見たのが、丁度その時だったんだ」

    いつの話を、しているのだろう。思い返せば、植物の世話は昔から好きで、学校の花壇の水やりも率先してしていたかもしれない。他の子達にバレないよう、人の目の少ない時に。
    もしかして、彼女はそれをどこかで見ていたのだろうか。

    「友だちでも良いから関わってみたいときっかけを探している内にどんどん好きになってしまって、気付いたら、告白していたんだ」

    物語でも読むかの様な優しい声音が、胸の奥にすっと入ってくる。
    学生生活があまりに退屈で、授業をサボったり、女子生徒と遊んでばかりいたのに。それを見ても、彼女は僕を好きだと思ったのだろうか。気付かずにいた? そんなはずはない。あの頃は、相当噂になっていたはずだ。

    「『興味が無い』と振られた時は悲しかったが、今なら、オレでは神代に釣り合わないとはっきり理解して…」
    「そんな事はないよっ…!」

    諦めたように笑った天馬くんの言葉を遮るように、無意識に大きな声が出ていた。
    一生懸命僕の好きだったところを話してくれる天馬くんに、胸の奥が熱くなって思わず両腕が伸びる。その肩を掴んだ瞬間勢い余ってそのまま彼女を絨毯の上に押し倒していた。
    驚いて目を丸くする天馬くんに、言いたい言葉が溢れてどれから口にすればいいか分からなくなる。

    『類くんは、その子が好きなの?』

    ふと、えむくんの言葉が脳裏を過った。深く考えなかったけれど、えむくんがそう見えたという事は、きっとそうだったのかもしれない。
    少なくとも、今なら、えむくんのあの時の問いに、頷いたと思う。

    「…あの頃の僕がどう思って君を振ったのかは思い出せないけれど、少なくとも、今の僕なら君に『好きだ』と言ってもらえたら、嬉しいよ」
    「………ぇ…?」

    天馬くんを振った時の記憶は全くない。
    けれど、彼女が困ったように笑って話してくれた言葉を聞く限りでは、ロクな振り方ではなかったのかもしれない。学生の頃の自分が、どれだけ愚かだったか身に染みる。他人の見目に囚われていたのは、僕の方だ。

    「僕は、君が良い」

    目を丸くさせる天馬くんを真っ直ぐに見つめ、はっきりとそう言い切った。
    計画なんてどうでもいい。些細な事で逃げようとする彼女を、もう逃がしたくない。僕を好きでなくてもいい。彼女が望む方法で、好きにさせてみせる。意地とかプライドとかそういうのではなく、僕の目の前で笑う天馬くんが見ていたい。

    「釣り合うかどうかなんて関係ない。僕は、この先もずっと君に隣に居てほしい」
    「…っ、な、何言って……?!」

    彼女の肩から手を離し、床に肘をついて彼女を腕の中へ閉じ込めた。僕の影でよく見えないけれど、きっと、林檎の様に赤い顔をしているのだろうね。戸惑うように視線を彷徨わせる天馬くんの額に唇を触れさせれば、「ひぅ…」と可愛らしい声が零される。

    「もう一度好きになって貰えるように頑張るから、待っていてほしいな」
    「……ま、つ…とは…」
    「そうだね…、君の理想の恋人になれるまで、僕の隣に居てもらおうかな?」
    「っ…」

    柔らかい前髪を指で払い、額を合わせる。熱でもあるのかと思うほど熱くて、それがまた愛おしかった。

    (…“こういう感覚”なのか……)

    触れ合う熱が、とても嬉しい。僕を意識してくれているだろう彼女の表情も、震える声音も、心臓の鼓動も、全て。同時にその全てが欲しくて堪らない。名前を呼んだらどんな返事を返してくれるのか、抱き締めたらどんな反応をしてくれるのか、キスをしたら、どんな顔をしてくれるのか。彼女の全てが見たい。全部試したい。
    指の背で柔らかい頬をそっと撫でて、首を軽く傾ける。視線は合わせたまま、「キス、していいかい?」と今度はしっかり問いかけた。
    目を丸くさせた天馬くんは、僕の問いに首を勢いよく横へ振る。

    「僕とは、嫌かな…?」
    「…ぃ、ゃでは、……」

    僕の肩を弱い力で押し、両腕で顔を隠してしまった天馬くんに苦笑が零れる。
    殆ど無理矢理付き合っているのだから、拒まれるのは当然かもしれないけれど、さすがに胸が痛い。“絶対に嫌だ”と言わんばかりに顔を隠されて首を振られては、無理強いもできない。けれど、この状況で、こんなにも可愛らしい彼女を目の前にお預けというのも無理な話だ。
    乗り気でないのは分かるけれど、悪足掻きはしておきたい。

    「どうしてもダメかい…?」
    「…ぅう゛ーー………」
    「一回だけ…ね?」
    「ーー…」

    唸るような声を発しながら首を左右に振る天馬くんは、一向に顔を見せてくれない。
    このままでは嫌われてしまいそうだ。さすがにキスは難しいのかな。この前のデートでは無理矢理してしまったから、嫌な印象を持たれているのかもしれない。自業自得なので、何も言えないな。
    キスはもう少し時間をかけてからかな…、と小さく溜息を吐いて欲求を胸の奥に抑え込む。

    「…怖い思いをさせて、すまないね…」
    「……っ…」
    「君の気持ちが伴うまで僕も待つから、今は、顔だけでも見せてほしいな」

    顔を隠す腕にそっと触れれば、ほんの少し彼女の腕に力が入る。けれど、目元を隠す片腕は、すんなりと僕の手に従って下ろされた。真っ赤な顔で、涙の溜まった瞳を横へ逸らす天馬くんに、出来るだけ優しい顔を向ける。
    僕と手を繋ぐ事ですら彼女は困った顔をするのだから、キスはもう少し天馬くんの警戒心を解いてからだろうね。その前に、彼女を抱き締める許可も得られるようにした方がいいかな。
    なんてぼんやり考える僕を ちら、と見た天馬くんが、もごもごと口を開いた。

    「………その…すまん…」
    「あぁ、僕の方こそすまないね。気持ちが先走ってしまって…」
    「…か、神代とは……キス、…出来ない…」
    「っ……」

    耳まで真っ赤に染めた天馬くんが、恐る恐るそう口にした。その言葉に、心臓をナイフで刺されたかのような痛みが走る。はっきりと、『出来ない』と言われてしまっては、何も言えない。それ程までに、彼女によく思われてはいないのだろうね。まぁ、体目当てで近付いた事も前回の時にバレてしまった様だし、当然の反応かもしれないけれど、今はそう思われていることさえ胸が痛い。
    どうにか認識を改めて貰う為にも、暫くはそういう欲求を出さないように……。

    「…き、す…したら……」

    自分の行いを反省する僕の耳に、泣きそうな声音が聞こえてくる。
    床に肘をついて体を支える僕の腕に、天馬くんの手がそっと触れた。袖を軽く摘むように掴んだ彼女は、眼鏡のレンズ越しに涙の滲む瞳を僕へ向ける。片腕で隠された唇が、「…に、なる……」と消え入りそうな声を発する。

    「…き、キス、…なんか、したら…、もっと…神代のこと……好きに、なるからっ……できない………」

    赤い顔で精一杯そう言った天馬くんに、大きな衝撃が僕を襲った。
    頭の中で爆弾が爆発したかのように、心臓が早鐘を打ち、顔が一気に熱を持つ。目の前にいる天馬くんが、キラキラとして見えるのは幻覚だろうか。あまりの衝撃に言葉がなくなる。彼女から目が反らせなくて、ただただ彼女をじっと見つめる。

    (……ぇ…、さすがに可愛過ぎないかい…??)

    言葉の意味を何度も何度も咀嚼して、漸く少し理解してきた。けれど、やっぱり意味が所々分からない。『キスをしたら好きになるから出来ない』なんて、『してもいい』と言ったのと同義ではないのかい? 『好きにさせる』と言った相手にそんな事を言ったら、駄目じゃないか。そんな事で好きになってくれるなら、いくらでもするよ。僕に意識させて欲しい、と彼女は言っているのだろうか。…この状況で……?
    先程までの胸の痛みが嘘のように消え、代わりに、ぎゅぅう、と強く掴まれたように苦しくなる。
    はぁーー…、と深く長い溜息を吐くと、目の前で震える天馬くんが びくりと肩を跳ねさせた。

    「か、神代…?」
    「…ごめんね。先に謝るから、許しておくれ」
    「……ぇ、…っ、んぅ…」

    困ったように眉を下げた天馬くんの腕を掴んで絨毯に押し付ける。そのまま、戸惑う彼女の唇を僕のでそっと塞いだ。
    たった数秒、触れ合わせるだけの軽いキスだというのに、自分でも驚くほど緊張していた。同時に、胸の奥がゆっくりと満たされる様な充足感を覚える。

    「……そういう事を、君に好意を持った男の前で言ってはいけないよ?」
    「…ぁ……」

    邪魔な眼鏡を手でそっと取り払えば、天馬くんが困ったように眉を下げる。目尻の涙を指の腹で優しく拭い、逃げるように逸らされた顔を僕の方へ向けさせた。

    「そんな可愛らしいことを言われては、歯止めが効かなくなるからね」
    「ゃっ、…んぅ……」

    “君が悪い”と心の中で言い訳をして、僕はもう一度、彼女の唇に僕のを重ねた。
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