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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

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    恋願う。5
    長くなるので一度切る。

    恋願う 5(司side)

    重ねられた手の熱を、今も鮮明に覚えている。
    『好きだ』という神代の声音と、オレへ向けられる視線、距離の詰め方も、勘違いだと思えなくなってきた。同窓会の日、酔ったオレが神代を誘ったのだと言われたが、最後まではしていないのだと思う。そうでなければ、さすがにオレが“男”だとバレているだろう。バレていないという事は、そういう事なのだと、ゆっくり落ち着いて考えれば気付けた。何故、未遂なのかは分からんが。
    ただ、ずっと気付かないふりをしてきたが、神代はオレと恋人になりたいわけではないのだろう。映画の途中で手を掴まれて、何となく察してしまっ。

    (……無駄に期待させたのは、オレの方だ…)

    優しい奴だと思う。学生の頃と変わらず、無理強いをしてこない。オレが同意するのを待ってくれているんだ。そんな事は、絶対にないのだが…。オレは、神代に大きな隠し事をしているのだから。

    (…やはり、オレを女だと思ったから、交際しようなんて言い出したのだな……)

    女性関係が激しいと、学生の頃散々聞いてきた。見かける度に違う女子と一緒だったから いつも不思議だったのだが、そういう事だったのだろう。
    興味もない映画に誘ってきたのも、オレが女だと思っていたから、女性に人気の映画を選んだのだろうな。存外あの映画はオレも楽しめたが、クライマックス直前で手を握られるとは思わなかった。ドキドキだってした。暗闇の中、周りに見られたら、と気が気ではなかった。神代の声音が蜂蜜の様に甘く聞こえて、オレを見る月のような瞳に吸い込まれるのではないかとも思った。
    同時に、あの瞬間 神代に求められているものが、わかってしまった。

    (デートで映画は鉄板だからだと思っていたが、あんな戦法があるのだな…)

    女性慣れしているというのは、なんとも恐ろしい。一瞬、男だと隠しているのも忘れて、流されたくなってしまった。望まれるままに受け入れて、もっと求めてほしいと。そんな事をしたら、初めて告白した日と同じ結果になったのだろうな。
    神代の期待には、応えられない。オレは、“男”なのだから。そういう目的で神代がオレを選んだのなら、早い内に打ち明けた方が良いのだろう。そう思って、『期待には応えられない』と切り出したのだが、それ以上が言えなかった。別れたいと言うのが精一杯で、“男”だと打ち明けられなかった。

    (…本当に、ずるいな……、オレは…)

    打ち明けるのが、一番神代の為になるというのに。嫌われたくないと、思ってしまう。オレがいつまでも隠しているから、神代にあんな事まで言わせてしまったというのに。“待つ”なんて、オレには勿体ない言葉ではないか。待たせても、オレは神代を受け入れられないのに。いや、オレと言うより、オレが男だと知れば、神代が受け入れてはくれないだろう。騙したのかと、怒るに決まっている。

    「…………はぁあ…」
    「司さん、また悩んでるの?」
    「いい加減別れなさいよ。メールで『男だったんだ』って送れば、顔も合わせなくて済むから楽でしょ」
    「…それは…そうかもしれんが……」

    溜息を吐いたオレに、寧々と瑞希が顔を見合わせる。
    それが一番手っ取り早いのだと分かっている。面と向かって話す勇気はないし、言う前に流されてしまうから今もこの状況なのだ。それなら、会わずに打ちあけるのが確実だろう。だが、必死に『もう少し』と言ってくれた神代の言葉が、嬉しかったんだ。オレも、許されるならもう少しだけこのままでいたいと、思ってしまった。

    「まぁ、あれだけしつこく連絡を寄越していたのに、もう二週間も連絡が無いなら、向こうも司に飽きたって事でしょ」
    「う゛……」
    「い、忙しいだけかもしれないよ? ほら、人気モデルなんだから撮影とかあるでしょ…!」
    「その割には、三週間連続で司をデートに誘ってたじゃん」

    ぐっとカップを傾けて中身を飲み切った寧々に、何も言えなくなる。暁山の気遣いも、今は少し辛い。
    映画の日からすでに二週間と少し経つが、頻繁に来ていた神代からの連絡があの日を境にぱったりと途絶えた。必要かと思うほど内容が特にないメッセージや、朝と夜の挨拶とかも全てだ。
    本来なら神代は忙しいはずなので、これが当たり前なのかもしれんが、突然連絡が来なくなるのはやはり気になってしまう。暁山の言う通り忙しいだけだとは思うが、寧々の言葉も否定出来ん。

    (…オレが拒んだから、面倒になったのだろうか……)

    神代が何を望んでいたかを知って、もう駄目だと思って『別れたい』と言った。それを引き止めたのは、他でもない神代の方だ。期待には応えられないと言ったのに、『待つから』と、そう言ってまでオレを引き止めてきた。それなのに、今更嫌になったのだろうか。待つなんて言っておきながら、それが面倒になったか。それとも、新しい女性が出来たのか。どちらにしろ、あの神代から二週間も連絡が無いということは、ここまでだと言うことなのだろう。

    (呆気ないな…)

    同窓会の日から、約一ヶ月。短い期間ではあったが、初恋の相手とデートをするという幸せな夢だった。女装しながら、という隠し事だらけの交際だったが。だからこそ、こんな中途半端な幕引きが丁度いいのかもしれん。
    元よりあの日を最後にと思っていたのだ。連絡がなくとも構わないだろう。

    (……キスも、神代からしたら、慣れていたのだろうな)

    全て初めてだらけのオレと違い、神代は経験者だ。あの時のキスも、きっと意味なんてなかったのだろう。オレを引き止める為だけに、流れでしただけで…。オレだけが、こんなにもドキドキさせられただけで、神代はなんとも思ってないのだろうな。
    この気持ちの差ですらもどかしいのだから、これでいいではないか。

    「司…?」
    「……この際、新しい恋を探すのも、悪くないかもしれんな…」
    「…良いじゃん。そうすれば?」

    眉尻を下げていつもより優しく笑う寧々に、安堵する。
    暁山はどこか戸惑っていたが、言いかけた言葉を飲み込んでしまった。オレの選択を、否定しないでいてくれるつもりらしい。それが有難かった。

    (ファンとして追いかけるのは続けると思うが、私用で会うのはやめた方が良いだろう)

    スマホを取り出して、通知がないのを確認する。
    二週間前から連絡が来なくなったメッセージ欄を確認して、一瞬迷ってから、『ありがとうございました』の文字を打ち込んだ。大きく息を吸い込んでから送信ボタンを押した。
    そのまま止まらずに、設定から着信拒否を選択する。『設定しました』の文字を見て、スマホを机に置いて詰めていた息を吐き出した。

    (…これでもう、神代とも会うことはない……)

    ―――
    (類side)

    「天誅っ!」
    「ぅ…」

    ぱしん、とハリセンで頭を叩くえむくんが、両手を腰に当てて胸を張る。そんな彼女に、僕は頭を上げられなかった。

    「あたしとの約束を破って、新しい女の子とデートしてたって聞いたよ?」
    「……………………そうです…」
    「類くん、モデルさんになるから女の子と遊ぶの禁止ってお約束、忘れちゃった?」
    「…………すみません」

    可愛らしい言葉使いとは裏腹に、圧が重い。怒らせると怖い僕のマネージャーである鳳えむくんは、どこから情報を得たのか相当御立腹の様子だった。
    昨日、天馬くんとデートしたのがバレてしまったようだ。ぱし、ぱし、とお手製のハリセンを鳴らしながら、うーん、と首を捻っている。

    「イメージが悪くなるから、めっ、て言ったのに」
    「…はい」
    「相手の子も可哀想だよ。類くん、本気で恋愛なんてしないのに」
    「……すみません…」

    僕より二つ歳上の彼女は僕の大学の先輩で、父親が会社の社長を務めている。その縁があって、モデルという職業につくこととなったのだ。彼女を敵に回すのは僕にとってもよくない。それは分かっているけれど、長年の癖というのは中々抜けないものだ。暇潰しのように女の子達と遊ぶ癖のついた僕には、難易度の高い約束だろう。それでも、えむくんに前回怒られてからは気を付けていたのだ。天馬くんに手を出したのも、しばらく遊んでなかったからで…。

    (…そういえば、今回は天馬くんだけで十分暇潰しになったね)

    普段なら他の子にも同時に手を出していたけれど、僕も成長したようだ。
    天馬くんと連絡はこまめに、といっても、僕から一方的にではあれどメッセージのやり取りはしていた。休憩時間を見計らってこっそり電話もかけてみたりして、僕なりのアプローチもかけた。まぁ、天馬くん相手では中々上手くいかなくて困っていたわけだけど。その間、他の子を相手にしようとは思わなかった。どうしたら彼女が僕を意識するのかと、そればかり考えては色々行動にも移した。僕にしては珍しい事だ。

    (まぁ、昨日は勢いもあったけどキスまでは持ち込めたから、ここからはそう時間もかからないかな)

    逃げる彼女を引き止めるのに必死で、ほぼ無意識にしていたけれど、結果としては悪くない。あんなにも泣かれるとは思わなかったけど。彼女の反応を見ると、もしかしたら、初めてだったのかもしれない。戸惑っていたようにも見えたし、照れているようにも見えた。僕に少なからず好意は持っていそうなので、彼女も嫌悪感はなかったはずだ。それなら、言葉で言いくるめて今後機会を増やしていけば、次に持ち込めるはず…。
    落ち込むふりで えむくんのお説教を聞き流していれば、机の上に置かれた僕のスマホを彼女が手に取った。そのまま彼女の上着のポケットへそれがしまわれてしまう。

    「暫く類くんはスマホ没収です!」
    「え…、いや、えむくん、さすがにそれは…!」
    「お約束を破った類くんが悪いんだよ? 反省するまで返さないから」

    ぷい、と顔を背けたえむくんに、開いた口が塞がらない。僕の向かいの席に座った彼女は、そのままスケジュール帳をぱらぱらと捲り始めた。「次のお休みの日も、自宅謹慎だからね」と酷な命令が下る。約束を破ったのは僕だけれど、えむくんは僕の母親か何かかな? と思う叱り方だ。ちょっと面倒くさい。

    「…せめて、一言連絡を入れるのは駄目かい? 暫く忙しいから連絡が出来なくなる、と」
    「だ〜めっ!」
    「お願いだよ、えむくん。彼女に心配をかけたくないんだ」

    反省するまで、がいつまでなのか分からないけれど、ここまで毎日連絡を入れていたのに数日連絡をしなくなれば、天馬くんが心配するはずだ。…と思いたい。もしその間に天馬くんから連絡が来たとしても、返信ができないのは困る。今まで彼女の方から連絡は来たことがないけれど。それでも、スマホは天馬くんとの唯一の連絡手段とも言える。先に一言断れば、彼女も数日連絡がなくても待っていてくれるかもしれない。時間をかけて天馬くんと距離を縮めてきたんだ。ここで台無しにしたくない。
    目を丸くさせるえむくんは、黙ったまま僕を見返してくる。そんな彼女の返答を、そわそわと落ち着かない気持ちで待つ。と、えむくんがそっと首を傾けた。

    「珍しいね。類くんがそんなことを言うの」
    「…ぇ……」
    「だって、いつもなら『まぁいっか』って、相手の子が怒っても気にしないでしょ?」
    「………そう、だったかな…?」

    はっきり返すえむくんに、今度は僕が目を瞬いた。
    言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。連絡手段が無くなれば、あっさり『ここまでか』と諦めていた気もする。元々本気で相手をしていたわけではない。暇潰しに恋人ごっこをして、飽きたらおしまいのつもりだから。代わりなんて沢山いるし、正直誰でもよかったのだと思う。それは、天馬くんも同じで…。
    ふっ、と脳裏に天馬くんの顔が浮かんで、息を詰める。僕の目の前で、ぼろぼろと泣き出した天馬くんの顔。

    (……泣かれるのは、困るな…)

    彼女が泣く姿を見るのは、なんとなく落ち着かなくなる。僕の前で笑うのかと問われるのも、返答に困るけど。彼女は、僕の前ではほとんど笑わないから。いつだって、困った顔か戸惑った顔をしていると思う。恥ずかしそうに顔を赤らめて、僕から一歩下がろうとする。
    そんな彼女を見ると、何故だか“引き止めなければ”と思わされるんだ。

    「類くん、どうかしたの?」
    「………ぁ、いや、…なんでもないよ」
    「…とにかく、類くんは暫く女の子と接触禁止です!」
    「う゛…」

    再度突き付けられた罰則に、低い声が口をつく。
    これは、説得するのに時間がかかりそうだ。一度決めたら、えむくんは中々折れないと知っている。出来るだけ早く反省を示し、彼女からスマホを返してもらう他ないね。

    (それまで、天馬くんが待ってくれると良いのだけど…)

    数日連絡が無いだけなら、天馬くんも忙しいのかもしれないと察してくれるかな。そうだと思ってくれたらいいのだけど。
    はぁ、と溜息を一つ吐き、僕はスタッフに呼ばれ撮影スタジオへ足を向けた。

    ―――

    「…さ、三週間……」

    カレンダーの日付を見て、もう駄目なのではないかと背を冷たいものが伝い落ちていく。
    中々許してくれない えむくんに、ここ数日は毎日の様に頭を下げている状況だ。色々と理由を作って頼んでみているけれど、一向に首を縦に振ってくれない。仕事用のスマホはあるけれど、天馬くんの連絡先はそっちに入っていないので連絡が取れない。こっそり会いに行こうにも、えむくんの監視が全然隙を見せてくれなくて家からも出られない。
    このままだと、せっかく積み上げた関係が振り出しに戻ってしまうかもしれない。

    (……もう、諦めようかな…)

    初めから本気で付き合うつもりはなかったんだ。えむくんに頭を下げてまでスマホを取り返して、今度は天馬くんに頭を下げるのか。たかがゲームの為に? 僕を拒んだ仕返しの為だけに、天馬くんに気を遣って、終われば手放すのか。それなら、ここで彼女の攻略を諦めて、他の子を探す方がずっと気楽でいい。天馬くんと違って、僕に本気になれる可愛い子とか…。

    (…それは、なんだか詰まらないな)

    天馬くんが相手だと、頭を抱えることも多い。照れたり恥ずかしそうな顔はするけれど、近付くと逃げてしまう。手を繋ごうとすれば振り払われるし、好きだと言えば泣かれてしまう。キスしたら怒って、待ち合わせ場所で待っていれば物陰から じっと僕を観察しているような、変な子だ。意識されているはずなのに、僕から離れようとする彼女が腹立たしくて仕方がない。だからこそ、こんなにも必死に引き止めようとしてしまうのだろう。僕から手放すと決めたからこそ、僕を受け入れてもらわなければ困るから。
    ふと、最後に会った日の天馬くんの怒った顔を思い出し、握った手に力が入った。

    (………彼女に、会わなければ…)

    何故か、そう強く思ってしまった。涙の滲む顔で僕を拒んだ彼女に、今すぐ会いに行かなければ、と。
    タイミング良く電話をしに席を外していた えむくんが部屋に戻ってきた。「お待たせ! 類くん」と笑顔の彼女は、自分のスマホをポケットにしまうとスケジュール帳を取り出す。

    「今日の撮影はここまでだから、この後はお家に帰って休んでね。明日は朝早くから移動しなきゃいけないから、六時には迎えに……」
    「えむくん」
    「ほぇ…?」

    掛けていた上着を羽織って、えむくんの前に立つ。僕より背の低い彼女は、不思議そうな顔で僕を見上げた。

    「僕のスマホを返してほしいんだ」
    「……類くんがあたしとのお約束を守ってくれるならいいよ」
    「…申し訳ないのだけど、それは出来ない」

    出来るだけ真剣な顔で彼女にそう返すと、えむくんもいつになく真剣な顔付きになった。
    えむくんと約束をしたのは、主に僕の女性関係に関して。遊びで女性と関係を持たない、というのが、マネージャーである彼女のお願いだ。モデルという職業に対し、そんな不誠実な性格が明るみになれば世間の評判が下がるというのが大きい。まぁ、僕が本気で誰かを愛したことがないと伝えた時にえむくんが怒っていたから、きっとそれがきっかけなのかな。相手の子が可哀想だ、と。
    そんな彼女の優しさを無視するような事をしている自覚はある。それでも、僕は今、出来るだけ早く天馬くんに会いたい。

    「会いに行かなければならないんだ。絶対に、僕がモデルの神代類だとバレないように気を付けて会いに行くから。それが駄目なら、せめて一言、待ってほしいと伝えるだけでも駄目かい?」
    「…会うお約束をしてるの?」
    「それはしていないけれど…」
    「それなら、相手の子が会いたいって言ってたの?」

    えむくんは、多分天馬くんを知らない。どこかで僕が女性と会っていると聞いただけなのだと思う。約束を破ったのは僕だから、彼女が怒るのも無理は無い。そう簡単にスマホを返してくれるとも思えない。
    それでも、天馬くんを諦めようとは、どうしたって思えなかった。

    「どちらかと言えば、僕が引き止めることに精一杯なんだ。会いたいとも、向こうは思ってくれていないのかもしれないね」
    「…」
    「それでも、彼女が誤解しているかもしれないなら、会って話しがしたいんだ」

    嘘は言っていない。
    引き止めようとしているのは確かだ。誤解して怒っているかもしれないと思ったら、会って話さなければならないと思ったのも本当だ。後々に僕の方から振るつもりではいるけど。
    まぁ、天馬くんは僕に会いたくないのかもしれない。最後に会ったあの日も、連絡先を消すとまで言われてしまったほどだ。僕が引き止めなければ、彼女はすぐに僕から離れようとしてしまう。
    ゾッ、と背が冷たくなった気がして、身震いする。そうだ、彼女にもう少しだけ付き合って欲しいと言ってはいるけれど、彼女が待っていてくれる保証なんてないじゃないか。こうしている間にも、天馬くんは僕から離れる気でいるかもしれない。

    「……やっぱり連絡より直接会ってもう一度話をしないと…」
    「…………類くんは、その子が好きなの?」
    「…ぇ……」

    えむくんの言葉に、思わず目を瞬く。
    天馬くんの話をしていたはずだ。つまり、“その子”は天馬くんという事になるのだろう。僕が会いに行こうとしているから、そう思ったのだろうか。そんなはずは無い。僕は、天馬くんが僕を拒んだから、他の子達のように僕を好きにさせて、それで…。
    遊園地での楽しそうな顔をした天馬くんが脳裏に浮かんで、言葉を飲み込む。『違う』と言ったら、えむくんがスマホを返してくれないかもしれない、なんて言い訳めいた言葉が頭を過ぎる。

    「類くんが女の子と遊びでお付き合いするのは駄目だけど、本当に恋をするなら、あたしは応援するよ」
    「………」
    「スマホは返すね。類くんがそんなお顔するくらい大事な人なら、今度あたしにも紹介してほしいな!」
    「……そう、だね…」

    手渡されたスマホを受け取って、えむくんから顔を逸らす。彼女を傷付ける為に付き合っている、なんて、えむくんには言えない。けれど、今更計画を諦める気にもならない。今は、ただ彼女と逸早く連絡を取り、顔を合わせて話がしたい。
    スマホの電源を入れて、ゆっくりと起動する小さな機械をそわそわとした気持ちで見つめる。「車を出してもらうね」と部屋を出ていったえむくんに軽く返事をすれば、画面がパッ、と光った。

    「…通知……!」

    明るい電子音と同時に、スマホの画面にいくつかの通知が表示される。もういいや、と思った女性とは連絡を取らないようにしているし、しつこく連絡をしてくる子の連絡先は着信拒否にしてしまうから、今私用で連絡が来るとすればマネージャーのえむくんか、後輩と、友人、それから……。
    見慣れてきた『天馬くん』の文字を見付けた瞬間、心臓が大きく跳ねた。日付は数日前だ。ロックを外し、急いでメッセージアプリを表示する。『ありがとうございました』の文字に首を傾げればつつも天馬くんの名前をタップすれば、ぽこん、とメッセージの他に一文が表示される。

    「……メッセージが、送れない…?」

    相手から受信を拒否されたという通知文に、思考が停止する。最後に送られたメッセージは、確かに『ありがとうございました』と感謝を告げるものだ。同時に、別れの挨拶にも等しい。

    (待って、まさか、…怒っているとか…?)

    連絡をしてくるな、という意思表示? 態々引き止めたのに…、彼女も頷いてくれたのに…。たった数週間連絡出来なかっただけで、連絡手段を断ち切られた? そんなにもあっさりと、彼女は僕との縁を断ち切るのか。
    頭がガン、ガン、と殴られたかのように痛む。どうすればいい。たった数週間でメッセージでの連絡が取れなくなっているなんて、誰が予想できるだろうか。携帯を解約した? そんなはずはない。ただ僕の連絡先を着信拒否にしただけだろう。ブロックされたということは、いくら送っても彼女には届かない。
    それなら、今の僕が取れる手段は一つだ。

    「類くんお待たせ! 家まではタクシーで……」
    「えむくん、ちょっと出かけてくるよ」
    「え?! る、類くん…?!」

    部屋に戻ってきたえむくんの隣を走り抜けて、僕は衝動のままにスタジオの控え室を飛び出した。

    ―――
    (司side)

    「うぅ…、寒い……」

    風が冷たくて耳が凍りそうだ。長いマフラーをぐるぐる巻きにして口元まで覆ってみるも、寒さは変わらない。ポケットのホッカイロもこまめに触り過ぎて今は全然温かくない。今日に限って残業があったためにいつもより遅くなってしまった。加えて、足りなかった材料を買うために寄り道もしたので空は真っ暗だ。夕飯は鍋にでもしよう、と家の冷蔵庫の中を思い出していれば、スマホが震えた。
    通知欄には寧々の名前がある。

    「…雪が降るかもしれないから暖かくしろ、か…」

    寧々らしい気遣いのメッセージに、つい くすりと笑ってしまう。
    今夜は雪が降る予報だったのか。どうりで寒いわけだ。夕飯は鍋で正解だろう。豆乳か、キムチか、味噌か…。何にしようか考える時が一番楽しい。お風呂も沸かして、暖房もつけて、寧々の忠告通り暖かくしよう。
    食事と風呂を済ませたら、暁山に渡す服の仕上げをせねばな。マンションのエレベーターを降りて、ポケットから家の鍵を取り出す。やることを順番に頭の中で思い浮かべていれば、廊下の先に人影があった。

    (……お客さんか…?)

    オレの部屋の前で立つその人影に、目を瞬く。身長の高いそいつは、呼び鈴を鳴らしても家主が出てこなかったので待っていたのだろう。片手に持ったスマホをじっと見つめている。帽子と眼鏡、そして口元まで隠したマフラーで顔は分からないが、多分背の高さからして男性なのだろう。配達だろうか? と首を傾げつつ近寄れば、そいつがオレに気付いてこちらを見た。帽子に手をかけたそいつが、ゆっくりとそれを外す。数メートル離れてはいるが、帽子の下から現れた藤色の髪に目を疑う。

    「天馬くん」
    「…かっ、…かか、神代…?!」

    聞き覚えのある声と、見慣れた笑顔に足が止まる。
    オレの方へ近寄ってくる神代は、眼鏡を外すとオレに向かってふわりと笑いかけてきた。

    「話がしたくて、会いに来たんだ」
    「…っ……な、なんで…」
    「連絡出来なくてすまないね。仕事が立て込んでいて、会いに来られなかったんだ」

    後退るオレの腕を掴んだ神代が、目の前まで来る。
    逃がさないとばかりに腕が引かれ、流れるように抱きしめられた。思わず悲鳴が出そうになるのを必死に抑え込み、両手で神代の体を押す。が、力が強くて全く抜け出せない。

    「は、離してくれっ…! こんなところを誰かに見られたら…!」
    「それなら、逃げないと約束しておくれ。君に逃げられたら、どうしていいか分からなくなってしまうよ」
    「…なに、言って……」

    そこで、はたと気付いてしまった。神代のコートだけでなく、触れる手や顔が氷のように冷たい。今夜は雪が降るかもしれないほど気温が低いというのに、まさかオレが帰るまでずっとここで待っていたのだろうか? いつから、待っていたんだ。こんなにも冷えるほど、長時間外にいたのか…?
    オレを抱き締める神代に、叫び出してしまいたいほど緊張している。だが、その緊張よりも“心配”する思いが勝った。

    「と、とにかく、オレの部屋に…!」

    ぐっ、と神代を押して何とか抜け出し、鍵を使って玄関の扉を開ける。と、そこで漸く自分の姿を思い出した。

    (待て待て待て、オレは今、男の姿なんだが…?!)

    ギギギ、と錆びたロボットのように神代を見れば、柔らかい笑みでオレを見る神代は不思議そうに首を傾げるだけだった。奇跡的に、バレてはいないようだ。コートとぐるぐる巻きにしたマフラーのお陰だろう。ウィッグを被ってはいないが、マフラーで髪が隠れていると誤解してくれているのかもしれん。
    この寒さの中神代を待たせるわけにはいかない。だが、部屋に入ればマフラーを脱ぐ他ない。ならば、神代をここで待たせて急いで女装をすれば、バレないかもしれん。けれど、その為に神代をまた寒空の下で待たせるのか? それに同性とはいえ、好いた相手と二人きりというのは…。
    頭の中で様々な思考が混ざり合う。追い返す、という選択肢は選びたくない。頼んではいないが、体が冷えるほど長時間待ってくれていた神代を、話も聞かず追い返したくは無い。少し話をするくらいなら、寧々達も許してくれるだろうか…。

    「へ、部屋の片付けをしたいから、少しだけ待っていてくれっ…!」
    「…ぁ、うん……」
    「十分、いや、五分で片付けるからっ…!!」

    バンッ、と扉を閉めて、急いで靴を脱ぎ部屋の中へ飛び込む。ガサガサとしまっていたウィッグを引っ張り出し、頭から被った。コートを脱いで、鏡の前に立つ。さすがに会社帰りとはいえ、男物のスーツではバレてしまうだろう。ゆったりとしたニットのワンピースをハンガーから外して袖に腕を通す。以前暁山から貰ったタイツに履き替え、リビングへと駆け込んだ。テーブルの上のコップを片付けて、ソファーの上を軽く整える。棚に飾った神代の写真集やらはカーテンで隠せば、とりあえずは大丈夫だろう。
    大きく深呼吸を三回して、気持ちを落ち着かせる。よし、と拳を握り締め、玄関の扉をそっと開けた。

    「ま、待たせて、すみません……」
    「いや、急に押し掛けた僕が悪いから」
    「……どうぞ…」
    「お邪魔します」

    中へ促して、扉を閉める。念の為鍵はかけ、靴を脱いだ神代をリビングの方へ案内した。
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