「何だ、眠いのか? しかたない、今日は一緒に寝てやるよ」
終わりのない宴に船を漕ぎかけていたバッキンガムは、低く抑揚の薄い声に眠気が覚めるほどの衝撃を覚えた。
隣に目を向けると、共に窓際の長椅子へと避難していたリチャードがつまらなそうな顔で浮かれて酒を酌み交わす者達を眺めている。あまりの退屈さに眠気を感じただけでなく、本当に眠ってしまっていたのかもしれない。聞き間違いかと身じろいで体勢を直していると、冷えた暗い瞳がバッキンガムを見た。
「まだこの場に居たいと言うのならかまわんが、俺はもう戻るぞ」
「……聞き間違いじゃなかったのか」
「なに?」
「いや、下がる。いつまでも付き合ってられるか」
「なら、こい」
言うや否や、細い身体はさっさとその場を離れ、黒いマントを揺らして回廊を進んでいく。
本来ならば部屋が用意されているはずだが、すぐ居城へ戻るつもりだったバッキンガムは城への滞在を断っていた。宴が始まってからリチャードもロンドンにいると知り、急遽予定を変更した。そのせいで今夜の寝所に困っていたのは確かだ。だが、まさか、王弟自ら部屋を提供するとは思わなかった。
「部屋に連れ込むなんて、随分大胆なことをするんだな」
「くだらんことを言うな。ガキに寝床を分け与えてやるだけだ」
「『男』を寝所に誘うのは淑女のすることじゃないぜ」
「同性なら何も問題はあるまい。それとも、お前はまだ勘違いをしているのか? 物覚えの悪さも度が過ぎると相手をする気が失せる」
「裸でも見せられたら覚えるかもな」
「床で寝たいならそこで転がってろ」
片手を扉に添えたリチャードは振り返ってバッキンガムを睨めつけ、顎で床を指した。
足を踏み入れたリチャードの部屋は、滞在中にバッキンガムが使用するものと変わらない簡素な部屋だった。目新しさなど何も無いのに、つい室内を見渡してしまう。リチャードはバッキンガムを気にすることなくマントを外し、あくびを噛み殺しながら寝台へとあがった。
「着替えなくていいのか?」
「必要ない。お前は勝手にしろ」
靴を脱ぎ、首元を幾らか開けて寝具の中に潜り込む顔は、先程よりも眠気を帯びている。
人をガキ扱いするくせに、自分だって睡魔に抗えないようなガキじゃないか。
背中を向けて横たわる姿に小さくふんっと鼻を鳴らし、上着を脱ぐ。
下着になって寝台に片膝を乗り上げ、そういえば、誰かと共寝するのは初めてだ……と気がついた。妻と呼ぶ相手はいるが、同衾はしていない。これからも、するつもりは無い。きっとこれが最初で最後だ。
急にみぞおちの奥深くがむず痒いような擽ったいような感覚に襲われて、寝具を掴んだまま身動きが取れなくなってしまった。
兄弟のいるリチャードは、兄たちと共寝したことがあるのだろうか。だから平気で招き入れたのだろうか。
考える必要のないことが頭の中を巡る。
どうでもいいことだ。どうであれ、関係ないことだ。
リチャードから離れて横たわり、頭の先まで寝具を被る。
あんなにもまとわりついていた眠気は、綺麗さっぱり消えてしまっていた。