11月の進化リお題文章「うわぁ、懐かしい!」
シンがとある絵本を手に取った。アブトは隣から覗き込む。
「『おおきなかぶ』か」
「知ってるだろ?」
「もちろん」
シンはパラパラめくりながら最後から一枚戻ったページを指差した。
「ネズミがものすごい力持ってたってこと?」
「いや、違うだろ……」
「え、でもネズミが来なかったら引き抜けなかったんじゃないの?」
「ネズミが一番力があったら怖いだろ」
シンは絵本をスッと撫でた。
と、一瞬のうちに光がふたりを取り囲んだ。
「えっ⁉︎ なに……」
「眩し……」
ふたりが目を開けると、おばあさんの格好をしたタイジュ、まご娘の格好をしたハナビ、犬の様な格好をした……シマカゼ、猫の様な格好をしたヤマカサ。
「は⁉︎」
シンは驚いて周りを見渡した。山々に囲まれた田舎に、田畑が広がっている。遠くに家が見え、水車も回っていた。
「タイジュとハナビは良いとして……シマカゼ? ヤマカサ? それとナガラ……?」
「なんだ」
ヤマカサが返事をする。シャムネコの様な見た目で顔や耳は黒っぽく、他は白い毛で覆われている。ヤマカサだと分かったのは赤いフレームの眼鏡をしていたからだ。猫がメガネ。
「気にしないで」
シマカゼはそう言う。ドーベルマンのなりをしたシマカゼは。筋肉質で強そう。首輪は黄色に青いラインが入っており、付いているチャームはあの有名な東海道新幹線だった。
「ちゅう」
可愛い。ネズミが可愛い。この大きな目はナガラだろう。両耳の先がピンクがかっている。
「喋ってる……犬と猫なのに……いや、この場合は喋らないナガラを心配するべきかな……」
シンは三人……いや、三匹を順に見てそう言った。
「なんでもアリだろ? 絵本の世界なんだから」
まご娘のハナビは長いスカートを穿いた足を広げて地面に座る。
「ちょっと、女の子なんだからその座り方はないでしょ?」
焦るシンに、聞く耳を持たないハナビ。
「そうですよ。絵本とは言え小さい子も見てるんですから。ちゃんとやってください」
おばあさんのタイジュは、おばあさんというには肌艶が良すぎるし体格も立派だった。ふんわりとしたワンピースなのにゴツさが目立つ。
「この配役考えたの誰……」
頭を抱えたシンは、ハッと気付いた。
「アブト! アブトは? 一緒にここに来たはずなのに!」
ぐるりと見渡すがアブトの姿が無い。
「……ここだ」
アブトの声がした。慌てて畑を探すおじいさんのシンの目に、真っ白なそれが写った。
「ア、アブト……?」
かぶ。アブトはかぶになっていた。引き抜かれ、ゴロリと畑に寝そべるかぶ。その葉のすぐ下にアブトの顔を見つけた。顔ハメのパネルの様に、かぶからアブトの顔だけが見えている。ナガラがタタタ、とカブに登って辺りを見渡していた。
「切ったら……体が出てくる、の?」
ペタペタとかぶを触り、シンは尋ねる。
「たぶん。……桃太郎みたいなもんだ」
意味が分からんがな、とアブトは言った。
「切りましょうか」
おばあさんのタイジュがチェーンソーのエンジンをかけながら歩いてくる。
「怖い怖い怖い怖い!」
シンはタイジュの笑顔に引きつった顔になった。
「じゃあぶっ放してみるか?」
ハナビは導火線をチラつかせる。
「やばいよ! アブト飛んでっちゃうじゃん!」
するとシマカゼが、フン、と鼻を鳴らした。
「僕が割ろうか」
「えっ? どこで?」
「前足で」
「粉砕出来そうだよな」
ハナビがケラケラと笑う。
「それも怖いんだけど……」
シンが迷っていると、頭上に鳥の鳴く声が聞こえた。
「アルバート! 来い!」
そう言うのは猫のヤマカサ。白と黒の短い前足を出し、そこにアルバートを留まらせようと言うのだ。
「えっ⁉︎ 無理でしょ⁉︎ その細い前足に鷹を留まらせるとか!」
シンは叫んだ。ふわりと降りてきたアルバートは、ヤマカサの前足には留まらず、すぐ近くの木に留まった。
「ああ……一番賢いかもしれない……」
シンは胸を撫で下ろした。そしてアルバートに協力を頼むことを思いついた。
「ヤマカサ、アルバートに手伝って貰えないかな」
「なに?」
「なんか一番賢そうなんだもん、この中で」
「その意見、実に不愉快だが事実だな」
にゃあ、と鳴くとアルバートがシンの肩に留まった。
「いたたたた! アルバート、痛い!」
肩に食い込む鷹の爪。アルバートはバサバサと羽を広げ、痛がるシンの肩からアブトのカブの葉に飛び降りた。アルバートはカブの実をくちばしで突く。
「あっ! そうか! 少しずつ周りから削れば良いんだな?」
アルバートは根気にカブを突く。ビシ、と筋が入る。
「アブト、力入れろ! 内側からカブを割れ!」
シンは大声でアブトに指示をする。
「くっ……!」
アブトは動けない体に力を入れる。シンはカブの割れ目に手と足を掛け、真っ二つに割ろうとしていた。ナガラは駆け寄ると歯を立てた。
「手伝います!」
タイジュがシンの正面から同じ様に手を掛けて引っ張った。
ビキ、ビシッと音がする。
「もう、少しだ!」
シンが叫ぶのと同時にバックリとカブが割れた。
「アブト!」
白い。いつもより白い。真っ白。
「なんで……ボディースーツ着てんの……」
シンは全身白タイツのアブトを見下ろした。
「知らん」
アブトは疲れて地面に腰を下ろし、息を整えた。
「カブの餡掛け、カブの味噌汁、カブの天ぷら、カブのシチュー、カブの」
呪文の様にメニューを唱え出したヤマカサに、シンはギョッとした。
「……なに?」
「今晩のおかずはカブ尽くしだな」
シンは、実の中心に人型の穴が空いたおおきなカブを眺めた。
「美味しそうだね」
よだれの垂れる感覚で目を開けた。すぐ隣にアブトが同じく机に突っ伏して寝ていた。
「夢……」
シンはキョロキョロと辺りを見回す。なんの変哲もない、いつもの風景がある。
「めちゃくちゃ怖い夢だったな……」
隣で唸るアブトの肩に手を置き、起こそうと揺らす。
「そんなに食えん……」
眠ったままのアブトはそういうとしかめ面をした。