「なんとかシンくんに元気になってもらいてえです」
タイジュは独身寮の部屋の窓から外を見て言った。アブトが姿を消し、テオティの手中に居るのだと知ってからのシンの動揺ぶりとひとりで空回る様子をすぐ近くで見ていたハナもその考えに賛成だった。
「シンの好きなものって言ったらオカルト系か……」
ハナビは首を捻る。組んだ腕を外すとテーブルに頬杖をついた。
「どこかで世界の不思議展とかやってませんかね」
タイジュも首を傾げ、テーブルに置いてあったZギアに手を伸ばす。
「夏休み中にどっか行って元気取り戻せたら良いよな」
「そうですね。……あ、妖怪を見られたら元気になりませんか?」
タイジュはキョロキョロと辺りを見回す。
「ぬりかべ……は壁に顔を描くのは流石に安孫子さんに怒られますね」
ハナビはなるほど、と両方の眉を持ち上げた。
「ろくろっ首は〜……どうやっても首伸ばせねえしな」
ハナビは自分の頭を両手で上に引っ張ってみせる。タイジュはそれを見てさらりと笑った。
「あっ、カーテンで一反木綿とかどうですか?」
タイジュは立ち上がるとレースカーテンを引き、そこに自分の上半身を隠す。ひらひらとなびかせて見せ、いつだったかシンが空目したボロ布を再現する。
「そんなレースのいったんもめん、いんのか?」
ハナビが困った様に笑う。
「たぶん居ませんね」
タイジュはレースカーテンをひらりと持ち上げ顔を出した。
「いったんもめんっつーか……それ、あれじゃね? なんだっけ……結婚式のやつ」
「結婚式のやつ?」
タイジュは頭に引っかかったままのレースカーテンを手で外した。
「女のひとが頭にかぶってるヤツあんじゃん」
「えーと、ありますね。名前は分からねえですけど」
ハナビはモヤモヤを解決すべくZギアで調べ始める。タイジュはハナビの隣に座った。
「あった……えー……ウエディングヴェール」
ハナビはタイジュに検索結果の写真を見せた。
「ああ! 本当にレースのカーテンみたいですね」
ふふ、とタイジュが笑う。
「こんなスケスケのいったんもめん出て来たらちょっと見たいよな」
「それ妖怪って言うよりオバケじゃねえですか」
「確かに」
ハナビはZギアの画面をスクロールしていく。
「ジューンってなに?」
「はい?」
「ジューンブライド」
「ジューンは……ええと、ジャニュアリー、フェブラリー、マーチ……六月でしたか?」
指を折りながら数え、タイジュが答える。
「六月の結婚式ってことか。ふーん。あ、これか」
ハナビは気になった言葉をタップしてページを飛ぶ。
「六月に結婚式をすると幸せになれるんだってよ」
「そうなんですか?」
「タイジュも覚えとくと良いかもな」
「ずいぶん先の話ですけどね」
まあな、とハナビか応える。
「もう七月だもんな〜。早えよ」
ハナビは壁掛けのカレンダーを見る。アブトが隣の部屋に帰ってこなくなって二週間が過ぎようとしている。
「なんかリラックス出来てオカルト系があるとこねえかな」
「両方揃ってたらシンくん喜びそうですね」
「だろ? ちょっと調べようぜ」
ふたりは顔を突き合わせ、各々検索エンジンを稼働させる。
「あっ、あー……ちょっと遠いですけど……」
何度目かの検討の後、タイジュが発見したのは大阪にある温泉地だった。しかもハナビが言っていたオカルトの話のトンネルにも当てはまる。
「それと温泉なんですけど」
「おっ、良いじゃねえか! リラックスできんじゃねえ?」
タイジュは画面から顔を上げるとハナビを見た。
「いつもカラスの行水のハナビくんが温泉耐えられますかね」
「は? カラスのなに? それどういう意味?」
「カラスの行水です。お風呂の時間が短い人のことを言うんですよ」
「ことわざみたいなヤツか……じいちゃんに教わったのかよ」
「はい」
「温泉くらい大丈夫だって。ろてんぶろ? とかあんの?」
ハナビはタイジュのZギアを覗き込む。相変わらずパーソナルスペースの狭いひとだなぁとタイジュは思う。
「あるみたいですね」
「良いじゃんか。ここで決めようぜ」
タイジュは鞄からノートを取り出すと一番後ろのページを開けた。そこに目的地を書き記す。サラサラと書いていく隣でハナビは「おお、やべえぞここ」などと言いながら楽しそうにしている。
タイジュが書き終えたノートを眺め、ハナビはつい今しがた得た情報を書き込む。それを見てタイジュは微笑んだ。ハナビが書き終えるとノートを破り、畳んでしまう。
「そうと決まれば吾孫子さんに相談だぜ」
タイジュの手を取り引っ張り立ち上がらせると、ハナビは部屋を飛び出した。