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    レイグレてぇてぇんだよなぁ。
    気になった人はゲームやってねって言いたいけど今回ばかりは上級者向けコンテンツの話だから言えない悲しみ。

     青い。
     一面の青に、レイシスは桃色の目を眩しそうに瞬かせる。寝起きのようにぼやけた瞳に、醒めるような青が注ぎ込まれる。鮮烈な色は、丸く美しい瞳を包み込み、食らうようにすら見えた。
     懐かしい青だ。己の心の奥底に刻まれた青だ。始まりの色。己が生まれ落ちた世界の色。愛しい愛しい、守るべき世界の色。一色で輝く世界は、少女の胸をめいっぱい刺激する。郷愁が小さな心を満たした。
     真っ青な光に塗り潰された世界に、少女はぱちぱちと目を瞬かせる。何故この青にいるのだろうか。この色は何年も前にバージョンアップの末歴史に刻まれ今は無い色だというのに、何故自分は再びこの青に包まれているのだろうか。記憶を遡ってみるが、全て靄がかっていて朧気だ。思い出せることは一つ。自分はナビゲーターであることだ。プレイヤーを導き、ゲームを楽しんでもらうために尽くす役。それが自分であり、生まれた理由であった。
     そうだ、ナビゲートをしなくては。プレーヤーたちはゲームを待ち望んでいるのだ。早くしなければ。役目を果たさねば。微かな焦燥に駆られつつ、薔薇の少女は耳元に手を当てる。無骨なヘッドホンが青光を受けて鈍く輝いた。
     いつの間にか目の前に現れたコンソールに手を伸ばす。白い手袋に包まれた細い指が、電子のキーの上を踊った。エントリーは無事完了し、ネメシスと正常に繋がった。あとはマッチングの手配だ。同楽曲を選んだプレーヤーを検索し、繋ぎ合わせる。あとはゲーム開始を待つだけだ。
    「――シス! レイシス!」
     一人きりの世界に、高い声が飛び込んだ。世界を切り裂くような鋭い、けれども泣きそうな、必死な声だ。長い離別の末再会したような、安堵を孕んだ音色だ。
     名を呼ばれ、ナビゲーターはキョロキョロと辺りを見回す。誰だろう。原初の青に包まれた世界は、自分とつまぶきの二人きりだ。このように名前を呼ぶのはあの精だけだが、彼とは全く違う声だ。こんな声など聞き覚えがない。
     そこまで考えて、アレ、と首を傾げる。そういえば、あの小さな精はどこに行ったのだろう。いつもならばマッチングの手配を手伝ってくれるというのに、何故今日は姿すら見せないのだろう。サボってるのだろうか、と少女はぷくりと頬を膨らませる。しかし、それは違う、と頭の中の何かが大声をあげた。
    「信号が強くなってきました! きっと……もうすぐです!」
    「レイシス! いるんでしょ! 早く戻ってきなさいよ!」
     切羽詰まった声がもう一つ増える。突如飛び込み増えていく声に、桃は動揺を露わにぱちぱちと丸く大きな目を瞬かせる。先の呼び声だけでも意味が分からないのに、二人目が出てくるだなんて。一体何なのだ。この世界に何が起こっているのだ。
    「バグ……デショウカ?」
     生まれて間もないこの世界は、少なくない数のバグが発生している。この声たちもバグの類なのだろうか。考え、コンソールの上に指を滑らせる。修正をするのもナビゲーターである己の役目だ。早く、プレーヤーに被害が出る前に直さねば。キーボードを操る指は焦れども、目の前の画面は異常など無いと語っていた。はわ、と疑問符が多分に含まれた声が漏れる。バグは発生していない。では、この声は一体何なのだ。誰だというのだ。
     あぁもう、と叫びにも似た声が青の中に響く。カシャン、と何かが装填される音。一拍置いて、硬いものを何度も叩く――撃つ音が電子で作られた青の中鈍く響き渡った。
     パリン、と小さな音がした。ピキ、パキ。短い音が鳴る度に、世界に蜘蛛の巣が張り巡らされていく――否、割れているのだ。この世界が。愛しい青で作られた懐かしい世界が割れているのだ――壊れていっているのだ。
    「はっ、はわわ!」
     薔薇色の少女は慌てて亀裂に手を伸ばす。割れたものに安易に触れてはいけないということは分かっているが、そんなことは言っていられない。だって、世界が、己が守るべき世界が、己がいるべき世界が、壊れてしまう。失くなってしまう。消えてしまう。そんなことが目の前で起きていて、じっとしていられるわけがない。胸を焦燥が、恐怖が満たしていく。嫌だ、嫌だ、嫌だ。涙声で叫びながら、広がっていく割れ目を必死で押さえつける。そんなことは逆効果でしかない。けれども、今自分にできることなどこれぐらいしか思いつかなかった。
     パリン。一際大きな音がたつ。空間を一気にヒビが走っていく。テープで貼り合わせるように押さえていた目の前の細かな網目が綻び、凄まじい音をたてて崩壊した。愛しい青が崩れ落ちていく様を目の前に、紅水晶を絶望が塗り潰していく。ア、ァ、と悲鳴にすらならない声が引きつった口元から漏れ出た。
     割れて消えた青の向こう側は、目が眩むようなオレンジで塗り潰されていた。視界を潰す強烈な色に、レイシスは目を眇める。懐かしい色が、知らない色に変わっていくのは、あまりにも恐ろしい光景だった。
    「――レイシス!」
     鮮やかなオレンジの中を、同じぐらい強く鮮やかなマゼンタが舞う。鋭い愛しい声が、絶望に落ちゆく少女の胸を射抜いた。
     ブルーブラックのアームカバーに包まれた細い腕が、眼前に伸ばされる。少しばかり小さな手が、白い手袋に包まれた己のそれを握った。小柄な手から伝わる力は痛いくらい強いものだ。絶対に離しはしないという強固な意志が嫌でも感じ取れた。
    「いきますよ! 離れちゃダメです!」
    「さっさと帰るわよ!」
     掴まれた手をぐいぐいと引かれる。ハワ、と悲鳴にも似た声をあげるが、繋がった手の主は欠片も気にとめる様子はない。早く、と変わらず焦りを多分に含んだ言葉をぶつけ、力任せに引っ張るばかりだ。
    「帰る、ッテ」
     何だ。『帰る』とはどういうことだ。己はこの世界の住人なのに。己はこの世界で役目を果たさなければならないのに。己はこの青と共に在らねばならないのに。ぐるぐると思考が巡る。けれども、心のどこかがその言葉に喜びの音色をあげた。
    「ネメシスに決まってるでしょ! アンタがいないとダメなのよ!」
     ミオン、と躑躅色の髪を振り乱す少女が叫ぶ。はい、とすぐさま声が返ってきた。音の発生源を辿る。よく見れば、腕を引く彼女の後ろにはつまぶきと同じほどの小さな人間がいた。薄緑の羽を瞬かせるその人は、己の身体と同じほどの大きさの時計に寄り添っていた。宇宙に似た模様で彩られた文字盤の上には、針が存在していない。盤面に刻まれた文字も、六までだ。時計としての機能を果たせるのか甚だ疑問だ。
     いきます、と薄若草の長い髪をひらめかせ、小さな少女は時計に手を添えた。文字盤が淡く光り始め、どこからともなく現れた針が逆回転に走り出す。天の川のような色合いの盤面の中央に、『I』と大きな一文字が浮かんだ。
     針が回転する度に、愛しい青がひび割れる。崩れてゆく。消えてゆく。懐かしい世界が、失われていく。
     ヤダ、と泣きそうな声が漏れ出た。帰らなければいけないのは何故だか分からないが理解できる。しかし、この世界が崩壊する様を目の前にどこかへ行くことなどできない――したくなかった。だって、この世界は己が守るべきもので、守らなければならないもので、いつまでも維持させなくてはならないもので。そんな大切なものが消えていくなんて、耐えられない。
     呟くような泣き声は、崩壊の凄まじい音の中でも届いたらしい。腕を引く少女が振り返る。シアンに縁取られたペツォタイトがこれでもかと強く眇められる。ギリ、と歯が擦れる嫌な音が崩れゆく世界に落ちた。
    「アンタがここにいたいのは分かるわよ! でも、ネメシスには――っ、私の世界には! アンタがいなきゃダメなの!」
     だから帰るの。
     帰ってきてよ。
     耳を撃ち抜く声は、慟哭に、祈りに似ていた。繋いだ手に更に力が込められる。逃がしはしない、離しはしない、絶対に共にいるのだ、と宣言しているような力だった。
     淡く光る緑の数字が消えては表示されを繰り返しながら一つずつ増えていく。『VI』の字が現れた瞬間、青の世界は完全に崩れ去った。
     アァ。レイシスは呆然とした声を漏らす。欠片となって落ち行く青を眺め、少女は苦しげに目を細めた。あまりにも悲痛な光景に、目を伏せる。桃色の睫に縁取られた目の端から、透明なものが溢れ出た。
     瞼の裏には、愛おしい青い世界がずっと広がっていた。




     遠くで愛しい声が聞こえる。愛しい人が己を呼んでいる。ん、と寝惚け声を漏らし、少女はゆっくりと瞼を持ち上げた。途端、視界がオレンジに塗り潰される。あまりの強い色彩に、開いた目を強く細めた。
    「レイシス!」
     オレンジの中、アザレアが広がる。視界いっぱいに広がるそれは、どこか滲んでいた。レイシス、レイシス、と目の前の少女は己の名を幾度も呼ぶ。まるで幼子が親を探し求めるような切実なものだった。
     そうか、己を呼んでいたのはグレイスか。それにしても、何故彼女はこんなにも焦っているのだろう。何故こんなにも泣きそうな声で己を呼ぶのだろう。そもそも、何故この子がここにいるのだろう。ここはヘキサダイバーの最深部で、己は一人で調査していて、そして。
    「あれぇ……グレイス? どうしてここニ?」
     そうだ、調査だ。己はヘキサダイバーにて幾度も起こるバグの調査に乗り出し、深部へと到達したのだ。しかし、記憶はそこまでしかない。辿り着いた後の記憶は、一切合切抜け落ちていた。吐き出す声もふにゃふにゃだ。どうにも呂律が怪しい。泣き出しそうな妹に寄り添おうとしようにも、身体が異常なまでに重かった。バグ調査でこんなにも疲労を覚えるのは初めてのことだ。一体どうしたのだろう。不安がぼやけた頭の隅に生まれた。
    「ちょっとちょっと! しっかりしなさいよ! 大丈夫なのこれ」
     癖のある薄紅梅が勢い良く舞う。射殺さんばかりに鋭い視線の先、大きな時計を抱えたミオンは、胸の前で手を握り不安げにぱくぱくと口を開いては閉じていた。
    「レイシスさんの力が以前よりも減少していたので、時を遡って昔の力を発揮してもらおうとしたんですけど……」
     おろおろとホムクルスは萌黄の瞳を躑躅と桃の間を往復させる。困ったように目を泳がせる少女の横に、大きな影が現れた。乱雑にまとめられた鴇色の髪が揺れた。
    「慣れないことをしたせいで、少し負担がかかったみたいだね。まあ栄養取って寝ればすぐに元気になるよ」
     フーム、と顎に手を当て、識苑は床にへたり込んだレイシスを眺める。風邪じゃないのよ、とグレイスが間髪入れずに睨みつける。だって本当に疲れてるだけだよ、と飄々とした声が返された。プロフェッショナルでありながら重大性を欠片も見せない彼の様子を信じたのだろう、はぁ、と妹は深い溜め息を吐いた。
    「はわわ~……なんだか疲れちゃいマシタ~」
     声に出した途端、どっと重たいものが背にのしかかってきた。識苑が言うには、己は『慣れないこと』をしたらしい。疲れてしまうのも仕方ないだろう。一体何が起こったかなど分からないのだけれど。
    「疲れちゃいマシタ、じゃないわよ!」
     叫び声が耳をつんざく。はわっ、と声を漏らし、急いで音の発生源へと目を向ける。薔薇輝石に映し出されたのは、これでもかと力強く眇められた柘榴石だった。視線に殺傷能力があれば、己などとうに細切れになっているであろうほどの鋭さだ。恐ろしいなんて言葉では収まらない形相だ。女の子がそんな顔しちゃだめデスヨ、と言いたいところだが、そんなこと口に出せば凄まじい罵倒が飛んでくるだろう。何より、この妹が心の底から己を心配してこんな顔をしているということぐらい、疲れ切った脳味噌でもすぐさま分かる。
    「一人で抱え込んで、一人で行動して! いきなり通信消えて! どんだけ心配したと思ってるのよ! バカ!」
     バカバカバカ、とグレイスは幼い罵声を浴びせる。正論である。ヘキサダイバーで起こった数々のバグは、今まで直せはしたものの単純なものだとは言い難い。単身飛び込んでいくなど、愚かと言われても仕方の無いことだ。どうやら己は知らぬ間に自身の力を過信していたらしい。反省すべき部分である。
    「私を頼ったらどうなのよ! そ、りゃ、一回ここに取り込まれた私なんて信頼できないかもだけど……。でも、でも!」
     一人で行かないでよ。
     一人で消えないでよ。
     俯いた少女が涙声で言葉を紡ぐ。ギリ、と歯と歯が擦れ合う痛ましい音が空間に響いた。ばか、と力ない罵声がまたひとつこぼれ落ちた。
     すみマセン、と呟き、姉は地を見つめる妹に手を伸ばす。角を思わせるヘッドギアで彩られたまあるい頭にそっと触れた。普段は綺麗に整えられているアザレアの髪は、今は振り乱されてボサボサだ。常の彼女ならばまず許さない姿だろう。そんなことを気にする暇なく、なりふり構わず己を助けに来てくれたという証左である。妹に心配をかけた。妹に迷惑をかけた。あまりの申し訳なさに、レイシスはきゅっと唇を引き結んだ。悔恨に塗り潰され行く心の端に、温かなものが芽吹く。歓喜だ。大好きで大切な彼女が己の身を案じ、真っ先に助けに来てくれたという事実に対する喜びだ。なんと不謹慎なのだろう。なんと最低なのだろう。けれども、芽生えたそれは消せそうになかった。
    「まったく……最近、航海やらライブやらでなまってるんじゃないの?」
     すん、と小さな音一つ。項垂れていた少女は顔を上げる。そのまま、自身の頭を撫でる姉の目を射抜く。どこか水気をまとった瞳はじとりと細められ、つやめく赤い唇は真一文字を描いていた。
    「ここは私が一度引き締めてあげないとダメなようね!」
     すくり立ち上がり、躑躅の少女は腕を組んで仁王立ちをする。姉を見下ろす瞳には怒りの炎が煌々と燃えさかっていた。はわ、と薔薇色の少女は動揺の声を漏らす。しかし、グレイスはフンと鼻を慣らすだけだ。彼女は太股のホルスターにしまったトイガンを取り出し、地面にへたり込んだレイシスへと向ける。チャキ、と本物そっくりの銃が金属音を鳴らした。
    「明後日から特訓よ! 久しぶりにアリーナバトルするわよ! 分かったわね!」
     だから、今日と明日はしっかり休みなさいよね。
     高らかに宣言する躑躅は、頬を膨らませて呟く。紡がれた言葉は、優しい音色をしていた。指摘すれば、病人相手に本気なんか出せないからよ、なんて言うだろう。恥ずかしがり屋なのだ、この妹は。
    「ハイ。明後日から、よろしくお願いしマス!」
     ニコリと笑って元気よく返事する。何笑ってんのよ、と少しばかり理不尽な言葉が飛んできた。
     何やら言葉を交わす識苑と魂、ミオンとグレイスを眺める中、レイシスはふと振り返る。広がるのは、ヘキサダイバーを象徴する目に痛いほど鮮やかなオレンジだ。けれども、その奥に何かが見えた気がした。懐かしい何かが。
     何だろう、と少女は首を傾げる。ヘキサダイバーはできたばかりの最新鋭システムで、懐かしいと思う要素など欠片も無いはずだ。けれども何だろう、この胸に広がる郷愁は。
     はわ、と疑問符を携えた声が地面に落ちる。ぱちぱちと瞬く瞼の裏側、愛おしい色が散った気がした。
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