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    数年前から書きたいと思ってた地味地味推してたコンビをようやく書けた。嬉しい。もっと早くにやれ。
    気になった人はゲームやってねと言いたいけど今回ばかりは上級者向けコンテンツの話だから言えない悲しみ。

    その後予想通り企画は二つ返事で通った ねぇ、烈風刀。
     すっかりと耳馴染んだ声が己を呼ぶ。モニタから顔を上げ、少年は音の方へと身体ごと向く。椅子を回した先、すぐ隣には鮮やかな躑躅が佇んでいた。勝ち気な目が、少し高い位置から碧をじっと見据える。鮮烈な輝きを放つその中にはかすかな怒りが滲んでいるように映った。
    「レイシスったら、最近なまってると思わない?」
     疑問符がついた言葉と頬に指を添え小首を傾げる様は問いのそれだが、発せられた響きは断言というのが相応しいものだ。ねぇ、と同じ音色をした追撃が飛んでくる。緩く弧を描くマゼンタは、どこかサディスティックな色をしていた。
    「そう、でしょうか」
     気圧されながらも、烈風刀は何とか言葉を返す。静かながらも恐ろしさを感じさせるほどの気迫に、ひくりと無意識に口元が引きつった。
     そうよ、とあからさまに怒気を孕んだ響きでグレイスは言い放つ。可憐な桜色の唇は不満げに尖り、ペツォタイトの瞳が音が表す感情をそのまま映し出すように強く眇められた。
    「航海やらライブやら、ここ最近遊んでばっかりじゃない。せっかくのアリーナバトルもあんまりやってないみたいだし」
     もう、と少女は頬を膨らませる。奏でる音色に、わずかな懸念の旋律が追加された。
     それは貴女もでは、とこぼれそうになった言葉を急いで飲み込み胃袋で溶かして消す。こんなことを言っては、射殺すような鋭い目つきとよく回る舌で否定されるだけである。
     新たに広がった輝かしい世界へと航海に乗り出したのも、アイドルとして大舞台に立ち観客を湧かせたのも、決してレイシス一人だけではない。彼女の妹的存在であるグレイスもいつだってその隣に在った。違うところといえば、躑躅の少女はアリーナバトルに精を出していることだろうか。好戦的な彼女は、新たに手に入れた二丁の愛銃と共に様々な相手と試合を重ねていた。いつだって闘いに身を投じているのだ、この少女は。
     だからね、とアザレアは脇に抱えたタブレットを取り出す。前腕いっぱい使って持ち、華奢な指で操作する。表面を幾度かなぞった後、彼女は薄型のそれを机上に突き立てるようにして少年に画面を向けた。
     目に痛いほど光る液晶に映し出されたのは、細かな文字の大群だった。紙のように表示されたドキュメントファイルの頂点には、『バトル大会企画書』の一文が堂々と鎮座していた。
    「バトル大会を開こうと思うの」
     自信満々な様子で少女は言い放つ。『企画書』と謳ってはいるものの、彼女の中ではもう開催は決定しているかのような声色だ。実際、レイシスに提示すれば二つ返事で通るだろう。世界に一番近い薔薇色の少女はイベント事が大好きで、この世界が賑わせようといつだって全力なのだ。
     並ぶ文章に目を通していく。目的は最近なまっているレイシスの鍛錬、開催場所はヘキサダイバー内バトルエリア、対戦形式は一対一の一本勝負、対戦相手は十人を想定している、と書かれていた。日頃少し幼げに話す彼女にしては、大人びた固い文章だ。相手に読ませ、納得してもらおうと言葉を選び組み立てた努力が窺える。この企画にどれだけ真剣に向き合っているかということがよく伝わってくるものだった。
     参加人数に関する箇所に再度目を通し、烈風刀は小さく首を傾げる。『参加者』ではなく『対戦相手』という言葉選びが引っかかる。まさか、と若葉の瞳が大きく瞬いた。
    「……レイシス一人で十人と闘わせるつもりなのですか?」
    「そうよ。あの子を鍛えるのが目的なんだから」
     否定を求めるような響きをした少年の問いに、少女はあっけらかんと答える。当たり前ではないか、何か問題でもあるのか、という音色をしていた。
    「一対一の形式とはいえ、レイシス一人で十人を相手取るのはさすがに体力的に厳しいと思います。多くても八……いえ、六人では?」
    「なまってはいるけど、あのレイシスよ? それぐらいいけるわよ」
    「鍛え直すのが目的ならば、いきなりハードなものから始めるのは効率が悪いのでは? 簡単なものから始め、徐々にレベルを上げていくべきかと」
     そうかしら、とグレイスは顎に人差し指を当てる。ぱちぱちと可愛らしく瞬く目の動きと色は、心底不思議そうなものだった。
     なまっている、と厳しく評価しているものの、彼女はレイシス本来の力はしっかりと認めている。誰よりもレイシスと闘い、その実力を肌で感じ、身をもって思い知らされたのは、重力戦争時代敵対していたこの少女なのだから当たり前だ。確かな力があることを理解しているからこそ、こんな無茶な想定をしたのだろう。指摘されるまで疑問を一切持っていないことから、どれだけ姉を高く評価しているかが分かる。
     そうね、と頷き、躑躅は机に立てたタブレットを手元に戻し操作する。再び同じ形で向けられた画面には、指摘通りに修正された数字が映っていた。素直に聞き入れてくれた事実に、碧は内心胸を撫で下ろす。世界を愛するあの少女は、どれだけの無茶も『楽しそう』の一言で受け入れてしまうのが容易に想像できる。己たちが未然に危険を取り除かねばならないのだ。
    「で、本題なんだけど」
     どこか弾んだ調子で少女は言う。言葉を発する口の端は、にまりと不穏な擬音が聞こえるかのようにつり上がっていた。嗜虐的な色すら見えるその表情に、少年はわずかに身を強張らせる。何か悪巧みでもしているのだろうか。しかし、己の性格を知っている彼女がそんな話題を振るとは思えない。咎められることなど明らかなのだ。では、一体何なのだろう。
    「あなた、参加してみない?」
     警戒心でいくらか細まった浅葱を、躑躅が覗き込むように見つめる。予想外の言葉に、烈風刀は眇めた目を見開く。驚愕を表すように、澄み渡る碧が幾度も瞬いた。
    「僕が、ですか?」
    「そう。あなたぐらいの実力ならレイシスと十分闘えるでしょ? 対戦相手としてぴったりだわ」
     端が持ち上がった可憐な口で、少女は信頼に満ち溢れた声と答えを投げかける。にっこりと弧を描く目は、名案だと語っていた。
     どう、と柘榴石がまっすぐに孔雀石を見つめる。射抜くような視線から目を逸らし、少年は顎に手を当て軽く俯く。悩ましげな唸りが二人きりの空間に小さく落ちた。
     目的はともかく、彼女の企画は魅力的に映る。自身もアリーナバトルは体験しているが、あれはとても面白いものだ。それよりも本格的な形式をしたこのバトル大会には、強く興味をそそられる。企画者である彼女があれだけ評価しているレイシスと闘うことができる実力の持ち主だ、と判断されたのも喜ばしい。そこまで言われては、期待に応えたいという気持ちが生まれるというものだ。
     しかし、と理性が諫めるように冷静に発する。闘いの相手はあのレイシスだ。己が命に替えてでも、どんな犠牲を払っても守るべき少女だ。『バトル大会』というスポーツ的な側面が大きなイベントとはいえ、彼女に武器を向けるのはいかがなものだろうか。否、考えることすら許されないことである。もう守るべき相手を傷つけることなどあってはならないのだから。
     でも、と何かが心の奥底から叫び声をあげる。でも、でも、と聞き分けの聞かない子どものように繰り返すそれはどんどんと大きく強さを増し、理性を気圧し追いやった。
    「――分かりました。引き受けましょう」
     床を映していたエメラルドが、目の前のスピネルをまっすぐに射抜き返す。鮮やかな碧の中には、決心と好奇心が宿っていた。
     レイシスは守るべき少女だ。しかし、同時にネメシス随一の実力者でもある。そんな相手と手合わせができる。こんな機会、もう二度と無いだろう。実力者と闘いたい。アリーナバトルにも積極的に参加する碧にとって、彼女の提案はこれ以上無く魅力的に映った。それこそ、いつでも確かな判断を下す理性が頭の隅に追いやられるほど。
     向けられたはっきりとした声と真剣な瞳に、少女はパァと顔を輝かせた。やった、と弾んだ小さな声があがる。どうやら、引き受けてもらえないと思っていたらしい。当たり前だ、相手はレイシスを愛しレイシスを守る烈風刀なのである。大多数の人間はそんな提案をするという選択肢が思い浮かばない。人より少しだけ深く彼を知るグレイスだからこそ、話を持ちかけようと考えられたのだ。それでも受け入れられると思われないほどなのだが。
    「じゃあ、全部用意できたらまた連絡するわ」
     スリープ状態にしたタブレットを脇に抱え、躑躅の少女はにこやかな笑みでそう告げ踵を返す。その様子に、碧の少年は呆けた声をあげた。待て、全部と言ったか。全部と言ったのか、この少女は。
    「待ってください。もしかして、貴女一人で全て用意するつもりですか?」
    「そうよ。企画したのは私なんだから当たり前でしょ」
     驚愕に口元を強張らせる少年に、少女は当然のように返す。まるで常識を語るような調子だ。どうしたのよ、と問う声は不思議でたまらないと語っている。こちらがおかしいのではと錯覚させるほど、純粋な音色をしていた。
    「そんな大型企画、一人で準備するのは不可能ですよ」
    「でも、やるしかないじゃない」
     私がレイシスのために用意するのよ、とはっきりとした声が否定の言葉を横一文字に切り捨てる。自信と決意に溢れたものだ。しかし、その丸くつややかな目には少しの不安と意固地な色が浮かんでいる。こんな大きな舞台を一人で準備し、大人数に声を掛けまとめあげるなど、どれだけの時間と苦労がかかるか分からない。憂慮が浮かぶのも当然である。自信家のように見えて臆病な側面も持つ彼女なのだから尚更だ。
    「僕も手伝いますよ」
     へ、と今度は少女が声をあげる番だった。協力者が現れるなど、想像すらしていなかったらしい。本当に一人で全て背負い込もうと決意していたことがよく分かる音をしていた。
    「貴女一人だけでは何ヶ月かかるか分かりません」
    「でも……、いいの? あなたも仕事あるでしょ?」
    「貴女の方がもっと忙しいでしょう。そんな中、一人で会場を手配し、対戦相手を見繕い、全てのセッティングをするつもりなのですか? 倒れますよ」
     不安でわずかに揺れる声を、冷静な声が切り払う。少し前に資格を取ったグレイスは、晴れて夢であったナビゲーターとなり、レイシスと共に日々の業務を行っている。十分激務であるのに、そんな中でこんな大型企画を一人で動かすだなんて無茶という言葉では済まない。多少なりとも自覚はあったのだろう、うぐ、と細い喉から気まずげな声が漏れたのが聞こえた。
    「とは言っても、僕一人だけではまだ手が足りません。他の人にも協力を仰ぎましょうか」
    「……協力してくれる人なんているのかしら」
    「いますよ」
     皆が貴女のことを認め、好いているのですから。
     一転して自信を失った音を、柔らかな音がすくいあげる。恐れを抱えた子どもを落ち着けるように、烈風刀は微笑みを浮かべ、眉尻を下げたグレイスを見やる。温かな言葉と表情に、少女は面食らったようにぱちぱちと何度も瞬きを繰り返した。好意を全面に出されたそれに、白い頬にさっと朱が刷かれる。
    「そろそろ頼ることを覚えた方がいいですよ」
    「うるさいわよ……」
     愛おしげに細まった藍晶石に、躑躅の少女は頬を膨らませる。眇めた目を逸らしむくれる姿は、いじけた子どもそのものだ。ふふ、と思わず笑みが漏れる。何笑ってんのよ、とうっすらと怒りが滲む声が向けられた。
     分かったわ、と少女は普段通りのよく通る声で紡ぐ。そこにはもう、不安の色など無かった。
    「頼りにしてるわよ」
    「えぇ、任せてください」
     どこか嬉しげに尖晶石の目を細め、グレイスは少し弾んだ声で言う。ふふん、と鼻を鳴らす彼女に、少年は穏やかな笑みと音色を返した。
     とりあえず企画書のデータをください。分かったわ。他に誰か声を掛けましたか。まだだけどリストは作ってあるわ。これよ。
     机に置いたタブレットを囲み、二人は言葉を交わす。白い指が二本、液晶画面の上を幾度もすべっていった。
     一人の少女から始まったこの企画が、会場から溢れるほど大勢の観客を集めるような凄まじい規模のものになることは、まだ誰も知らない。
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