涙袋をきらきらにしたい夜もある待ち合わせまであと数十分。彼の性格的にとっくに指定の場所で立っていそうだが約束は約束だからもう少しだけのんびりしていく。
コンビニで買った常温の水を開けて喉を潤し、ついでにかさついた唇にリップクリームを塗る。無香料で色味も何もないものだが塗るだけで不思議と気分が上がるのだ。
駅の連絡通路を歩く最中にあった鏡に自分が映る。リップクリームで艶が出たのだろう、今日は顔色が随分といい。立ち止まって前髪を整えるともっと綺麗にしておきたいという欲が芽生えた。
僅かにべたつく唇を何度か開いて閉じて、それからふらりとドラッグストアに入る。
駅ナカの狭い店だから最低限の品揃えしかない、と思いきやメイク系のものは大概揃っていた。郭嘉とて特別詳しい訳ではない。しかしどれが何処に使うべきものかくらいは把握している。
（普通こういうのは出かける前に済ませるものだろうけど、ね）
安いけれど自分の肌の色に合ったスティック型のアイシャドウを選んで買った。すぐにトイレへ向かってろくに使い方も読まずに封を破ってキャップを開く。洗面台の鏡に向かって僅かに微笑み、ふっくらとした目の下にそっと乗せていけばそれだけで目元が華やいだ。
途中、用を足し終えた他の利用客が手を洗いに隣に立ったが特に郭嘉を気にするような素振りはなかった。
その間に指で丁寧に整えて、ゆっくりと瞬きをする。じっくりと見なければ気が付かないくらい、しかいいつもとは違う雰囲気の己がそこにいた。
鞄の中でスマートフォンが震える。時間が過ぎてしまったのかもしれない。手を洗って買ったばかりのそれはリップクリームと一緒に胸ポケットへと仕舞い込んだ。

おまたせ、と待っている荀彧の視界にそっと入る。駅前には待ち合わせをしているであろう人々で溢れていたが背の高い彼はすぐに見つかった。
「遅くなってしまって、ごめんね」
「いいえ。大丈夫ですよ」
優しく答えた荀彧は言うや否や郭嘉の首元へと手を伸ばした。防寒として付けてきたマフラーが先ほどの支度で乱れてしまったようで、指摘しながら彼が直してくれた。
「きちんと巻かないとすぐに冷えてしまいますから……」
人混みの中だろうと関係ないらしい。大の大人だというのに幼児と変わらない扱いだが案外嫌ではなかった。微笑みながらされるがまま、郭嘉は荀彧を見つめる。
コートの中に風が入らないようにと胸元を押さえられた。その瞬間に二人の視線が交わる。
「……どうしたのでしょうか」
「何が？」
「今夜は、どうにも輝いて見えます」
一瞬何のことか分からず唇を小さく開いたがすぐに目元の話だと悟り郭嘉は笑みを深めた。
「どう？」
「何か施されているのですか」
「うん。好き？」
ストレートに尋ねれば胸元に置かれていた手が面白いくらいに強張った。それがあからさま過ぎて思わず吹き出してしまう。
当然彼の気に障ったようで、軽くだがデコルテの辺りを叩かれた。
「……似合っていますよ。貴方はまこと、洒落たものがよく似合いますね」
「それは本心？それとも嫌味かな？」
「私は好きですが。それより、早く行きましょう」
呆れた顔を見せられる。が、割と好意的に思っているときのそれだ。付き合いの長さ故か郭嘉には何となくだが読み取れた。
「涙袋をきらきらにしておきたい夜もあるんだよ」
「ではそちらを落とすのは私にさせてくださいね」
人の波に紛れて手を繋ぐ。手袋をしていない荀彧の手は思ったよりも熱く、冷えた郭嘉の爪の先にじんわりと熱がうつっていった。