会いたかった「零」
いい響きだと、思う。
あいつにこそ似合う名前、あいつだから、零だからしっくりくる。
そんなことを思いながら、何度も零の名を呼ぶ。こんな牢の中から、それも中王区でこの名を呼んだところで、返事など返ってこないというのに。
我ながら、未練たらしい、女々しいと、そう思う。
それでも
「零」
呼ばずに居られない名前。生涯でたった1人の、愛した男の名前。…これで返事さえ返ってきたら
「おーおー、そう何度も呼ぶんじゃねぇよ」
「……は」
思わず、顔を思い切り上にあげた。
牢の外にいるのは、会いたくてたまらない、愛してやまない存在だった。
ああ、嗚呼、あの時から変わらない、綺麗な顔。相も変わらず美しい顔。
しかし何故かその顔は煤汚れている。それでも美しいことに変わりは無いが。
「……しっかし、ここは随分静かだな。防音対策バッチリじゃねーか」
確かにここは静かだ。薄気味悪いくらいに。
俺と、零。2人の声しか聞こえない、2人だけの空間。
……そういえば
今日はずっと、監視の女が居ない。1度も見ていない。本来、2人だけになれるはずなどないのに。それに加えて、煤汚れた零の顔。よく見れば身体中に小さな傷があり、服も破れているところがある。
そこまで考えて、ひとつの説が浮かぶ。
「…ま、さか」
「ハハッ、やぁっと気付いたのかよ、閹廠」
___ほら、出るぞ
ガシャ、と大きな音を立てて牢の扉が開く。出られる。アイツらに会える、やっと自由に動き回れる___
……いや、それよりも
「やっとお前に触れられる……」
触れるだけの、柔いキスを交わす。
照れくさそうに、それでも嬉しそうに笑う零が愛おしくて、ああ、今度こそは守りきるさ。