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    chest0120

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    chest0120

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    お題「続く/コンティニュー」
    タイムリープ🦨くん

    どちらまで?3ワンドロ「すみません、新宿までお願いします!」
     中華チェーン店の前を横切る個人タクシーを呼び止め、目的地を完結に伝える。財布の中にはいくら入っていたか。紙クズになる宝くじはもう買わなかったから、少なくとも二千円以上は渡せるはずだ。俺の神様になった、これからなる人相手に運賃を踏み倒そうなんて考えてはいけない。
     車は夜の街をひっそりと走り出す。往来を歩く人の服装はまだ秋服で、小戸川さまに至っては半袖だ。
    「小戸川さまは、過去をやり直したいって思ったことはありますか?」
    「初対面の奴にさま付けで呼ばれる筋合いないんだけど」
    「映画とかでもよくあるでしょ。あの日に戻れたら、あれをやり直せたら」
     その言葉を今まさに実体験していると、正直に話して信じえもらえるとは思わなかった。未だに自分自身でも半信半疑なのだ。俺を監禁した人達の顔が並んだニュース画面の現実味の薄さ、有象無象から推しが糾弾されようと消えなかった未練。ひた走るこの青梅街道は、そういったものが綯い交ぜになった都合のいい幻想の延長線に過ぎないのかもしれない。
     運転席の背面に設置されたフライヤーを手に取った。三人の少女の切り抜かれた笑顔が俺を見ていた。道路の凹凸に揺れる紙袋の中で、買えるだけ買ったCDがカチカチと震え滅入る。
    「俺、ミステリーキッスが大好きなんです。彼女達に、二階堂ルイにステージの上からてっぺんを見せたい」
     街頭が手元を照らす。暗くなる。また照らす。例え再演の夢だったとしても、諦めも後悔も残したくない。現実なら尚更だ。三度目の正直という言葉が脳裏に浮かんだ。そう、こうして二〇一九年の十月を繰り返すのは三回目だった。
    「その為なら俺、なんでもできると思うんです。きっと今も、未来も変えてみせるって」
    「話の脈絡全く無いな」
     俺が未来を変える。ミステリーキッスが、二階堂ルイが、ダイヤモンドが傷つかない未来を掴み取ってみせる。
     何千万分の一の幸運を掴み取ったこの手にはいよいよ奇跡みたいなチャンスまで降って湧いた。そんな俺なら、きっと。
    「……ところで、小戸川さまって運良さそうですよね〜? いや超良いに決まってますよ!」
    「どんな偏見だよ。……まあ確かに、昔死んでもおかしくない事故で助かったから、運良いのかも」
    「それですよそれ! 運を転がす手って書いて運転手ですもん」
    「昔の話だって言ってるだろ」
     車は歌舞伎町の交差点で止まった。同時に携帯を取り出すが、あくまでポーズだ。俺の人生を変えた七つの数字はいつだって何度だって暗唱できる。
    「新宿着いたけど、この辺でいいか」
    「はい、大丈夫っす! あの、小戸川さまの好きな数字七つ教えてもらっていいですか? 三十七までで」
     ただ、会話の一言一句までは流石に記憶していない。大筋が変わらないだろう言葉を慎重に選び取って組み上げる。きっと重要なのはそこではないから。
     小戸川さまが自分の端末を操作して、記憶と寸分違わぬ番号を淡々と読み上げる。サウナのロッカーの番号だと教えてくれたっけ。運命は思いもよらないところにばかり転がっている。
     居ても立っても居られなくて、小戸川さまがドアを開けてくれるのも待てずに宝くじ売り場に飛び出そうとして、慌てて財布を取り出した。料金メーターを見る時間すら惜しい。あの時の小戸川さまは新宿までいくらと言っていたっけ。二千円? 三千円?
    「おっ、なんだか良さげですね〜! ありがとうございます、俺、絶対当てますから!」
    「おいお釣り、いいのかよ」
     くしゃくしゃの五千円札一枚を叩きつけて走る。これから当選させる十億円に比べればはした金にしかならない金額になんて構っていられない。俺は未来を変えるんだ。
     既にマネージャーの山本さんにはアポを取ってある。未来を、結末を知っている証左に俺が示したのはこの宝くじだ。彼が俺を信じて軌道を変えてくれれば、ああその為に二階堂ルイの応援アカウントで当選を報告するのは止めた方がいいか、取れる狸の皮算用は止まらない。息が上がる。
     当選が確定した宝くじを握りしめて振り返る頃には、小戸川さまのタクシーは夜の中に消えていた。
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