Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    CitrusCat0602

    @CitrusCat0602

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 124

    CitrusCat0602

    ☆quiet follow

     ぱきり。ぱきり。音がする。銀色の瞳で彼女は瞬くように光を放つそれが収められた円柱の水槽を見た。罅が広がり、やがてガラスが割れ崩れ、中になみなみと湛えられていた液体がこぼれ金属製の床を濡らす。手を伸ばしその鉱物のような、それでいて脈打つそれを手に取った。足音が部屋の外から聞こえ、彼女はつい、と視線を向ける。
     床に力なく倒れている種子を抱き上げる女王、唖然とした表情でこちらを見るエルフの姫君、そして。

    「アルローリア……!」

     純正の炉心、救世の旅をしている蛍星を彼女はただ見つめる。そこにいるのがアルローリアではないと理解し、彼は表情を険しくした。

    「あなたは……誰ですか?」

     もう大方予想はついているのだろうに、彼はそう尋ねてくる。アルローリアの身体を使って、それはにこりと色のない笑顔を見せた。

    「初めまして、蛍星。ぼくの名はアローシェ。偽造品に過ぎないけれど、きみと同じ炉心だ」

     彼女は手の内で自らの心臓を転がしながら、反応を伺うように一同の顔をぐるりと見回す。シュネーヴがかつ、とヒールを鳴らしながら一歩近づいて来たので、アローシェは彼女を見た。

    「……あなたは、リアの身体を使って役目を果たそうとしているのではないかと、女王から聞きました」
    「その通りだよ」
    「それならばなぜ……なぜ今まで我々にそのことを話し、協力を仰がなかったのです?」

     シュネーヴを見下ろし、アローシェは目を細める。

    「……この子はぼくを受け入れるに足る器だ。だけれど未成熟だからきっと壊れてしまうだろう」

     アローシェの手の中で、炉心の心臓が光を強めた。それに嫌な予感を感じ、力づくで止めようとカノープスは踏み込んだ。

    「命令だ、女王。蛍星と雪の一族を足止めしろ」
    「アローシェ……」
    「逆らうな」

     ぎぎ、と不自然な動きで女王が動いた。既に駆け出しアローシェに手を伸ばしていたカノープス目掛けて木の根が叩きつけようとするように伸びてくる。咄嗟に彼はそれを避け、床を木の根が砕くのを見た。女王は逆らおうとしているのだろうか、苦しげに胸を押さえて床に座り込んでいる。ぎちぎちと音をさせながら木の根は部屋の奥にいるアローシェを守るように伸びた。炉心の心臓は更に光を強め、アローシェは視線だけをカノープスに向けた。

    「そこで見ているがいい、愚かな炉心。ぼくはこの子に恨みは無いが、おまえにはある。だからこの子を使う。」

     シュネーヴはじっとアローシェを見る。木の根に触れ、無理矢理ちぎるなり切ってしまうなりできはしないだろうか、と調べるも、やはり力強く太い根は簡単に処理できそうには見えない。

    「その子は……、リアはあなたの為になろうとしていたのに、あなたはその子を道具としか見ていなかったのですか」
    「そうだよ。そうでなければこんなことはしていない」
    「……そうですか」

     シュネーヴは目を伏せる。アローシェはもう話すこともないだろうと心臓に目を向ける。光は更に強まり、不要な肉の壁もないそれはぐるぐると周囲にエネルギーを渦巻かせた。それを器に流し込もうとアローシェは心臓を掲げる。
     そして飛来した何かに心臓を叩き落とされた。からん、と心臓が床に落ち、エネルギーが霧散する。

    「……な、?これは……硝子……?」

     唖然とアローシェは床に転がるそれを見ていたが、ごう、と音がして根の方へ目を向けた。根は青い炎に飲み込まれ炭化し、ぼろぼろと床に落ちていく。かつん、かつんと、ヒールを鳴らしながらカノープスが炎の中を進み、アローシェの視界に姿を現す。

    「……忘れてたな。蛍星は炎を使えるんだったか」
    「アルローリアを返してください」
    「……なら取引をしよう。嫌だと言うならこの子の身体を完全に奪う」

     カノープスは暫し黙り込んだ。しかしアルローリアの身体を握られている現状は変わらず、こちらが彼女を諦めるという選択肢も取れないので、それを呑む他なかった。

    「……わかりました。取引の内容を教えてください」
    「単純なことだよ。ぼくの身体をーーー」

     肉を裂く鈍い音と、何かが砕ける音がした。それがどこからするのか、アローシェは一瞬理解ができず、続いて自分の胸から生えている何かを見て漸く状況を理解する。カノープスが目を見開き、何かを言おうとしたのを見た。ぱらぱらと、砕けた赤い鉱物のようなものが床に落ちる。

    「リア……?」

     シュネーヴが小さく小さく少女の名をこぼすのが聞こえた。アローシェは答えず、アルローリアも答えない。
     ずるりとアローシェ……幼い子供の心臓を砕いたそれが抜け落ちる。カノープスは力の抜けた人形のようにくずおれる身体を抱き留めた。赤い液体に濡れた、蠍の尾のようなそれがゆらりと揺れる。それは床の一点から伸びていた。

    「いやぁよく寝たわぁ。つーかなんか騒がしいから起きちまったよ」

     そんな声がした次の瞬間、ぐずぐずと床が融けるように腐り、カサカサと小さな黒い虫のような何かが無数にそこから這い出てくる。最初に飛び出したのは腕だった。黒い液体に塗れた人の腕。それはゆっくりそこから伸びて肘関節を曲げ、床に手を着くと身体を持ち上げるように力を込めた。ずるずると何かは黒い液体に塗れながら這い出てくる。

    「そんな、そんなっ、うそ、」

     力なく座り込んでいた女王がひどく怯え、震えた声を上げ始めた。やがてそれは全身をそこから露出させる。

    「おっ、誰かと思ったらお前らかぁ!」
    「……は、」

     誰かが息を吸い込むのが聞こえた。黒い液体が地面に流れ落ち、その下から見えた顔にはよく覚えがある。今更驚くべきことでは無いとわかってはいるものの、この状況を生み出した何かの顔としてその顔が出ているという事実にカノープスは狼狽した。

    「よぉ、お初!とはいえお前らにとっちゃあ見慣れた顔だろうけど」
    「……何故、」
    「何故ドグマと同じ顔なのか知りたいって?そりゃあ気になるよなあウンウン!でもよぉ、んなこと聞いてる暇あんの?死にかけてんじゃん、その仔犬」

     カノープスは腕の中でぴくりともしない子供を見る。胸に空いた穴からは血がとめどなく溢れていて、それ以前に心臓が砕けた以上望みは薄く、今宇宙船に戻ったとて治療してもきっと……。

    「カノープス、リアを、早く戻りましょう、リアが……、」

     隣までやってきたシュネーヴが泣きそうな声でたどたどしくそう懇願するのを聞きながら、上手く思考を回せないカノープスはただ呆然と子供を見た。カルメンに言われた通り連れてこなければ、だとか、自分がもっとちゃんとアルローリアを見ていれば、だとか、とめどなく色んな考えが頭に浮かんでは消える。
     一向に動かない彼らに、話が進まないじゃないかと何かはため息を吐いた。

    「おーい。何かしらしなくていいのか?俺好き勝手しちまうぞー?」
    「……、け 、いせい、」
    「……あ?」
    「心臓を、ぼくの心臓を……早く、」

     ごぽ、と血を吐きながらアローシェがそう言う。弾かれたようにカノープスは近くに転がる炉心の心臓に手を伸ばした。何かは面白そうにそれを邪魔しようとして、女王の根に阻まれる。

    「おっ、お嬢ちゃんまだ全然元気じゃーん!久々に俺と遊ぶ?」
    「……、ええ、遊びましょう、バアルヴェル。」

     女王は振り向くと部屋の入り口からこちらを覗くバイアクへーに目配せをした。アローシェの心臓を片手に持ったカノープスの首根っこを噛んで勢いよく持ち上げ、背中に放り投げる。そしてシュネーヴも同様に背中に乗せると羊を咥えて地上へと急いだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works