スパイにとって、他人に油断した姿を見せるのは文字どおり命取りである。たとえそれが眠りについている状態であっても、気配や物音に対して即座に反応できなければやっていけない仕事なのだ。
その点においても、西国一の腕利きと謳われる諜報員<黄昏>は完璧だった。スパイになってから24時間365日、彼は常に周囲に対しアンテナを張り巡らせていて、就寝中だろうが近づくのは容易ではなかったのである。――そう、オペレーション<梟>が始まるまでは。
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ボフッという音とともに衝撃を身に受けた瞬間、深い眠りについていた<ロイド・フォージャー>の思考回路は一気に覚醒した。
「……ヨル、さん?」
見れば、寝室を別にしている妻役のヨルがこちらのベッドの上に倒れ込んでいる。小さく寝息を立てて眠るヨルはうっすらと笑みを浮かべていて、この様子だと夢見は悪くないらしい。万が一を気にして脈拍などを確認したが、いたって正常の範疇内だ。
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