とある隠の皮算用「ん……どこ手ェ突っ込んでんだァ」
「…………」
「あぁ、問題ねェな」
「…………?」
「ははっ、かもなァ」
こちらは風柱の不死川様がいるお部屋です。
任務でお怪我をなさり、ここ蝶屋敷にて手当てを受けた後、しばし安静にするようにとこちらのお部屋でお休みになっておられます。
お薬の時間になったのでお届けに来たのですが、どなたかお見舞いにいらっしゃっているようで、扉越しに聞こえる風柱様の楽しそうな声に中へ伺う機会を逃してしまいました。
そりゃあ驚きますよ、あの風柱様の笑い声が聞こえたのですもの。え、あの般若笑うの?と、耳を疑って引き戸にかけた手を止めて固まってしまいました。
すると、聞こえてくる声の様子が変わりました。
話し声ではなく、もはや吐息。囁き声に紛れ聞こえる水音。荒くなる呼吸音。ちょっと待ってこちら病室ですぞ風柱様ぁ。間違いない、この音は、間違いない。戸にかけている指先にほんの少し力を入れれば隙間が開く……しかし相手は風柱様ですから、バレたらこの命、無き者にされるのは間違いないでしょう。覗きたい、しかしまだ生きたい……聞こえてくる音に中の様子を巧みに想像しながら息を殺して佇んでおりました。
「隠さん、大丈夫ですか?」
心の臓がまろび出るとは、こういう状況の事を言うのでしょう。竈門炭治郎の声に、まさに心臓だけが宙を舞い、ぎりぎりのところで身体に戻って来たようでした。危ない危ない死ぬならせめて中の光景を見せてくれ……いや違うそうじゃない。目玉だけ声の主に向け「お客様が居るみたいで……」と声を絞り出して答えました。
すると竈門炭治郎は満面の笑みを見せながらスンと鼻を鳴らして言いました。
「蛇柱の伊黒さんが来ていたみたいですね。でも、もうお帰りになったようですよ」
なんだって?蛇柱様だって?鳩が豆鉄砲を食らったような衝撃を受けました。
長い髪を振り乱し、自らの小指を噛んで声を押し殺し、動けない風柱様の上で腰を動かしながら快楽に溺れる美女は何処!想像上の艶やかな女性が、ネチネチとした陰険な男にすり替わり、ただただ肩を落としました。俺が聞いたのは幻聴だったのか。疲れてんのかな、俺。
「お薬、お持ちしましたー」
そう言って戸を開けると、全開の窓から風が吹き抜けました。寒いな畜生。
お薬を飲んだ風柱様は、もう少し横になるとのことでしたので、さっとお部屋を出てまいりました。
すると目の前にはまだ笑みを携えたままの糞坊主もとい竈門炭治郎が居りました。そして、そっと俺に近づくと耳元でこう囁いたのです。
「情事の盗み聞き、気づかれてますよ」
………………なんだって?
【終】