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    2月4日 恋せよ音のなるほうへ! の展示小説です。
    月鯉 明治軸 ハピエン 全年齢 
    続きの18禁も同じくポイピクにあります。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    夢見る少尉殿【鯉】

    今日も訓練と書類仕事が終わった。
    私は机の上の書類を重ねて補佐の月島軍曹に渡すと、大きく伸びをする。バキリと背中が鳴った。

    「お疲れ様でした、鯉登少尉殿」
    「うん、今日は少し疲れた」
    日頃そんな事を言わない私から愚痴のような言葉を聞いて、月島軍曹が目を丸くする。
    「珍しいですね、少尉殿が疲れたなどと言うのは」
    「昨日遅くまで将校の集まりがあったのだ。偕行社でな。集まるのは良いがその辺の集会所で済ませて欲しい」
    「なるほど。それはお疲れでしたね」
    「そうだぞ「新品少尉殿」なんて揶揄されながらも頑張っているのだ」
    冗談めかしてそう言うと、月島の眉がピクンと跳ね上がった。
    あっ、まずい、

    「誰です。そんな事を言うのは。宇佐美ですか尾形ですか」
    「二択か!いや、気にするな、今のは余計だった、忘れてくれ」

    私は口を噤んで「それでは先に失礼する」と席を立った。
    今夜は夜に何も無いので、食事をしたら風呂に入って早く眠るとしよう。読みかけの本も気になるが、一日くらい読まずとも本の内容が変わるわけではなし、
    欠伸をかみ殺しそう考えながら帰路についた。

    布団はいい。
    そりゃ戦争に行ったら布団になど寝れないだろうし、他色々な任務に就いたとしても布団で寝られない時もあるだろう。
    しかし布団で眠れる間くらいはぐっすりと眠ろうではないか。
    そう言えば、軍曹達が眠っている布団はきっと薄っぺらいんだろう。
    今度ここに呼んで自宅から届いた新しい布団に寝て貰うか。いつも世話になっているしな。

    「おやすみなさい」

    子供の頃からの習性で、誰も居なくてもお休みの挨拶をして眠りについた。



    「月島ぁ」
    「どうしました、鯉登さん」

    …………?
    なんだ、これは、夢か?

    月島と私が、外国みたいな部屋に住んでいる。
    外国みたいな部屋なのに、そんなに広くない。むしろ狭い。
    薄っぺらい板に動く映像が映っていて、誰だか分からん人間の声まで聞こえてくる。はて、これはなんだ?
    あと部屋の隅っこに妙に背の高い四角いモノがある。
    台所も小さくないか?こんな広さでは釜で飯が炊けないだろう。大体釜が見当たらない。
    それとも兵舎のように炊飯する場所は別にあるのだろうか?

    間違いなくこれは過去の夢ではない。
    想像上の夢か?
    もしかして未来の夢だったりするのか?
    しかし今の時代から我々が死ぬまでの間に、この様な世界になるとは思えんしな……。
    月島を招いてふかふかの布団に寝かせてやろうなどと思ったからこんな夢を見たんだろうか。
    そうだとすれば我ながら暗示にかかりやすいものだ。

    机の上に、白米と四角いパン?らしき?ものが乗っている。
    見ていると、白米は月島側に、四角いパンらしきものは「鯉登さん」と呼ばれた男側にあるようだ。
    なんだこんな薄っぺらいものより私だって白米がいいぞ。

    私自身はそう思うのに、夢の中で月島と向かい合っている私らしき男は嬉しそうに「うふふ」と笑っている。
    この笑い方は知ってるぞ。私のする笑い方だ。
    と、言う事はやはりこの私は私なのか。
    確かに顔は私だし、声も喋り方も笑い方も私のようだ。

    しかしなんだな。
    第三者として自分を見るのは不思議な感じがする。
    あとおかしな服を着ている。
    二人とも軍服はどうした軍服は。寝起きならば浴衣か寝間着だろう。
    そんなまるでうさぎのようなもふもふした衣類を身につけおって。
    …………暖かそうだし可愛いし、ちょっとばかり羨ましいとは思っていないぞ。決して。

    「鯉登さん、身体は大丈夫ですか?」

    身体?
    なんだ?この私は体調を崩していたのか?
    見たところ顔色も悪くないようだが。

    「大丈夫だ。ちょっと腰が痛いが」
    「すみません、無理させましたね」
    「いいんだ、二回目のは私が頼んだんだからな!」
    「ふふ、しかし一回目と三回目は私がお願いしましたからね」

    ??
    一回目とか二回目とか何なんだ?
    腰が痛くなるとか?相撲か柔道でもやったのか?
    確かに月島軍曹と柔道をやるとポンポン投げられたりもするが。
    剣での戦いなら負けんのだが本気でやると頭をかち割ってしまうしなかなか気を使う。

    「月島に抱かれて嬉しかったぞ!」
    「そ、そう言って頂けると……」
    「はは!照れているのか!」
    「鯉登さん!ほら!朝ご飯冷めますよ!」
    「食べる食べる!」

    …………は?

    つ、つ、つ、月島に、抱かれただと!?
    おい!私!のような男!
    何をとんでもない事を言っているんだ!
    そんな嬉しそうに言っている場合か貴様!

    え、ええーーー……。



    パカリとまぶたが開いた。

    …………な、な、な、なんだ、今の夢は。
    ガバッと身体を起こして、周りを見回す。
    畳と布団、本棚のあるいつも通りの殺風景な部屋だ。
    長椅子や謎の四角い背の高い箱や音の鳴る薄い板なんかもない。

    時計を見るが、まだ三時を過ぎたところ。

    …………いや、いやいや。
    悪い夢だ。
    私と月島軍曹が、そんな事に、そんな関係になる未来があるだなんてそんな筈がない。

    私は再度布団に潜り込み、頭から布団を被った。
    目をつぶっても、先ほどの幸せそうな私と月島軍曹が脳内から消えなかったが、無理矢理目を閉じて眠りについた。




    【月】

    鯉登少尉殿が目を擦りながら大きく伸びをした。
    朝から訓練で、午後からびっしり書類仕事だったから眠いのだろうか。

    「お疲れ様でした、鯉登少尉殿」
    いつもと同じく声をかける。
    いつもなら「月島軍曹もな!」なんて返ってくるのだが、今日は目をしょぼしょぼさせた上、少し弱々しい声で「うん、今日は少し疲れた」なんて答えてきた。

    えっ。
    鯉登少尉殿がそんな事を言うなんて滅多に無い。
    具合でも悪いのだろうか?
    訝しげに顔を見つめ「珍しいですね」と問うと、昨夜将校の集まりがあったと教えてくれた。
    なるほど、それは疲れるだろう。
    鯉登少尉殿は集まり自体は必要があればもちろん行くが、ついでに酒が出るとイラっとするらしい。
    よく「酒など入ってロクな話が出来るものか。酒を出すなら早々に帰らせろ。一人で飲んでた方がまだマシだ」と愚痴っている。
    「お疲れでしたね」と労りの言葉をかけると、鯉登少尉殿がいたずらっ子の様な顔を見せて「新品少尉などと揶揄われているが頑張っているんだぞ」と笑って見せた。

    はあ?

    ひくりと顔が引きつる。
    鯉登少尉殿の事を新品だのと悪口を言うのはどこのどいつだ。
    まあ、想像はつくが。

    宇佐美上等兵なのか尾形上等兵なのか聞き出そうとするも、鯉登少尉殿は慌てたように「忘れてくれ」と言ってそそくさと帰っていった。

    「まったく……上等兵達ときたら……」
    すっかりあの二人のせいだと決めつけて、俺はぶつぶつ言いながら書類を提出する為に廊下に出る。
    鯉登少尉殿ではないが、俺も最近疲れが取れない。
    もしかして……歳のせいか!?
    俺も少尉殿の様な若人に取ってはおっさんか!?

    いやいや、まさか。
    俺はまだ若い。ちょっと寝不足なだけに違いない。今日は飯食って風呂入ったら早々に寝よう。



    ……なんだ?

    見た事のない場所に立っている。
    夢を見ているんだな。
    今まで過去の事はたまに夢に見ていたが、どうやらこれは過去の夢ではないようだ。
    なんだか周りがキラキラして目がしばしばする。

    「鯉登さん、お待たせしました」
    「月島ぁ!」

    ……鯉登少尉殿と待ち合わせしていたのか。
    上官を待たせるとは何事だ、俺。
    いや、それ以前に……兵ではないような……?
    軍服も着ていないし、少尉殿と呼んでいないし。

    大体なんなんだ。木やら建物やらがキラッキラと光っているぞ。
    木にランプか豆電球がぶら下がっているのだろうか?何のために?
    それにしたって青や黄色や赤や色んな色に光っている。
    チカチカと瞬いてさえいる。怖い。
    爆発でもするんじゃないだろうな。
    そうなったら少尉殿を抱えてこの場から逃げなければならんぞ、夢の中の俺。

    夢の中の俺と鯉登少尉殿はその謎の光をも気にせずに仲睦まじげに歩いている。
    これは……もしかして未来の夢だろうか?
    2,30年でこうなるとは思えないので、何百年後とかそういう……生まれ変わりとかそういう……。

    それともあれか?俺は心の中で鯉登少尉殿とキラキラした街の中を歩きたいと、そう思っているのか?
    その妄想や願望が夢となって出てきたのか?

    まさかそんな。
    少尉殿のお世話をしてるのは中尉殿から頼まれたからであって、他意は無い。
    確かに今日少尉殿を揶揄う部下がいると聞いて腹を立ててしまったが、それは上官への敬意であって「俺の育てている可愛い少尉殿を揶揄いやがって」なんて事は思っていない。決して。

    「うふふ、月島ぁ」

    鯉登少尉殿……いや、俺らしき男が「鯉登さん」と呼んでいる男が、街灯のあかりに手の平を掲げた。

    ん?なんだ?
    目をこらして見ると、左手の薬指にキラリと光るものが。

    「これで月島は私の物だぞ!」
    「鯉登さんだって私の物ですよ」

    はあ?
    俺らしき男よ!上官に向かって物扱いとは何だ!
    鯉登少尉殿も!部下に向かって物だとか!

    ……いやいや、違う、怒るところはそこじゃないな。
    お互いがお互いの物だとか言ってるのは、なんだ。
    まるで恋人同士か結婚相手のようじゃないか。

    「お祝いに美味しい物でも食べに行こう」
    「それもいいんですが……持ち帰りにしませんか?部屋で二人きりになりたいです」
    「月島ぁん」

    …………。

    …………勘弁してくれ。
    俺らしき男よ、なんだその甘ったるい声は。それでも日本男児か。

    俺は頭を抱えて、早く夢から覚めてくれ、と夢の中で頬を思い切りつねるなどした。



    「おはようございます、鯉登少尉殿」
    「あ、お、おはよう、月島軍曹」

    くっそ、顔が見られん。
    昨日の夢を思い出してしまう。
    昨日の二人は、俺でもなければ鯉登少尉でもない。
    ここで顔を見られないなんておかしな事だ。

    しかし。

    「鯉登少尉殿、何かありましたか」
    「な、なんだ!?何も無いぞ!」
    「はあ……しかし何故だか私の方を全く見ないような」

    俺はそれでも意識しないように鯉登少尉殿の方を見ているが、鯉登少尉殿はまったくこちらを見ない。
    何か失礼な事でもしただろうか?

    「そ、そんな事はない!あっ!訓練がそろそろ始まるから行ってくる!」
    「えっ、まだ時間はありますが…………って、行ってしまった……」

    引き留める間もなく、鯉登少尉殿は部屋から飛び出していってしまった。
    ううむ、俺の様子がおかしかったせいだろうか?
    いかんいかん、上官に気を使わせてしまうなどと。
    少尉殿が戻ってくるまでに、いつもの俺に戻っておかなければ。

    ……しかし、昨日の夢の二人は幸せそうだった……。

    はあ、と溜息をついて、鯉登少尉殿の机を眺めてやりかけの書類の調子を確認し……

    ………………あ。
    鯉登少尉殿、手ぬぐいを忘れてるぞ。




    【鯉】

    いかんいかん!
    昨日の夢を思い出してしまって月島軍曹の顔が見られん!
    赤くなる頬を両の手の平で押さえながら廊下を早歩きで進み、訓練場に向かっていく。
    まだ時間は早いが、外に出て木刀で素振りでもしよう。
    気合いを入れた素振りをして煩悩を振り払わねば。

    「あ、少尉殿お疲れ様です」
    「宇佐美上等兵」
    「どうしました?歯でも痛いんですか?」
    何のことだ?と思ったが、そうか、ほっぺたを押さえているからか。
    「歯は痛くない。心配掛けたな」
    宇佐美上等兵は色々と鋭いから、余計な事は話さず早く離れなければ。
    それだけ言ってそそくさと彼の横を通り過ぎようとすると、ガッシと腕を掴まれた。
    キエエエエエ!何だ!

    「少尉殿、顔も赤いですよ。熱でもあるんじゃないですか」
    宇佐美上等兵がそう言いながらおでこに手の平を当ててくる。
    熱は無いが顔は熱いので、ひんやりした宇佐美上等兵の手が気持ちいい。
    気持ちよくて思わずされるがまま手の平におでこを押し当てていると、廊下の向こうから「おい!こら!」と大声が響いた。

    「うわ、ビックリした。軍曹殿、声でかいですよ」
    「宇佐美上等兵!鯉登少尉殿に何をしている!」
    「何って……少尉殿の顔が赤いので熱でもあるんじゃないかと計っていましたが」
    揶揄われたり遊ばれたりしていたわけではなくちゃんと心配して計ってくれていたのを分かっているので、私も「宇佐美上等兵にちょっと心配掛けてしまっただけだ。熱は無い」と口添える。
    私がそう言うと、月島軍曹も少し落ち着いたのか宇佐美上等兵に「すまん」と頭を下げた。

    うぬう。
    私のせいで部下達に混乱を巻き起こしている。
    上官としてふがいない。

    「手ぬぐいをお忘れだったので追いかけてきました。……大丈夫ですか?体調などが……」
    月島の手が私の額に伸びてくる。

    うわ、わ、わ。
    昨日の夢の月島と、今の月島。
    どちらも心配してくれている月島なので、抱きあったという私達二人を思い出し、思わず「キエエエ!大丈夫だ!」と絶叫し手ぬぐいを引ったくるように受け取って外に飛び出した。

    ああああもう!
    何なんだ昨日の夢!!
    あいつのせいでめちゃくちゃだ!


    「あーあ。嫌われちゃいましたねー軍曹殿。何かしでかしたんですかあ?」
    「まだ何もしてない」
    「……へー」



    訓練が終わった後謝ろうと思ったが、月島軍曹は中尉殿の命令で街に買い物に出かけて戻ってこなかった。

    はあ。
    明日はちゃんと謝って、普段通りに過ごそう。
    宇佐美上等兵にまで心配を掛けてしまった。

    ゆっくり風呂に入り、食事をして、読みかけの本を読む。
    区切りの良いところまで読んでランプを消して眠る。

    今日は夢を見ないぞ。
    絶対に見ないぞ。
    私に夢など見せてみろ、頭のてっぺんから股間まで真っ二つにしてやる!
    誰を真っ二つにしたら良いのかは分からんが。


    ……と、思っていたのに!

    「月島、父と母と兄に会ってくれないか」
    昨日と同じく、私のような男が月島のような男と共に居て、私は手の平を天井に掲げている。
    指輪が光っているようだ。それを見てとても嬉しそうにしている。
    よく見ると、月島も同じ物を指にしていた。
    なんだか知らんがお揃いで指輪してるのか。
    お揃いが嬉しいなんてまるで子供のようだな。

    ……って、兄?
    兄さあが生きているのか?
    夢の世界では兄さあが生きているのか?
    見たい!会いたい!
    元気で三十も超えてるであろう兄さあに会いたい!

    「もちろんです。……しかし緊張しますね」
    「ふふ、何回も会ってるじゃないか」
    「そうですが、プロポーズしてからは初めて会うわけですしね……」
    「兄さあは怒るかもしれんな。おいの音之進を取るなんて!って」
    「うわー目に浮かびますね。平之丞さんは音之進さんにベタ甘ですから」

    あははは、と二人で笑っている。

    おやっどとかかどんと兄さあが居る世界。
    月島と仲良く一緒に暮らしていて、笑い合ってる世界。

    一瞬、ずっとこの夢を見ていたいと思ってしまい、私は無理矢理目をこじ開けた。
    夢から自分の力で覚める事が出来るなんて初めて知ったが、やってみたら出来た。

    目を開けると、いつもの木の天井。
    寒々とした暗い部屋に一人。

    「……っ、はあ、はあ」

    枕元の手ぬぐいを取り、脂汗とも冷や汗ともつかない汗をかいた顔を拭う。

    落ち着け。
    夢の中で幾ら幸せだったとしても、私は見ているだけでその本人ではない。
    ただの第三者だ。
    月島だって、私を見ているのではなくあの夢の中の私を見ているだけ。

    ……しかし、兄さあには夢の中だけでもちょっと会いたかったなと思いながら、ランプを付けて読みかけだった本を開いた。


    眠らなければ夢も見ない。




    【月】

    少尉殿がおかしい。

    顔色が悪い。
    見るからにやつれている。
    いつもなら休憩時間には裏庭に飛んでいって野良猫や野良犬と遊んだりもしていたのに、今は椅子に座ったまま俯いて仮眠を取っている。
    食事はきちんと取っているようだが、明らかにおかしい。
    日頃身近に居るわけではない兵達は気がつかないだろうが、側に居る俺には流石に分かる。
    「どうかしましたか」と聞いても「どうもしないぞ」と笑うのでそれ以上何も訊けない。
    大体、訓練も書類仕事もちゃんとやっているんだから俺だって文句を言う筋合いは何も無い。

    「少尉殿はどうしたんです」
    少尉がおかしいと思い始めた翌日には宇佐美上等兵がさすがの目敏さで一番にそれに気づき近寄って訊いてきた。
    宇佐美だけならともかく、尾形まで一緒だ。面倒くさい二人組が揃って来やがった。
    「どうとは」
    出来るだけ動じないように聞き返すが、もちろんそんなので宇佐美が動じるわけもなく、話を続けてくる。
    「またまたー。軍曹殿が気付かない訳ないですよね。少尉殿最近顔色は悪いしいつもの猿叫も聞こえないじゃないですか」
    まさしくその通りで、思わず「ぐぬう」と唸り声を上げてしまう。
    尾形がその唸り声を訊いて口の端を上げた。
    「あのボンボンに悩み事とはな」
    「少尉殿なんだし僕達下っ端には分かんない何かがあるんじゃないの~?軍務的に嫌な事させられるとかさ~。あっ、どこぞの狒々じじいに接待しないとならないとか!あの子顔はいいからさあ!」
    「今、軍務的に少尉殿を困らせてる事案は無い。あと宇佐美上等兵、上官を「あの子」などと言うな」
    思わずムッとして言い返すと、二人が「やっぱり気付いてるんじゃーん」と言う表情を浮かべてこっちを見た。
    しまった。つい言い返してしまった。知らんぷりをしようと思っていたのに。

    「で、何があったんです」
    「……わからん。少尉殿は何も言わないし」
    「ご飯とかは食べてるんですか?やつれてますけど」
    「食事は取っている。他の少尉殿や食事当番に何気なく訊いたが、朝も昼も夜もきちんと三食取っているそうだ」
    「ええ~じゃあ……」
    「寝不足じゃないのか」
    尾形上等兵が言う。
    俺と宇佐美が尾形の顔を見ると、尾形は急に注目を浴びて居心地が悪そうに眉間に皺を寄せた。

    「夢見でも悪いんじゃないですかって」
    「……夢……」
    「あー百之助も夜中に死にそうな顔してるけどあれ夢見悪かったんだ。かわいそー。でもさ夢って願望を見るって言うじゃん。百之助の夢はどんな願望だったわけ?」
    「うるせえ」

    夢。

    そうだ、一番最初は手ぬぐいを引ったくられた日だ。
    あれから様子がおかしかった。
    あの前の日の夜、俺はおかしな夢を見た。
    知らない世界で俺と鯉登少尉殿にそっくりな男が仲睦まじく歩いている夢だ。
    もしかして、鯉登少尉殿も同じような夢を見たのかも知れない。
    そりゃあ俺みたいな男と仲良く街を歩くなどと言う夢を見ていたら具合も悪くなるだろう。

    「宇佐美上等兵、尾形上等兵、すまんな」
    「なんだか知らないけど役に立ったみたいですね」
    「俺のおかげだな」
    「そうだねー百之助が繊細だったおかげだねー」
    「うるせえ」

    掛け合い漫才をしている二人を置いて、俺は駆け足で執務室に向かった。



    「鯉登少尉殿!」

    バタン!と勢いよく扉を開くと、鯉登少尉殿が驚いてピョンと椅子に座ったまま飛び上がった。

    「ど、どうした月島軍曹。仕事ならきちんとしているぞ」
    机の上には確かに書類が広がっている。
    そして目の下には濃い隈。

    「鯉登少尉殿、寝不足なんですね?」
    「えっ」
    「そしてそれは変な夢を見ているからではないですか?」
    「えっえっ」

    勝手に決めつけて話しているが、鯉登少尉殿の様子を見るとそれが合っているようだ。
    驚いて目を見開いている。

    どんな夢だかを確認してから……と思っていたのに、勝手に口がベラベラと動く。
    そうやら自分でモ気がつかなかったが、鯉登少尉殿の具合悪そうなのを見ているのがよっぽど辛かったようだ。

    「確かに私と一緒に街を歩くなどと言う夢を見ては具合も悪くなろうかと思いますが」
    「ちょ、ちょっと待て」
    「しかしそれはただの夢なのですから気になどせず」
    「キエエエ!!待てと言っている!!!」

    久しぶりの鯉登少尉殿の雄叫びに、我に返って口を噤む。
    鯉登少尉殿も久々に叫んだ事で疲れたのか、ゼエゼエ言って肩が揺れている。

    「まず、月島軍曹の言う通り、私はお前に似た男と仲睦まじくしている夢を見ていた。しかし何故月島軍曹がそれを知っている?」
    「あ、あー……おかしな事だと思われるかも知れませんが、私も夢を見まし、て」

    言葉の途中で、尾形と宇佐美の会話を思いだした。
    「夢は願望」だと?
    では、俺の見たあの夢は、俺の願望?
    ……いや、いやいや、まさか。
    大体鯉登少尉殿だって、夢を見て実際寝不足になっている。
    願望だったのなら喜びこそすれ具合が悪くなったりしないだろう。

    「どうした?月島軍曹」
    「あ、ああ、いえ、こほん。私も夢を見たんです。鯉登少尉殿と妙にキラキラした街を歩く夢でした」
    「……なるほど……。月島軍曹。もっと具体的に教えてくれないか」

    鯉登少尉殿が椅子を指さして、俺に座るように促す。
    俺は言われた通り椅子を引いて鯉登少尉殿の向かいにある補佐用の席に座った。

    「キラキラした街でした。電気が木の枝や建物にぶら下がっていて。そこで、鯉登少尉殿にそっくりな男性と私にそっくりな男性が歩いており、えー……指にキラキラした物をはめていました」
    「!指輪か……!何か、話してはいなかったか」
    「う……しかし、ご気分を害するかと……」
    「これ以上体調が悪くなりようはない!早く教えろ!」
    「やっぱり体調が悪いんじゃないですか!」
    「キエエ!寝不足なだけだ!ほら早く!」

    まったくもう。
    俺は大きく溜息をついて、見た夢を思い出す。
    思い出すも何も、あれから忘れられもしなかったが。

    「鯉登少尉殿に似た男性が、俺のような男に「もうお前は私の物だ」と言い私のような男は鯉登少尉殿に似た男性に「あなたも私の物です」と言っていました。その後、お祝いに美味しい物を食べようと言っていました」
    「ああ……」

    恥ずかしくて俯きながら話していたが、自分の正面からまるでふぬけた様な声が上がり、思わず少尉殿の顔を見つめる。
    その綺麗な手の平で顔を覆っている。

    「どうしました」
    「私も見たのだ。私の夢は全て屋内だったが。月島らしき……ああ、もう面倒だ。月島と私が同じ家に住んでいた夢を。そしてその後も二人で私の家族に挨拶をしにいこうと言っている夢を見た」
    「家族に挨拶!そんなのもう、け、結婚の様な……」
    「そうだ。私達はどうやらその様な関係のようだ」
    「はあ……しかし、そのー未来なのかどうなのか分かりませんが、その頃には男性同士で結婚出来るのでしょうかね」
    「分からん。それよりも問題はだな、月島軍曹、お前はその夢を見てどう思った」

    鯉登少尉殿が、部下に尋問をするような声色で訊いてくる。
    ……これは、どう答えたら正解なのか。
    思わず口ごもると、カクリと鯉登少尉の頭が下がった。

    「すまない、私から言うべきだった」
    「え?」
    「私は、その夢を見て、嫌だと思わなかったのだ」

    ……俺と、結婚らしき事をする夢を、嫌ではなかった?

    「その世界では兄さあも生きていた」
    「ああ……」
    「家族が元気で生きていて、月島が私を抱き私もそれを受け入れ、月島と共に暮らす。その世界の夢に……ずっと居たいと思ってしまったのだ」、
    「ああ……ぁあ?」

    「ぁあ?」と、おかしな声を上げてしまった。
    鯉登少尉殿のお兄様が生きている世界に残りたいと思う気持ちは分かる。
    その後、どさくさに紛れてなんか凄い事言わなかったか?

    「こんな風に夢の世界に懸想している状態で次に夢を見ると、もう起きられなくなるかと思い、それから眠れなかった」
    そう弱々しく呟いた後、長いまつげが伏せられる。
    ああああ、大変だ。
    こんな綺麗な人が、俺と共にありたいとはどういう事だ。
    それ以前に抱かれるってなんだ。
    この人は俺に抱かれるのも吝かではないということなのか。

    落ち着け。
    抱くとか抱きたいとか今すぐこの場で押し倒しても良いですかとかそう言う話ではない。
    まずは自分が夢を見てどう思ったのかを答えなくては。

    「こほん。鯉登少尉殿」
    「なんだ」
    「私はその夢を見てからずっと忘れられなかったんです」
    「うん」
    「何故なら鯉登少尉殿と一緒に歩いていた私が傍目から見ても異様に幸せそうで」
    「言うに事欠いて異様にとは」
    「鼻の下が伸びきり、デレッデレでありました。とても他人に見せられる顔ではありません」
    「そんな月島軍曹は逆に見てみたいな」
    「鯉登少尉殿は、そんな私と並んで歩いても幸せそうでありました」
    「あー……」
    「私はそれが嬉しくて夢を忘れる事は出来ませんでした。同じく、あんな世界に暮らしたいと思ってしまったのです」

    ぱあっと鯉登少尉殿の顔が明るくなる。
    うっわ、眩しい。

    「月島ぁ!私もだ!いや、私はあの夢を見た後、この世界でも月島と共にありたいと思ってしまったのだ」
    「……っ」
    可愛い。可愛くてこの場で抱きしめて一生離しませんと言い放ちたい。

    いや、待て、しかしだな、彼は少尉殿で、上官で、良いところの坊ちゃんで、中尉殿の作戦のための人質みたいなもので、つまり。
    つまりあれじゃないか?
    ずっと一緒に居た方が職務的にも作戦的にも問題が無いんじゃないか?
    ここで「お慕いしています」と正直に言ってしまった方が話が早いのではないか?
    俺も嘘をつかなくて済むし、鯉登少尉殿も悲しませずに済むのではないか?

    結局の所、鯉登少尉殿と付き合いたい。

    俺は咳払いをして、大人の余裕を見せながら言った。

    「鯉登少尉殿」
    「月島……」
    「私も、鯉登少尉殿をお慕いしております。この世界でもずっと一緒に居たい」
    「月島ぁん!」

    よし。
    これで愛の告白は問題無い。
    鯉登少尉殿も喜んで抱きついてきている。
    大人として、これ以上余計な事は言わないようにして……。

    「しかしですね鯉登少尉殿」
    「なんだ?」
    「私はこう見えて執念深いのです」
    「こう見えても何も見た目通りじゃないか」
    「私とお付き合いして下さるなら、もう離しませんよ」

    おっっも!
    えっ、俺は何を言っているんだ!?
    こんな事言うつもりなかったのに!
    重すぎるだろう!
    あと少尉殿!どさくさ紛れに「見た目通り」ってなんだ!

    言い過ぎたかと冷や汗をかいていると、鯉登少尉殿は何故だかうっとりとした顔になって「嬉しいぞ月島軍曹」とまるで懐いている猫のように俺の首筋に顔を擦り付けてきた。

    はーーー?
    可愛い上にいい匂いがする。
    子猫か。

    俺は膝の上に向かい合わせになってしがみついてきている鯉登少尉殿の腰を撫でてやった。

    「どうですか?今夜からは眠れそうですか?」
    そう訊くと、少尉殿が首に顔を擦り付けたまま答える。

    「月島と一緒なら眠れそうな気がする……」
    「……………………」

    ……………………。
    ………………………………。

    「……っ、外泊届……っ、出してきます……!」
    「なんでそんな苦しそうなんだ月島ぁあん!あとなんか堅いモノが尻に当たってるぞ」
    「少尉殿、今夜は覚悟して下さいね」
    「キエエ!何でそんな物騒な目で睨むのだ月島軍曹!」




    【鯉】

    …………あれっ。
    月島軍曹と一緒に寝たら大丈夫かと思ったのにやっぱり夢を見ているではないか!キエエ!!
    同じ布団にくっついて眠ったのに。
    体温が気持ちよくててすぐに眠りにつけたのに。
    眠る寸前に「えっ、本当に眠るんですか」と訊かれたがどういう意味だったのだろう。
    夜だから眠るのは当たり前ではないか。

    夢の中は、いつものようによく分からない狭苦しい部屋。
    しかし違うのはベッドの上に二人で居る事だ。
    それにしても、このベッド大きいな。我々が使用するベッドを二個くっつけたくらいの広さがある。

    「ぁー」
    「大丈夫ですか、鯉登さん。声が掠れていますよ。水どうぞ」
    「あいがと……。ちょっと声出しすぎたか」
    「すみません。ご家族への挨拶が上手くいったのが嬉しくてつい無茶しすぎました」

    ああ。この間の夢の。
    ちゃんと家族に挨拶に行ったのだな。
    それにしても無茶しすぎってなんだろうか……。
    そう思いながらマジマジと二人を見直すと、裸だ。全裸だ。

    ……あ、あ、あーー。
    もしかして、あれだ、一番最初の夢で月島に似た男が言っていたように、性交を!!していたのか!?我々と同じ顔で!
    キエエエ……。

    ……って、もしかして!
    夢じゃない方の月島が私が眠る前に「本当に眠るのか」と訊いたのはそう言う事か!?
    月島もこの私と、せ、せ、性交を望んでいるのか!?

    ひえーと言いながら恥ずかしさに手で顔を覆うと、ガサガサした声の私に似た男が話し始めた。

    「変な夢を見たぞ」
    「あ、私もです」
    「なんだか古めかしい建物の中で、私そっくりの男が、月島そっくりの男に抱きついて顔をスリスリしてる夢だった。幸せそうだった。月島はどんな夢だった?」
    「えー……同じく古めかしい家の中で布団が敷いてあり、そこで鯉登さんにそっくりな男性に置いてけぼりを食らう夢でした……」
    「置いてけぼり?」
    「あのー抱きあおうとしたのにさっさと寝られました」
    「あははは!夢の中の月島可哀想!」
    「しょんぼりしてましたが、ぐっすり眠る鯉登さんの頭を優しい顔で撫でていましたよ」
    「ふふ、昔の月島も優しいんだな」
    「昔の鯉登さんも可愛かったですよ」
    「月島ぁん」

    あっ、あっ、またイチャイチャしている!
    なんてことを!そんな破廉恥な!!

    …………あー……。
    私も早く帰ろう。
    明日は月島も私も休みだし、こいつらの様に一日布団を敷きっぱなしにして仲良くしよう。

    もうこいつらの部屋に来る事はないだろうな。
    辛い事もあったが、こいつらのおかげで月島と相思相愛になる事が出来た。

    「ありがとう」

    そう呟き、二人は現在直視出来ない状態であるため、狭い部屋の中を見回してから、以前やったようにまぶたをこじ開けた。



    目を覚ますと、朝方だった。
    昨日夕飯を食べ風呂に入ってから速攻眠ってしまったため、目覚めは大層良い。

    「……んー……鯉登少尉殿……早いですね……眠れなかったですか……?」
    「ぐっすり眠った。お前が頭を撫でてくれたおかげだな!」
    「はあ!?えっ、な、なんでそれを!眠っていたはずなのに!」
    「うふふ」

    私は月島軍曹に抱きついて、肩口に顔を埋める。

    「昨夜は置いてけぼりにして済まなかったな。今日は一日ゆっくりしていけ」
    「あ、あー……少尉殿、意味分かってます?」
    「もちろんだ。分からないのはやり方だけだ!何か必要なモノがあったら買いに行くぞ?」
    「えー……大丈夫です。ちゃんと持って来ています」
    「なんだ!準備万端だな軍曹!さすがは私の補佐だ!」
    「布団で、しかも性交の事でそう言われると微妙な気持ちになります。恥ずかしながらこっちも準備万端なので」
    「キエエエ!」

    私は「準備万端なこっち」を布団の中でのぞき見て、照れ隠しに奇声を上げながら、無精ヒゲの生えた月島の頬に顔を擦り付けた。



    この後、無事に性交を済ませたが、布団の中で一日中イチャイチャするどころか看病される事になった。
    絶倫とは、この男の事を言うのだな……。
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