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    三角のモノ

    @Tnigroviridis

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    三角のモノ

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    真八真。吸血鬼パロ。ごはんをきちんと食べないかずおくんを心配して定期的にみにくるさとるくん。
    2020.12.07

    森というのは生命の息づく場所である。鳥が、虫が、獣が、地に着ける足の数だけ生きている。だが、ここにはそういった生き物の気配というのが何一つ見当たらなかった。
     九条館。鬱蒼とした樹木の壁の向こう、突然現れたその館を初めて眼にしたとき、真下は古いホラー映画に迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。
     歴史ある建物特有の堅牢な出で立ち。名家の所有する館らしい瀟洒な外見。見る者が見れば美しいとさえ感じるだろうその館はしかし、刑事として数々の凄惨な現場を見てきた真下をもってしても息を呑むほどの異様さを放っている。夏の重怠い、じっとりとした空気の中で風もなく月もなく夜の静寂だけを纏ったその姿はどうしてだか、真下には巨大な棺桶のように思えて仕方がなかった。
     森の奥には吸血鬼の住む館がある。
     昔からここ一体にはそんな噂に事欠かなかった。曰く付きの土地なのか、あるいは暇人が多いのか。真下はそういったオカルトじみた話を信じていなかったし、飲みの席で恐々として語る人間を馬鹿にしたこともある。
     だが。
     真下は九条館のエントランスホールに立っていた。豪奢な装飾の数々を天井照明の淡い光が照らす。中央階段の脇に並び立つ二対の燭台は真っ白の蝋燭をすっかり燃やし尽くして、豚脂のような蝋の塊を受け皿へと作っていた。
     真下は辺りへ視線を巡らせた後、中央階段へ足を掛けた。赤い絨毯の上を辿り、二階へと進む。そうして再び周囲を見渡した後、古い柱時計の前、その床へ目をとめた。
     男がうつ伏せて倒れている。
    「おい。起きろ」
     真下はその男の側へ両膝を着くと肩を揺さぶった。だが、男はぴくりとも動かない。衣服越しにしても冷たすぎる体温に眉をひそめ、舌打ちを一つ。
    「またか。ったく、世話の焼ける」
     真下がそう悪態を吐きながら男の体をひっくり返すと、追随した長い手足が脱力しきって床へ転がった。黒い髪に血色のまるでない蝋のような肌。彫りの深い顔にはずれた眼鏡が引っかかっている。八敷一男。この館の主であった。
     真下はかさついた唇の奥へ躊躇なく指を突っ込んで、その口をこじ開ける。均整な歯列の向こうで縮こまる舌を指で押さえ、空いた片手の指を口に含んだ。
    「……っ」
     真下の指からは血が出ていた。だが、口内へ広がった鉄錆の味が消えぬ間に血の滴るその指を八敷の口に差し込み、その舌へ擦り付ける。
     その瞬間、真下の眼下にある喉仏が一度だけ大きく動いた。
     真っ白い紙へインクを垂らしたかのように色のない肌へ血が通ってゆく。なだらかな曲線を描く瞼は羽化する直前のさなぎじみた動作を繰り返していた。
     それでも、まだ足りない。だから真下は言葉をやった。囁くような、あるいは祈るような。そういう声音で。
    「八敷、起きろ」
     ぱちり、と瞼が開いた。丸い瞳が赤く輝いている。血が色褪せて見えるほどの鮮烈な色彩が真下を見上げていた。かと思うと八敷の口にある指、真新しい傷へ走るざらりとした感触に息を詰める。
    「っ、く」
     手首を引くことさえ許されない。真下の手首には今や八敷の五指がしっかりと巻き付いている。
    「は……っ、く、そ。なぁ、おい……っ!」
     ぬるりとした生き物が傷口を抉るたび、そこから血管が沸騰するような激しい熱さが真下を襲っていた。そしてそれは奇妙なことだが決して苦痛ではない。むしろ、蕩けるような快楽となって真下の体を刺激するのだ。
     しかし、真下はこの快感へ身を委ねてはならないことを知っていた。自分のためではなく八敷のために。人が獣に成り果てないように。
    「……やしき!」
     真下の声が響いた。古い柱時計が立てる秒針の音をかき消したそれは正しく役目を果たす。急に解放された腕のせいで尻餅をついた真下は、緩慢に上体を起こす八敷の姿から眼を離さない。
    「ああ、真下。久しぶりか?」
     赤々とした色をすっかり黒で塗り替えた瞳で八敷はぼんやりと微笑んだ。真下はその覇気の無い表情に安堵を感じて、ついでに得た怒りとほんの少しの羞恥のままにその背を思い切り叩いた。
    「いたっ、くはないが! 手加減してくれてもいいだろう。こっちは起きたばかりなんだぞ」
     そう言って自身の背中をさする八敷は血を糧に動く吸血鬼、味覚と痛覚を失ってしまった元人間の人外であった。
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    DONE真八真。真下が報われる、あるいは一歩地獄へ進む話。9月か10月か。二十一時。帰宅ラッシュを終えて随分と時間が経っている。新幹線が止まるといっても、ここら一帯は人口が少なく賑わいも乏しい。ホームに立つ人もまばらで、他に行くあてもないから訪れる電車を待っているだけだ。
     真下は出発を待つ電車の一両へ八敷と共に乗り込んだ。二人がけのシートが礼拝堂のように並ぶ中で、入り口からすぐ近くへ八敷を詰め込む。他の乗客がいないので席はいくらでも空いていたが、怪異を消滅させたばかりの男をなるべく早く休ませてやりたかった。
    「なんか食べるか?」
     シートへと背中をべたりとくっ付けた八敷は真下の方を見もしない。ただ憂鬱そうに眉根を寄せて何かを考え込んでいるようだ。
     真下はため息を吐きながらその場を離れる。出発まで時間があるわけではない。疲労が体の端々まで根を張っている。手っ取り早く栄養をとって、この疲れを少しでも軽くしなければ眠ってしまいそうだった。

     人の少ないホームに売店はない。仕方なく自販機からおしること無糖のコーヒーを取り出した真下は、八敷のいる車両へと戻ってきた。
     相変わらず他の乗客の姿は見当たらない。座席からはみ出した八敷の頭だけが目立っている。
     真下は 2351

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    DONE真八真。夏の終わりの風景。10月か11月に書いたやつ。『真下、少し困ったことになった』
     けたたましく鳴り響くコール音に携帯電話の通話ボタンを押した真下は、電話口から伝わってくるその困惑に慌てて事務所を飛び出した。案件を片付けてきたばかりでコートも鍵も手に持ったままだったので、置いたばかりの鞄を手に持つだけで準備が完了したのは幸いである。
     事務所の扉は施錠し、車のドアは解錠。後部座席に放り投げた鞄からは茶封筒が飛び出すが、真下はそれを無視してエンジンをかけるとアクセルを目一杯に踏み込んだ。
     その際に茶封筒へ行儀良く収まっていた紙達がおどりでて、後部座席の足下で絨毯のように広がる。しかし、これも真下は気にしなかった。というより気付いてもいなかった。
     頭の中には。豪奢だがどこか寂しい雰囲気の館に住む主が古い形の受話器を手に青白い顔で立ちすくむ姿しかなかったからである。

     ガレージの扉すれすれのところへバンパーをつけた真下は運転席の扉を半ば蹴りつけるようにして開け放つと、そのまま九条館の玄関扉まで走りよりドアノブを押した。
     しかし、扉は開かない。普段は鍵の一つもかけはしないのに、こんな時に限って重たい金属の抵抗が真下の掌に返ってくる。 7772

    三角のモノ

    DOODLE真八真。吸血鬼パロ。ごはんをきちんと食べないかずおくんを心配して定期的にみにくるさとるくん。
    2020.12.07
    森というのは生命の息づく場所である。鳥が、虫が、獣が、地に着ける足の数だけ生きている。だが、ここにはそういった生き物の気配というのが何一つ見当たらなかった。
     九条館。鬱蒼とした樹木の壁の向こう、突然現れたその館を初めて眼にしたとき、真下は古いホラー映画に迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。
     歴史ある建物特有の堅牢な出で立ち。名家の所有する館らしい瀟洒な外見。見る者が見れば美しいとさえ感じるだろうその館はしかし、刑事として数々の凄惨な現場を見てきた真下をもってしても息を呑むほどの異様さを放っている。夏の重怠い、じっとりとした空気の中で風もなく月もなく夜の静寂だけを纏ったその姿はどうしてだか、真下には巨大な棺桶のように思えて仕方がなかった。
     森の奥には吸血鬼の住む館がある。
     昔からここ一体にはそんな噂に事欠かなかった。曰く付きの土地なのか、あるいは暇人が多いのか。真下はそういったオカルトじみた話を信じていなかったし、飲みの席で恐々として語る人間を馬鹿にしたこともある。
     だが。
     真下は九条館のエントランスホールに立っていた。豪奢な装飾の数々を天井照明の淡い光が照らす。中央階段の 1768

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