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    べみか

    エッチな進捗とか。

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    POIPOI 53

    べみか

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    闇のロヴィユナ
    倒錯的なプレイを愉しんでそうな二人

    盛者必衰のウーベルチュール「着いてくるであります、応援団員」

     決闘を通してすっかり様子の変わったゼイエトがそう吐き捨てた。
     心配そうな視線を向ける団員を安心させるように合図を送り、ロヴィアンはその背中を追う。
     既視感しか覚えない道を辿り、通されたのは見慣れた雑居ビルの一室だった。

    「只管打坐、そこに座ってろであります」

     言うだけ言ってゼイエトは、さっさと影に潜っていく。
     固い床に膝をついたロヴィアンは、静かな部屋に取り残された――背を向けたまま豪奢な椅子に座っている、もう一人とともに。
     顔を見せたのは、ロヴィアンにとっては予想通りの人物だった。

    「お久しぶりですわね」
    「ユウナ……」

     ロヴィアンの元から去っていった、姿も声も知りすぎているほどによく知っている幼馴染。
     だが表情も声色も、かつての面影がないほどに硬い。
     わかりやすすぎるほどにわかりやすかったはずの感情が、今は読めなかった。
     いつもの軽装とは違う格式ばった衣装は、ユウナがいつも身に纏っていた甘さを覆い隠しているようだ。
     机の上には、威圧的なまでの量の書類が社の繁忙状態を示すように積まれている。

    「随分と繁盛しているようで何よりだな」
    「ええ、おかげさまで」

     ロヴィアンが皮肉交じりに言えば、ユウナは口元だけの笑みを見せた。
     純粋な感情から祝うにはゴーハ堂のやり方はあまりにも強引で、それがロヴィアンには歯痒い。
     経営に苦しんでいた頃のユウナにひと時の安らぎを与えることしかできなかった身として、いつか社長としての成長を心から喜んでやりたいと思っていたのに。

    「初めてですわね、貴女がこちら側に下ってから顔を合わせるのは」

     なんでもないことのように言うユウナを、ロヴィアンは睨む。
     現在の状況は、ロヴィアンが決闘中ゼイエトに向けて放った言葉が原因だ。
     ダークマター帝国に下ったことが本意でないのは知れたことである。
     その心を見通したようにユウナは微笑む。

    「ええ、わかっていますわ。貴女はただ自分の発した言葉を……約束を守っただけ。ダークマター帝国の傘下に入ったところでその心は何も変わっていない、どこまでも真っ直ぐなまま……そんなことはよくわかっていますわ」

     でも、と言いながらユウナはゆったりと指を口元に当てた。

    「アタクシからの忠言ですわ。心は変わらずとも、態度くらいはそれらしく振舞ってもよろしいかと」
    「……それはまさか、今のお前のことを言っているのではないだろうな?」

     ロヴィアンの言葉を肯定も否定もせず、ユウナは張り付いた笑みを強める。
     揺さぶりは不発に終わった。
     よく笑いよく怒りよく泣いたワガママお嬢様は、すっかり仮面を被るのが上手くなっている。
     微笑みを浮かべたまま、ユウナは床に座ったままのロヴィアンをじっと見下ろす。

    「そうですわね……言葉だけではなく、行動で示してくださいませ。貴女の忠誠を」

     言いながら、ユウナはやけに緩慢とした動作で足を組み代えた。
     柔らかな曲線を描く脚を眼前に差し出されたロヴィアンは、己を見下ろしてくる顔をねめつける。

    「靴でも舐めろというのか?」
    「まさか! 貴女にそんなことをさせるわけがありませんわ」

     心外だとでもいうように、ユウナは笑いながらロヴィアンの発言を否定する。
     そして、ロヴィアンの視線に応えるように真っ直ぐ見つめ返した。

    「ただ、このアタクシに、約束してほしいだけですの」

     『アタクシに』と強調しながらユウナは言う。

    「貴女にはそれが一番ですわ」
    「……ちっ」

     この幼馴染はロヴィアンの扱い方をよくわかっていた。
     伊達に十年間連れ添ってきたわけではない。
     ユウナの期待に満ちた視線を浴びながら育ったロヴィアンが、彼女との約束を破ろうなどと思えるはずがないと知っているのだ。

    「わかるはずですわ、貴女がどのようにアタクシ達への服従を示すべきなのか」

     覚えているでしょう?という声に誘われるように脳裏に浮かんできたのは、今よりもずっと幼い二人の思い出だった。



     いつものように宇宙ポエムを弾き語るロヴィアンと、それを聴いてきゃあきゃあとはしゃぐユウナ。
     普段と違ったのは、ギターから外した指をユウナが優しく包み込んだことだ。
     手を繋ぎたいのだろうかと思ったが、それにしては様子が妙な幼馴染をロヴィアンはとりあえず見守った。
     そして一瞬の逡巡の後、ユウナはそっと指先に軽く唇を落とした。

    『ゆっ、指先への口付けは賞賛の意味を持つのですわっ!』

     行動の意図が読めずじっと見つめ返すロヴィアンに、ユウナは顔を赤くしながらそう説明した。

    『いきなりごめんなさい……。ロヴィアン様のポエムは本当にすごいのです、そう思っているのにアタクシの言葉ではそれに見合った賞賛ができていないと思いますの……』

     だから行動で表してみたのですわ、とユウナははにかむ。
     その姿があまりにもいじらしく映って、ロヴィアンは小さな鼻にそっとキスをした。
     一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後また頬を染めたユウナが、無意識のうちにロヴィアンが行った行為の意味を述べた。

    『……えっと……鼻への口付けは、相手を大切にしたいという意味、だそうですわ……』

     林檎のように色付いた頬を両手で包みながら、ユウナは確信を求めるように視線を送る。
     それにロヴィアンは頷きで応えた。
     ロヴィアンはユウナのことを大切にしたいと思っている、それに一切の間違いはない。
     ユウナは何かを口にしようと一度口を開いたが、何も言わずに閉じる。
     代わりにロヴィアンの癖毛を躊躇いがちに一房手に取り、そこに唇を落とした。

    『髪への口付けは……その、相手を愛おしいと思っているという意味、ですわ……』

     それは、情熱的な告白だった。
     面映ゆさが許容量の限界を超えたのか、耳まで赤くしたユウナは俯いてしまう。
     そんな幼馴染の言葉と仕草にこれまで感じたことがないほどに胸を締め付けられ、ロヴィアンの体は衝動的に動いていた。

    『かわいこちゃん……』

     ロヴィアンが真っ赤な頬を両手で包み、唇をユウナのそれに寄せる。 
     その気配を察知したユウナが、素早く二人の唇の間に指を割り込ませた。

    『いいいいいけません!それはアタクシ達にはまだ早すぎますわっ!!』

     唇同士のキスは大人になってから、とユウナによってロヴィアンの言葉なき愛の告白は阻まれた。
     納得できない気持ちを抱えながらも、その後は二人で一緒にキスをする場所によって生まれる意味を調べながら過ごしたのだ。



     今思い返せば切なく苦々しく、しかしながら眩しい思い出のひとつだ。
     そして聡明なロヴィアンは、そのとき二人で調べた内容を未だに覚えていた。

     指先へのキスは『賞賛』。
     鼻へのキスは『大切にしたい』。
     髪へのキスは『愛おしい』。

     では、『服従』のキスは。

     きっとユウナもロヴィアンと同じ出来事を思い出している。
     確かめるように視線を贈れば、頷きによって応えられた。

    (『服従』のキスは、脛……)

     ロヴィアンの心は瞬く間に荒れた。
     今この場所でユウナに服従を誓う方法は、彼女の脛にキスをする他にない。
     ユウナは悪に染まってしまったのだ。
     一方的に別れを告げた相手にキスをするよう命じるなど、悪趣味にも程があるだろう。
     
     半ばやけになりながら、ロヴィアン自身のものより丸みを帯びた柔らかなふくらはぎに手を添える。
     そのまま顔を寄せると、ややトゲのある物言いが降ってきた。

    「布越しで済ませるおつもりですの?」
    「……!」

     その発言の意図を察し、ロヴィアンは思わずストッキングに爪を立てながら顔を上げる。
     ユウナはといえば、その先を促すように目を細めていた。

    「予備はありますわ。ご自由にどうぞ」

     そう言いながらスカートを軽く持ち上げる仕草に、思わず頭を抱えそうになった。
     軽くキスするだけでに過剰なまでに反応していたお嬢様が随分と大胆になったものだ。 
     
     かつての自分達の関係を考えれば、ユウナのこの態度はあまりにも挑発的だ。
     誘惑的と言い換えてもいいだろう。
     ユウナはなんだかんだで愛情深いというか、愛というものへの理想が高い人間だったはずなのに、このような言動を見せるだなんて。

    (そうか……)

     だが、ロヴィアンはそこに現在の彼女が持つ隙を見出した。
     ユウナは昔から、身を置いている環境に呑まれやすい人間だ。
     闇と手を結んだことが彼女の本意でないとは思わないが、目の前の彼女は過剰なまでに『悪』として振舞うことに拘っているように見える。
     他でもないロヴィアンを呼び出して、らしくもない行動に走ってしまうほどに。

     彼女は変わってしまった。
     だが相変わらず、自分の立場や感情に囚われて藻掻いている。
     崩壊への序曲は、彼女にも聞こえているはずだ。
     悪に染まった言動が、今はひどく痛々しい姿に感じられた。

     ユウナが苦しんでいるときロヴィアンに何ができるのか。
     そんなことは昔から決まっていた。
     彼女に、せめてひと時の安らぎを。
     ロヴィアンは、高らかに歌い上げる。

    「驕れる者はスタッカーティシモ、盛者必衰のウーベルチュール」
    「っ!」

     両者の間に流れる張り詰めた空気が揺れた。
     一瞬唖然とした表情を晒したユウナは、すぐに表情を引き締め姿勢を正す。
     この動揺は反逆の意思ともとれる言葉をロヴィアンが発したせい、ではないだろう。

    「……宇宙ポエムは詠まなくなったと聞いていましたが」
    「ふん、言っていろ」

     ユウナの動揺とは対照的に、ロヴィアンの苛立ちは和らいでいた。
     今、ようやく見慣れた幼馴染が姿を現したのだ。
     たとえ悪に染まっていようとも、ユウナの心はロヴィアンのポエムによって揺らされる。
     これほどまでに愉快なことがあるだろうか。

     高揚のままストッキングに爪を立て、左右に引き伸ばした。
     びっと音を立てて布地が引き裂け、隠れていた素肌が露わになる。
     以前の自分達では決してありえなかったであろう行為に、ロヴィアンの心は粟立った。
     今胸の奥に灯った炎が決心からきたものなのか、それとも即物的な欲求から生まれたものなのか、ロヴィアン自身もわからない。

     むき出しになった脛に顔を寄せれば、ユウナの瞳に浮かんだ揺らぎは簡単に広がった。
     そこには、本当にするのか、という動揺の色が浮かんでいる。
     まさか、毅然と突っぱねる姿でも期待していたのだろうか。
     腹を据えたロヴィアンにとっては、脛へのキスなどなんともない。
     この行為は、服従の儀式の皮を被ったユウナへの、ダークマター帝国への果たし状なのだから。
     たった今だけ、哀れで可愛い幼馴染のために悪役ごっこに付き合ってやるのも悪くないと思う、ただそれだけだ。
     
     熱に浮かされながら、ロヴィアンは白い肌へ噛みつくように口付けた。
     
    「ん……っ」

     ユウナが軽く体を震わせたのが、唇を通してロヴィアンにまで伝わった。
     相手の息遣いと自身の心音のみが響く部屋の中で、二人は長い長いキスを交わす。
     ロヴィアンが口付けを深めるように唇を押し付けても、ユウナは意地になったように退かない。
     冷えた肌と乾いた唇、それが触れ合っている場所だけがやたらと熱かった。

     倒錯的な行為に耽溺する少女達は、どちらともなくほお、と溜息をついた。


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