やわらかな光が落ちている。借りたホテルの一室の、間接照明がKの裸体をぼんやり照らしている。
「あなたは何もしなくていいんですよ」
脱がせた黒衣と自身のスーツをハンガーに掛け、富永がベッドに戻ると潤んだ瞳とかち合った。青く透きとおる夜の色。奥底に星の輝くきれいな目。いつもはもっと硬質な印象を受ける瞳も今は酔いが回ってとろけていて、富永の姿を映してゆるく瞬く。
「なに、も……?」
ふわふわと夢見るような甘い声。そっと口づけると素直に開く唇に、そのまま舌を差し入れた。どんな酒よりも強く痺れる、熱くとろけきったKの咥内は性感を刺激して、貪るほどに溺れていく。
富永は己のなかにまだこんな情欲があったのか、と驚くような呆れるようなそんな心地で猛る中心を自覚した。口づけながらぐっと腰を押しつける。熱と熱が触れ合って、組み敷く男の喉が甘く鳴る。
「は……ぁっ、とみ、なが……」
目を奪われる赤い舌。あふれた唾液が口元を濡らしてらりと淫らに光っている。富永は呼ばれるその名が自分のものだということに、ぎゅっと陶酔を覚え息を呑んだ。
衰えを知らないハリのある肌を腹から胸へと撫で上げる。弾力楽しむように這わせた手でもっちりと胸をこねてやると、Kの声はいっそう甘く奏でられた。まだやわい乳首を指先で弄び、たまらなそうに揺れる身体に快楽を教えこむ。それは思い出させると言ったほうが正しいのかもしれないが、どちらにしても富永のすることは何も変わらない。
ちゅう、と尖りだした胸の先に吸いついて、指の代わりに舌先で何度もこね回す。昔も今も、豊満としか表現できない胸の肉をしっかり掴んで揉むうちに、自身の昂ぶりはますます暴れ出しそうになっていく。富永は舌でたっぷりと可愛がったKの乳首を最後に強く吸い上げると、ゆるゆると顔を上げた。
あなたは何もしなくていい。そう言ったのを律儀に守っているのか何なのか、されるがままの男の身体はくたりと力が抜けている。胸の頂きでぷっくりと腫れたふたつの突起はもっとと富永の舌を誘うようにいやらしく濡れている。
ゆるく開かれたKの唇は甘く吐息をこぼすばかりで言葉では何も言わないが、とろけた瞳はじっと富永のことを見つめていた。少し乱れた髪が汗で額に張りついていて、それがまた色っぽい。
「ぁ、んっ……ふ、ぁっ、あ……っ」
視線を受けながら再び胸に唇を落としてみる。びく、と大げさに跳ねた身体はそれでもすぐに弛緩して、富永の愛撫を受け入れた。胸から腹、さらにその下へとたどる唇をKのとろけた瞳は追いかける。髪と同じく艶々とした黒い毛の茂みを舌でかき分けるようにくすぐれば、ひくりと腹が震えるのが可愛かった。
富永はためらうことなくKのものを口に含む。胸での快楽に弱い男のそこはすでにゆるく勃ち上がり、軽く舐めるだけでぐんと質量を増していく。けれどこの、同じ男から見ても立派なものは生殖のために使われたことは一度もなく、Kの一族の貴い種はただただK自身の肌を汚すだけなのだ。富永は年を重ねていっそう感じる暗い歓びをそっと胸のうちに閉じ込めて、Kの内ももを撫で上げた。意図を察してびくつく男のうぶな反応に頬がゆるむ。
「久しぶりだからしっかり慣らさないとですが、大丈夫、オレが全部しますからね」
仕事用の鞄を拾い上げて取り出した、そういう用途にしか使わないモノを目にしてKはじわりと肌を赤くした。それは恥じらいだけでなく期待が滲んだものであると、富永にはよく分かる。たとえどれほど月日が過ぎようと、目まぐるしい日々のなかを生きようと、忘れてしまうはずがない。あの村で、あの診療所でKと暮らした八年間。肌を重ねた夜は一度や二度のことではない。
開かせた両脚の間に陣取って、ぱちりとローションのボトルの蓋を手で弾く。そのまま垂らして冷えた感触に震えるKを見るのもよかったが、そういう意地悪は若い頃にもう楽しんだ。今は手のひらで十分馴染ませ温めてから、慎ましく閉じた穴へと塗りこむように注いでいく。
「んっ、なん……っで、そんなもの」
コンドームを被せた指をゆっくりと差し入れる途中にそんな言葉をかけられて、富永は唇に笑みを乗せた。淡い光にさらけ出されたKの身体は目で見るだけでもたまらないが、触れている熱はそれ以上に頭のねじを抜いていく。ぬちぬちと響く淫らな音のせいもあるだろう。清潔な石鹸の香りを塗り変える、べったりとした甘いにおいにまみれたKの秘部。広げるように指を回すとちょうどイイところをかすめたのか、Kの喘ぐ声が大きくなる。
「ひッ、ぁ、とみ……っ、にゃ、ぁ……」
「いやァ、Kはなんにも考えなくていいんですよ。少なくとも、今はオレとふたりきりなんです。あなたが抱えているもの全部を忘れろなんて言いませんが、今ここでは、気持ちいいことだけでいいでしょう?」
増やした指でなかを優しく撫でていく。男ふたりが悠々寝転がれるベッド。窓のないカーテンだけが掛かった部屋。ここがどういうホテルかなんていうことも、Kは知らないままでいい。酔わせるつもりで飲ませた酒をKは美味いと言っていた。皺の刻まれた目元をほんのり赤く染め上げて、手を取り腰を抱く富永に向かいはにかむような笑みを見せた。
帰らないと、と呟く声に帰しませんよと言える日が来ようとは思っていなかった。不思議そうに瞬く瞳に今日はこっちに泊まることにしたんでしょうと笑いかけ、富永はKをネオンの光る狭い路地へと連れ込んだ。何もかもあっけないほど上手く進む。まるでKのオペのような淀みのなさで、富永は選んだホテルの一室を開け、扉が閉まると同時にKの唇に口づけた。強いアルコールに浸された舌はひどく熱くて甘かった。
「や、っん、んぅ……っ」
もう三本を咥え込んだ肉の輪を、ただやわらかく突いてやる。もどかしそうに揺れる瞳を受け止めて、富永はずるりと指を引き抜いた。瞼を閉じればかつてのKがそこにいる。はしたないと恥じ入りながらも富永を欲しがり先をねだる姿。粘液をこぼしくぱくぱと開くそこを埋めて欲しいと誘う言葉。記憶と妄想が溶けて混じった若いKは、いつだって富永を魅了する。
けれどそんな幻影を追うのは深い呼吸ひとつの間のことで、富永は目の前のKを見るためすぐに瞼を押し上げた。変わったところ、変わらないところ。比べることに意味はない。富永はあらためてKに夢中になっていく。
「Kェ、明日は帰っちゃうんですよねぇ……」
においも声も、感じる熱も、たったひと晩ではとても味わい尽くせない。じわじわと挿入を果たしうごめく肉に締めつけられて、とろけた思考は素直な言葉を口にする。快楽と欠落に涙が出そうな富永は、ぐいと引き寄せられる動きにろくな反応ができなかった。
「ぉわ、ちょ、Kェ……っ」
両腕と両脚と、身体全部で抱きしめられて、唇を強引に奪われる。さらに動けとばかりに踵で腰を小突かれれば、富永に抗うなんて選択肢が浮かぶはずもないのだった。ぱちゅんぱちゅんと卑猥な音を響かせて、Kの身体をただ揺さぶる。まるで村にいた若い頃のように、余裕がはぎ取られた動き。汗に濡れた肌がぴったりくっつく感覚にさえぱちぱちと
快楽が弾けていく。
「も、ぉ……っ、あなたは何もしなくてって」
「お前が、ぁッ、余計なことを言うから、だっ」
Kの声はかすかな悲鳴のようだった。富永を睨む瞳は深い海を思わせる。水の泡のように涙が浮かんでこぼれ落ちる。べろりと舌を伸ばして舐めとれば、それはやはり懐かしい海の味がした。
Kを村から連れ出して、海をはじめて見せた時、遠いところへ来たのだな、と言っていた。マントの裾をなびかせた姿はいつものように凛としたものに見えていたが、その瞳にはどこか惑う色があった。富永は怖いですか、と思わず声をかけたことを思い出す。そして、その時Kが何と答えてくれたかも。
「……帰りたくないって、今なら言ってもいいんですよ?」
返事はない。それはそうだ。Kはそんな言葉は口にしない。富永はあの日、凪いだ海を前に帰れなくなったら怖いなと、静かに笑ったKの姿に恋をした。ふたり足跡をつけた砂浜を、眩しそうに見た男の横顔はきれいだった。海風に冷えた手を取って、一緒に帰るから大丈夫ですよと言えたあの頃はもう遠い。きらきらと輝く欠片ばかりが胸にある。
「富、永……」
きゅう、と甘えるようになかが狭くなる。奥へ奥へと誘い込む動きはいじらしく、富永は愛おしい気持ちで目を細めた。熱いのか、温かいのか揺らぐ感覚。潮騒がはるか過去から耳に届く。
あなたは何もしなくていいのにとは、もう言えないまま搾り取る動きに欲を放てばKは満足そうに微笑んだ。それをまたひとつ瞼の裏に刻み込み、富永はKの上にくずおれた。受け止めてくれる身体はやわらかい。