初めの頃と同じように手の甲を差し出してもらい、じっと見下ろす。
いつ見ても、男らしくて綺麗な形の手だなあ。
1、2、3……見慣れ過ぎた模様達を、人差し指で一つずつ確かめていく。
「とうに数え終わったんじゃないのか」
「んー、まあそうなんだけどね」
彼の体に、左右対称にバランス良く、絡み合うように描かれた入墨。
その姿を見た者は皆、またとない異様な姿に驚きを隠せず、全身に彫られた模様の数を聞いて更に吃驚仰天する。
その数、387個。
本当にその数字で合ってるの?私が調べてあげようか?と軽い冗談で聞いたあの頃が懐かしい。
あのとき僕の言葉に、少ししてから真顔で“じゃあ頼む”と返した君の、ちょっとした沈黙の意味は後で知った。
まさかあんなところにも模様があるなんて聞いていなかったから。
僕は友人相手にとんでもない発言をしていたんだな、と今なら笑える。
そもそも客に言及されるのが嫌だからって、入墨の範囲も数も虚偽の申告をしていた本人が悪い。
僕なんか足以外の本数だって事実通りに公にしてるんだよ?
何でもいいからとにかくユニークな所を売り出すのが私たちのやり方だろう。
ひょんなことから始まった研究の進捗は、牛歩の如く。
舞台裏で出番を待つ間。食堂で隣り合ったランチの後。急な雨に宿舎への足止めを食らったとき。
ほんの少しの時間を見つけては、少しずつ。
彼のキャンパスに散らばる絵の数々を指で追いかけた。
仲間に見かけられる度に「仲良いね」と微笑まれたり、「まだやってんのか」と呆れられたり。
時には誰かが興味本位でちょっとだけ携わってくれて、これは何の動物だと一緒に考えたり。
いつまで続けるのかと聞かれたときには、
「確かに、結構骨の折れる仕事だ。
途中でどこまで数えたかわからなくなるし、念の為数え直したらさっきと数字が違ったりもするし。
でも案外楽しいよ」
と、大いに遊び心を含んだ日課として仲間に返答していた。
本当に馬鹿な建前だったなあ。
「ごめんね、あのとき」
「ん?」
「ただの遊びがてらの研究だと思っていただろう?
本当は君に触れたかっただけなんだ」
正直に打ち明けると、過ぎ去ったことながらも少し自分が恥ずかしくなった。
家族や恋人でも無いのだから、その肌には自分の指で触れるか触れないかの程度にして。
その指先の意図を悟られないように“暇潰しをしているだけの友人”を演じて。
それでもって、わざと時間をかけて。
初めは風変わりな見た目の友人への、ただの好奇心でしかなかったのに。
次第に勝手に心の内で芽生えていく感情を少しでも満足させる為の、愚かな行為と成り代わっていった。
皮膚を抉られ象られた痛みの多さを推し量る度に、“生きていてくれて良かった”と泣きそうになったり。
その反面、この精悍な男に相応しい綺麗な模様ばかりだと心の中で賞賛を浴びせたり。
そんな僕の滑稽さも知らずに、何も言わず腕も足も何もかも、こちらに委ねてさ。
結局全てを数え終えるには、親友としての時間だけじゃ足りなかったし。
何より最後の1つは、親友のままじゃ見つけられなかった。
本当の数を僕が知るまで、ずっと従順な観察対象なってくれていたなあ、君は。
「……そうだったのか」
彼の反応の薄さに、少しばかり気まずくなる。
やっぱり言わなくても良かったかなあ。
そう思った矢先。
借りていた手とは反対の手によって、数え直している最中の指が捕らえられ。
彼の長い中指が、僕の爪の先の方から、するすると。
太くて見目の悪い人差し指の輪郭を、丁寧に辿られる。
変に挑発されたような気がして、どきりとした。
行き着いたのは、僕の人差し指と中指の間。
その付け根にあるのは、小さな黒点。
「俺も」
「……何?」
「貴方のほくろの数を知っている」
「……‥……なんとまあ、」
得意げに微笑まれたのは、何故だろう。
end