「旬くん! 大変だ!」
冬樹さんがノックもせずに部屋に飛び込んできたその声で目を覚ました。
ホワイトドルフィンのクリスマスイブの営業を終えて始発の電車で帰宅したので、殆どさっき眠りについたような気がする。ベッドに横たわったまま壁の時計を見ると、7時半を過ぎた頃だった。
「ん〜、どうしたんですかぁ」
上体だけ起こしながら発した声は、眠気が絶頂の自分で自覚するくらい眠たげだ。
「大変なんだ、サンタクロースが来た、 俺のところに」
冬樹さんはまるで外に漏れ聞こえてはいけないことでも話すように、ゆっくりと興奮を抑えるような口調で言うと、抱えていた大きな包みを差し出した。赤い不織布の大きな巾着には、クリスマスツリーのアップリケがついている。
「……す、すごいじゃないですか! 何が入ってたんです?」
「これから開けるところだ」
冬樹さんは神妙な顔で巾着のサテンリボンに手をかける。するりと解けたそれを見つめてから、いくぞ、とでもいうように今度は俺の目を見つめる。そうして絞られた不織布の口を勢いよく開けると、中から出てきたのは……
「キツネだ」
冬樹さんがむんずと掴んで引っ張り出したのは、大きなキツネのぬいぐるみだった。
「ちょっと冬樹さんに似てますね」
「そうかぁ?」
品定めするように腕の中のキツネの顔をまじまじと見つめて、眉間にシワを寄せている。
「……それで、茶番はここまでなんだが。何で40の男にこんなでかいぬいぐるみなんだよ」
「あれぇ、俺が置いたってバレてました?」
わざとらしくとぼけると、「茶番はおしまい」と額にコツンとこぶしが触れた。
「あはは。でも、ぬいぐるみって抱っこすると睡眠の質向上とか、ストレス軽減とかの効果があるらしいですよ。意外と大人向けにもいいプレゼントだと思いません? それにコイツ、めちゃくちゃ手触り良くないですか?」
冬樹さんの腕の中にいるキツネの頭をわしゃわしゃと撫で回す。滑らかな触り心地と、やわらかいのに弾力があるような気持ちのいい感触だ。
「た、確かに触り心地はいいけどさ……。睡眠の質って、俺にコイツを抱いて寝ろと」
「あ〜改めてそう言われると、ちょっと妬いちゃいますね〜」
そう言うと、冬樹さんは呆れたような顔で盛大にため息をついた。
「……まあいいや。旬くん今夜も仕事だろ。早く寝たほうがいい」
自分で叩き起こしておいて、と思ったが、これはもしかすると……と、ふと思い当たる。
「ねえ冬樹さん、」
「いいのいいの、俺は今夜このキツネと寝るから。じゃあおやすみ」
言いかけた俺の言葉に被せるようにそれだけ言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。
俺と冬樹さんの間には、一緒に生活する上でいくつかのルールがある。そのうちの一つが「お互いのプライベートを尊重する」。休日だから一緒にいなきゃいけないわけでもないし、友だちとの付き合いにも干渉しすぎないとか、各々の部屋に入る時にはノックをしてから、とか、まあ当たり前の事だ。
しかし今朝方俺は冬樹さんの寝ているうちに枕元にプレゼントを置きたいあまり、この約束を破った事になる。
約束を破ったらどうだという決まりまではないが、寝入り端の俺の部屋にノックもせず押しかけてきたあれは、もしかして仕返しのつもりだったのではないか。勿論怒っていた訳ではなさそうだった。つまり、そうやって破られたルールを細かくプラマイゼロに調整してくるところが、冬樹さんなりの優しさなのだ。
コンコン、とノックの音がする。
「……? はい」
また何か用だろうかと返事をすると、扉が薄く開いてキツネの手だけ(冬樹さんが握っているのだが)が隙間から覗いた。キツネはふよふよと手を振っている。
「プレゼント、ありがとね。おやすみ」
それだけ言って扉が閉まる。
「お、おやすみなさい!」
廊下まで聞こえるように寝る前の挨拶にしては元気よく声を張ると、俺は満たされた気持ちでベッドに沈み込んだ。
了