始まり「何でキスするの」
ただの拾われた男だった頃に、そう訊いたことがあった。旬くんは俺の気持ちが不安定になると、決まってキスをしてきたからだ。(それは今も続いている。)
「山本さんが嫌がらないから」
と、言われて、確かに拒否したことはないし、嫌だと思ったこともなかったなと頭が全肯定してしまった。
「君は男が好きなのか? ……そうは、見えなかったけど……」
「ずっと女の子が好きでしたよ。でも、アイドルが好きなのとは別の感覚ですよ、勿論」
二階堂への態度を思い出すと、本当だろうか、とその発言には多少の疑問が湧いた。
「次は『俺のことが好きなのか』、って訊きたいんでしょう」
「……そ、」
……んな事はなくはなかったので否定はできなかったが、肯定するのも何だか自信過剰なようで恥ずかしくて、俯いてだんまりを決め込んだのを覚えている。
「俺ね、ライブで二階堂さんに会えるのがホントに嬉しくて楽しくて、でもね、開演前とかチェキ会の準備で彼女がステージに居ないときはいつも山本さんのこと探してたんですよ」
ずっと後になって気づいたんですけど。と照れくさそうに笑っていた。色白の頬がが真っ赤だったのと、「二階堂さん」という呼び方をしたのを、よく覚えている。
「憧れみたいな事じゃなくて? アイドルの側にいる存在へのさ」
よくある勘違いのようなものだろう、と。
「1回だけチェキ会の時に山本さんと話した事があって。覚えてませんか」
「……いや」
ファンと事務的なやりとり以外に話す事はないはずなので、思い当たる節がなかった。
「俺、その日の客の最後だったから長めにチェキの後に話す時間取ってもらえて。いつも通り山本さんに『時間です』って剥がされたときに、何でか初めてマネージャーさんにも伝えたいことがあるなって思って、ライブ最高でした、いつもありがとうございます。って出口の方に肩を押してくるあなたに言ったんです」
「殊勝なファンだな」
「思い出しませんか?」
「ごめん」
休む間も、寝る間も惜しんで働いていた頃だ。些細なやり取りは疲労と仕事のスケジュールに流されてしまっているのだろう。今でもそんなやり取りをした事は、実は思い出せずにいる。
「そうしたら山本さん、いつもありがとう。って俺の頭ポンポンて撫でたんですよ、2回も!」
「う、嘘だろ……」
本当にそんな事をするだろうか、俺が。第一記憶にない。いや、記憶にないのは仕事に忙殺されていたからかもしれないのだが……。
「初めは俺もバリバリ仕事してる大人の男への憧れだって思ってましたよ。でもね、その時、気付いちゃったんですよ」
そう言うと旬くんは急に真剣な顔になって居住まいを正した。
「山本さん。俺、山本さんが好きです」
「冬樹さん、好き」
名前で呼んだり呼ばれたりするようになった今も、好きだと言われてキスをされるとその時のことを思い出す。
唇で応えると同時に、優しく2回頭を撫でる。君のその気持ちの始まりを、ずっと忘れてほしくないから。