Wisteria(5)「Wisteria」について異種姦を含む人外×人のBL作品。
世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。
R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。
※ポイピクの仕様上、「濁点表現」が読みづらいですが脳内で保管して頂けると助かります。もし今後、ポイピクの方で綺麗に表示される様に成りましたら修正していこうと思います。
【項目 WisteriaⅠ】
「ようこそ隠世へ」
閑話1 「目が覚めたら」
「ようこそ隠世へ」
この場所に来てから三度目の冬を迎えた。
冷たく乾いた空気が僅かに開けた窓から入り込み、一糸纏わぬ藤を撫で通り過ぎていく。少し空気を入れ替えたいと思って開けてみたが、季節が変わったばかりの外は思ったよりも寒く、早々に窓を閉じてしまった。着ていたものを探す為に辺りを見渡してみるが見つからない。諦めてもう少しだけ寛いでいようと、自分が寝ていた寝具へ腰かけた。
「んー」
この場所へ来た頃よりも藤の背はぐっと伸びていた。白い細腕を上へと伸ばし伸びをする。
「ひっゃぁ――」
ひんやりとしたものがいきなり藤を襲う。
入り込んだ冷たい空気から逃れようと布団へと潜りこんでいた大きな蛇が、今度は藤から熱を貰おうとするりと巻き付いてくる。後ろから突然巻き付かれた藤は驚き、変な声を上げてしまった。
「っ! 朽名!!」
ふっと可笑しそうに笑う声が聞こえてくる。だが、抗議の声を上げた藤を一向に離そうとはしない。
「動けないんだけど……」
腕は出ているものの、がっしりと胴を拘束されてしまい立ち上がる事が出来ない。一向に離さない蛇に藤は諦めて溜息を吐いた。自分に巻き付いている長い胴を撫でる。
「ごめん、寒かった?」
「いや、大丈夫だ。……それに冷えても、お前に温めて貰えばいいからな」
「んんっ」
するりと蛇は人へと姿を変えるが、相変わらず背後から藤を拘束していた。無防備な首元に顏を使づけると、わざわざ藤の耳に届く様にちゅっと音を立てる。首にあたる吐息がくすぐったい。声を上げた藤の耳は赤に染まっていた。
「ちょっと! 朝になったばかりだから!!」
ぐいぐいと朽名を押しのけようとする。だが、藤の力ではそれが叶わない。反応が面白いのか楽しそうに蛇が笑う。
気を許すと自分を弄りだす。このままで居たらすぐにでも自分を食べだすだろう。昨夜に散々吐き出した次の朝にまた事が始まったら、今日の午前は丸々潰れてしまう。もうすぐ年の瀬だ。少しづつでも掃除を進めたい。今日は普段手をつけない場所を掃除しようと決めているのだ。
「朽名っ、今はダメ! ……あっ」
指先をツンと立つ小さな山へ這わせられる。迷いのない進みで頂に辿りつくと指先を使って遊びだしてしまった。神様好みに慣らされてしまった体が意思に反して跳ね上がる。
「あ、ぅ…や、くちな……」
くりくりと弄り与えてくる感覚が体を駆け巡っていく。藤の体は何度もそれで感じる様に教え込まれている。脚の狭間が熱を帯び始めるのは容易かった。
「あ、あっ…ぁまって」
身を震わせ、ぎゅっと朽名の腕を握る手に力が籠る。その場から退こうと体に力を込めて立ち上がろうとしたその時、体をひっくり返され組み伏せられてしまった。
「っ、うっ……今日、大掃除する予定だから…いまは…やだ」
「ならば藤だけ気持ち良くしてやろう」
「え?」
「続きは夜にな」
自分の脚が持ち上げられ難なく開かれると、状況を理解した藤は咄嗟に手で顕わになった自分の性器を隠す。笑みを浮かべたままの目の前の蛇は、隠されたそこではなく、後ろに控える口へ指をかけた。
「ひ、ゃぁ」
昨日の残滓が残っているのか、開かれた端からはどろりと液体が零れ出した。指を沈められ、微かに解れている縁が更に広げられていく。流れ出た液を指に絡めながら藤が感じる場所へと辿りつくと、今度はグリっと強く押し込み律動を始める。
「あ、ぅ、んっ…ふっ、――あっ」
何度も擦れ溜まっていく熱に、藤の奥底にいた欲が朽名を求めだす。ぬちゅぬちゅと動き回っていた指を咀嚼しながらきゅうっと中が締め付け、嬉しそうにうねり始めた。
「大分中が吸い付く様になったな」
にやっと口の端を釣り上げ蛇が笑う。ここ数年ですっかり自分の体はこの蛇に変えられてしまったみたいだ。
「ぁ…も、や、……ぃやっ、くちなぁ」
快楽に反応したくないのに、良い場所を指が通過する度に気持ち良さで体が悲鳴を上げる。その感覚を与え続けている人物は、自らが与えるそれに正直な体を見つけると、細められた目に欲情を浮かべては抽挿の速度を増していく。
与えられる速度が増し、中に蛇が存在している事を意識した瞬間に、藤はもう引き返す事が出来ない高さまで引き上げられていた。
「ぁ…っ――!」
大きく背が反れる。自らの掌の下で、蛇によって引き出された欲を噴き上げ散らした。
「っ……」
そっと後孔から指が引き抜かれていく。そして荒く息を立て、くたりと横たわる藤の手を拾い上げると、そこに吐き出された液を舐めとった。
「っ、やめっ…舐めないで……」
「四六時中こうしていたら、疾うに子の一人二人いてもおかしくないな」
「うぅ……」
冗談めかして言う蛇の言葉を聞き、どこか物足りなさで痴情を残した藤が、真っ赤になりながら頭から布団をかぶる。もうこれ以上食べられない為に。
(子供……)
もし、自分が女性だったら。朽名の子を身籠っていたのだろうか……。そんな考えを片隅に置き、藤は布団をかぶり直した。
❖ ❖ ❖
粗方部屋の掃除を終わらせた頃には昼を回っていた。思っていたより部屋の掃除が早く終わったので、普段は手を付けない蔵もこの機に掃除をしておこうと家を出る。
そうして蔵へと向かっている時だった。ガサッと奥の茂みの方で何か音がする。
「?」
だが、視線の先には何の影もなく、ただ木々が広がるだけだった。
(……気のせい? 何か獣でも居たのかな?)
冷えた風が藤に向かって吹きつける。その冷たさにぶるっ身を震わせた。
(今日は早めに帰ってくるって言ってたし、蔵の整理を手伝って貰って早めに終わらそう。そしたら暖かいものでも作ろうかな……?)
そう決めると藤は足早に蔵へと向かった。
(もし、出来たら……居たらどうなるんだろ)
今朝の言葉を思い出して一人薄暗い蔵の中で赤くなる。
(朽名は欲しいのかな……いや、そもそもそれ以上ではないじゃん……友達でも恋人でも夫婦でもなく、ただ贄として食べられているだけで……)
贄というものだけが、自分が此処に居ていい理由だから。
そうして自分で生み出した思考に胸の奥を何かがチクリと刺すのを感じると、ぶんぶんと頭を振り思考を逃がす。昔はそんな事も無く、それどころか自分でそれを全うしようしていた筈なのに。
〝朽名が欲しい〟と、神様の持ち物である筈の自分が何処かから叫んでいる。
(いや、ダメだ。沢山色んなものを貰って、これ以上神様に望むのか?)
水を入れた桶に、ぎゅっと雑巾を絞る。
(神様自身を望むなんて……自分は贄として此処に居るんだから……)
置けれた物の埃を払い、床をいつも以上にゴシゴシと拭きながらモヤモヤとそんな事を考えてた。
「?」
すると突然、ガタッと後ろの方で音がした。驚きで体が飛び跳ねる。ゆっくりと振り向き、予想した人物の名を呼んだ。
「朽名?」
目を向けたその先には、一つの大きな影が入り口を塞いでいた。
❖ ❖ ❖
昼を過ぎ往き、そろそろと夕へと時間が足を運ぶ頃。
いつも通り麓での用事を済ませ、神社の主である蛇は境内の本殿や拝殿などには目もくれず、藤が住む母屋へまっすぐと向かう。
戸を開け、藤が居そうな場所を見て回るが、目当ての人物が見当たらない。不思議に思い、通常よりも耳を澄ませ音を拾おうとする。だが、何時も微かに鳴り、藤の居場所を教えてくれ、何度も頭の中に刻まれたあの音が今は聞こえない。
(そういえば掃除をすると言っていたな)
もしやと思い、庭の掃除でもしているのかと外を覗いてみるが、その姿は見えなかった。普段すぐに見つけているだけに、いざ見つからないとなると、なぜか不安になってくる。
「……何処へ行ったんだ?」
蛇に姿を変えた方が音はよく聞こえるだろうと、姿を変えようとした時だった。見渡した庭の端にある蔵に目が止まる。
その蔵には特別何かを置いてある分けでは無い為、自分も藤も普段は使う事も無かったが、家事をこなし気が回る藤の事だ。片づけるのが得意ではない自分に変わり、偶には中の掃除でもしようと蔵へ向かった可能性もある。
そんな考えに思い至った蛇は試しにと其処へ歩き出した。
❖ ❖ ❖
「わざわざあれが居ない時間を見計らってこんなボロ神社まで目ぼしい物が無いか探しに来たのに、まさか人に会うとはな」
下卑た笑みを浮かべ、堅い自らの手で口を塞ぎ抑え込んだ藤を見下ろす。
「しかもお前、前に贄に出された奴じゃないのか……? 生きて居たんだな」
口を塞がれ、自分よりも遥かに大きい男の言葉を聞き、恐怖で体を震わせる。
「役目を放棄してここに隠れてたのか?」
動揺しながら、このままではまずいと男を振り払う為にバタバタと暴れる。掴まれていた服の裾が引っ張られ肩や胸元、脚が大きく肌蹴た。それでも藤は、気に留める事無く逃れようと身を捩る。だが、細腕の藤が暴れた所で男はびくともしなかった。
暴れた拍子に肌蹴た服の隙間から、藤の白い肌が覗く。白く艶を含んだ肌の上には仄かに赤く、昨夜の情事の痕を転々と残していた。それを見た男は舌を舐めずる。
「年の瀬も近いってのに金が無くってな。寒くて仕方ない。金に成りそうな物を貰ってくついでに温めてくれよ」
べろりと点をなぞるように舐めると、ビクリと藤の体が震えた。ぞわりと悪寒が背に走る。
「゛ンンッ」
悶えた拍子に出来た隙間から、がぶりと勢いよく男の手に噛みつく。
「゛い」
だが、外れたのは口元の手だけった。歯形が付く手を握りしめ藤の頬を思い切り殴る。かはっと声を漏らす口の端から血が流れ落ちた。
「せっかくだから楽しもうぜ?」
乱暴に服を掴まれるとビリッと音を立てながら羽織も服も剥ぎ落とされ奪われる。力強く剥がされた拍子に、何時も身に着けていた鈴が取れてしまった。リンッと音を立て落ち、ころころと藤から離れ転がっていく。それを捕まえようと伸ばした手を、ドンッと床に押さえつけられる。更に組み伏せられた藤が叫んだ。
「! 嫌だっ…朽名……!」
「村の奴等にバラされたくなければ黙って言うこと聞いてろよ。贄の役から逃げ出したんだと知ったら彼奴等がどうするかぐらいわかるよな?」
恐ろしく響く男の声に、藤は動けず固まってしまう。そうしているうちに藤の細い喉へと手が触れていき、力が込められた。
薄暗い室内にはくちゅりと響く水音の他に、男に凌辱される姿が残るだけ。流れた血は床に落ち、首は手形を写して赤く腫れていた。
「彼奴に随分と慣らされたようだな」
男はそんな事を言いながら、すでに出された後の中を自らの性器でぐりゅぐりゅと弄っていく。
痛みに呻く藤の中からは吐き気と気持ち悪さだけが湧き出ていた。瞳からは涙が止まり、目元が赤く腫れている。天を映していた視界は段々とぼやけ始め、脳が意識を手放していった。
(くち、な……)
涙目で最後に見たのは男の首が飛ぶ姿だった。
❖ ❖ ❖
ドサリと重い音が響く。
愛しいその体に薄汚い体が少しでも触れているのが嫌で、即座に長い尾でバシリと男の体を飛ばす。勢いよく弾かれたその体は、ビシャリと音を上げ壁へと叩き付けられる。首の無いその体は血を飛び散らせながら崩れ落ちた。
そんな汚物には目もくれず、大きな蛇は胴を引きずり藤へと寄る。頬や口、体の至る所には傷や痣が出来、首には赤い手形が付いていた。自身の瞳に映された光景に、今まで味わった事の無い怒りが沸き上がってくる。
動かない少年に頬を摺り寄せる。……だが、何度も、何度も、何度もすり寄せ、揺り動かしても動かない。酷く胸がざわつく。暗い感情が蛇の中を支配していった。
湧き上がる絶望感で小さく「藤」と呟やく。その時、僅かだがピクリと指先が動くと、ゆっくりとその瞼が持ち上げられていった。
「く…ち、な……」
蛇の存在を確認し、うっと小さな口から呻きが漏れると、目から再び涙が流れだす。震えた声でまた一つ、自分の名が呼ばれた。
「くちな……」
ほっと息を蛇が吐き出し、藤へと触れる。
もう一度名前を呼ぼうとした藤の言葉は、後孔から漏れ出てくる液体の感触で閉じられてしまった。
「っ――! み、みないでっ!!」
自分の醜態を大切な相手に見せたくなんてない。嗚咽を漏らしながら遮る様に顔を隠す。流れ出る涙が手の隙間に溜まり、留まりきれず零れていく。
蛇は静かに姿を変え流れる涙を掬うと、藤を抱え蔵を後にした。
❖ ❖ ❖
空間にバサリと上着が落ちる音が響く。脱ぐのすらも手間で薄着のまま藤の体を抱えると、湯が張る浴槽へと共に浸かった。
優しく膝の上に降ろされた藤は朽名へと寄り縋り、耳元には苦しそうに嗚咽と涙を流す音だけが聞こえてくる。朽名の服を掴むその手は震えていた。吐き出された液を掻き出そうと藤の後孔へと指を掛ける。指先に触れる液に、藤を痛めつけた人間への怒りが再び湧き出し、思わず舌打ちをしてしまった。それを聞いたらしい藤の体がビクリと震える。
「ごめん」
怯えた声で呟く藤の顔は、自分の背から向こうを見ている為に確認する事が出来ない。ひっくと嗚咽を漏らし泣いていた藤が「くちな」と呼ぶ声は未だに震えたままだ。
震えながら、再び言葉を発しようとした藤を抱え直して此方へと向かせる。言葉は言葉として吐き出る前に、口を口でと塞がれてしまった。
「ん、ぅ」
丁寧に、息つく間も与えず深く舌を這わしていく。
くちゅ、くちゅりと唇を交わしていき、やがて身を離す。離れた唇からは相手へと伝わる唾液の糸を作り出し、垂れ落ちていくそれを見送ると、安心させる為に笑みを浮かべた。
「お前に怒っているんじゃない」
そして再び唇に触れると中を優しく、更に深く撫でていく。また藤の元気な声を聴ける様に。舌で愛撫しながらも、なお止まなずに動き続ける指は藤の中の全てを掻き出し、掻きだし終わっても口腔への愛撫が止む事はなかった。
「お前は私が何の神と言われているのか忘れたのか?」
長い長い口づけを終えやっと唇を離す。頬を手で触れ、耳元に言葉を置いた。
「蛇は執念深いぞ、藤。贄として渡されたあの時からお前は私のものだ。お前がどんなに汚れ、壊れたとしても、全て触れ直して綺麗にしてやる」
視線を藤に向け、じっと柔らかな表情で見つめる。
「どうしてほしいか神に頼んでごらん」
頬に添えられた手は藤を逃さず、此方へと顔を向かせていた。獲物を逃す気なんて無い神様は、何時もと変わらない笑みを携えたまま。
涙目で、驚いた顔をむにっと向かせられ藤は固まる。だがやがて、表情を崩し、大粒の涙を流しながら神様に神頼みをした。
「俺の、全部に触れてほしい……触られたとこも、そうじゃなくても……ずっと一緒にいたい…居てほしい。……くちな、朽名がほしいよ」
朽名の胸元に縋っていた藤の両手に、まるで願いを込める様にぎゅっと握られる。粒の涙が零れ、頬を伝い落ちた涙は湯の中へ落ちて紛れていく。溢れ出ている涙を神様は掬い、目元へ唇を落とした。
「藤……お前は私のもので、とっくに私はお前のものだよ」
寝室へと抱き移された体は優しく触れられていく。柔らかい寝具、時には浴槽で。体を辿り、甘い声を響かせながら三日三晩神様によって〝清め〟られていった。触れた所から傷が薄らいでいく。
目を覚ましては暖かい体に抱えられ、微睡、蕩けた体を優しく抱かれ続ける。心地良さの中でまた藤は意識を手放し、そのまま藤は深い眠りに就いていった。
それから数日後。
そうして完全に意識を取り戻した頃にはすっかりと傷や痣は癒え、綺麗に消え去っていた。ふかふかと柔らかい寝具の上でそっと瞼を持ち上げる。その視界に真っ先に映ったのは白い大きな蛇だった。朝陽がその白い鱗に反射してきらきらと輝く。藤が起きた事に気づいた蛇の、笑っている様な柔らかな瞳には自分の姿が映り込んでいた。
「おはよう、朽名」
❖ ❖ ❖
「神と契ったらどんな姿になるかわからんぞ、藤。……それでも良いのか?」
「いいよ、ずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいるって決めたから」
明るい口調で自身の望みを口にする。するとじっと藤が此方を見つめ続けた。
「どうした?」
「髪、切っちゃって良かったの?」
「ああ、構わん。邪魔でもあったからな。丁度好い。それに……」
「それに?」
「もうこの土地の神では無いからな。……まぁ、大層な理由がある分けでは無い。この地を離れる置き土産がわりだよ」
切り離した髪は蛇に姿を変えると四方へと散っていた。
(人を守る気はもうない。だがそれでも此処は、藤を生んだ土地だからな。神の役割はしないだろう。けれど見守るくらいはするだろう)
それでも藤は未だにじっと此方を見続けている。新鮮な藤のその様子に蛇は疑問符を浮かべた。
「? ……何処か可笑しな所でもあるのか?」
「ううん」
発せられた疑問にゆっくりと首を横に振り否定する。そして藤がにっ笑みを浮かべた。
「今見慣れておこうと思って。短いのも似合ってるね」
「……」
藤の頬へと思わず手を伸ばしたが、今此処で始めてしまっては長引くだろうと方向を変える。
「わっ、朽名っ」
可愛らしくそんな事を言い、目の前で笑みを浮かべた藤の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「お酒使うの?」
「まぁ、水でも代用は出来るが……酒の方が効果が大きいな」
「何の?」
「……知りたいか?」
「っ!」
ぐっと距離を詰めて悪巧みを含んだ笑みを向けると、藤の胸元を撫でる。その顔を見たら嫌な予感がしてきた。
「や、やっぱりいいや。知らなくて」
「繋がりが濃くなるな……だから相手をより感じやすくなる」
「い、言わなくていいからっ」
「なんならこの後試してみるか?」
「いらないっ」
慌てて断る藤を見てくすくすと蛇が笑った。
「まぁ、すぐにどうこう成る分けじゃない。少しづつ変化が現れてゆく。そうだな……向こうに着く頃には変化が現れ始めているかもな」
少量の酒に互いの血を入れ一口づつ交互に飲む。一口飲み込んだ藤の頬がほんのりと赤く染まった。心と体を結んで、「決して離れない」という契りをこの土地から離れる前に交わす。もう自分達は贄と神という関係ではない。
必要なものを纏め、移動させたい場所である境内の四隅に〝符〟を張り渡る準備をしていく。藤が眠っている間に、鍵屋と話をつけておいた管理しろという場所へ行く為に。
「……これ、このまま持ってくの?」
「ああ、何か慣れたものがあった方が良いだろう。〝これ〟自体は今の向こうでは珍しいから持って来いと言われている。母屋や寝床はまた作れるから捨てるぞ」
わざとなのかは分からないが「寝床」という言い方が蛇らしいなと、思わずふふっと笑ってしまった。
「そっかぁ……庭の景色、結構気に入ってたからもう見れないのはちょっとだけ……寂しいね」
藤が寂し気に庭方向へ目を向ける。
さすがに山に紛れる庭や山自体をそのまま持ちだすには範囲が広すぎており、藤が気に入るこの庭を諦めざるを得なかった。
(……最近、季節に似たものを向こうに作ったと鍵屋が言っていたな……沢山の花を植えてやろう。この場所よりも、より藤が楽しめる様に)
渡る為、鍵屋から受けとった鍵を取り出し空で捻る。目の前に現れた扉を潜り抜け、二人はこの土地を後にした。
神様が居なくなったからなのか、二人が去ったその後、神社があったその場所は土砂に飲まれていった。其処が掘り返され、神社が神隠しにあったと言われるが、信仰はまた霞の様に薄く消えていく。だが、再びその場所に〝誰か〟が住み始めたのはまた別のお話だろう。
❖ ❖ ❖
神社だけを移動したその場所で、そっと目を開けて水面を覗き込む。反転した様に褐色の肌に色素の薄い髪を揺らす少年が其処に居た。烏羽色の瞳は空色へ変わり、水面から反射する光で輝く。思わぬ自分の変化に勢いよく頭を上げて傍に居た人物を見上げた。
「へびじゃないっ――」
実はちょっとだけ期待していたと言う様に藤が声を上げる。
(……なぜ少し落ち込んでるんだ?)
「蛇が良かったのか?」
くっくと可笑しそうに蛇である者が笑う。
「藤」
そう言って息を吐き、後ろに倒れるのではと思う程思い切り藤を抱きしめた。
「く、朽名?」
「良かった……また抱きしめられる体で」
「ようこそ隠世へ。じゃ、ここの管理よろしくね」
閑話1 「目が覚めたら」
(……あたたかい)
今は冬で、冷たい空気が空間に漂っている筈だが、そんなものは微塵も感じずに心地良さが藤を包む。
「くちな……おはよう」
そっと目を開けると目の前には見慣れた人物。
共に寝そべり、藤の頭を撫でるその相手へと、何時もの様に声を掛けた。見慣れた光景、柔らかな寝具は二人分の重さで波を作る。
「……今、どれくらい……?」
「三日経ったな」
「そっか……」
頭がふわふわとする。眠くて、暖かくて、心地が良い。夢などではなく、ちゃんと目の前に望んだ相手が居た事にほっと息を吐く。
数日前に自分の中で暴れていた傷は何処かへ逃げていったらしい。今はそんなものよりも、寝起きする度に注がれた暖かさが自分の中を埋め尽くしている。仰向けていた身体を隣の神様へと向け、微かに感じた不安を口に出す。
「また…目が覚めたら……くちながいるかな……?」
聞かれた神様は僅かに目を開くと、ふっと小さく息を吐く。
「何処かへ行く分けないだろう?」
願い願われ、聞き届けた。藤の願いを叶えるのは――
(私だけのものだ)
安堵したのか眠いのか。藤はそう返されると自分よりも広い胸元にぽふりと額をくっつける。
「まだ、ねむくて……」
「ああ、ゆっくり休め」
「おきたらまた……おはようっていうから」
小さな笑みが浮かぶと静かに目が閉じられていく。そうして再度微睡の中へと潜り込んだ。
「それは楽しみだな」
意識を沈めた藤へ言葉を返すと、小さな背をぽんぽんと撫でる。ひと時の休息を再開し、己が一番落ち着く事が出来る姿へと変え、ぴとりと藤に寄り添い眠りに就いていった。
- 了 -