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    イオリア

    @io_hanamame

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    イオリア

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    タケマイwebオンリー小説。17歳のタケミっちと、25歳のマイキーのお話です。マイキーは芸能の仕事をしていますが、本編にあまり関係ありません。マイ→→→←←武が強いタケマイなので、苦手な方はご遠慮ください。色々ツッコミ所満載ですが温かい目で読んでくださると嬉しいです。ドラケンの出演が多めです。

    この恋、キミ色「相棒、今日もドラケン君と場地さんの所に行くだろ?」
    「わ、行く行く!ドラケン君達が整備しているバイクかっけぇんだよな!」
    「よーし!そうと決まれば、行こうぜ!」
    「あ、待って千冬!」
    ホームルームが終わり、静かだった教室が賑わい始める中、松野千冬と花垣武道は勢いよく教室を出た。秋を覗かせる風は吹くが、照らす太陽は暑く、二人は制服の上着を脱ぎながら走る。松野の知り合いである男が勤めているバイク屋で、手伝いをするのが最近の二人の日課になっていた。
    「千冬、凄いな。バイク屋寄ったら、その後バイトだろ?体大丈夫か?」
    「場地さんがペットショップ開く為に資金貯めてるんだから、俺も少しでも役に立てるように頑張らないと。これぐらいどってことねぇよ。」
    「一緒にペットショップやるっていうのが夢だって言ってたもんな~。」
    「おう!だから、その為のバイトなんて屁でもねぇぜ!」
    そう言葉を発する松野の目はキラキラと輝いている。松野は、同じマンションに住んでいる尊敬する男…場地が、大の動物好きでいつかペットショップを開くのが夢だというのを聞いていた。松野自身も猫を飼っており、いつしか自分も場地と同じ場所で働きたいと思っていた。
    その男が、知人のバイク屋で働き始めて早数年。松野が場地からもらったバイクの修理を頼みに、武道と共に店に訪れたのがキッカケだった。独特のオイル臭が漂い、立ち並ぶバイクに、目を輝かせて武道と松野は何度も店の中を歩き回った。今でも最初見た瞬間のワクワクとした興奮を武道は思い出す。バイクは持ってないし、乗ったこともない。が、店に置いてあるバイク達はどれも輝いており、俺もいつか絶対買ってやると心が躍った。

    「こんちはー。」
    「お邪魔します!」
    店に着いてドアを開ければ、作業している男達が一斉にこちらを見た。
    「おー、武道に千冬。また来たんか。」
    「いいところに来た千冬。ちょっと手伝え。」
    「はい!もちろんっす!」
    金の辮髪に龍の刺青が入った男、龍宮寺と長髪の黒髪を後ろに束ねて作業している男、場地は、見慣れた二人を確認すれば、視線を戻して作業へ戻った。
    「俺も、なにか出来る事ありますか?」
    「ん?あぁ…武道は、悪ぃけど、茶を入れてくれ。」
    「はい!ちょっと待っててくださいね!」
    龍宮寺に言われて、武道は店の奥にある給湯室へ向かった。松野は手先が器用だが、武道は不器用で、何度かバイクの部品を落としたり、物がどっかいったりと怒られる事が多く、事務的な事をするのが役目となっていた。だが、偶にバイクに跨がせてもらったり、売り物ではないバイクをいじったりと、バイクに触らせてもらっているだけで武道は十分だった。給湯室に着き、慣れた手つきでお湯を沸かし、コップにお茶を入れていく。人数分のお茶を準備する事ができ、お盆に乗せ店内へ戻っている時に聞き慣れない声が聞こえてきた。
    「ケンチン~、あのバイクの部品どこ~??」
    「あー?その辺にねーか?」
    聞き慣れない声…誰だろうと、声の主の方へ視線を向けると、カチリと目が合った。黒髪のセンター分け。前髪はやや垂れ下がり、後ろはツーブロックの髪。そして大きい黒い目。バイクを触っていたのか、顔は汚れてはいるが、それでも美青年だと分かる。目が合った瞬間、どきどきと鼓動が鳴った。男の人だけど、綺麗でカッコイイ人だな…と、足が止まる。龍宮寺に「武道!」と声をかけられて、ハッと気づいた。慌ててお盆に乗せたお茶が零れていないのを確認して、ホッと息を吐く。龍宮寺達の元へ歩きながら、そっと、視線を先程の男へ向けたが、もう姿が見えなかった。新しく入った店員さんかな?と、その後手伝いをしながら辺りを見渡したが、黒髪の男を見る事はなかった。
    数日後、松野は少し遅れて行くからと、先にバイク屋へ武道は足を運んでいた。道中、美味しいと評判のタイヤキを買った。袋から甘さと香ばしさが漂い、思わずゴクリと、涎が垂れそうになるのを抑える。食べるのが楽しみだとバイク屋に着き、「こんにちは!」と声をかけるが誰も反応しない。
    「あれ?皆出かけてるのかな…?」
    うーん…もし、どこかに行っていたら、帰ってきてすぐ食べれるように準備していようと、給湯室の方へ行こうとした。カタンという音がした方向を見れば、先日見た黒髪の青年が立っていた。
    「あ…。」
    「あ、誰かと思えばこないだの金髪君。」
    「はい。あの、ドラケン君達は…?」
    「今、必要な物買いに行ってる。もうすぐ戻ってくるんじゃない?」
    「そうっすか…。」
    武道の姿を確認すると、男は近くの椅子に座ってバイクの整備をし始めた。今日は顔が汚れてない、青年の美貌がこれでもかと言うほど輝いて見える。うわ〜ホントイケメンさんだぁ…芸能人みたい。普段あまり芸能に興味がない武道も、男から溢れるオーラが輝いているように見えて、思わず眩しくて目を細めた。
    「…何?」
    「え、あ!いえ、何もないです、スミマセン!」
    ジロリと男に睨まれて、我に返った武道は、慌てて顔を逸らした。綺麗な男の人だからと言って、見過ぎだ俺…。知人にも世間で言うイケメンの友はいるが、この人はなんか落ち着かない。先程から自分を見る視線が痛く突き刺さり、ソワソワするし、早くドラケン君達、帰ってこないかな…。その場に居た堪れない空気に身の置き所がない気がした。気を紛らわそうと、椅子にタイヤキの入った袋を置いて武道は給湯室へ向かう。大丈夫、ちょっと怖そうな店員さんだけど、すぐ慣れるだろうし、何よりも、今日のタイヤキは、ホント美味しいって有名だから買えてラッキー!皆喜ぶかな、早く皆で食べたいなぁ…。くふくふと笑いながら、お茶の準備をする。そうだ、あのイケメンさんにもお茶淹れた方がいいよな…一人だけないのも変だし。と、いつもの人数よりも、一つ多くお茶を入れる。沸騰した湯を急須に注ぎ、しばらく時間を置いてから、湯呑みに注いでいく。湯気が立ち、こぽこぽと音を立てながら湯呑みに注がれるお茶の良い匂いに癒される。準備ができたと、意気揚々と店内へ戻った。あれ?座っていた椅子の上に、置いてた筈の袋が消えている。

    「あ、あれ?タイヤキ…。」
    「タイヤキならもらったよ。」
    へ?と気が抜けながら、聞き捨てならない言葉を耳に残し、声の主を見た。イケメン男の右手には、先程買ったタイヤキ。左手はタイヤキが入っている袋を抱えており、予想だにしない展開に、武道は固まった。
    「え、あの、それ…。」
    「ん?あぁ、これ。美味いよ。」
    「……?」
    「これどこで買ったの?今度、また買ってきてよ。」
    「は…」
    「は?」
    「はあぁぁぁぁぁ〜???!!!」
    何堂々と人が買ってきた物食べてんの?!え、何してんのこの人、ねぇなに?!色々な事を言いたいが、とりあえず出てきたのは、はぁ?!の一言。狼狽える武道の反応に、気にも止めず、もぐもぐとタイヤキを食べ続ける男は、気づけばペロリと全部平らげていた。

    「ちょっと、せっかく皆で食べようと思ってたのに!」
    「あ、そーなの?」
    「なんで全部食べちゃったんですか!」
    「なんでって…そこにタイヤキがあったし?」
    「はぁ?!食べても普通は一人一個でしょ?!」
    「え、気になる所そこなんだ。」
    「勝手に食べるなんて!盗ったのと同じです!」
    「俺の好物なんだよね〜。」
    「そうですか…って、あんたの好みは聞いてない!」
    いーじゃん、また買ってこればなんていう男に、なんなんだよこの男!と握りしめた拳がわなわなと震えて怒りで言葉が出てこない。こんな失礼な奴、初めてだ。まるで、某アニメに出てくる、お前のモノは俺のモノ状態。いや、そもそも知り合いでもなんでもないんですけどね!新しい店員の癖に、この厚かましい態度。龍宮寺と同い年ぐらいなのだろうか。だが、関係ない。年上だろうと、人に聞かず、勝手に盗るなんて。言葉を発さずに、眉を寄せて男を睨む武道の視線に男は気づいている。その視線も、どこ風吹くやらで、座ってた椅子から店の畳へ上がる簀子に腰を下ろした。呑気に武道が入れたお茶に手を伸ばした。熱そうに、ふーっふーっと少し冷ましてから、ずずっと口に入れている。お茶を飲んだ後、口をにんまりと緩ませ、笑いながら武道を見た。武道は、男の笑みは美しいと思ったが、笑っていない目を見て、ゾッと悪寒を感じた。

    「あんな人の目の前に物を置いてたら、勝手にどうぞと言ってるようなもんだけど?」
    「だって…あなた、ここの店員でしょう?」
    「店員だったらなに?」
    「このお店の人だったら大丈夫と思って…。」
    「俺がいつ、ここの店員だって言った?」
    「……違うんですか?」
    ふふふと笑いながらも、未だに武道に見せる目は変わっていない。なにか、見透かすような深淵の眼。男は片方の膝を立てながら、後ろ手をついて悠長に武道を見据える。
    「お前、不用心だね。そんな簡単に隙見せて。」
    「…あんたこそ、ドラケン君達のなんなんだよ。」
    あの人達になんかしようとしてるならば、友達であろうと許さない。そう思うのは、この男が見せる態度や目を見たからだ。ギッと睨みを効かせたまま、互いに牽制し合う。武道が言葉を発しようとした時だった。
    「戻ったぞー。」
    「…!」
    この声は、龍宮寺だ。駆け寄って、目の前の男は、一体なんなのだと声を発しそうになった。
    「お、武道。また来てたんか。」
    そう言いながら、花垣の頭を撫でて、見せる龍宮寺の笑みは兄のようで安心する。龍宮寺の顔を見た瞬間、喉元まで出かかっていた言葉を、武道は何故か言い出せなかった。代わりに、グッと拳に力を入れて、「なんでもないです。今日は帰ります。」とだけ呟いて、龍宮寺の返答を聞かずに店を出た。しばらく武道の背を見送っていた龍宮寺は、視線を鋭く変えて、ジトリと黒髪の男を見やった。
    「お前、なにしたんだ?」
    「ん~いや、別に。タイヤキ食べただけ。」
    「してんじゃねーかよ…。」
    龍宮寺は溜め息を吐きながら、武道が自分達に入れてくれたであろう湯呑みに気づく。手を伸ばすとまだ湯呑みは熱かった。ゆっくりとお茶を口に含み、喉を通る熱さと、急激に胃を温めていく感覚に、龍宮寺は眉を顰めながら残りの茶を飲み干した。





    「よー相棒。今日、バイク屋行かねぇ?」
    「えー…。今日…。」
    「なんだよ、お前、最近行くの嫌がるな。なんかあったか?」
    「………別に。」
    あの日からバイク屋に武道は顔を出していない。理由は100%黒髪男のせいだ。でも、バイクは見たいし、龍宮寺達とも話がしたい。松野や龍宮寺達がいるなら、あの黒髪男と会っても話さなければ大丈夫であろう。それに、やはり、あのタイヤキをいつも良くしてくれる龍宮寺達と一緒に食べたいという思いが武道の中で勝っていた。
    「分かった、行く。」
    「よし、じゃあ行こうぜ。」
    松野と話ながら、例のタイヤキ屋に寄った。紙袋に入った出来立てのタイヤキを持つと、袋から伝わる熱は、程よく緊張を溶かしてくれる。バイク屋に着き、引き戸を開けた。声をかければ龍宮寺や場地が居ることに武道は安堵する。でも途端に感じた視線に、チラリと視線を横に移せば、やはり居た。黒髪の男と目が合えば、男はひらひらと手を振り、武道の体が竦んだ。
    「あ~こないだはご馳走様。」
    「ご馳走?なんだ?お前、武道と知り合いなんか?」
    「んー違うよ?」
    「な、なんでもないですよ!俺、ちょっと今日おやつ持ってきたんで、お茶淹れてきますね!」
    こないだの事をほじくり返される前に、慌てて武道は給湯室へ向かった。もう、思い出したくないし、あの男と話もしたくない。なんで、あんなにヘラヘラと笑っていられるのだろうか。お湯を沸かしている間に、はぁ~と洗面所の台に手を置いて項垂れる。
    「そんな溜め息ついて、そんなに俺に会うの嫌だった?」
    急に後ろから聞こえた声に、ビクッと体が反応した。慌てて後ろを向くと、目の前には黒髪ジャイアン様がいるではないか。近づかれると同じぐらいの身長で、僅かに自分の方が目線は高い。だが、見つめてくる視線が痛くて早くこの場から離れたくて仕方がなかった。
    「…なんで貴方がここに居るんですか?」
    「ん~甘い匂いがしたから、こないだと同じ匂い。」
    「また、勝手に食べる気ですか?」
    「今度は不用心に置かずに持っていったんだね。」
    偉い偉い、とクスクス笑っている男に、なんだか馬鹿にされているみたいで気分が悪くなる。警戒心が一層強くなり、早くお湯沸けよと思ってしまう。
    「人の買ってきた物を勝手に食べるなんて、そんな事、普通の人はしませんから。」
    だから、関わらないでくださいと込めたように、思いっきり顔を逸らした。だが男は、タイヤキの袋をガサガサと触って中身を見ている。
    「ちょっ…何して…!」
    「だから今回は多めに買ってきたの?」
    「え?」
    何が?と言おうとしたら、男の顔が間近にあり、体は、肩に腕を回されて逃げられないようになっている。
    「だって、この前よりも多く買ってる。俺がいるから?」
    耳のすぐ傍で聞こえる男の声が、なぜか色っぽくてクラクラする。そんな近くで話をしないでほしいし、どうして俺が悪い事したようになってんの?この状況も、少し羽交い絞めにされてるような体制もおかしくない?俺の方が被害者なんですけど。背は俺よりも低いけど、この圧倒的な威圧感はジャイアンそのものだ。やはり黒髪ジャイアンだ。俺はこれから、この男の事を心の中でそう呼ぶ事にするぞ。
    「ねぇ、答えてよ。」
    「…また全部食べられると迷惑だから…。アンタの為に買ってきてるわけじゃない。」
    「じゃあ違うものにすれば良かったじゃん。」
    「…だから二つ。」
    「?」
    「ドラケン君達の分まで食べられるのは困るから、だからアンタように2つ買ってきたんだよ。俺の貴重な小遣いなのに…。」
    高校生でバイトもしてない自分に取って、貴重なお小遣いを一度は目の前のジャイアン様に奪われたようなものだ。ぶつぶつと、小言を吐くように呟けば、あの鋭い視線がなくなり、キョトンと目を大きくして、ぱちくりさせている。
    「ふっ…。」
    「?」
    「ふふ…お前、バカだね…。」
    今度は腹を抱えてうずくまって笑い始めている。そんなに俺変な事言った?!この人、人を馬鹿にする天才なのだろうか。もう、ぷっつんきましたわ俺。あんたにだけは言われたくない。あんたにだけは!
    「はぁ?バカってなんだよ、バカって?!」
    「だって、勝手に全部食べた奴のタイヤキなんて買ってこなければいいのに。なんで買ってこようと思ったの?」
    「俺だって買うの嫌でしたよ。やめようと思ったし、この店来たら、案の定アンタがいるから、うげって思いましたよ!」
    「うげって思ったんだ。」
    あー腹いてーなんて言葉が聞こえてくる。目じりに溜まった雫を指で拭いながら、男は笑い続けていた。もう、だからなんでそんなに笑うの。ムカつくんですけど。
    「だって…。」
    「だって?」
    「…一人だけタイヤキないなんて可哀想だし…。」
    「あんなに食べていたのに?」
    「…だから今日は二つです。」
    「俺、お前と顔しか合わせてないけど。」
    なんで?と問いかけるように、ジャイアン様は、ほんの少し目元を緩ませながら笑って声をかけてくる。
    「俺、不器用だしよく怒られるけど、ドラケン君達にバイクの事、教えてもらうの好きだし嬉しいんです。だから、ちょっとでも役に立ちたくて。」
    「うん。」
    「ここのタイヤキ、美味しいって有名だから、皆と食べたかったんです。でも、一人だけなかったら、それも一緒に喜べないでしょ。疲れた時に、皆で温かいのを食べて美味いね。って、笑って食べる方が美味しいじゃないですか。」
    ね、なんて笑って返すと、黒髪の男は、大きい目を猫のように細めて、また、ぱちぱちと瞬いている。
    「さ、貴方ここの従業員の癖に暇だったらお茶淹れるの手伝ってくださいよ。」
    ほらほらと、湯呑みを出すように指示すると、男は黙って人数分の湯呑みを出してくれた。今日は、黒髪ジャイアン様含めて5人分。順番に、急須から湯呑みへお茶を注いでいく。冷めない内に運ばなければ。
    「じゃあ、えっとお盆運んでください。」
    「あ?なんで俺が。」
    「俺は、貴方からタイヤキ奪われないように死守する義務があるので。」
    ふんふん!と両手に抱えて、店内の方へ足を進めば、男は渋々お盆を持って武道の後ろをついていった。店内に戻ってきた二人を見て、龍宮寺と場地は大いに目を見開いた。驚きで声が空気を舞い、音が鳴らずにぱくぱくと口だけが動いている。
    「さぁ皆さん休憩しましょ~。」
    笑顔で話しかけながら給湯室から戻ってきた武道に、龍宮寺と場地は未だ空いた口が塞がらない。戸惑いながらも、男がガシャンと音を立てながら置いた湯呑みに目をやる。多少お茶が零れてはいるが、それより目の前の男が無言の方が恐ろしいと思う。とりあえず、一旦茶を飲んで落ち着くか…龍宮寺と場地は顔を見合わせて0.5秒でこの結論に至り、手を止めて休憩に入る事にした。

    「お、美味いな。このタイヤキ。」
    「どこで買ってきたんだ?武道。」
    「でしょでしょ~!ちょうど、このお店に来る道中で見つけたんですよ~!」
    「これがずっと買いたいって言ってたやつか…ありがとうな、相棒!」
    皆、口々にタイヤキを頬張り、舌鼓をうつ中、思わず、武道はほにゃんと笑みが零れてしまう。
    嬉しい、良かった。やっぱり買ってきて良かった。さて自分も、美味しいタイヤキを食べようではないかと、タイヤキを入れていた袋に手を伸ばしたが空を切る。視線を移すと、袋が消えていた。
    「ん??」
    ここに置いておいた筈なのに…まさか!顔を黒髪様の方へ向ければ、口の端についた餡をペロリと舐めながら、「ごちそうさん。」という言葉が聞こえてきた。ホントに、さっきほんの少し怒りが引いた所なのに、何てことしてくれるんだ黒髪ジャイアンこの野郎。
    「あー!勝手に盗らないでくださいよ!今日は2つって言ったでしょう?!」
    「お前、ホントに不用心だな。大事に取ってたものから目を離すなんて。」
    ケラケラと笑う男が、本当に、本当に憎たらしく見える。
    「もう!なんで取るんですか!いいですか、お母さんから聞いてませんか?!勝手に人のもん取ったらダメって!」
    「俺、母ちゃんいねぇもん。」
    「あ、そうなんですか、スミマセン…。」
    「うっそ~。」
    「もうー!!」
    キャンキャンと子犬のように吠えている花垣の言葉に、男は笑って聞いている。その男が笑っている姿に、龍宮寺と場地はまた大きく目を見張った。
    「また食べちゃって!俺の分、食べるとか本当に最低です!もう、絶対アンタの分なんて買ってこないんだから!」
    俺のなけなしの小遣いなのにー!べそべそと半泣き状態になっている花垣に、男は「悪かった悪かった。」となだめに入っている。
    「分かった、今度は俺が買うから。買ってくるから。な?」
    「…そのお店、どら焼きも売ってるんで買ってください。」
    「分かったよ。お前、結構がめついな。」
    「やった!じゃあ、こしあんの方を買ってくださいね。」
    「何言ってんだよ、どら焼きはつぶあんだろ。」
    二人のどら焼きは、つぶあんか、こしあんか…の口論が始まった。最初聞いていた龍宮寺達も、付き合いきれんと思い、周りは二人を無視して仕事に戻った。結局口論は終わらず、どっちが美味しいか皆に決めてもらおう!というので会話は終わった。と同時に、男の笑い声が響く。
    「ふふふ…あはははは!」
    「え、怖っ!なんですか、いきなり笑い始めて!」
    「あー…久々に笑った。お前…名前は?」
    「まずは、ご自分から名乗ってくださいよ。…花垣、武道です。」
    「花垣、武道…。じゃあタケミっちだな。」
    「なんですか?それ。」
    「俺が付けたあだ名。」
    「あ、要らないんで結構です。」
    「有難く受けとけよ。俺は、佐野万次郎。マイキーでいいよ。」
    ん?佐野?マイキー?どこかで聞いたことがあるような…。云々唸っている武道を他所に、万次郎は機嫌よくバイクの所に寄り、作業を始める。そのバイクを見て、今度は武道が目をキラキラと輝かせた。
    「あーーー!このバイク、貴方のだったんですね!」
    「?なに、興味あるの?」
    「はい!俺、このバイク屋に来てから、ずっとこのバイクの事が気になってて…そっか~、お前、そんな機体だったんかぁ…。うわーかっけぇなぁ…。」
    「…乗ってみたい?」
    「!いいんですか?!」
    「ま、詫びも兼ねて、タケミっちならいいよ。」
    「よっしゃ、やったー!えっと、」
    「マイキー。」
    「ありがとうございます、マイキー君。めちゃくちゃ嬉しいです、俺!」
    やったー!わーい!と飛び跳ねて喜び、くるくるとバイクの周りを回って、マジマジとバイクの機体を見る。ホントにカッコいいし、これに乗れるなんて嬉しいと武道はボディに頬ずりした。武道の行動に、龍宮寺と場地は思わず「あ!」と声を出し、ギュッと目を瞑った。だがしばらく時間を置いても、音一つ鳴らずにいるのを不思議に思い、二人はゆっくり目を開けた。ひたすら武道がバイクのボディに頬ずりしているのを、万次郎は怒るわけでもなく、ただじっと見ていた。頭の上にハテナマークが浮かび、二人は顔を見合わせた。ただ単に万次郎の機嫌が悪くなかったのだろうか。

    「お、武道。万次郎のバイクに乗るんか?」
    「真一郎君…!はい、乗せてもらうことになったんです!」
    「良かったな。お前、ここに来てから、ずっと気にしてたもんな。そのバイクを。」
    「はい、俺嬉しいです!」
    バイク屋に通うようになってから、店の隅にカバーが掛かったこのバイクを武道は気になって仕方がなかった。龍宮寺達に聞けば、龍宮寺達の友人の物だと聞いた。出来心でカバーを少しだけ捲って見たが、「アイツに殺されるぞ。」と言われ、少ししか見る事ができなかった。機会があれば見る事ができるかもしれないし、「カッコイイぞ、アイツのバイクは。」と聞いてから、いつか、バイクの機体を見て、その持ち主に会えたらいいなと、武道は思っていた。思いがけない持ち主の登場に、先程の怒りは忘れて武道の眼は、おもちゃを見つけた子供のようにキラキラと輝いている。
    「万次郎、武道はバイク乗るの初めてだから、荒々しく運転すんなよ。」
    「…分かってるよ。」
    「お前が人をバイクに乗せるなんてなぁ、明日は雨でも降るのか?」
    「うるさいよ、真一郎。」
    「そうだぞ、武道。コイツがバイクに乗せるなんて滅多にしないからな。昔なら、とっくに蹴りの餌食だ。」
    「黙れ、場地。」
    「蹴り?」
    「武道、万次郎は俺の弟。前に話した事があったろ?」
    「佐野万次郎…あ、無敵のマイキー!!」
    「…へ?知ってるの?タケミっち。」
    「マイキー君、東卍っていうチームの総長だったんでしょ?!真一郎君から、マイキー君の伝説の話色々聞いて、かっけぇ~!って思って、俺、髪染めたんですから!」
    万次郎の両手を握り、ブンブンと手を振る武道に、万次郎は咄嗟の事で反応ができない。なんか、調子が狂う男だと思う。自分にお茶を運ばせたり、怒っていたのかと思えば笑ったり、勝手に食べた男の分までタイヤキをちゃんと買ってきたり。そして今は突然の憧れの誉め言葉。笑顔で両手で握手。変な男、だけど面白い奴。
    「まさか、マイキー君がここで働いてるなんて…もっと早くに言って欲しかったです俺。」
    「ん?」
    「え?」
    「タケミっち、俺の職業知らないの?」
    「へ?一緒にここで働いてるんじゃないんですか?」
    「武道、マイキーはここの店員じゃねーぞ。」
    「へ…?」
    「普通は、マイキーと聞いて俳優のマイキーを思い浮かべるらしいんだけど、お前ホント疎いね。」
    「え、…え…?もしかして、Mikey??」
    「ふふっ、やっと分かった?タケミっち。」
    「え!嘘?!え?!!Mikeyが無敵のマイキーで、今超人気俳優の…?!」
    めちゃくちゃとんでもない事をしでかしたのでは…と今までの自分の行いを思い出し、武道の顔はどんどん青褪めていく。一気に脳に情報が溢れてしまって、キャパオーバーで頭が爆発しそうだ。
    「気にしなくていいぞ、武道。何も言わなかったコイツが悪いんだからな。」
    「その詫びも兼ねてという事で、さ、バイク乗りに行こうぜ。」
    「いや、あの、やっぱり、もし俺がバイクの後ろに乗って、Mikeyさんが怪我したりしたら大変なんで、俺遠慮…」
    「???お前が運転するんじゃねーだろ。それに名前。」
    「ひぃぃぃ、ゴメンなさい!あの、その、嘘…です。俺、マイキー君のバイクにめちゃくちゃ乗りたい…。」
    「うんうん。そうだろ。」
    ふふふと笑みを零して、武道の手を引いた。万次郎はバイクに跨り、武道が後ろのシートに座ったのを確認するとエンジンを点けた。
    「あの、どこ掴んだら…?」
    「俺の体、しっかり持ってて。」
    「へ?うわっ!!!」
    バイクのグリップを手前に回し、アクセルを回した。万次郎のバイク特有の“バブー!!”と音を響かせながら、見知った街を凄いスピードで、風が吹いていく。初めて乗るバイクに、体が落ちるのではないかと怖くて、武道はずっと万次郎にしがみついていた。これが、元総長…無敵のマイキーのバイク…。なんだか、とんでもない人のバイクに乗せてもらったなと、今更ながら武道は思った。スピードに合わせて靡く風が心地良い。どんどん景色が変わる街。昼と夜では、また見る風景が違うのだろうと、どんな景色が見えるのだろう。また、乗れるかな。元総長のバイクに乗れただけでも緊張したが、バイクに乗った時の高揚感を忘れる事はできないだろう。バイク屋に戻ってきた武道はずっと興奮していた。行く前は、涙目で龍宮寺達に縋るような子犬の眼をしていたのに、帰ってきた後は目を爛々とさせて、「聞いてください!あのバイクがね!」と、これでもかと、バイクに乗った時の感想を龍宮寺と場地に熱弁していた。その中に、万次郎の運転が丁寧で、ひたすら万次郎が優しかったという言葉を何度も聞き、花垣は嬉しそうに笑う。龍宮寺と場地は、腐れ縁の男が、まさか初対面の男に優しく対応するなど聞いた事もないし、想像もできない行動に、「ほぅ。」「ふぅん。」と答えながら思わずにんまりと口の弧を描いた。そっと、武道の横に立っている万次郎を盗み見すると、口を閉じて照れたように視線をずらしている。
    「…なんかあったら、お前らや、真一郎がうるさいだろ。」
    いやいや、そんな人の言う事を聞くような奴じゃねーだろ。とツッコミたい所だったが、武道に対しては、何やら今まで出会った人間とは違うらしい。これは一体どういう心境の変化なのかと後で聞かねばならない。大変面白い事になりそうだと、二人は思いながら、にっこりとした笑みで、武道の話を聞いていた。






    ───Mikey───
    彗星のごとく現れて、老若男女問わず人気を集め、圧倒的な存在感と演技力で軒並み俳優賞を獲得。今、もっとも注目されている俳優。その私生活は、謎に包まれているが、好物はタイヤキとどら焼き。オムライスである。
    某、雑誌インタビューY記者。

    そんな雑誌の文面と共に、表紙も飾っている万次郎の雑誌を、武道は見た事があったなとふと自分の記憶を辿ってみた。こんなイケメンがいたら、さぞ世の女性達は騒いで仕方ないだろう。男である自分でも、その眼や存在感に惹きこまれた感がするからだ。だが、この男が、自分が憧れる無敵のマイキーとは知らなかった。まさか、こんな近くに居るなんて、微塵も思っていなかった。





    「タケミっちいらっしゃ~い。待ってたよ~!」
    「うわっ!マイキー君!ちょ…お願いだから、離れてください!」
    「えらく武道に懐いたもんだな、マイキーは。」
    「まぁ、程々にしとけよマイキー。」
    武道と万次郎の邂逅から早1ヶ月、最初の険悪な二人の出会いからは想像ができない程、二人は仲が良さそうにじゃれている。否、万次郎が武道の背後から抱きついてぶら下がっている状態だ。武道は、懸命に体勢を整えようとしている。結局、体はそのまま崩れ落ちて、万次郎に「だらしね~な~。」なんて言われる始末。
    「いきなり体重かけられても、俺怪力じゃないから無理っすよ!もう、マイキー君、おやつあげませんからね?!」
    なんて万次郎の物言いに、武道は言い返して、万次郎は頬を膨らませる。ぶーぶーと文句を言っている構図が、ここ最近のバイク屋でのお決まりだ。なんの茶番劇を見せられてるんだと、バイクの整備をしながら龍宮寺と場地は、心の中でツッコミながら二人のやり取りを見ていた。
    「あれじゃあ、どっちが年上か分からんな。」
    「最初の時といい、マイキーの扱いは俺達よりも武道の方が上手いな。」

    「タケミっち悪かったって~。お願いだから、機嫌直してよ。」
    「もう、ホントにマイキー君、いきなりの不意打ちだけはやめてって言ってるじゃないですか。今日は仕事お休みなんですか?」
    「うーうん、これからまた仕事。」
    「じゃあ、マイキー君はここで休んでてください。俺は皆さんのお茶を淹れてくるんで。」
    「うん、分かった。」
    武道の言葉に、万次郎は存外素直に応じていた。最初は、ちょっとイタズラ心で、相手をからかって終わるだけの予定だったのに、金髪の碧い眼は、万次郎の眼から逸らさずに真っすぐにぶつかってきた。なんだかそれが、万次郎の心を「キュン。」と揺すぶった。あの日以来、自分の愛機を手入れするだけでなく、武道が来る日に合わせて、万次郎は店に来るようになった。どうしてそこまでしているのか、今ひとつ分からないが、この男に会いたいと思ってしまう。今までそんな事を思った事がない。何なんだこれは。その答えを得る為に、もう少し、この男の事を知りたいと思った。女でもないというのに、自分は25歳で相手は17歳だというのに。万次郎は、店の畳の部屋に上がり、横になった。給湯室の方から、武道がお茶を準備して、湯呑みのカチャカチャとした音が響く。こぽこぽと湯を注ぐ音と共に、お茶の良い匂いが部屋を充満していく。その音と匂いに誘われるように、万次郎は目を閉じた。
    「マイキー君、こんな所で寝たら風邪引きますよ?」
    いつの間にか、目の前には武道が居た。
    「ん~…大丈夫。目瞑ってるだけだから。」
    「嘘つき、寝てたでしょ。寒くないですか?毛布借りてきましょうか?」
    「あーありがと。でも俺、自分用の物がないと寝れないんだ。」
    「そうなんですか…?」
    まだ昼間は、夏のような強い陽射しが差し込んで、太陽に当たれば暖かいが、室内は日が当たらず肌寒い。このままでは風邪引いてしまうではないかと、武道は真一郎の元へ行った。店に置いてある毛布を借り、万次郎の元へ行くと、横になりながら手に頬をつけて、じっと武道の行動を見ている。
    「な…なんっすか?」
    「そんな事しなくていいよ。俺、風邪引かないし。」
    「寒くないにしろ、体が冷えちゃうでしょ。それに、次の仕事があるならちょっと寝ていた方が…。そうだ!寝れないなら、俺が子守唄でも歌いましょうか?」
    「は?いらない。…タケミっち、音痴っぽい。」
    「失礼な!」
    借りてきた毛布を広げて、万次郎の体に掛ける。毛布をかけた後は、万次郎の横に武道は胡坐をかいて座った。全く眠らなさそうな黒い眼が、こちらをじっと見て、射抜くような視線はとても緊張する。
    「えっと、何時までここに居れるんですか?」
    「後、2時間ぐらい。おやつはいいの?食べなくて。」
    「俺は後で食べます。それを言うなら、マイキー君もでしょう?」
    「うん。けど、俺も後でいいや。」
    「じゃあ、それまでお喋りしますか?」
    「いいの?」
    「うん、俺、マイキー君と話するの好きですから。」
    そう。と返答をすると、万次郎の頭に手が置かれる。誰のと言わずとも、目の前の武道しかいない。ゆっくりと万次郎の頭を撫でるのを繰り返している。
    「…なに??」
    「あ、えっと、俺、小さい頃、眠れなかった時によく母親にこうしてもらってたんですよ。」
    「俺、ガキじゃないんだけど?」
    「あはは、ですよね~。すんません。」
    「でも、もうちょっとしてて。」
    「?いいんっすか?」
    「うん、いいよ。お願い。」
    そう言い、万次郎は俯せになり、組んでいる腕の上に顔を乗せた。万次郎の返答を聞いて、武道は一度止めた手を、またゆっくりと万次郎の頭を行き来した。不規則な生活をしていそうなのに、万次郎の髪の毛はとても柔らかくて、さらさらしている。肌触りが良くて、何度も撫でていたくなる程、心地が良かった。逆に万次郎は、武道の手は、男のゴツゴツしたイメージのない、柔らかい手だと感じていた。それが温かくて、頭に触れる手が心地良くて、万次郎は気づかぬ内に、ホッとしているのを感じ、ゆっくりと目を閉じた。




    「タケミっち~。」
    「うわ!マイキー君、なに?!なに?!」
    「疲れた~。ご飯。」
    「分かったから!ちょっ…抱きつかないで!」
    暫くして、店に訪れた万次郎は、武道の背後から勢いよく武道の背中に抱きついた。力の限り抱きついたため、半ば羽交い絞めする勢いになり、武道の手が酸素を求めて空を舞う。万次郎は二週間ぶりに会う花垣に大層ご満悦だった。武道は漸く、自分から万次郎を引き剥がし、ぜぇはぁと息を整えている。
    「マイキー君、今日はもう仕事ないんですか?」
    「うん。だからタケミっちと飯行こうと思って。」
    「じゃあ、家に来てくださいよ。母親には言いますから。」
    「マジ?いいの?」
    「マジのマジです。」
    やった~!と嬉しそうに万次郎は笑い、武道の肩に腕を回した。
    「今日は何すんの?タケミっちの母ちゃん。」
    「ふふん、今日はオムライスです。」
    「オムライス…!」
    ますます目を輝かせて万次郎は、「早く帰ろう!」と武道を急かした。武道の家に着き、武道の母親に事を説明すれば、まぁまぁまぁ!と武道の母親は万次郎を見て目を輝かせていた。けれど、その後は武道と同じように柔らかく笑い、ゆっくり休んでいってね。とだけ言って台所へ戻った。

    「それで、家でオムライス食べたんですけど、なんか拗ねてた感じなんですよね~。美味しいとは言ってたんですけど…。」
    「あー…タケミっち、アイツな…オムライスに旗がないと拗ねんだよ…。」
    「……マジっすか?」
    「マジだ。これは、もうずっと総長してた頃からのルーティーンだ。」
    バイクの整備をしながら、視線は武道を見ずに泳がしつつ、龍宮寺は言った。昔から、オムライスを食べる時の旗を龍宮寺が準備していたと聞いた。だから拗ねてたんだ…なんだか、思ってた以上にとても子供っぽい所がある人だ。
    「ふへっ、でも、それはそれで可愛いっすね。」
    「誰が可愛いって?」
    「うわっ!マイキー君?!」
    不機嫌そうな声と共に、武道の肩に手を回しながらどこからともなく万次郎は現れた。武道を見てから、龍宮寺の方へ鋭く視線を変える。
    「ケンチン、余計な事言うなよ。」
    「お前こそ、旗がなくて不機嫌になってんの、タケミっちにバレてんぞ。」
    「…え、嘘。マジ?」
    「だって、マイキー君、ちょっと頬膨らませてたし。」
    「うわぁ~…。」
    右手で目を覆い、万次郎は項垂れる。
    「マイキー君、結構子供っぽいですよね。」
    ふへへと笑う武道に、万次郎は思わず武道の頬を抓った。
    「いひゃい、いひゃいです、マイキー君。」
    「悪かったな、子供で。」
    「あはは、でも可愛いっすね。旗があると喜んでくれるなんて。次は準備しときますから。また食べに来てくださいね。」
    武道の言葉を聞いて、また万次郎の心がキュンと鳴った。普通なら、子供すぎだろって爆笑するような内容だ。現に、アイツらは全員笑ってたなと元メンバー達の顔が過る。子供っぽいと言いながらも、可愛いねって言われると、なんだかとてもむず痒い感じがする。恥ずかしいのもあるけど、武道に言われると、どこかむず痒い。頬がちょっと緩んでしていまいそうになるのを抑えなければと、抓っていた武道の柔らかい頬を、一旦離して、またぷにっと今度は摘まむように掴んだ。
    「…今度はタケミっちが作ってよ。」
    「へ?!俺?!!」
    「うん、タケミっちのオムライスが食べたい俺。」
    「ぜ…善処します。」
    武道は、万次郎の勢いに負けて言ったものの、料理なんてした事がない。実際に家に万次郎と帰って作ってみた。ご飯の上に卵は乗っている。が、卵は包まれてるどころか、ボロボロと零れており、これはもうただのご飯とおかずと卵を炒めたチャーハンだろう。味付けは思ったより悪くないが、見た目はもう、チャーハンだ。武道の頭に描いていたような、フワフワの卵の上に、旗なんてささるわけもなかった。
    「タケミっち、美味かったら大丈夫だよ。チャーハン。」
    「とりあえず、料理1回目の味だけは大丈夫だった俺の腕を褒めてください。」
    「うん、焦げた部分もありがとう。」
    「うぅっ…!それ褒めてない…!」
    最初はなんで俺が…と思ったが、実際に作ってみたが案の定惨敗。母親が作ってくれるのを何となく見て作った感じはやはりこんなものかと、料理は難しいと思ったのと同時に武道は悔しかった。なんか、もっと、あの大笑いした時のような万次郎の笑みを見たいと思った。それから武道は、母親に教わりながら、何度もオムライスを作った。練習を重ね、ようやく形になり、母親のような、ふわふわとまではいかないが、ちゃんと卵で包むことができて、オムライスの形になった。勿論、旗をさすのも忘れずに。旗を差したオムライスに、ぱぁっと万次郎の目が輝いた。
    「うん、美味しい。」
    ありがと。と笑った万次郎の笑みは、武道の脳に強く焼きついた。目も口も、優しく弧を描いて嬉しそうに笑う顔。こんな風に、オムライス一つで見れる笑みが、嬉しくて仕方がなくて、武道の心はギュッと包まれた。あの嬉しそうな笑みを、言葉を、もっと見たいと武道は初めて思った。その日は丁度、万次郎が武道の家に泊まりに来ていた。最初にオムライスを食べに来た日も、満腹になった万次郎が眠ってしまい、そのまま武道の家に泊まった。自分の汚い部屋では大スターを寝かせれないと武道は言ったが、万次郎は武道の部屋でいいと言った。
    「別の部屋だと、喋れないし、泊まりに来た意味ないじゃん。」
    そう言われると、それもそうだと、上手く言われた気もするが、何を言っても万次郎には通じないと思い武道は言い返すのを諦めた。武道の部屋に入るや否や、万次郎は武道のベッドで横になり、ゴロゴロと転がった。武道は、ベッドの下に布団を敷き、パジャマを準備する。万次郎とは、同じぐらいの背格好と体格なので助かった。お互いに布団に入ってからは、家族の事、学校の出来事、昔の不良時代の話、話は尽きる事がない。
    「マイキー君って、4人兄弟なんっすか?」
    「うん。真一郎が一番上。二番目は、今は横浜で仕事してるかな。一番下は妹だよ。で、真一郎と妹と、爺ちゃんが3人で暮らしてる。」
    「え?お父さんとお母さんは…。」
    「二人共、小さい頃に死んじゃった。」
    その言葉を聞いて、最初に会った時に言った言葉を、武道は思い出した。
    「ゴメンなさい、俺…!」
    「いいよ、別に気にしてない。」
    「そうっすか…。でも、いいなぁマイキー君。沢山兄弟がいて。俺、一人っ子だから、兄ちゃんか弟が欲しかった。」
    「会っても喧嘩ばかりしてるけどな。」
    「ふふ、仲が良い証拠でしょ?」
    そういうと、ふいと顔を逸らして何も言わなくなった万次郎に、「あ、照れてる。」と武道は指で、つんつんと、つついた。
    「へへへ…照れてます?」
    「俺の頬をつつくなんて、良い度胸してんじゃん。俺の蹴り、くらってみる?」
    「それは俺が死ぬので遠慮しておきます。」
    代わりに、万次郎が今度は武道の脇をさすり、互いにコショコショ合戦が始まった。大いに笑い声を響かせていると、武道の母親から、「いい加減にしなさい二人共!声が大きいわよ!」と二人は正座をしながら怒られた。
    「くっそー…なんで俺まで…。マイキー君のせいだ。」
    「タケミっちが最初に手出したんが悪い。」
    「んなっ?!マイキー君だって、やり返したんだからお相子でしょ。」
    「もう一回やるか?」
    先程と同様に、再度、二人のコショコショ合戦が始まり、だいぶベッドの上がドッタンバッタンしたが、「武道―!」の声で二人はピタッと止まった。
    「また怒られちゃった。」
    「マイキー君のせいだってば。」
    「タケミっちだって、負け時とやり返すじゃん。」
    「だって、負けたくないし…。」
    「ふふ…。あーいいな、この感じ、懐かしい。」
    万次郎はゴロンとベッドに大の字に寝転がり、武道もそのまま大の字になった。
    「タケミっちが、東卍にいたら、もっと楽しかっただろうな。」
    「俺だって、できるなら東卍の頃のマイキー君見たかったし、バイク乗りたかったです。」
    「夜な夜な、バイクで色んな所走り回ったりしてたからな。喧嘩して、皆でバカやって。あの頃が、一番楽しかった。」
    「今は、楽しくないんっすか?」
    「ん~まぁまぁ…かな。悪くはないけど、この仕事始めたのも、なんとなく、金になるって思っただけだったから。」
    「そうなんですね~。でも、色んな芸能人にも会えるしラッキーじゃないですか!」
    「ラッキーね…。」
    「…マイキー君??」
    「…俺、眠くなってきたから、今日はもう寝よっか。」
    そう言い、武道をベッドから追い出して万次郎は布団を被り眠ってしまった。俺のベッド…と思いつつ、武道は布団に入った。なんとなく、学生時代の頃や、東卍の話はいつも楽しそうに話すのに、万次郎自身の俳優の仕事の事は、あまり触れたがらなかった。聞いた所で、武道自身にも分からないというのもある。特に好きな女優がいるわけでも、俳優がいるわけでもなかったが、万次郎が仕事の話になると、どこか辛そうな顔をするのに武道は気づいた。あまり話をしたくないのかもしれないと思い、もう話を聞くのはやめようと考えながら電気を消した。


    「うっ…。」
    「…??」
    「…っ…はっ…!」
    万次郎の魘されている声を聞き、武道は布団を勢いよく剥がした。慌ててベッドサイドランプを点けて、万次郎の顔を見て、武道は万次郎の肩を強く揺すった。
    「マイキー君!大丈夫ですか?!マイキー君!」
    「ハッ…!」
    ガバッと勢いよく起きた万次郎の顔は、冷や汗が大量に流れている。着ている服も、汗で張りつき濡れていた。今まで見た事がないぐらい息を切らしている。ハーッハーッと息を吐き、ようやく落ち着かせた頃に「ゴメン。」と一言漏れた。
    「気にしなくていいですよ。俺、水持ってきます。タオルも持ってきますから、汗拭いて着替えてください。」
    「うん、ゴメン。ありがとう。」
    万次郎に水を渡し、着替えが済んだ後、漸く落ち着いたのか万次郎を再度ベッドに横にさせる。
    「大丈夫ですか?一体どういう夢を…?」
    「…大丈夫。よく見るから。」
    「…よく見るって魘されてるのに。大丈夫じゃないじゃないっすか。」
    「うん。でも、大丈夫。ゴメンね、起こして。」
    そう言って、右手でヒラヒラと武道に寝るように促し、万次郎は背を向けた。武道も、聞こうにもどう言葉をかけたらいいか分からなかった。あんな顔をした万次郎を見るのは初めてだった。「マイキー君。」と声をかけても反応しない万次郎に、仕方なく電気を消して布団に潜り込んだ。

    度々泊まりに万次郎は訪れていたが、その度に魘されている声を武道は聞いていた。何度聞いても理由は言わないし、関係ないで終わる。そんな万次郎の態度にも、段々イライラしてくる。なんで言わない?なんで辛い事を言えない?毎回聞かされるこっちの身にもなってほしい。心配してんだよ、こっちは。そう思いながら、武道のフラストレーションも溜まり、段々限界を越しつつあった。
    「じゃあ、おやすみ。」
    「…マイキー君。」
    「なに?」
    「いい加減話してくれませんか??毎回寝る度に魘されているのを聞いてたら、俺も心配でおちおち寝れないんですけど。」
    「…タケミっちに話す事はないよ。」
    今夜も泊まりに来て、さぁ寝ますよ。となったが、武道の中では今日は簡単に眠らせるつもりはなかった。万次郎から話を聞くまでは…と思ったが、聞いてもこの台詞ばかり。この台詞を聞くと、万次郎との間に壁があるようで、武道はもどかしかった。
    「気になるなら、悪かったな。耳栓か、俺、違う部屋で寝…「いい加減に…。」」
    「しろっての!!」
    ゴォン!!と盛大な良い音が武道の部屋に響き渡った。
    「いっ…!!!」
    「…っ…てぇ…!!」
    武道と万次郎は互いに額に手を当てて、ゴロゴロとベッドと布団で転がり、痛みに悶えている。武道が万次郎に頭突きをくらわしたのはいいが、かなり互いのデコが硬かったようだ。
    「ってぇな、何すんだよ、タケミっち!」
    「マイキー君こそ、そうやって隠す癖、やめたらどうですか?あんな姿見て、はい、お休みなさいなんて、言えるわけないでしょ!」
    「誰が隠してんだよ。」
    「じゃあ、話してくれたっていいじゃん!」
    「…タケミっちには関係ない。」
    「ほらーそんな事言うー!」
    「お子ちゃまには難しい話だから、大人の話だし。」
    「お子様ランチが好きな人が何を言う。」
    「ん?!」
    万次郎のドスのきいた声と、胸倉を掴む手に武道は怯んだ。けれど、ここで負けてはいけない。
    「ひっ…!話してくれなきゃ、も、もう、オムライス作らない!」
    武道の胸倉を掴んでいた万次郎の手がピタッと止まった。
    「店に行っても、マイキー君のお茶も淹れないし」
    お茶ぐらい自分で淹れるし…。
    「マイキー君のタイヤキだって1個にします。」
    いいもん、後で沢山買うから。
    「眠たくなったと言って俺の家、来てももう寝かせてあげません。帰します。」
    ……。
    「オムライスの旗も、沢山作ったけど、もう要らなさそうですね。さようなら。」
    ………。
    胸倉を掴んでいた手が緩んで、武道のパジャマの裾をクイッと控えめに引っ張る。小声で「ヤダ。」と聞こえた。武道は小さく息を吐いて、胡坐をかいて向かい合う。項垂れている万次郎の顔を覗けば、拗ねた子供のように眉をギュッと寄せており、ポツポツと万次郎は話し始めた。
    芸能界に入るキッカケは些細なものだった。高校を卒業すると同時に、東卍を解散して街で歩いている所にスカウトされた。最初は面白そうだからと乗り気でしてみた。それが思わぬ形でハマり、万次郎はそのまま仕事を続けた。丁度、バイク屋をしている兄の経営が上手くいってなかったり、妹の大学費用等、何かと金が入用だった。暫く続けたら辞めようと思っていたが、人気がうなぎ登りしている最中でもあり、辞めさせてはくれなかったという。
    「近づいてくる奴らは、俺の顔とか、俺の金とかそういうのしか見てない奴らばっかりだったから疲れた。人を信用するのは、昔のダチだけで十分だ。そう思うようになってから、寝れない事が多くなった。よく見る夢も、仕事の夢。」
    「なんで…一人で抱えちゃうんですか?ちゃんと、皆に言えばいいじゃないっすか。」
    「…なんか、ダセェだろ。ウジウジと、悩んでるの、俺じゃねーし。それに、映画とか決まると、皆喜んでくれる。笑ってる姿見ると、嬉しいし、俺が我慢すればいーやって思って…。」
    武道は万次郎の頬に両手を持って行くと、グイと自分の方へ引き寄せた。急な事で万次郎の体は、自然と武道の方へ倒れ込み、目の前には碧い瞳が、自分を映している。
    「黙ってる方がカッコいい?アンタが無理する方が、皆心配するし元気なくすだろ。そっちの方が、ダセーよ。辛い時とか、悲しい時とかに言えるのが、ダチや家族でしょーが。」
    「…。」
    「言う人がいないなら、俺が聞きます。俺は、マイキー君の笑顔が大好きですよ。笑っている姿が一番似合ってる。」
    「え?」
    ふへへと武道が笑う。この笑みには、なんだか弱いな、と万次郎も頬が緩んだ。武道を見ると、いつも胸の奥に潜んでいるモヤモヤとしたものがない気がした。誰にも言えなかった悩みを打ち明けたからだろうか。まさか8歳も下の子に相談する事になるとは…。と、ちょっと恥ずかしい気がして、頬が熱くなる。それに気づかれる前に、万次郎は早々にベッドの中に潜り込んだ。
    「…ありがとう。」
    顔を半分、ちょこんと出して御礼を言った。武道は、どういたしまして。と応えて、部屋の電気を消そうとすると、万次郎が手を差し出している。
    「ん?なんですか?」
    「…手、握って。そんで頭撫でて。」
    「え?え?」
    「前に、店で頭撫でてくれただろ。あれ、気持ちいいし。ちゃんと、今日話したから、頭撫でて。」
    この人、25歳だよな?この人の方が子供じゃん。と武道の中でフルツッコミが入っているが、折角万次郎が話をしてくれたので水を差すわけにはいかない。と、軽く頭を振って考えるのをやめた。眠るまでですからね。と、左手で万次郎の右手を握ると、手はとても冷たかった。温かくなるようにと、強くギュッと握り、右手でゆっくり頭を撫で始めた。何度か撫でていると、万次郎の目はトロンとして瞼がゆっくり落ちそうになっている。
    「大丈夫。俺、ちゃんとマイキー君が寝るまで居ますから。」
    「うん…。ありがとう…。」
    暫くすると、寝息が聞こえ始める。冷えていた手も、段々温かくなってきていた。それでも、武道は先程の万次郎の言葉や顔が過り、もう少しこのままで…と手を離すことも、頭を撫でる手も止める事はなかった。

    カチ、コチ、カチ、コチ…。

    時計の秒針だけが響いてる中、武道はうっすらと目を開けた。部屋は真っ暗で、まだ夜中だと分かる。武道は喉が渇いたと、起きあがろうとしたが、やたら体が重かった。いや、正確には自分の重みではない。何かが背中にしがみついている。ペタペタと胸あたりを触ると、自分とは違う腕が回されていた。それが、誰のかなんて、一人しか居ない。
    「…マイキー君??」
    「………。」
    返答はなく眠っているのだろう。スヤスヤと寝息が首筋に触れて、くすぐったい。体を動かそうにも、力強さに武道の力では、剝がせそうになかった。
    「あの~…起きません…よね?」
    「…すぅー…。」
    ちゃんと寝たのに、今までこんな事なかったのに、なんで自分の布団に入ってきたんだ?え、でもちょっと待って。これって、もしかして抱きしめられてるの??服を着てはいるが、万次郎の体温がすぐ傍にあると意識すると、武道はボッと顔が赤くなった。いやいや、落ち着け、相手は男だ。それに、万次郎が枕と間違えて、寝惚けて抱きしめているのかもしれないではないか。考えれば考える程、ドキドキドキと鼓動が高鳴り、おさまってはくれない。なんで、こんなにドキドキしてるの?
    「…タケ…ち。」
    相手の言葉にビクッと、体が反応する。起きたのかと思ったが、変わらない規則的な寝息が聞こえる。けれど、武道のシャツは力強く握られたまま離れる感じはしない。
    「傍に……て…。」
    「マイキー君…。」
    今度は、どんな夢を見てるのだろうか。もっと、煌びやかな世界だと思っていたが、話を聞くと、色々と自分が思っている以上に厳しい世界なんだと思った。テレビで見ている万次郎と、目の前の万次郎は全然違う。普段、何を考えてるのか、まだ分からない事が多い。万次郎の、あの黒曜石の目で見られると萎縮しちゃう自分だっている。万次郎の、自分の思い通りに動く、自由奔放さはいつだって健在だし、未だに最初の事は忘れない。でも怖いのは最初だけだった。知れば、とても優しい人だと思う。挨拶をしたあの日から、店に来る時は、タイヤキはずっと万次郎が買ってくれるし、バイクにだってもう何度も乗せてもらっている。色んな話をするのも万次郎と時間を過ごせば過ごす程、楽しい。万次郎はきっと器用で、色んな事をすぐに出来てしまうから、人からの期待や、眼差しを沢山背負って、沢山我慢をしてきたのかもしれない。それを吐き出す事も、人に見せる事もしないこの人が、なんだか一人ぼっちでいるみたいに思えた。
    「…大丈夫だよ。」
    武道は、ほんの少し万次郎の手が緩んだのを上からギュッと握った。一旦握ってから、体を反転させた。そして万次郎の体を引き寄せて、可能な限り、万次郎の体を自分の中に閉じ込めた。近づけば近づく程、万次郎自身の匂いが伝わってくる。きっと起きたら、何してんだと蹴られるか、殴られるかもしれない。だけど…。背中をポンポンとしながら、武道はゆっくりと目を閉じた。どうか、せめて、この時間だけでも、この人が安心して眠れますようにと、願いながら───。

    「………。」
    万次郎は目を開けたと同時に言葉が出てこなかった。目の前には、武道の顔面、背中には武道の腕が回されている状況。確か、ベッドで寝ていた筈なのに、いつの間にか武道と同じ布団で寝ている。
    「…なんで?」
    いつの間に、自分は武道の布団で寝ていたのだろうか。万次郎は、武道の腕をどけて起き上がった。ガシガシと自分の頭を掻きながら、思い出すのは昨日の武道の言葉。
    「…お前の方が、カッコいいよ。」
    武道の事は、からかいがいのある面白い男で、感情も表情も豊かだし、一緒にいるのが楽しい。だけど、自分を抱きしめて寝るとか、コイツの思考回路はどうなってる?言っとくけど、男だぞ。なんなんだよ。万次郎は口を空けて、涎を垂らして寝ている武道を思わず睨みつけた。なんだか、その無防備な寝顔に、思わずイラっとする。鼻をちょっと摘まんでやった。別にやましい事をされた訳でもない。自分が芸能人だからと言って、特別扱いをするわけでもない。年上であろうと、自分を真っすぐに射抜いてくるこのキラキラとした目を見るのが堪らないと思う。武道と居るのが心地良くて、こんなにも自分が安心する相手だったのかと思うと、じんわりと胸の奥が温かくなり、体が熱くなるのを感じた。
    「ふがっ…。あ、マイキー君、おはようございます。」
    「はよ。」
    「あー…えっと、よく寝れました?」
    「うん。なんかよく寝れたみたい。ありがとね。」
    「いえいえ、そんな…。」
    「俺、なんか変な事言ってた?」
    「へ?!そ、そんな事ないですけど…。」
    お互いに、もしかして寝ながら何か口走ってたかもしれないと思うと、昨日の手前、恥ずかしくて視線を合わせることができなかった。何かあったわけでもないのに、互いにやや頬を染めながら、二人の間に沈黙が続く。龍宮寺辺りが見れば、一線でも越えたんか?とでも言いそうな雰囲気だ。余計な邪念を捨て、水を飲みに行こうと武道は体を起こした。普段癖ッ毛の髪が、さらに跳ねて膨張している。クリンクリンだな、と、万次郎はクスッと笑いが漏れ、思わず手を伸ばした。
    「え!な…なんですか?!」
    「んータケミっちの髪、くりくり跳ねてるけど、髪はふわふわして気持ちいいのな。」
    「…それ褒めてますか?」
    「もちろん。」
    褒められている気がしないと、むーと武道は頬を膨らますが、万次郎はその姿に、可愛いと思った。
    「ほら、マイキー君も顔洗いに行きましょう。今日は、バイク乗りに行くんでしょ?」
    「うん、ぶっ飛ばして連れて行ってあげるよ。」
    「…程々で宜しくお願いします。」
    ほんの少し気落ちする武道を他所に、万次郎は鼻歌まじりで洗面所の方へ階段を下りていった。




    「いつからお前は、そいつの寝かし係になったんだ?」
    「俺もそれは思ってます。もっと、他に良い枕があると思います。なのに、これだと寝れるとか言って。」
    「いや、まぁなんつーかな…。なんかスマンな。」
    「いえいえ、俺ただの高校生なんっすけど…。」
    店に訪れた武道を見つけてすぐ、万次郎は武道に膝枕を要求した。店の簀子に腰を下ろすと、颯爽と万次郎は武道の膝に頭を乗せて、背中に手を回して腹に顔を埋めて眠った。最近は店に来ても、万次郎を寝かす事の方が多くなった。どうしてこの体勢なのだろうか…なんか、この体勢ちょっと…。
    「お前ら、付き合ってんのか?」
    「ふあっ?!はっ、そうですよね!そう思いますよね!」
    「ハッ?」
    「いえいえ、付き合ってません!」
    顔を赤くしながら手をブンブンと横に振り、慌てて答えた。龍宮寺の発言通り、毎度寝るこの体勢は、なんだか彼氏彼女みたいじゃないかと内心武道は、ドキドキしていた。
    「ガキの頃は、コイツ飯食った後すぐに寝ていたのに、大人になってからは、こんな無防備、慣れた面子以外見せるのはお前が初めてだよ。」
    「そうなんっすか…。マイキー君って、昔からこんなに距離感近い人なんですか?」
    「まぁ、そうでもねーけどな…。」
    「何でこんなに俺に構ってくれるんでしょうね。俺、何も持ってないんですけど…。」
    「見てくれじゃねーだろ。お前にしかできない事をやってるから、マイキーはお前の事を気に入ってるんだろ。」
    「そうだといいですけど…。」
    龍宮寺は、武道の頭をポンポンと優しく叩いて仕事へ戻った。今日は、ちょっとだけバイクを弄らせてもらう予定だったが、これはもうナシだなと武道は諦めた。待っているだけの時間は、なぜかゆっくりしか経たず、携帯を見ても、まだ10分程しか経っていない。万次郎の寝顔を見れば、美しい寝顔が見えた。いつもキリッとしている眉も、今はふにゃんと緩んでおり、思わず可愛いと思う。相変わらず、さらさらと触れる髪が心地良いと思っていると、武道の手が万次郎の頬に触れると、すりすりと頬をすり寄せてきた。
    「か…可愛い…。」
    まるでツンデレの多い猫が、ちょっと弱みを見せているようだと、可愛さと同時にトクンと心臓も脈打つ。思わず頭を撫でる手を速めて、わしゃわしゃと撫でていた。「付き合ってんのか?」という龍宮寺の言葉を思い出すと、変に意識してしまう。ボッと頬が火照り、体もじんわり熱くなる。違う、そんなんじゃない。撫でる手はそのままに、でも、自分以外にもこの姿を、知ってる人がいると思うと、胸の奥がチリッと疼いた。


    それからも何気ない日々が続いた。万次郎の仕事上、店に来る期間は開くが、極力休みの時は万次郎は店に来るし、武道も店の手伝いは変わらず続けていた。会えばご飯を一緒に食べたり、万次郎が泊まりに来たり、遊びに行ったりを過ごす時間は変わらなかった。
    「マイキー君、今日はだいぶ寒いですね。ちゃんと暖かい恰好しないと風邪引きますよ。」
    「うん。そうだね。」
    「マイキー君、今日はご飯一緒に食べれますか?」
    「うん。食べれる。」
    「マイキー君、マイキー君!またバイク乗せてくださいね。」
    「タケミっち、今日暇なら乗る?俺、ちょうど時間あるから。」
    「え!いいんっすか?!やったー!あ、でも…。」
    「なに?」
    「俺、いつもバイク乗る時、怖くて思いっきり背中にしがみついちゃうから、あの、その、ちょっと、スピード緩めてくれたら嬉しいっす…。」
    「うん、分かった。」

    いや、絶対緩める気ないだろお前。何、満面の笑みで答えてんだよ。と、ミシッと音がするまでスパナを握りしめて、龍宮寺は思いっきり顔を顰めた。隣の男は、まぁ嬉しそうに笑顔でいる。武道、その笑顔に騙されるなと、喉元まで出かけた心の声を堪えたのを誰か褒めてほしい。

    「俺、上着取ってきます!ちょっと待っててくださいね!」
    「それなら、俺のを貸してやるぞ。」
    「ケンチンのはデカイでしょ。いいよ、タケミっち。待ってるから取っておいで。」
    「分かりました!」
    目をキラキラと輝かせて武道はバイク屋を出て家へ向かって走っていった。その姿を、万次郎は膝の上で頬杖をつき、ボーッと眺めている。
    「…どうしよう、ケンチン…。タケミっちが可愛いすぎて襲いたい。タケミっちに突っ込まれたい。」
    「とうとう頭のネジがぶっ飛んだか。医者行ってこい。」
    「だって、可愛いんだよ。何度も乗せてんのにさ、ちょっとバイク傾けたら叫んで俺にしがみつく力強めるし、ギューギュー俺の服掴むの。着いた後は、頬赤らめてちょっと目潤んでるし。もう、それが、ちょーーー可愛いの。」
    「お前…毎回そんな事してんのか。あんまりタケミっち怖がらせるなよ。」
    両手を口に当てて、目をふにゃんと下げて顔を振っている隣の男は、本当に自分が知っている元総長なのだろうか。こんなのただの乙女ではないか。どちら様?と言わんばかりの、見た事がない姿に、ちょっと脳の整理が追いつかない。龍宮寺は沈黙と共に、親指をこめかみに当てて息を吐いた。隣に座っている男は、芸能界という厳しい世界の中で、今や人気俳優として名を馳せているのに、仕事を始めてからこんな顔を見た事がない。まるで好物を食べているかのように、目を輝かせて、今は男子高校生にゾッコンだ。こんなに一人の人間に、のめり込む姿を見る日が来るとは…。だが、良い事だ、と龍宮寺は思った。毎日仕事に追われ、休みの日にはフラッとこの店に来ては、自分のバイクを弄り、昔みたいにバイクに乗って走りたいとよく小言を聞いていた。あの時の暗い眼は、自分達が知っている眼ではないと、万次郎の兄である真一郎や、場地と共に心配していた。何も映してなさそうな眼。何かあれば言えよ、と友人として言ってほしいと思ったし、言ったが、それでも何も言おうとしないのは、元々この男の性と言うか、男としてのプライドか。今はそれが消えて、好物のオムライスを食べる時のようにキラキラとしている。武道に出会ってから、万次郎の表情はコロコロ変わるようになった。特に、先日武道の家に泊まった時から変わったな、と龍宮寺は感じていた。同性であろうと、万次郎が昔のように笑っている姿を見るのは、場地と共に安心し、とても嬉しく思っている。
    「はぁ、やばい。タケミっちの事が好きすぎてヤバイ。」
    「…お前、やっぱりアイツの事好きなんか?」
    「なに?絶対あげないよ。」
    「バカ、いらんわ。まぁ、そうだろうなって思ってたんだよ。」
    「へぇー。否定、しないの?」
    「お前が、タケミっちの傍で安心して眠っているのが一番の証拠だろ。性別云々どうであれ、お前が一緒に居たいと思う相手なら、それでいい。」
    「そっか、ありがと。」
    「ただし、アイツはまだ未成年だし、お前の事、ただ憧れてるだけかもしれねーからな。」
    「タケミっち、女ッ気ないから大丈夫。俺が密着すると顔赤くして、アタフタしてるし。」
    「ほぉん…って、お前、ちゃんと段階踏めよ?」
    「え?そんなの、タケミっちが可愛いのが悪くね?」
    「過程を色々すっ飛ばそうとすんな、バカ。」

    「マイキー君!お待たせしました!」
    急いで走ってきたのか、息を弾ませて店に戻ってきた武道に、パッと顔を上げて万次郎は立ち上がった。
    「大丈夫。さ、行こうぜ、行こうぜ。じゃあな、ケンチン。」
    「はい!じゃあドラケン君、行ってきます!」
    「お~気をつけて行けよ。」
    二人が乗ったバイクが遠ざかっていくのを見送りながら、龍宮寺は工具を握り、バイクの整備へと取り掛かる。あの天上天下唯我独尊男が恋か…。武道は少し、いや、だいぶおっとりしているから、気持ちをハッキリ伝えねば、自覚はしないだろうと龍宮寺はフッと笑った。
    「上手くいったら、赤飯炊いてやらねーとな。」
    長年付き合いある男が、一人の男に夢中になっている様は、チームに入っていたメンバーが知れば驚くだろう。万次郎のマネージャーをしている三ツ谷に、今度コッソリ話をしてみようか。だが、あんなにも嬉しそうに笑っているならば、と、成就しますようにとガラにもなく願いながら、龍宮寺は仕事に取り掛かった。


    「うわ~!いい景色ですね!」
    「何度見てもいいな、この景色は。」
    「はい!」
    今日は天気も良く、高台の所から見える景色は、ネオンがきらきらと輝いて、まさに絶景だった。何度も見ている筈なのに、また何度でも見たいと思える。夜に吹く風は上着を着ていても、肌寒さが強くなってきた。ブルルと体を震わせながら、上着の中に顔を少し埋め、鼻から下が衣服に覆われて、少し暖かいと感じた時だった。

    「…あっ…。」

    突如聞こえてきた声に、武道はビクンと体が反応した。キョロキョロと見渡すと、自分達とは距離が離れているが、見える位置にカップルが抱き合い、キスをしていた。何度も唇を離れてはくっつき、時折舌を絡ませる音が響いている。
    「あー…ここ人気スポットだからな。あーいうの多いわ。」
    「そ、そうなんですね…。あの、マイキー君、ちょっと離れません?あの人達の邪魔になりそうですし…。」
    そう言いながらも、目に入る映像と音が武道の脳を刺激して、意識ばかりしてしまう。男子高校生、思春期真っ只中。興味がないわけないし、彼女が居た事も、シた事もないが、いきなり目の前で繰り広げられる光景は目に毒である。ドキドキと高鳴って、頬が熱くなるのを感じる。ふと、右手に温かい感触がした。視線を下ろすと、万次郎の手が重ねられている。
    「え…。」
    「タケミっち、興味あんの?さっきからチラチラとガン見してんじゃん。」
    「え、いや、あの、えっと…。」
    「俺らもする?」
    「え?え?何を?」
    「キス。」
    「ふぁっ?!」
    「お前、童貞だろ?女とする前に、俺と練習する?ヤッてもいいよ?」
    そう言いながら、ジリジリと万次郎に寄られて武道は、万次郎の手を離して後ずさりした。ドン、と何かにぶつかれば、背中には乗ってきたバイク。視線を前に戻すと、機体を壁として両手をついて、武道を逃さないようにしている。
    「えっと、マイキー君、冗談…だよね?」
    「俺が冗談ですると思うの?」
    「思い…ません。」
    「俺とするの、嫌?」
    「へ?!あ、あの、いや、そういうのではなくて…。」
    何かを言わないと、でもそうしている間にどんどん万次郎の顔が近づいてくる。武道の心臓は、もうドキドキとバクバクを合わせて、万次郎にも聞こえているのはないかというぐらい、心の音が大きく響いている。キス?マイキー君と?嫌?違う、え、でも、待って。色んな感情が込み上げてきて頭はもうパニックだった。唇が触れようとした寸前で、武道は目をギュッと瞑り、万次郎の肩を掴んで離した。
    「や…めましょう、マイキー君。」
    「…。」
    「それに、ほら、こういう事は、好きな人としないと…。」
    「…そうだね。ゴメン。悪ふざけがすぎた。帰ろっか。」
    「あ、マイキー君。」
    手を引かれてさっとバイクに乗り、万次郎はバイクを走らせた。武道の家に着き、武道がバイクを降りた後、「じゃあ、またね。」とだけ言って、顔を合わさずに万次郎は去っていった。普段なら、御礼も言って、また行きましょうなんて笑って言えてたのに、何も言えなかった。万次郎の顔をまともに見る事ができなかった。次、会った時は、謝ろう。そう思い、家の中へ入っていったが、この日を境に、万次郎がバイク屋に訪れることはなかった。


    「ドラケン君!今日はマイキー君、来てませんか?」
    万次郎がバイク屋に来なくなり、早1ヶ月。武道は今日なら来てるかもしれないと、学校帰りから休日まで、毎日バイク屋に通っていた。
    「おー、タケミっち。今日も来てないぞ。」
    「ホントですか?!こっそり来てませんか?!もう1ヶ月経つんですけど!」
    「そーいやー、そんだけ経つか?」
    「まぁ、そんなもんだな。」
    「んな悠長な!マイキー君、テレビには出てるけど、なんか痩せた気もするし、ちゃんと食べて寝てるか、俺、心配で…。」
    「だから、お前はいつからアイツの母ちゃんになったんだよ。」
    「俺はただマイキー君が心配なんです!」
    「…来てる来てないにしろ、マイキーに会って、どうすんだお前?」
    「へ…?」
    バイクの機体を整備しながら、場地からの突然の問いかけに武道は固まった。
    「マイキーが仮に今、この店に現れて、お前と会ったとして、お前、マイキーに何を言いたいんだよ?」
    「え、だから、俺はマイキー君の体を…。」
    「アイツだって長年この仕事続けてんだから、テメーの体調ぐらいどうにかするだろ。」
    「うっ…そうですけど…。」
    「アイツに色々言う前に、お前自身、もっと整理しなきゃなんねーことあるだろ。マイキーの事、中途半端にするつもりか?」
    「えっ…。」
    「おい、場地!」
    「チッ…。ちょっと休憩してくらぁ。」
    首にかけてたタオルで顔を拭きながら、場地は店の奥へと向かった。龍宮寺は、息を吐いて、武道の頭に手を置いた。
    「…アイツはアイツなりに、マイキーの事が心配なんだよ。気にするな。」
    「ドラケン君、俺…。」
    「ん?」
    「マイキー君の事、傷つけたかもしれないです。」
    武道のシュンとした顔に、龍宮寺は仕事をしていた手を止めた。互いに椅子に座った後、ぽつぽつと武道は、事の成り行きを龍宮寺に説明した。話を聞いた後、龍宮寺は両手で顔を覆い、大きく項垂れた。
    「ドラケン君?!あの、大丈夫ですか?!」
    「…手出すなって、あれ程言っただろ、ふざけんなよマイキー!」
    「へ?あ!でも未遂ですから!」
    「あぁー…うん。大丈夫。今度アイツに会ったら、一発殴っとくから。」
    「え?!なんで?!」
    1ヶ月前、武道と別れた後、バイク屋に寄った万次郎から、龍宮寺と場地は話を聞いていた。それから万次郎は店に来なくなったのは確かではあるが、万次郎から聞いた話とは違う。というより、これは双方すれ違っているなと、龍宮寺は思った。なんであんなに距離感が近いのに、すれ違うんだ?コイツら…。
    「あぁ…うん。まぁ、あれだ。お前は気にしなくていいよ。」
    「そうっすか?」
    「でも、実際、お前マイキーの事、心配云々かんぬん抜きでどう思ってんの?」
    「え…俺、は…。」
    「…。」
    「まだ、よく分かりません…。マイキー君の事は好きですけど、恋愛としての好きなのか、よく分かんないっす…。」
    「そっか。まぁ、そればっかりはお前の気持ちだから、どうこうはできねーけど…。」
    「けど?」
    「一緒に居たいとか、アイツでないとダメと思える相手は、そう居ないぞ。よく考えりゃあ、分かる事だと思うけどな。」
    「え…。」
    ポンポンと武道の頭を軽く叩き、龍宮寺はニカッと笑みを浮かべる。
    「大丈夫。アイツも今は拗ねてるだけだろ。また、ひょっこり顔を出すさ。とりあえず、今日はもう帰れ。」
    「…はい。ありがとうございます。」
    バイク屋を出て、トボトボと武道は家への路地を歩いていた。あの日、最後別れた時の、悲しそうな万次郎の顔が浮かんで離れなかった。
    「恋って…恋愛ってなんなんだよ…。」
    ハァと溜め息をつきながら、コンビニの前を通る。ガラス越しに並んでいる雑誌の数々が目に入り、どれも読者の購買意欲をそそるように記載されている。あるタイトルが目に止まり、足も止まった。ドクンドクンと嫌な音を立てて、頭が真っ白になった。慌ててコンビニに入って、その雑誌を手に取る。どの雑誌も、こぞって挙げるネタは、ただ一人のある内容であった。
    ゛スクープ!超人気俳優、Mikey、一般女性と熱愛か?!″
    「な…に、これ…。」
    思わず、雑誌を買って目を通した後は、武道はベッドにうつ伏せで寝ころび、悶々としていた。記事の内容では、〇月〇日、都内を歩く美男美女の二人──。仲睦まじく、スーパーに入る様子を撮った写真が掲載されており、結婚も視野か?!と、記載されていた。もう、何がなんだか分からないと思った。あんな風に迫ってきた癖に、やはりからかわれていたのだろうか?
    寝ている時の万次郎の表情や、寝言を思い出すと、とても心配になるのは本当だ。でも、あの寝ている表情を龍宮寺達も知っていると聞いた時、胸の奥が疼いた。自分だけが知っているものだと思っていたのに、そうではなかった。悔しいと思った、そんな前から、万次郎の事を知っているのかと思うと、ただ悔しかった。どうして、自分は同い年ではないのだろうと。一緒に学校行ったり、なんなら不良をしていた時の万次郎をこの目で見たかった。そして、あのキスをしようとした時も、多分、嫌ではなかった。嫌ではなかったけど、男同士なのに、とか、恥ずかしいとか、頭が追いついてない状況でつい拒否をしてしまった。万次郎と過ごす時間は、イジワルは嫌だけど、ご飯を食べている時も、バイクに乗っている時も、遊びに行っている時も楽しいし安心する。こんなにも、万次郎に会わなくて動揺する自分が居るなんて思わなかった。
    「そっか…俺、マイキー君の事、大好きなんだなぁ…。」
    ストンと龍宮寺が言った言葉が落ちたような気がした。あの時に、自覚できていたら、万次郎とキスをしていたのだろうか?分からない。後悔する前に、もう一度、万次郎に会わなくては。武道は携帯を取り出して、慣れた番号を押した。コール音が数回鳴り、「もしもし。」と相手が出た。
    「ドラケン君、スミマセン…。一つお願いがあります…。」
    万次郎が会おうとしないのであれば、こっちから会ってやる。武道は携帯を閉じて、パン!と両頬を叩いた。後日、龍宮寺の協力を得て武道はバイク屋の店内に隠れていた。今日、万次郎がバイクに乗って出かけるらしい。武道が居ると分かると、万次郎はここには来ないと武道は分かっていた。暫く待っていると、久々に聞く声が鼓膜を震わして思わず声が出そうになった。

    「ケンチン、じゃあバイク借りんね~。」
    「おぉ~気をつけて行けよ。あ、その前にエマ、ちょっと頼み事がある。」
    「なに~?マイキー。ちょっと待ってて。」
    万次郎と一緒に居た女性が、龍宮寺と共に店の奥に行ったと知り、武道は勢いよく万次郎の前に立った。もう、なんでそんなに呑気に女の子と出かけられるんだと、思わず涙が出そうだ。
    「タケミっち?!え、なんでここに…!」
    「…自分はのうのうと、女の子とデートですか…。」
    「え?」
    「こっちは四六時中、マイキー君の事で頭いっぱいなのに、自分は悠々と、女の子とバイクデートですか、そうですか!」
    「へ?タケミっち?ちょ…」
    「俺は!確かに、あの時はもうパニックで何がなんだか分からなかった…。でも、マイキー君が、他の人にもキスしてるのかと思ったら、嫌だった…。」
    「待って待って。タケミっち、落ち着いて?」
    「俺は落ち着いてますよ!落ち着いてるから、今こうして話してるんです!」
    耳に届く武道の言葉に、万次郎はクラクラとしていた。目の前に起きているのは、ホントに現実…?夢ではなかろうか。
    「なのに、話もせずに、すぐ他の女に手出すなんて。俺の事バカにしてるんっすか?!言っときますけど、俺だってマイキー君の事、好きなんですよ。もっと一緒に居たいし、バイクにだって乗りたい!あんな風にくっついて寝てたい!」
    「!」
    「ちゃんと気持ち言ってからにしてよ、マイキー君。俺、アンタがちゃんと寝てないとか、ご飯食べてるかとか、そんな事ばっかり気になって、眠れない…。マイキー君がいないと寂しい…。ご飯も美味しくない。」
    「…。」
    「好きです、マイキー君。だから、ちゃんと俺と…うわっ!!」
    感情を現わせないとはこういう事なのだろうか。そんなの、こっちはずっと思ってたんだ馬鹿野郎って言いたかった。言いたかったけど、もう、どうでもよくなった。なんとも言えない幸福感と、自分だって会いたかったと気持ちが色々と混同している。万次郎は、武道の胸の中に思いっきり飛び込んだ。首の後ろに手を回して隙間がないぐらいに抱きついた。武道も、久々に香る万次郎の香りに、うっすら目に膜を張らせながら、背中に手を回してギュッと抱きしめた。
    「…ちゃんと食べてました?なんか細くなってません?」
    「んー…。あんまり食べてないかも。」
    「もう~ご飯作りますから、ちゃんと食べてください。」
    「うん、分かった。」
    一旦体を離し、武道の右手に、つつ…と万次郎は指を這わせてから、一本一本絡めて握った。ドクンと武道の心臓は跳ねたと同時に、勢いよく手を引かれて今度は走り始めた。
    「ちょっ…マイキー君?!え、あの女の子は?!」
    「いい。こっち優先。」
    「へ?!あの、どこへ?!!」
    「俺の家。」
    暫く走って、見た事がない風景、見た事がない家に着いた。万次郎は武道の手を離さずにそのまま家の門をくぐり、玄関から離れた母屋へ着いた。それまでは万次郎は一言も話さない。武道も声が出なかった。けれど、万次郎が繋いだ手は、強く握られていて離れそうにない。母屋に入ると、今は使っていなさそうな雰囲気のあるベッドやバイクの雑誌、数少ない服など置いてあった。
    「あの、ここは…?」
    「昔、俺が使ってた部屋。ここなら、誰の邪魔も入らないし。」
    「へ?なんの…?んっ!」
    答えを返す前に、温かい感触が口に触れて背中は壁に押しつけられた。目に映るのは、見慣れている黒い髪。顎は指で固定されててビクとも動かない。唇が離れてはくっついて、また、離れてはくっついてを繰り返し、しまいには舌が入り込んで口の中を犯されていく。
    「はっ…待って…。マイ…。」
    「…このままシたい。シよ?」
    「ダメ…だって。」
    「俺だってお前の事好きだし、いいでしょ?だから、ね?」
    「だから!ダメだってば!」
    万次郎の両肩を掴み、勢いよく武道は体を離した。また同じパターンかよ、と万次郎はムッと眉を寄せて頬を膨らましている。
    「また、ダメって…。なんで?」
    「…マイキー君は慣れてるかもしれないけど、俺は初めてなの!」
    「あ?だから、俺がリードしてやるじゃん。」
    「いや、そうだけど、いや、そうでもなくて!…ちょっと座って。」
    万次郎は頬を膨らませながら、黙って武道の言う通り、ソファに座って向かい合う。武道は、そっと万次郎の両手を握りながら、万次郎から視線を外さずに言葉を紡いだ。
    「俺、誰かと付き合った事もないし、色々な事がキャパオーバーで正直動揺が凄いっす…。」
    「うん。」
    「でも、マイキー君の事は譲りたくないし、離したくない。大好きです。」
    「俺も好きだよ。」
    「俺…ちゃんと、勉強をしてからマイキー君とエッチしたい。勢いとかじゃなくて、俺、マイキー君の事を大事にしたい。」
    「うん…。」
    「そりゃあ、マイキー君はそちらの経験は豊富でしょうけど?童貞には分からぬ世界ですよ。」
    「そんな事ねーって。俺も一緒に勉強する。二人で気持ち良くなって、それで、いつか、タケミっちの童貞ちょうだい。」
    「…もう、お店に来ないとか、家に来ないとか、やめてくださいね。俺、またドラケン君や、真一郎君に突撃しますから。」
    「ふふ、分かった。分かった。もうやめる。あー…でも、こんなにも俺の心をキュンキュンさせんの、お前が初めてだからな?」
    「?そんなの俺だってそうですけど?」
    ふふ、ははは!と二人の笑い声が響いて、どちらからともなく、抱きついてソファの上に転がった。勢いが良すぎてソファから落ちてしまったが、今の二人はお構いなしだ。嬉しい、ずっと会いたかった。そんな言葉が飛び交っているかのような抱擁に、武道も万次郎もただ嬉しくて、愛しくて、互いの背に回した手を離さないまま、目が合った。互いの瞳に映る姿を見ながら、今度は武道から、万次郎の唇に自身のを重ねた。
    後日、週刊誌に載っており、バイク屋に一緒に来ていた女性は、実は妹だという衝撃に武道は驚きを隠せず、顔を真っ赤にして店の奥に引っ込んだり、武道が高校卒業するまでは万次郎から襲うなと、龍宮寺から懇々と指導が入り、二人の日常は、まだまだ波乱万丈な日々が待っていそうだった。






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