Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    えんどう

    @usleeepy

    『要パス』タグのものは冒頭の箇条書きをよく読んでから本文へ進んでください
    パスはこちら→ X3uZsa

    褒めたい時はこちらへ↓↓↓
    https://wavebox.me/wave/d7cii6kot3y2pz1e/

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💴 💵 🍓 🍟
    POIPOI 105

    えんどう

    ☆quiet follow

    ▷マロお題①

    ##夏の話
    ##5001-9999文字

    夕涼み▽夕涼みっぽい話です(マロお題)
    ▽ぐだキャスギル





    「もう八月かぁ……」
     アンティーク、レトロ、そんな言葉が似合いそうな室内には到底不釣り合いな、宙に浮かぶ青いパネル。そこに表示されている時刻表示に添えられた、西暦のないカレンダー。八月一日の文字を見た立香は、半分無意識でそう口にした。
    「八月がどうした」
     部屋の奥、パネルを眺める位置からは少し回り込まないと見えない豪奢な寝台にゆったりと横たわるギルガメッシュが立香の独り言に反応した。
    「や、特に何かあるわけじゃないですけど、もう夏なんだなぁと思って」
     ヴン、と音を立ててパネルを閉じた立香は、視界を遮る角を回って寝台へ向かう。そこには声の主であるギルガメッシュがいて、大きなクッションを背に黄金のタブレットへ視線を落としていた。
    「といっても七月くらいから暑いんですけどね……」
     よいしょ、と寝台へ腰を下ろせば柔らかく沈み込む。そのまま仰向けに倒れてしまいたい衝動に駆られつつ、立香は独り言のように続ける。
    「夏になると祭とか花火大会があったりして、結構楽しいんですよ」
     返事はない。立香の独り言は彼の興味を引く程ではなかったのだろう。微苦笑しつつ背中側へ重心を移動させて仰向けに倒れれば、ぼすっとふかふかの布団に受け止められる。身体はそのまま、腰を下ろした時と同じように自重で布団に沈み込んでいく。支柱と紗幕で四角く区切られた天井を眺めながら、立香はぼんやり遠い夏を思い出す。うだるような暑さと必死に鳴く蝉の声、それから、汗ばんだ友人達の、笑顔。
    「――――」
     しまった。思い出さなくていいことまで思い出してしまった。腕で両目を隠し、淡い暗闇の中でささやかに後悔する。
    「――立香の故郷にも、祭はあるのか」
    「え? あ、ああ、はい。ありますよ、夏祭」
     突然ギルガメッシュの声がして、立香は腕を離して返事をする。聞いていないものと思っていたが、聞いていたらしい。
    「ほう……」
    「オレのとこのは王様が想像してる祭とは違うかもですけど。色んな屋台があったりして、楽しいですよ」
    「ヤタイ? ……ああ、カルデアのトンチキイベントの折に赤い弓兵がやっていた、アレか?」
    「そうですアレです。あんな感じで食べ物を売ってたり……」
     屋台について話す立香を、ギルガメッシュはずっと眺めていた。興味があるのかないのか、聞いているのかいないのか解らない表情だったが、時折相槌を打ったり質問をしたりと、興味津々にも思える。どちらにせよ会話してくれるのだから重畳と、立香は記憶に残っている夏祭の話を、思い出せる限り滔々と語った。
     
      ❊ ❊ ❊
     
     ミーンミンミンミンと競いあうように蝉が鳴く。爪先から頭の先まで包むような熱気は、風が吹けば幾分かマシになる。縁側に座る立香達の頭上で、軒先に吊るされた風鈴がチリンチリンと涼し気な音を立てた。日本の夏だなぁ。
    「――――じゃなくて。なんでオレはこんなところに……?」
    「たわけ。散々説明してやったというに、まだ理解しておらぬのか?」
     困惑したような立香の呟きに、鷹揚とギルガメッシュが返す。空は夕暮れから夜へ向かっていた。そのグラデーションから隣へ視線を移せば、夕陽に照らされるうつくしい貌に呆れを浮かべたギルガメッシュが立香を見ていた。
    「いや説明はされましたよ? シミュレーションに行くって。でもこんな……なんか、こんな、こんな……いい感じの日本の夏みたいなとこに行くなんて聞いてないです」
    「そうだったか?」
    「すっとぼけないでくださいよ……こんないい浴衣まで用意してもらっちゃって……」
     立香は腕を軽く持ち上げて袖を揺らす。長方形の袖はひらひらと揺れ、夕焼けで黒が濃く見えた。渡された時には黒地にグレーのような色の縦縞が入っていたが、太陽が沈みかけている今は目を凝らさないと見えない。一方、立香の隣で同じように縁側に腰掛けているギルガメッシュは、深い紺色の浴衣を着ている。裾に金のラインが控えめに入っていて、歩くと揺れてキラキラと綺麗だった。こちらはギルガメッシュが自分で用意したものだったが、立香の浴衣はダ・ヴィンチから渡されたものだ。
    『夏祭は準備が必要だから時間がほしいと言われてね。一足先に夕涼みでもしておいで』
     とかなんとか。夏祭?準備?時間?と思っているうちにギルガメッシュに引きずられるようにしてシミュレーターに放り込まれた立香は、身ぐるみ剥がされて浴衣を着せられた。正しくは、剥がされそうになって慌てて自分で着替えた。
     そして今、古き良き日本家屋みたいな一軒家の縁側で、ギルガメッシュと並んで水の張られた桶に足を浸している。
    「王様の気まぐれにも慣れたと思ってたんだけどなぁ……」
    「たわけ。貴様ごときに図りきれる我ではないわ」
    「それもそうですね」
     空を仰いで口の端を上げるギルガメッシュの横顔を見、立香も微笑う。蝉の声、風鈴の音、庭先の木々を揺らす風、そんなこんながノスタルジーを呼ぶ。立香が経験したことのある夏の過ごし方とは違うものだったが、それは言わないでおいてもいいだろう。せっかく、ギルガメッシュが自分のために用意してくれたのだから。
    「……」
    「……」
     暫しの無言。虫の鳴き声だけが響き、時間の流れはいつもより遅く感じられる。
     少しぬるくなった水を右足で軽く混ぜ、平和とはこういうものだったかと思考する。もう随分遠くに置いてきてしまった日常は、こんなに穏やかだっただろうか。
    「――」
     は、と短く息を吐いたところで隣からの視線に気がついた。いつから見ていたのだろうか。
    「どうかしました?」
    「いや、……何、随分と遠い目をするのだな」
    「そんな目してました?」
     自覚はない。が、少し思案に耽っていたとは思うので、そのせいかもしれない。ギルガメッシュの双眸は少しだけ眇められて立香を見ている。夕焼けよりも深い紅。
    「郷愁、というヤツか」
    「そんなところです」
    「貴様にそんな機微があったとはな」
    「オレだってたまには感傷的になるんですよ」
    「それは知らなんだな」
     眇められた眼が更に細くなり、笑みの形になる。ギルガメッシュには色々な姿――それこそ弱っている姿も見せているのだから、これはただの戯れだろう。
    「またオレの意外な一面知っちゃいましたね」
    「知ってどうなる」
    「オレのこともっと好きになる……とか?」
    「たわけ」
     呆れたような、苦笑を混ぜたような声で言ったギルガメッシュは機嫌を損ねたりはしていないようで、加えて否定も肯定もしないところを見ると自惚れても良さそうだ。ただニマニマ笑う立香のだらしない顔は見るに耐えかねたのか、視線を正面へ移されてしまった。が、立香は呑気に横顔も綺麗だな、などと考えて眩しいものを見るように目を細める。
     そうこうしているうちに夕陽は彼方へ沈み、空も周囲も黒く薄いヴェールをかけられたように彩度が低くなっていく。その中でも色の白いギルガメッシュの横顔は見えたので、日暮れなど些末な問題である。
    「暗くなってきましたね」
    「そうだな。祭とやらはいつ始まるのだ?」
    「今日中には、って聞きましたけど、具体的にはさっぱり……」
    「全く、無計画に始めおって……」
    「王様の無茶振りが過ぎたんじゃないですか?」
    「たわけ。この程度の無茶振り、成し遂げられずして何が英霊か」
    「英霊関係ないと思いますけど……」
     ふん、と鼻先で笑うギルガメッシュに立香は苦笑する。それはつまり彼らに期待していると同義だし、無茶振りの自覚もあるようだ。あれば何をしてもいい訳では勿論ないが、自覚があるだけマシだろう。
     ギルガメッシュとの会話を切り上げて、立香は暗くなった空を見上げる。太陽は完全に沈み、彼方に一番星が見えた。太陽が沈む前のリアリティ溢れた暑さも落ち着き、時折そよそよと風が頬を撫ぜて気持ちいい。立香の住んでいたところでは風が吹いても涼しくなるわけでもなく、風すらも熱を孕んで寝苦しい夜になることが多かったが、こうも穏やかな夏の夜もどこかにはあるのかもしれない。これはシミュレーションだが、いつかは、もしもの未来があるなら、隣に座っている彼とこんな穏やかな時間を過ごしたい。
    「……」
    「……ん? ああ――」
     縁側に置いていた右手をそろそろと動かして、隣にいるギルガメッシュの指に触れる。ギルガメッシュは何事かと一瞬身構えかけたが、すぐに気づいたらしく、立香が重ねた手を握り返してくれた。
    「王様」
     それだけなのにそれがあまりに嬉しくて、彼を呼ぶ。黒いヴェールをかぶっていても、その真紅は輝きを湛えている。その美しい眼に今は立香ひとりしか映っていない。それも、ひどく、嬉しい。
    「王様、」
     何かがたまらなくなって身体を寄せようと上体を傾げたところで、聞き覚えのある細長い音がして、腹の底まで響く重低音と共に目の前のギルガメッシュの顔が明るくなり、また暗くなった。
    「――」
     突然そんなことが起これば当然立香の視線も音の出処へ向かう。その視線の先で、真っ黒な空に明るく輝く流星のような光が、落ちてくるのではなくひゅるるる……と音を立てて上昇し、消えたと思えば代わりに空に輝く大輪の花が咲く。花火だ。
    「花火……?」
     呟いて、立香は数回瞬きをする。その間にも光が夜空に線を描き、色とりどりの花を咲かせる。夏の夜に花火はド定番だが、一体誰が。これもシミュレーションの見せる映像なのだろうか?けれど腹に響く地鳴りのような音は本物ではないだろうか。
    「――立香君!」
     タイミングよく、通信機から弾むような声がした。管制室にいるダ・ヴィンチだ。
    「ダ・ヴィンチちゃん?」
    「見てくれたかい? 私の花火」
    「! あれ、ダ・ヴィンチちゃんが?」
     彼女が用意したならば納得だ。何せ万能の人なのだから。
    「勿論だとも! 私にかかればこのくらい朝飯前さ」
    「万能の天才、こわ……」
    「ふふん、もっと褒め称えたまえ」
    「ダ・ヴィンチちゃんすごい!」
     ふふんーと誇らしげな息が聞こえて、立香は思わず笑みを浮かべる。あのダ・ヴィンチと同じだと言われても、幼い少女の姿をしている今のダ・ヴィンチはどうにもこうにも愛くるしい。
    「さあ立香君、祭の始まりだよ⌇⌇賢王君と思う存分楽しみたまえ!」
    「ありがとうダ・ヴィンチちゃん!」
    「どういたしまして!」
     弾む声と共に通信が終わり、少し遠くなっていた花火の重低音が戻ってくる。通信機から顔を上げれば、立香を見る真紅と割と間近で目があう。そういえば身を寄せようとしていたのだった。唇の片方だけを持ち上げて、所謂ドヤ顔で立香を見るギルガメッシュに立香は自然な笑みを返して、残りの距離を詰めて唇をふさぐ。花火が開く音が聞こえ、明るくなったギルガメッシュの目を閉じた顔を間近で見て、言葉にできない何かで胸が埋め尽くされる。それは不快などではなく、多幸感があり、目には見えないが輝いていて、暖かいような錯覚を引き起こす。要するに胸いっぱいというヤツだ。
    「…………行きましょうか、王様」
    「……ああ」
     はふ、と息を吐く唇に見惚れそうな目線を引き剥がして、すっかりぬるくなってしまった水桶から足を引き上げる。用意されていたタオルで足の水滴を拭いながら、そういえば、と隣へ視線を向け、
    「ですよねー」
    「? どうした」
     桶に両足を浸したまま動いていないギルガメッシュに、思わず本音を口にした立香は立ち上がり、浴衣の裾を直す。そして新しいタオルを手に、下駄を履いて地面へ降りる。
    「王様、足拭くので上げてください」
    「うむ」
     立香が地面に片膝をついて見上げれば、ギルガメッシュは何かを不思議に思うこともなく、素直に片足を持ち上げる。尽くされて当然、傅かれて当然の王の白い足を、足首に添える程度掴み、真新しい柔らかいタオルで水滴を拭っていく。衰えを知らない完璧な身体。指先に至るまで緻密に織り上げられたようなその身体の一部が今、立香の手の中にある。
     人によっては今の状況に興奮したりだとかそういう性癖をお持ちの人もいるだろうが、立香にはそんな趣味はない。けれど、恋い慕う相手が無警戒に無防備に身体を預けてくれることは端的に言ってとても嬉しい。ちら、と上を見ればギルガメッシュは何食わぬ顔で花火を見上げている。その顔は、どん、という音と共に明るくなり、すぐにまた黒いヴェールに隠される。
    「……王様、下駄履けます?」
    「下駄? ……ああ、いやにみすぼらしいものがあると思えば」
     木屑かと思ったぞ、などと悪態をつきながら、乾いた足を下駄へ差し込む。と、親指側に人差し指もついてきていたので結局立香が履き直させた。
    「あんまり奥まで入れずに履いてくださいね。慣れてないと靴ずれするかもなので」
    「うむ」
    「で、痛くなる前に言ってください」
    「む」
     素直に頷くギルガメッシュがかわいい、などと言ってはいけない。けれどかわいいものはかわいい。にやけそうになる顔を隠すために俯いて、残る足を持ち上げた。
    「――よし」
     水滴を拭い、下駄を履かせ、満足気に頷く。
    「もう終いか?」
    「はい。立てます?」
    「とうぜ、ん」
     立ち上がろうとしたギルガメッシュへ、立香が手を差し出す。その手を見、立香の顔を見た目がふと眇められ、
    「この我をエスコートか?」
    「王様がよければ」
     ふん、と鼻で笑われたが立香の手に手が重なった。少し汗ばんだ手のひらはやわらかい。
    「我を退屈させるなよ? 立香」
    「もちろんですとも、ギルガメッシュ王」
     手を取り取られ、ふたり並んで庭先に立つ。夜空には大きな大きな炎の花。きっと向こうには気合を入れて用意された屋台達が並んでいるのだろう。
     行こう。夏祭は始まったばかりだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖🙏☺😍💕🎃🎃🎃💖💖👏💞💞💘😍🍉💕💕🍧💕💕🍧🍧🍎🍍🍉🍉💘❤❤❤❤😍🌠💞💞🍧🍧🍧💕💕💕💕💕☺👏💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator