身支度▽王様にアクセをつけるぐだおの話(マロお題)
▽ぐだキャスギル
わしわしとまだ濡れた髪を拭きながら、部屋のドアロックを解除する。後頭部を拭くために少し俯けていた顔を上げれば、うっすら透ける薄い布がカーテンのように四隅でまとめられているベッドの上に、衣類だけまとったギルガメッシュが座っていた。
「あれ? まだ準備できてなかったんですか?」
頬に垂れてきた水滴を、首にかけたタオルで拭いながらベッドへ歩み寄る。いつもなら、立香がシャワーを浴びて戻る頃にはギルガメッシュはいつも通りの布面積の狭い色鮮やかな衣服をまとい、冠も戴いて準備万端で待っているはずだ。こんな、服を着ただけのシンプルすぎる装いで待つことなど今までなかった。
「なに、毎度同じでは飽きもくる。故に今日は貴様に我の支度をさせてやろう」
「は?」
「聞こえなかったか? それらを我に纏わせる栄誉をくれてやると言っているのだ」
それら、とギルガメッシュが指差したのは彼がいつも身に着けている装飾品類だった。ベッドの上で光を反射して静かに輝いている髪飾りやピアス、首周りの黄金、それから白い布、冠も置かれている。
「これを……? しゃらーんってやったらすぐ終わるじゃないですか」
「魔法ナントカのように言うでないわ。たまにはこういう戯れもよかろう?」
戯れ……ということは立香が何か面白いことをするのを期待されている。これを使ってボケろ、ではないだろうが、相変わらず突拍子もないというか真意が読めないというか。
「オレ、アクセサリーとかつけないんですけど……」
「解らぬのなら教えてやろう。良いから疾くせよ」
これは言い出したら聞かないやつだ。期待に満ちた目で見られている気がするけれど、期待に応えられる気はしない。しかし無視して置いて行くわけにもいかない。
「それとも何か? もうしばし触れていたい……と言わねば解らぬのか?」
「ゔッ」
さらっと言う割に言葉の破壊力はすごい。真意かどうかは置いておいてもそんなことを言われたら立香が断れないのを解っている。
「ずるいですよ……」
「貴様が頑固なのが悪い」
しれっとしているギルガメッシュに渋々近づいて、並べられている装飾品を見、恐る恐るピアスを手に取る。何をしていてもいつも耳元で揺れているそれは今は静かに黄金と紫水晶の輝きを放っているだけだ。
「それからいくのか?」
「これならつけ方解るので……」
「ほう」
ギルガメッシュはベッドの縁に腰掛けているので、耳元に寄るには立香は屈み込まねばならない。耳元へ寄る立香を、ギルガメッシュは興味津々で見つめている。楽しそうで大変良いとは思う。
「触りますよ」
「ああ」
ギルガメッシュの形の良い耳に触れる。くすぐったいのか少し身じろいで肩を竦めたギルガメッシュに、ならやめればいいのに……と思っても口には出さずにおいた。
「これ、通すだけでいいんですよね?」
「ああ。新たに穴を開けるでないぞ」
「しませんよそんなこと……」
ピアスなどしたこともない立香はなんとなく注射針のことを思い出す。注射が痛いのだからピアス穴を開けるのも痛いのだろう。ちょっとぞわぞわする。
ギルガメッシュの耳朶にある、小さな窪みへ、フック状になっているピアスの先端を当てる。本当にこれであってるのだろうかという不安を抱えたまま、そろそろと穴に先端を押し当てる。つぷ、と音はしなかったが先端が耳朶へ埋まり、するすると奥へ入り込んでいく。本当に穴が開いているのだ。
「い、痛くないですよね?」
「そこまで怯えずともよい」
立香の不安をよそにギルガメッシュはくつくつ笑っている。早速良い反応を見せてしまったのは解るが、そこに構っている場合ではない。
フックの半分ほどが埋まったところでピアスが真っ直ぐ正面を向いた。ここまで入れておけばいいのだろう。
「入った……」
ほ、と息を吐いて身体を起こす。
「まだ片方だぞ?」
「そうでした……」
耳はふたつある。当然、ピアスもふたつある。もうひとつのピアスを手に、反対側へ回り込んで屈む。さっきと同じように慎重にピアスを通す立香を、ギルガメッシュはやはり抑えてはいるが愉快そうに笑っていた。
「――できました!」
「ピアスだけで日が暮れるかと思ったぞ」
「最初に選ぶものじゃなかったですね」
「貴様の真剣な顔は悪くなかったがな」
「もー……面白がらないでくださいよ……」
「嘲笑っているわけではないぞ?」
そう言うギルガメッシュの表情は確かに、嘲笑うような底意地の悪さはなく、ただはにかむように微笑んでいた。穏やかな、嬉色さえ滲んでいるような。……考えすぎか。
「して、次はどうする?」
「あー…………じゃあ……」
簡単そうなのを、と、立香が手にとったのはちりりと繊細な鎖の音をさせた髪飾り。不純物のない、透明な紫の石が美しい。
「逃げたな」
「簡単なのは先に済ませておこうって魂胆です」
「自分で言ってどうする」
くく、と笑うギルガメッシュの正面に立ち、少し屈んで淡い金の髪に飾りを乗せる。位置はどのあたりだったか、と顔を離して確認する立香をギルガメッシュはじっと見ていた。
位置を決め、なめらかな髪をかちりと金具で挟んで留める。位置がずれないように確認して、反対側も同じように。離れて確認する立香と目があったギルガメッシュは笑って見せた。今朝はとみに機嫌が良い。
「……できた、と思います」
「ふむ」
立香の声を聞いたギルガメッシュがふるふると頭を左右に振る。ちゃりちゃりと金具達がぶつかって音を立てるが、きちんと留まっているらしく、落下するようなことはなかった。心の中でほっと胸を撫で下ろす。髪飾りもピアスも、定位置でキラキラ揺れている。
「……………………ん?」
その煌めきに見覚えがあった。いつも見ているのだから当然なのだが、そうではなくてもっとこう、直近で――――
「……………………王様、」
「ん?」
「これ、昨日の夜つけてましたよね?」
ゆらゆらと、ではなく、もっと激しく揺れていたのを見た。昨晩。汚してはいけないと衣服はお互い脱がせたり脱いだりだけれど、ピアスや髪飾りはいつもそのままだ。ということは。
「わざわざ外したんですか!?」
立香の手で飾らせるために――と言えば聞こえはいいが、現状どう考えても面白がられているのでどちらかというと悪戯に近いのだろう。からかわれている感覚しかない。
「…………」
「笑ってもごまかされませんよ」
がしっと両肩を掴んで引き離したギルガメッシュはにこーと可愛らしく笑うがそれでもダメなものはダメだ。今のスピードで準備していては立香の予定は大幅な変更を余儀なくされる。もう既に。
「王様……」
「?」
「そんっ……なにオレに触りたいですか?」
「なに?」
掴んでいた肩にぐっと体重をかける。そのままぐぐぐーっと押せばギルガメッシュは仰向けにシーツの海へ。ちゃり、とピアスが触れあう。この音を昨夜も聞いた。
「立香?」
「昨日は王様が気絶しちゃったからあれ以上できませんでしたけど、物足りなかったんですね? それならそうって言ってくださいよ」
「は? え? ……………………あっ」
きょとんとしたギルガメッシュの顔に、ややあってさあっと朱が差す。触れたい、なんて遠回しに言わなくても、それならそうと言ってくれればいいのに。
「今日の予定、いつもの周回だけなので大丈夫ですよ。全部キャンセルしましょう」
「いや待っ……」
違う、と押し返そうとする腕は然程の力が込められていないので、これで正解だろう。抵抗するあたりまだ迷っているようだけど。
「たまにはいいじゃないですか、サボっても。観念してくださいねー」
立香の腕を掴む手を引き剥がして指を絡める。大して力の入っていない腕は簡単にシーツに押さえつけられた。真っ赤な顔を見れば困惑と理性と期待とでうるうるに潤んだ眼がこちらを見ていた。
「はい、王様口開けてー」
「いろけが……むぐ」
何か言おうとしていたが知ったこっちゃないので遮って口を塞いだ。開いた唇の間へ舌を滑り込ませてまさぐれば、おずおずと舌が差し出された。間近でぼやけてはいるが、ぎゅうっと目を瞑っているのが解る。こんなに素直だということは、気を失ってしまったのがよほどショックだったのだろう。この分なら押せばイケる。今はまだ理性が邪魔をしているのかもしれないが、絡んだ舌同士がどろどろに溶けそうになる頃には理性からもゴーサインが出るだろう。きっと。