頬を撫でる▽頬を撫でる王様の話(マロお題)
▽ぐだキャスギル
夢も見ない眠りから浮上して、薄目を開け室内が暗いことを視認する。それだけで時間が解るわけではなかったが、少なくとも隣で寝ているはずの者が先に起きてどうこう……ということはなさそうだ。時間を確認するための物を探そうと身を起こしかけ、腰をがっちりホールドする腕に気づいた。見れば腕の主は隣でまだすやすやと眠っている。意識がない割にギルガメッシュが起きかけた程度では組まれた指が外れる気配はない。いつもながら器用な奴め、と苦笑で済ませて再び寝台へ身体を横たえる。立香が目覚めていないということはまだいつもの時間ではないのだろう。アラームより先に目が覚めてしまったらしい。
ならば今一度寝るか、と深めに息を吐いて体勢を整える。腰の下に立香の腕があるが、これを外そうとすれば立香が起きてしまうかもしれない。人間には睡眠が必要不可欠であるなら、それはあまり良いこととは言えないだろう。多少の居心地の悪さには目を閉じるとして、向かい合った立香の呑気な寝顔を見る。ギルガメッシュが身じろぐのをやめた今、立香の安らかな寝息がよく聞こえた。その寝顔は穏やかで、半開きの口は少々どころではなく間が抜けている。もっとも、最近ではこんな間抜け面を晒すのは自室でこうして寝ている間くらいで、日中やレイシフト先ではそうでもない。相変わらずな部分もあるが、変わった部分もある。変わっていくのが人間という生き物の特徴ではあるが、立香の変化は手放しで喜べるようなものとは少し違う。必要に迫られた変化、とする方が正しく感じる。それが本人にとって善か悪か、どう作用するかは、まだ解らない。
「眠っていれば、あの頃のままなのだがな……」
癖のある黒髪を梳くように撫で、頬に掌で触れてみる。張りのある肌が掌にぴったりと隙間なく密着し、柔らかな弾力を伝える。
「……………………柔らかいな……」
撫でるだけのつもりが、触り心地の良さに思わず弾力を確かめるように掌で押す。むにゅ、だか、もにゅ、だか、そんな効果音がしそうな柔らかさで掌に押される頬。立香が目を覚ます気配はない。この頬はつまめばどんな感触がするのだろうか、と思考するのと頬をつまむのは、もしかしたらつまむ方が早かったかもしれない。二度三度むにむにとつまんで確認する。この感触、弾力は、そう、
「餅…………」
「誰のほっぺが餅ですか」
「!?」
囁くような独り言に返事があってギルガメッシュは柄にもなく驚いて肩を跳ねさせた。閉じていたはずの瞼は上がり、大きな眼がふたつ、こちらを見ていた。
「っお、起きているなら何故言わぬ、狸寝入りとは趣味が悪いのではないか?」
「今目が覚めたんですよ……王様が揉むから……」
「揉んでなどおらぬわ。少々感触を確かめてやろうと思っただけの事」
「王様……もっとゆっくり喋って……」
くあ、と大口を開けて欠伸をする立香に早口を指摘され、ギルガメッシュは唇を引き結ぶ。咎められるようなことではないし、立香も咎めているのではないことは解るが、こっそりとやっていたことなので見つかった気まずさは感じる。
「触りたいなら触ってもいいですよ? オレも触りますし」
言いながら立香は腰に回していた腕でギルガメッシュを引き寄せる。崩れた体勢を整えれば眼前に顔がきた。するりと素肌同士の脚が触れ、くすぐったさに顔を顰める。
「ね?」
「……もう、せぬぞ」
「そんなこと思ってませんよ、王様のエッチ」
絡まる脚からざわざわするようなくすぐったさが這い上がってきてギルガメッシュは僅か身じろぐ。ギルガメッシュを見る立香はへらりと笑い、腰に回した片手を離してギルガメッシュの手を掴み、持ち上げた。
「はい」
その手を立香は自らの頬に乗せ、目を閉じ、開く。ギルガメッシュは二回ほど瞬きをして、立香の頬の上へ置かれた己の手を見る。
「好きなだけ触ってください。オレは……こっちで」
立香の手が、ぺたりとギルガメッシュの頬に触れた。あたたかい掌から熱が頰へ滲み広がる。覆う手が動き、頬を揉まれた。
「王様のほっぺもなかなかですよ?」
「我の玉体に触れておきながら、〝なかなか〟とはなんだ」
立香の頬をつまんで引っ張る。柔らかい頬は伸び、指先にふにょんとした感触を伝えた。
「言葉のあやじゃないですか……」
仕返し、ではないだろうが立香もギルガメッシュの頬をつまむ。そのままむにむにと確かめるように揉み、納得したような顔で頷いて、
「柔らかくてもちもちしてて最高です、ずっと触ってたいくらい」
「……」
真剣な表情で言う立香の頬を無言でつまんで、軽く引っ張り上げる。それを合図に立香が小さく吹き出し、ギルガメッシュも呆れたように息を吐いてから笑みを浮かべた。
「ずっと触ってたいです」
「二度も言わずとも解る」
互いに相手の頰へ掌で触れ、視線を絡めて微笑う。つまらぬ戯れと一蹴しても良いようなものなのに、どうしてかそうはできない。立香は更に近づいて、額同士をあわせ、ギルガメッシュが抵抗しないのを確認してから唇を重ねる。頬に負けず劣らず、こちらも柔らかい。
「寝ましょう、王様。もう少しだけ」
「ん、」
解った、と、返すはずの声は立香の唇に飲まれた。そのまま戯れるように唇を啄んでやがて、身を寄せあって微睡みに落ちていった。