夜会話▽ピロートーク的な話
▽ぐだキャスギル
疲れた。気持ちの良いことは気持ちが良いだけであればいいものを、疲労感や倦怠感、喉の違和感などを伴ってやってくる。それらは決して気持ち良いとは言い難い。しかしいずれも悪い気分ではない。シーツに沈んで瞬けば目の前にある深い水の底に似た蒼い瞳がきゅうと弧を描いて微笑う。
「眠いですか? 寝てもいいですよ」
あとはやっておきますから、と、柔らかい唇が緩く瞬く瞼に触れる。睡眠など必要ないのに、瞼が重い。こうなったのは、さて、いつからだったか。
「…………まだ、」
眠くない、と、言ったはずだが言えただろうか。喉がかさついている。
「……じゃあ、話でもしましょうか」
ぼすん、と、隣に頭が落ちてくる。身体ごと。目があって、緩みきった笑顔を向けられた。こういう顔をなんと言ったか。
「眠くなったら寝ていいですからね」
「ん、」
ぽすぽすと頭を撫でられる。撫でるというより掌で触れるだけ、もしくは乗せているだけに近い。それが髪の上を滑って、耳に触れ、首の後ろ辺りで落ち着く。毛先が指で弄ばれている。まだ高い体温が、首のあたりからじわりと広がって、汗で少し冷えた肌をあたためた。
「……オレ、すごくいい人達に出会ったんです。ロシアも、北欧も、秦……うん、秦でも、多分」
「……あいまいだな」
「ちょっとUMAが……」
枕へ重い頭を預けているので首は傾げられなかったが、閉じそうな瞼を持ち上げて立香を見た。蒼い視線はこちらを向いていて、「なんでもないです」と言って笑った。
「インド、アトランティス、オリュンポス……どこでも、全部、全部で出会って」
立香の蒼い瞳が伏せられる。それは話したくないことを話すようで、話したくないのならやめればいいのに、と、思い、立香には無理か、と考える。
「みんな、いい人達でした。助けてくれたり、信じてくれたりして。でも、オレは……」
笑顔が曇るのを見た。手は変わらず首の後ろ側にあるし、あたたかいのだけど、緩くやわらかく微笑っていた立香の笑顔に影がさしている。
「……異聞帯に、未来はない。……消滅が、早まっただけ……」
「そうですね……そうです、そうなんですけど、」
そこで区切った立香は、もう笑ってなどいなかった。今にも歪みそうな瀬戸際で耐え、ギルガメッシュを見る。
「もしかしたら、あの人達は……オレ達の世界にもいるんじゃないか、って」
異聞帯は平行世界で、異聞帯の住人は立香の生きる世界でも、別人として生きているのではないか、と――与太どころか、酷い幻想だ。
「りつか……」
「わかってます、解ってます。でも……」
無理矢理に作る笑みは、酷く歪んでいて、笑っているようには見えなかった。顔と顔の間に置かれている立香の手へ手を近づけ指先で触れると、覆いかぶさるように手を乗せられ、ぎゅうと握り込まれた。痛みはないが、力の強さは感じる。
「それでも、もしかしたら、って考えるのもダメですか?」
そんな顔をされては。
「……ダメ、ではない……。悩み、考えよ。考えること、を、わすれた人間など、……ヒトとは、呼べぬ」
「はい」
上手く喋れているだろうか?瞼と同じくらい舌が重い。口を開けることを意識して声を吐き出す。
「貴様は、それでよい。……りつかは、それで……」
「はい、……はい」
首の後ろをあたためていた手が、頬に乗る。指の一本一本からじわりじわりとあたたかさがうつってきて、あたためられた頬は眠気を誘う。
「寝ましょう、王様」
「んん、」
「寝ますよ」
もう歪んでいない立香の顔が更に近づいて、ぺらっとめくられた前髪の下にあった額へやわらかいものを押し当てる。目の前に首元があるからこれは唇だろう。額では遠すぎる。
「りつか、」
握られた手を持ち上げれば掴んだ強さに反してすぐに解ける。名を呼んで、立香の頬に掌を押し当てる。引き寄せれば唇の上にやわらかいものが触れた。閉じた瞼は重い。このまま、溶けるように眠ってしまおうか。
「おやすみなさい、ギルガメッシュ王」
囁くような声が唇をくすぐる。瞼はもう、開けなくていいだろうか。