年上の幼馴染▽ぐだおだけ転生してそうな現パロ
▽いずれ大学生×社長になる予定のDK×謎の金髪青年
▽付き合ってない
▽ぐだキャスギル(将来的に)
オレには年上の幼馴染がいる。というと定義と矛盾が生じるけれど、文字そのままの意味ではそうだし、他にこの関係を表す言葉を知らない。
その人との出会いはオレがまだ小学生だった頃。学校からの帰り道にある公園に友達といつものように遊びに行ったら、いた。というか、通りかかったというか。オレはその瞬間を未だに忘れていない。天気が晴れてたかどうかだとか、風が吹いていたかだとか、そんなことは忘れてしまったけど、景色の真ん中にいたあの人の姿はちゃんと覚えている。
最初に目に飛び込んできたのは、太陽の光を受けてきらきら光る金髪だった(ということは晴れてたんだな、たぶん)。オレはそれまで近所で金髪の人を見たことがなくて、物珍しくて見たんだと思う。公園の入り口に立っていたその人は金髪も目立ったけど、すらりとして背も高くて、横顔だったけどまるでテレビで見る芸能人、それよりももっと、なんというか、人間離れしてるような雰囲気で、その人の周りだけ空気が違って、しんと静まり返っているような、でも見てるオレの胸の裏側はざわざわざわざわうるさくて、目が離せなくて、無遠慮にじろじろ見てしまっていて、それで、気づかれた。横を向いていた顔がゆっくりこちらに向かって動いて、瞬きの間がやけに長く思えて、閉じて開く目の、少し伏せられていた視線が上がってくるのもスローモーションかコマ送りか、すごく永い時間に思えた。ひたり、と据えられた視線はいちご飴よりもっと赤くて透明なふたつの目玉から発せられていて、オレはそんな色見たことなくて、動けなくて、目があって、胸の真ん中にズドーンと雷が落ちたみたいな、なんかものすごい衝撃を受けた。
(きれい)
小学生だったから、ガキだったから、そんな言葉しか浮かんでこなかった、と言いたいけれど今思い出してもきれい、以外に言葉が見つけられない。言葉を知るには本を読んだらいいんだっけ。日本語の中にあの人のうつくしさを表せる言葉があるだろうか。
そのきれいな人は、オレを見て、何度か目を瞬いて、ちょっと驚いたような顔をして、それから、それから、飴玉よりも甘そうな深紅の目を細めて、ふわり、と微笑ったのだ。
ここでまたズドンと雷が落ちる。今度は頭のてっぺんから爪先まで撃ち抜かれたような衝撃で、熱でも出たみたいに顔とか身体が暑くなったのを覚えている。
要するに、その笑顔にひと目惚れしたわけだ。藤丸立香八歳、恋に落ちた瞬間である。
それで、まだ恋を恋だとも解っていなかったオレは、けれど解っていないなりに行動に出た。我ながら行動力だけは褒められてもいいんじゃないかと思う。立ち去ろうとするその人のところへ大急ぎで走って行って、青いシャツの裾を思いっきり掴んで、振り向かせた。また驚いたような顔をしていた。……ような、じゃなくてあれは驚いていたと思う。見知らぬ子どもにいきなり服を掴まれたら普通驚く。それでもオレはその時そんなことを気にしていられるほど大人ではなかったし、その人がどこかへ行ってしまったらもう二度と逢えないかもしれないことの方が怖くて頭がいっぱいだった。それで、オレは、驚いてオレを見下ろすその人に向かって、
「結婚してください」
とありったけの声で叫び、オレの声に驚いたのか更にまんまるく目を見開いたきれいな人はその数秒後、
「――――…………ふ、 ふは、 フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
オレの一世一代のプロポーズに大爆笑で応えたのだった。
❏❏❏
――というのが、オレと彼の出逢い。結局彼はオレの家のすぐ近くにあるバカでかい豪邸に住んでいるご近所さんだったことを数日後に知ったし、下校時間によく外をフラフラしてるから割としょっちゅう遭遇できたし、あわや初恋はうたかたの夢、なんてことにはならなかった。割としょっちゅう逢うからそのたびにオレは求婚し続けたし、そのたびにめちゃくちゃ笑われた。笑うと人形みたいなきれいな顔がくしゃくしゃになって子どもみたいでかわいい、ということに気づいたのは、何度目のプロポーズの時だっただろうか。
これがドラマチックな漫画とかだったら、オレはこのあと転校して離れ離れになって数年後に再会……なんて展開になるのかもしれないけど、ごく普通の一般企業のヒラ社員やってる親は転勤もなく、オレは順調に日々プロポーズし、爆笑され、恋心が薄れることも途切れることもなく、順調に親交を深めた。
「我の家へ来るか?」
と、誘われたのは何回目のプロポーズのあとだっただろうか。知らない人についていってはいけません、は、知らない人ではないので無効だ。誘拐する気ならとっくにさらわれていただろうし、彼にならさらわれてもよかった。大好きな人の家に遊びに行くのになんの躊躇いがあるだろうか。オレは大喜びで、新しく買ってもらったゲームだの、今まで集めた中だけ割れてるビー玉だの(光に翳すとめっちゃキレイなので今でもとってあったりする)母さんが描いてくれたアニメのキャラクターの絵だの、お気に入りの漫画だの、父さんが誕生日に買ってくれたミニカーのセットの中から一番好きなやつだの、なんかもうそんなもの大人に見せてどうすんだって思うような〝宝物〟をカバンにぎゅうぎゅうに詰めて遊びに行った。どうすんだって今は思うけど、あの頃は友達にも貸したり触らせたりしないものもあったし、とにかく彼に特別だってことを教えたくて一生懸命だったんだろうなぁ、と懐かしく思う。あの時のオレの気持ちは伝わってたんだろうか。特別だ、って少しでも解ってくれてたり……は、しないんだろうなぁ。
初めて行った彼のバカでかい家は、外観もすごいけど内装も負けてなくて、城の中にいるようで見るもの全部すごくて感動して興奮して、正直何したかあんまり覚えていない。ただ、とんでもなく楽しかったし、嬉しかった。
それからも誘われなくても毎日のように遊びに行くようになって、彼は嫌な顔もせず家にあげてくれて、オレの話す学校のこととか友達のこととか母さんに宿題してなくて叱られたこととか、そんなくだらない話も聞いてくれて、宿題も見てくれた。めちゃくちゃバカにされるけど、解りやすく教えてくれて、そのあとのテストでいい点数が取れた時は真っ先に見せに行ったっけな。
「やればできるではないか」
バツよりマルが多い答案用紙を見て、きれいな顔を全部使って嬉しそうに笑うから、オレは彼のことがもっともっともっと好きになった。
そんなこんなで十年、オレは十八になろうとしていて、あの頃と同じに、それよりもっと彼を好きでいる。年上のきれいなきれいな幼馴染。この関係を他になんて言えばいいか解らない。
❏❏❏
「王様ぁ⌇、ただいま⌇⌇」
十年通えば勝手知ったるなんとやらだ。大理石だったかなんだったか、つるつるの石でできた玄関の床に靴を脱ぎ、ちゃんと揃えて並べて上がり込みながら家の奥へ大声で言う。ふっかふかのスリッパはこの間新しく買ってきてくれたやつで、前のも気に入っていたんだけどこれもお気に入りだ。
「お邪魔します、はどうした」
ガチャ、と無駄に長い廊下の途中にあるドアがひとつ開いて、中から金色の頭が出てきた。その部屋は仕事部屋だ。仕事中だったらしい。赤い瞳を硝子が隔てている。ミルクティーみたいな色の薄手のニットのカーディガンは大きめなのか袖が余っててかわいいし、白っぽいやわらかそうなカットソーは首周りが大きく開いててしろい鎖骨が丸見えだ。それは目の毒ってやつ。
「王様こそ、おかえりは言ってくれないんですか?」
スッとスマホを出して向け、自然な動作でシャッターを切ると、貴重な眼鏡姿がスマホに収まった。大満足。待ち受けにしようかな。
「帰るなり肖像権の侵害とは……昔のかわいげはどこへ行ったのであろうな」
「え、オレのことかわいいって思ってたんですか?」
スマホをポケットへ押し込んでうきうきと近寄るオレへじと目を向けた彼は、わざとらしく溜め息をついて半身だけ出していたドアから廊下へ出てきた。仕事部屋のドアを閉め、鍵もかける。オレは仕事部屋へは入らせてもらえない。だから彼が何の仕事をしているのか知らない。何度か尋ねたことはあるけど、「国を治めていた」としか答えてくれない。それで王様、なんて呼んでるんだけど、国の名前は教えてくれないしどこかの国王が不在なんてニュースはない。過去形だから今は違う仕事をしている、ということなのか、それは教えてくれない。家でできる仕事で、大層稼いでいることくらいしか解らない。稼いでいるというのは予想だけど。今稼いでるんじゃなくて国王やってた時の財産で生活している、という可能性もある。家も豪邸だし、セレブなのは確かだ。
「仕事、邪魔しちゃいました?」
オレは彼の今の仕事を知らない。教えてくれない。だから、オレがいる時に彼は仕事をしない。できない、の方が近いのだったら、オレは邪魔だろう。
「気にするな。貴様が来るのはいつものことだからな。とっくに今日の分は片づけたわ。我はできる男だからな」
なのにそんな優しいことを言って頭なんて撫でるものだから、甘えてしまう。眼鏡の奥の宝石みたいな赤い眼が緩んでいて、許されていると思いたくなってしまう。遠慮なんて知らない子どもでいても許されるだろうか。鍵束をベルトループに通して腰にぶら下げた彼はこちらに背を向けてリビングの方へ歩き出す。置いて行かれないように追いかけて隣へ並ぶ。ちゃりちゃりといくつかある鍵同士がぶつかる音がしていた。
「さすがですね」
「であろう、であろう、もっと褒め称えてもよいのだぞ」
ふふん、とか自慢気に笑う横顔を見上げて、かわいさを噛み締めながら思いつく褒め言葉を言ってみる。「偉い!」とか「働き者!」とか「できる男!」とか「カッコイイ!」とか、オレが思いつくのはそんなんだけど、それでも嬉しそうにするから眩しいものでも見てるような気持ちになる。
「王様、す」
(きです)
「?」
「すごーい!」
「ふふ、もうよい」
言えなくて無理やりごまかした言葉にも嬉しそうにするものだから、胸がきゅんとする。好きだなぁ、と、何度確認したか解らない確認をして、溢れてきたあたたかさで苦しくなる。もちろんずっと好きだけど、オレがどんだけ好きでも、彼は、たぶん、違う。家には入れてくれるし、仲良くしてくれるし、優しくしてくれるし、かわいがってもくれる。けど、そこまでだ。そこから先へは入れてくれない。オレはずっと近所の年下の子どもなんだろうし、それ以外の何かになることをたぶん、望まれていない。だから、最近は前みたいにバカみたいに告白しないようにしている。そんなことしたって好きなもんは好きだからなんにも変わらないけど、少なくとも彼が言われて困ることはなくなるんじゃないだろうか。困ってたんだろうか。迷惑だっただろうか。
(う、悲しくなってきた……)
「なんだ? 百面相か?」
マイナス思考をどこかへやろうと頭を振ったオレを不思議そうに見て、また笑う。人形みたい、とか、造りものみたい、とか、彼の整いすぎた顔はそんな無機質な印象を受けるけど、それは黙っていればの話で、話してみるとめちゃくちゃ表情豊かだし、よく笑うしよく怒るし、驚く時は驚くし、オレをからかってる時の顔なんか最高にあくどい笑顔だ。泣いたり悲しんでいる顔だけは見たことないけど、それはあんまりしょっちゅう見れても困る。楽しそうに幸せそうに笑ってる顔がいい。
「なんでもないです! それより王様、もうすぐテストなので、よろしくお願いします」
「またか? 報酬はなんだ」
「ん⌇⌇⌇⌇⌇⌇…………原宿に新しくできたクレープ屋の季節限定クレープ、でどうですか」
「ふん、貴様にはそれが限度か……まあよし。商談成立だな」
「よっしゃ」
小さくガッツポーズするオレに向けられる、目を細めた笑顔が優しくてあったかくて、ちょっと苦しい。ちなみにさり気なくデートの約束にもなるのだけど、気づいているのだろうか。彼からしたらただの外出かもしれないけど。
「無様な点数なぞ取ったら許さぬからな? 加減はせぬ、覚悟しろ」
「ひぇっ……ガンバリマス……」
とは言うけれど、確かに厳しいけれど、オレの頭でも理解できるように、理解できるまで教えてくれるし、丁寧に気を遣われているのはいやでも解る。どうしてそこまでしてくれるのかはちっとも解らないけど、
「励めよ、立香」
そんな眩しい笑顔で言われたら、頑張らないわけにはいかない。
きゅんきゅんしているオレの前で、彼は長い廊下の端のドアを開ける。そういえば、リビングは通りすぎている。こっちは、確か。
「あれ? こっちってキッチンじゃ……」
「ああ、美味い菓子があるからな。貴様、コーヒーは飲めるか」
「おかし! コーヒー!」
健康な男子高校生だから一日中腹が減ってると言っても過言ではないし、彼が用意する(誰かからもらっているらしかったけど)お菓子はめちゃくちゃ美味い。きっとオレの小遣いなんかじゃ手が出ないようないいやつなんだろう。
やったー!と浮かれまくってるオレに失笑した彼は先にキッチンのある部屋へ一歩入り、すぐに立ち止まった。
「王様?」
振り返る彼に首を傾げる。オレを見る赤い赤い眼がすっと細くなって微笑う。
「まだ言ってなかったな。
おかえり、立香」
「――――」
振り向いた角度とかだぼだぼの服とか絶妙に見える鎖骨とか滅多にかけない眼鏡とかやわらかい笑顔とか、この人絶対自分の顔のよさ解ってやってるって解ってるんだけど、解ってるんだけど、
「⌇⌇⌇⌇⌇⌇⌇⌇⌇⌇すきぃ……」
「おお、やっと言ったな」
もう全部見透かされてたのも解ってめちゃくちゃ恥ずかしくて顔を覆った。所詮オレみたいなガキの悩みなんて、この人からしたら大したことないんだろう。迷惑かもしれない、なんて悩んでたのがアホくさい。
「王様⌇⌇⌇⌇……ぎゅってしていいですか……」
「ん」
こっちを向いて指先がちょろっとしか出てないあざとい両手を広げるから、かわいすぎて泣けてきて半べそで抱きついた。オレの好きな人が今日もこんなにかわいい。
「王様、結婚して……」
「貴様が大人になったら考えてやる、と言ったであろう」
「オレもう大人ですぅ⌇⌇⌇⌇」
「未成年がたわけたことを」
この返事を聞き続けて十年、こうやって甘やかしてくれるのはオレが子どもだからなのはと解っているけど、早く大人になりたい。だってこのままずっと好きでいる自信はある。自分ではどうにもならないことを理由にされるのは悔しい。
「あと二年ですからね」
「ああ、その時は大きなケーキでもくれてやろう。蠟燭は二十本でよいか?」
「イチゴいっぱい乗ったやつでお願いします」
息だけで笑うのを聞きながら、肩口にぐりぐりと額を押しつけてぎゅうぎゅう抱き締める。背中に回された手があやすように撫でてくる。こんなことをしてるから子どもだって笑われるのは解ってるけど、どうせ年齢なんてすぐに変わるものでもないんだから今のうちに満喫しておきたい。
「王様、約束ですよ。待っててください」
「解っておるわ。我はできぬ約束などせぬ」
そんなこと言ってどうせそれまでにオレの気が変わるだろうとか思ってるのかもしれないけど、甘い。オレの諦めの悪さを侮らないでほしい。もう十年待ったんだから、あと二年くらい一瞬だ。
あと二年。七百三十日。時間に直すのは……、計算が面倒だからやめておこう。あと二年で、この人にオレを好きになってもらおう。二年後、断れなくなるように。
「で、立香。貴様のコーヒーは牛乳と砂糖でよかったか?」
「ありがとうございます。お願いします」
望みはあると思う。この十年で、この人が嫌いな人間相手に面倒を見たり優しくしたり甘やかしたり好みを覚えたり、そんなことできる人間じゃないのは解ってる。少なくとも、嫌われてはいない。望みはある。はずだ。
「オレ、頑張りますね」
腕を掴んで顔を上げる。見下ろす目はオレが何を言っているのか解らないのか、不思議そうにオレを映していた。顔が近い。背伸びをしたら触れそうだ。
「……おうさm」
チャンスかな、と思ったので背伸びをしてみたんだけど、オレの口が触ったのはやわらかい唇じゃなくて手のひらだった。無念。あ、でも手のひらやわらかいなこの人。
「ー!」
「四千年早いわ、ばかもの」
「あだっ」
塞がれた口で文句を言ったらデコピンされて、さっさと離れられてしまった。デコが痛い。
「まったく、油断も隙もない……」
キッチンへ向かった彼は、ぶつぶつ言いながらオレのコーヒーを用意してくれているので、怒ったりはしていないみたいだ。やっぱり、望みはある。それに、時間もある。オレはあんまり気が長いってわけじゃないけど、別に二年じゃなくてもいい……よくないけど、二年でどうにかならなくったってその先もまだあるんだ。離れるつもりなんてない。
「……なにを気味の悪い顔をしている……疾く皿を出さぬか」
「はーい」
家に入れてくれる。勉強を教えてくれる。美味いお菓子を用意してくれる。抱き締めさせてくれる。好みを覚えてくれている。充分嬉しいけど、これで満足してはいけないのだ。年上の幼馴染から年上の恋人、になってもらわないと。ゆくゆくはお嫁さんだ。
「ふっふっふ……」
「いや、本当に気持ちが悪いな貴様……どうした、変なものでも拾って食ったのか」
「失礼な。決意を新たにしてるんですよ」
「またわけの解らぬことを……」
「王様には解んなくていいんですよーだ。あ、コーヒーありがとうございます」
怪訝な顔で差し出されたコーヒーは、牛乳多めでおいしいことを知っている。これから出されるお菓子(ケーキらしい)もきっとおいしいんだろう。
切り分けられたパウンドケーキの乗った皿と、カフェラテの入ったマグカップを、細かく模様が彫られた重たそうな分厚いテーブルに並べて置き、向い合って座る。
「いただきます」
「我からの下賜だ。拝受の喜びを噛み締めながら食するがよい」
「いつもありがとうございます」
食パンみたいな形のケーキを適当なサイズにフォークで切って食べる。ふわっと広がるバターの匂いと、ほんのりとした上品な甘み。おいしいし、なんか懐かしい気がした。初めて食べるはずなんだけどな。
「美味いか?」
「美味いです。何枚でもいけそう」
「まだ残っているからな。夕食が入る程度であれば好きなだけ食べてゆけ」
綺麗な所作で一口サイズのケーキを口に運ぶ姿は、とても絵になる。目が伏せられるから長い金色の睫毛が瞳にかかって、イチゴみたいな赤い眼が少しぼやけるのも綺麗だ。睫毛、眼鏡のレンズに当たりそう。
今日一日の出来事を報告するみたいに話しながら、優しい味のケーキを食べて、ほとんど牛乳でできたカフェラテを飲む。おいしい。コーヒーなんて普段飲まないけど、この人が作ってくれるコーヒーは好きだ。いつからオレの分まで作ってくれるようになったのか覚えてないけど、オレに合わせて作ってくれたコーヒーなんだから好きじゃないわけがない。これから先もコーヒーはこのコーヒーだけが好きなんだろう。毎日コーヒーを淹れてください、ってプロポーズみたいだな。今度使おう。
これから先も、この人のそばにいたい。いさせてほしい。離れたくない。離したくない。
「…………どうした」
フォークを持つ手を両手で上から押さえるように掴む。テーブルの反対側が遠かったから完全にテーブルに突っ伏して、突然話を中断させたオレを怪訝な目で見るその人は、「やらぬぞ」とか、かわいいことを言っている。
「好きです、王様」
「なんだ、藪から棒に……」
振り払われないのをいいことにぎゅうぎゅう手を握って、顔を上げる。呆れたような顔で見下ろす彼と目があった。
「オレ、王様のこと大好きですからね。絶対離しませんから」
痛いかな、と思うくらいの力で手を握り締めるオレを見ている眼が一瞬少しだけ見開かれた。驚いたような顔。そんな驚くようなことは言ってないから見間違いかもしれない。まるい赤色の瞳がおいしそうだなあ、とか、そんなことを考える。
「――……貴様は、本当に…………」
「?」
溜め息と共に吐き出された声が、なんだか苦しそうに聞こえて、見上げる先のきれいな顔が泣きそうに見えた。
「――――」
がたん、と椅子が鳴る。行儀が悪いのは解ってるけどテーブルに乗り上げて、手のひらで頬に触れる。さっきと逆の高さになった目線を絡ませたまま顔を寄せて、
「――…………なんででふか」
「千年早いと言ったであろう、ばかもの」
また手のひらに邪魔された。手のひらやわらかい。
ちぇーと唇を尖らせながら離れて椅子に戻る。座り直して改めて見た時にはもう泣きそうな顔なんかしてなかった。でも、見間違いじゃないと思う。泣き顔見たことないと思ってたけど、ちょっと見たいかもとか思ってたけど、あんな顔されるより笑ってた方がいいな、やっぱ。
「おかわりください」
「行動に一貫性がなさすぎるぞ、立香……」
とかなんとか言いながら、皿を受け取ってくれるんだから本当にかわいい人だなと思う。呆れたような笑顔だけど、笑ってくれたのでほっとする。あれはもう言わない方がいいのだろうか。紛れもない本心だから、知っておいてほしいけど。
(でも、押しつけはよくないよな)
言葉にしないと伝わらないことは多いけど、言葉にしなくても伝わることもたぶんある。言わなくても、離れなきゃいいんだし。
(恋って難しい)
難しいけど、好きな人のことを考えるのは楽しい。笑っていてもらうにはどうしたらいいか、考えないと。とりあえず、テスト終わったらデートだ。ん?これだとオレが楽しいだけになっちゃうか。他に行きたいとことかあるかな。オレはどこでも、二人で行くなら楽しい自信あるけど。
「王様ー、さっきのクレープ屋の話ですけど……」
切り分けたケーキを皿へ乗せている彼へ呼びかける。メガネのレンズ越しにこちらを見る目に笑えば、意味もないのに笑い返してくれた。きれい。かわいい。やさしい。すき。
ああ、好きだなぁ。