王様を寝かしつける話▽ぐだおが王様を寝かしつける話です
▽ぐだキャスギル
ふと疑問に思った事がある。夜、立香は自室で眠る時、いつも隣に王がいる。ベッドは一台しかないし当然のように一緒に寝ているのだが、いざ眠ろうという時いつも決まって立香が先に寝、朝は立香の方が後から目が覚めているような気がするのだ。まあ立香は寝つきは良い方ではあるし、英霊が睡眠を必要としない事も知っている。だが、彼も寝ている筈ではあるのだ。朝そこはかとなく眠そうにしている事もあるし、寝ているのか、と聞いた時には寝ている、と言われた。下らない嘘はついても意味がない。という事は寝ている筈なのだが、寝ているところをついぞ見た事がないのだ。
前置きが長くなったが、要するに立香はギルガメッシュが寝ているところを見たいと思っていた。あの美しい顔が眼を閉じて、安らかに眠っているところを間近で見たいのだ。別の意味で安らかに眠っているところは見た事があるが、あれが最後の記憶になるのはあまりにもむごい。あわよくば寝ているところを眺めたいし、目を覚ましてぼんやりしているところも見たい。しかし立香の寝つきは異常に良い。ギリギリの状況で寝る事に慣れすぎてしまったのか、あのやわらかな布団に包まれれば一瞬で夢の中だ。傍らにギルガメッシュがいる事にも安心してしまう。抱き締めて眠気に抗わず眠る事のなんと心地よい事か。しかしギルガメッシュの寝顔が見たい。
「――というわけで、王様さっさと寝てください。あわよくばオレの見てるところで寝てください」
「はあ…また急に何を言い出すかと思えば……」
立香の言い分を聞いたギルガメッシュは額に手を当てて呆れ返った溜息をつく。
「その行為にいったい何の意味があると言うのだ 寝顔など眺めても、何も面白くもないであろう」
「王様はオレの寝顔いつも見てるんでしょう 楽しくないんですか?」
立香がすかさず言い返せば、うぐ、とギルガメッシュが言葉に詰まる。という事は、それなりに楽しんでいる。立香の寝顔の間抜けさを。抱き枕にされても叩き起こさない程度には。
「先に寝てください。オレは見てますから。今日という今日は絶対に起きて見てますから」
「だからそれは立香に何の得があると言うのだ 寝顔など見ても詰まらぬだろう」
「だから、王様も詰まらないのに眺めてるんですか?」
「ぬぅ…………貴様の間抜け面を見るのはなかなか愉快ではあるが……」
やはり愉しんでいるらしい。そりゃイケメンでもなんでもない凡顔の自分が寝ている顔なんて、面白い以外にないだろう。いや、愉しんでくれてるならそれはそれでいいんだけど。
「王様、一晩中起きてるわけでもないんですよね じゃあ寝ましょう。今すぐ寝ましょう。オレ今ちょっと眠いので、なるべく早めに寝ましょう」
「立香よ……薄々解ってはいたが、貴様存外物好きよな……」
渋るギルガメッシュにフンスと鼻息を荒くする立香は本気である。今日こそはギルガメッシュの寝顔を間近で見るのだ、という確固たる意志が感じられる。
「どうしても眠らないなら、奥の手を使います」
「おい待て、貴様、その奥の手と言うのは、」
す、と立香が赤い模様の刻まれた右手を持ち上げる。その仕草を、つい最近もギルガメッシュは見ている。嫌な予感しかしない。
「待てりつ、」
「――令呪を以て命ずる! ギルガメッシュ王は、今すぐベッドで眠るように!」
「……! っ、貴様……! このバカ立香、令呪の無駄遣いにも程があろう!」
「いいんです、もうすぐ零時なので回復しますから」
「ぐっ」
本人の意志とは明らかに矛盾した動きでギルガメッシュはベッドに近づく。具体的に言うとこちらを、前を向いたまま後ろに歩いて。そして、ぎぎぎ、と機械音でも聞こえてきそうなぎこちない動きで(抵抗しているのだろう)ふかふかの布団に潜り込んだ。それを見届けた立香も、いそいそとその隣へ横たわる。
「くそ……なんという無駄遣い……」
「だから、もうすぐ回復しますから気にしないでください。王様の魔力も回復するでしょ?」
「たわけ……減っておらぬわ……」
抵抗する美貌が、立香の目の前でとろんと蕩けた。明らかに眠そうだ。耐えているようではあるが、令呪を使っているので抗いようもない。この命令は聞いたらしい。あながち眠りたくないわけでもないのか。そりゃまあ、一応寝てるもんな。
金の睫毛で縁取られた瞼が、真紅を覆ってはゆっくりと開かれる。瞬きすらひどく鈍い。目の前で眠ろうとしているギルガメッシュを見、立香の顔が満足気ににやける。それを途切れ途切れに見たギルガメッシュの顔が顰められた。さあ、存分に眠るがいい。
「りつか……、きさま……おぼえて……おれ……よ………………」
語尾にいくにつれ呂律が怪しくなるギルガメッシュの、透き通るような金糸を撫でる。やがて瞬きをする回数が減り、す、と息を吸ったかと思えば長い睫毛の並んだ瞼が真紅を完全に覆い隠して無言になり、深く息を吐いたのを最後に、薄く唇を開いたまま完全に沈黙した。数秒すれば、すう、すう、と穏やかな寝息が聞こえだす。唇を僅かに開いたまま、完全に眠ったようだ。
神々の創り出した完璧な造形美を持つ王が、目の前で無防備な姿を晒している、その事実に立香の胸が高鳴る。やはり眠っているところもうつくしかった。ものすごく高価な人形みたいだ。けれど生きている。頬を触れば温かいし、皮膚は滑らかで柔らかい。呼吸だってしているし、呼吸に合わせて鮮やかな紫の模様が浮かび上がる剥き出しの肩が、ゆっくりと上下している。眠っている。愛しい人が、ギルガメッシュが、目の前で眠っている。頭を撫でようが、やわらかな唇に指先で触れようが、目を覚ます気配はない。こんな無防備は姿を、自分にだけに晒しているという事実に、紛れもない興奮を覚えた。もしかしたらギルガメッシュもそう思っていたのだろうか。自分の寝顔がこんなに美しくないのは確かだが、眺めては何かを思っていたのだろうか。なんて。
どうしても先に寝てしまう立香は、なんとしてでも、令呪を使ってでもこの姿が見たかった。寝息を感じながら額に口づけ、脱力して横たわる身体へそっと腕を回す。瞬きをしても、間近で穏やかに眠るギルガメッシュが目を覚ますことはない。愛しさと多幸感を感じながら、もっと見ていたい気持ちを抑え、惜しいと思いつつ眼を閉じる。一晩中でも眺めていたいが、悔しい事に自分の眠気もそろそろ限界だ。
独りきりの夜はあまりにも長過ぎる。少しでもそんな寂しい時間は減らしたかった。好きな人にはいつでも幸せでいてほしい。それで笑っていてくれたら最高だ。眠っている間は笑えないけど、穏やかで安らかな時間ではあるだろう。それもまた、幸せだと立香は思う。
「おやすみなさい、王様」
だからどうか、その安らかな眠りが、朝まで続きますように。