お忍びデート▽ワンドロで「お忍びデート」がお題の日に書きました(多分)
▽ベガス辺りの話
▽王様がラムダのペンギンパーカーを着ていますが女装ではありません
▽ぐだおはアロハだと思う(多分)
▽ぐだキャスギル
装飾も豪華なロビーにぽつんと佇む、華奢な後ろ姿。大きなフードをかぶり、ラッパのように広がる袖で指先まで隠しただぼだぼのパーカー。後ろから見れば真っ黒だが、あれは前から見るとペンギンに似ていてとても可愛らしい。ペンギンではないと本人は強く主張するけれど。
「メル……じゃなかった、ラムダー、こんなとこ……ろ、で、なに…………?」
間違うはずのない特徴的な服装のラムダリリスに話しかけるつもりで歩み寄った立香は、近づくにつれ何かがおかしいことに気づく。まず、思ったよりラムダリリスは遠くにいた。小柄な彼女があの大きさに見えるのだからこのくらいの距離だろう、と思った距離よりも遠くにその後ろ姿はある。そして、更に近づいて確信する。あれはラムダリリスではない。どう見ても背が高すぎる。
「――ん? なんだ、どうした? そんな間抜け面を晒して。……あ、いや、すまぬ。間抜けた顔はいつものことであったな」
振り向いて立香を見下ろしたのは、見覚えのある――ありすぎる美貌、を黒いサングラスで隠した神代の王だった。
「なっ、な、なな、な、なんでメルトの服を王さ――むぐっ」
「声を抑えぬかたわけ。それに我は王ではないと何度言えば解る」
袖から伸びてきた手に口を覆われ、立香は人差し指を向けたまま目を白黒させるしかできない。顔の半分ほどがサングラスに隠れてはいるが、間違いなくギルガメッシュその人だ。王ではない、というのは去年作った設定だったはずなのだが、今年も引っ張るつもりでいるのも本人であると裏付けている。
「――お……ゴージャスPがまだその設定なのは解りましたけど……、そのパーカーはどうしたんですか……?」
口を解放された立香は改めて正面からギルガメッシュを見る。彼が上着にしているのは夏の間着ている藍色のシャツではなく、やはりラムダリリスが愛用しているペンギンパーカーで、ギルガメッシュの金髪を覆うフードにはちゃんと黄色い嘴が庇のように生えているし、虚無を見つめるような黒い目玉もプリントされている。青い大きなリボンがないのがデザイン上唯一の違いか。大きさもギルガメッシュの体軀にあわせられているようで、細身とは言えラムダリリスと比べるべくもないギルガメッシュでも、肩が覗き全体的にダボついている。そういえばラムダリリスはパーカーの下は水着だから生脚だったけれど、ギルガメッシュはどうなのだろう。
「…………穿いてる……」
パーカーが尻まで覆う長さなのは変わらなかったが、その下は夏服と同じ白っぽいパンツだった。さすがにラムダリリスのような過激な格好でないことに安心したような、けれどそこはかとなく残念なような気持ちになるのは仕方ない、ということにしておいてほしい。
「なんだ、我の脚など見飽きるほど見ているだろう?」
「飽きるわけないじゃないですか。…………じゃなくて! 服! なんなんですかその格好! サングラスも!」
「これか?」
カチャ、とフレームに爪の当たる音をさせて、ギルガメッシュが顔を隠すサングラスを持ち上げる。黒いグラスの下から現れたのは見覚えのありすぎる真紅の瞳。
「我も顔が知られている。これではおちおち出歩くこともままならん。何かよい変装がないかと思案していた時に、あのプリマめがこれならば正体がバレることはないと言うのでな。そこまで言うのであれば我自らが試してやろうではないか、と」
「は? え? はい? ん? うん? え? なんで???」
ギルガメッシュがつらつら語る説明を、立香の脳は上手く処理できない。いつの間に服の貸し借りするほど仲良くなったんだろうこの二人は、とか、なんで変装しないといけないのかとか、どこへ行くつもりなのか、とか。
「おうさ……ゴージャスP、これからどこかへ出かけるんですか?」
「ようやくあの秘書の目を欺……ではなく、時間ができた故な。これはそのための変装よ。オーナーが遊んでいると噂になれば我がホテルの株価が暴落しかねん。そうなれば熱心な秘書が何と言うか……」
チャ、とサングラスを戻す。今年の秘書は蘭陵王だ。祭司長のよう、と言っていたからどんな仕事ぶりなのかはだいたい予想がつく。遊ぶのはまあまあ許しても経営に響くのは許されないだろう。というか。
「遊ぶ?」
立香は首をひねる。一応はバカンスだというのに、相変わらずホテル経営だのカジノ経営だの、オーナー業に精を出すギルガメッシュが遊んでいるところなど見ていない。立香の方は一応の決着がついて余裕ができたというのに、二人で過ごす時間もほとんどないのだ。
「ん? どうした。予定があるならキャンセル、もしくは延期せよ。我も暇ではない。次がいつになるのか解らぬ故な」
「え?」
「予定はないのか? ならば行くぞ」
「行くって……わぶっ」
事情を把握できていない立香を置いて話を進めるギルガメッシュが、立香に何かを思い切り被せる。視界を暗くし、髪を押さえつけるそれに両手で触れると、ツバのついたキャップ型の帽子だった。視界を確保するためにツバの位置を調整する立香を見て満足気に頷いたギルガメッシュは、踵を返し歩き始める。その先は外へ続く正面玄関だ。
「ま、待っ、待ってください王様、行くってどこへ、」
何がどうなってどうするつもりなのかどこへ行こうとしているのか何も解らないが、立香を伴ってどこかへ行こうとしているのは解る。慌てて後を追いかけ隣へ並ぶ。
「ここをどこだと思っている? 立香。眠らぬ街ラスベガスだぞ? 夜遊びに決まっているだろう」
「よ、夜遊び……?」
ああ、それで噂がどうとか……。ここへきて夜遊びとは、働き詰めで遂に限界がきたんだろうか。働き詰めだったもんなあ。
「なにを生暖かい目をしている。働き詰めで限界がきたというわけではないのだぞ」
「……」
「…………」
「なるほどなのだぞ」
「まだ何も言っておらぬわ」
懐かしいやりとりを思い出して先手を打った立香は、恐らく同じことを思い出しているのであろうギルガメッシュの口許が笑うのを見て目を細める。疲れた時に連れ立って外に出ようと思う相手が自分であるのは嬉しい。どんな形であれ、頼られるのはとても喜ばしい。並んで歩きながら満ち足りた気分で頬を緩める立香を、サングラス越しに見たギルガメッシュは、ふ、と笑う。
「これをただの夜遊びと思ったら大間違いだぞ? 立香」
「え?」
心の内を見透かしたような言葉に、立香はツバを持ち上げてギルガメッシュを仰ぎ見る。サングラスの端から覗く鮮やかな赤色が、立香を見て笑っていた。
「一年ぶりの逢瀬だ。雑多に埋もれるような記憶になってはつまらんだろう?」
「――――」
そこでようやく立香は思い至る。なぜ立香が通る時間に、多忙であるはずのギルガメッシュが一人でロビーにいたのか。なぜ姿を隠す必要があるのか。なぜ、連れ立つ相手は立香でなければならなかったのか。
一歩大きく踏み出したギルガメッシュに、立香は遅れを取る。その間に立香を振り返ったギルガメッシュは、立香へ右手を差し出した。サングラスをしていても解る、うつくしい相貌に笑みが浮かんでいた。
「存分に遊ぶぞ、立香」
「――はい!」
伸ばされた手を迷わず取る。そのままぎゅう、と握れば握り返されて、そんな当たり前のことに、それが当たり前のことになっていて、叫びだしたいくらいに嬉しい。嬉しさで破裂しそうだ。ちらりと横目で盗み見たギルガメッシュも、どことなく嬉しそうな、楽しそうな顔をしていたから、いよいよ破裂しそうな気分になった。
ネオン煌めく街へ、二人並んで潜り込む。目的地はどこでもよかった。二人でなら、どこでも、どこまでも。