翌日の話▽「前日の話」の翌日の話
▽イチャイチャしてるだけ
▽ぐだキャスギル
着替えずに寝てしまった、と立香は朝から頭を抱えた。昨日は周回で疲労困憊し、部屋に戻るなりベッドへ倒れ込んでそのまま寝てしまったのだ。いつ寝たのかも定かではない。いつもならシャワーでも浴びて、着替えてから眠るのに。それらをすっ飛ばす程に昨日は疲れていた。
(仕方ない、今日は別の礼装で行こう……)
くしゃくしゃになったシャツを脱ごうとして、ふと気づく。どこからともなく、いい匂いがした。お香のような、花のような、嗅いだ事のあるような気のする匂い。その匂いは、汗臭くて然るべきの自分から漂ってくるようだった。
「……?」
襟を開いて嗅いでみる。少し汗臭い。じゃあどこから?と、あちこち嗅げば上着のあちこちから同じ匂いがする。中でもどうやら袖が一番強いようだった。
袖?
「――朝から落ち着きのない事よなぁ、立香」
背後から呆れたような声がする。振り向けば横たわったまま頬杖をつき、声の通りに呆れた表情をしたギルガメッシュがいた。そこでもう一度はたと気づく。
覚えがある筈だ。この匂いは、この人の。
「王様……オレ、昨日どうやって寝ました……?」
部屋へ戻った記憶はある。ベッドへ倒れ込んだ記憶も。そこにギルガメッシュがいて、何かを言われたような、言われなかったような、そこから先の記憶は曖昧だ。
「どうもこうも、部屋へ戻るなり譫言をぬかしたかと思えば我を抱いてそのまま寝たが?」
「うわ、マジですか……」
大マジよ、と立香の言葉を真似るギルガメッシュに鼻で笑われる。その身体に腕を回して寝たから、袖に匂いが移ったのだろう。
すん、ともう一度嗅いでみる。やはり、そうで間違いないだろう。いい匂いがする。
「この我を抱き枕にするなど…………何をしている、立香」
袖に鼻を押しつけている立香にギルガメッシュは怪訝な目を向ける。しかし今はそれより服である。どうしよう、この服、脱ぎたくない。
今までも匂いが移っていた事ならあった筈だが、なぜだか今日はその匂いが強く感じられる気がして、それがなんだか、この人がすぐ傍にいるような。
「…………いや、この服、王様の匂いがするから……脱ぐの勿体無いな、って……」
言えば気持ち悪がられるだろうか、とも思ったがつい口をついた。言いはしたがどちらにしろ、今日一日過ごすために着替えなければならないのだが。
「ほう。貴様の鼻は馬鹿ではないと見える」
気持ち悪がられるかと思ったのだが、ふん、と鼻で笑うギルガメッシュはどこか嬉しそうにも見える。なぜだかはさっぱり解らないが。だが嬉しそうに見えた。
「しかし汚れたまま過ごすわけにもいくまいよ。とっとと脱げ」
惜しい、と言ったのに、その惜しむ気持ちはあっさりと蹴飛ばされてしまう。言われた事は当たり前だし、自分でもそうしなければならないのは解っている。が、少しくらい惜しんでも。
「いや、脱ぐならついでにシャワーを……」
「我が脱げと言っている。疾く脱ぎ捨てよ」
眉間に皺が寄り、真紅がきゅ、と細められる。こうなっては言う事を聞くまで許してはくれないだろう。渋々上着を脱ぎ、床に落とす。インナーも脱ぐのか目で問えば当然と目で応えられる。はあ、と息を吐いてインナーも脱ぎ捨てた。
「これでいいですか?」
振り向いて問えば人差し指で近くへ招かれる。汗臭いと思うのでできればあまり近づきたくはないのだが、断るわけにもいかなかった。断ったところで聞き入れてはもらえないだろう。ベッドへ乗り上げて四つん這いで一歩近づくと、支えにしていた腕を強めに引かれる。バランスを崩した立香はギルガメッシュの上へ倒れ込んだ。咄嗟に受け身を取ったおかげで顔面からの激突は避けられた。が。
「王様 ちょっ……」
跳ね起きようとした立香の頭をギルガメッシュの腕が阻止する。頭だけをぐいぐい引き寄せられて、首が。慌ててずり上がれば引く力は立香がギルガメッシュの頭と並んでようやく緩む。皮膚同士が密着して、これは、思いっきり密着しているのですが。
「あ、あの……」
すり、と髪が耳に触れる感触がする。ぎゅうと抱き締められて身動きも取れない。確かにいつもの王の匂いはする。するのだが。
「こうすれば服などなくとも我の芳しい香気の恩恵に与れるであろう?」
ふふん、とさも名案のように耳元で言われる。
あーと叫び出したい気持ちを必死で抑えた。この人はもう、本当に、この人は、もう……
(シャワーも浴びづれえー)
立香の心の叫びなど聞こえていないギルガメッシュはぐりぐりと立香の肩に頭を押しつけ、立香の心をかき乱したかと思えば、
「…………しかし、本当に汗臭いな…………」
ぽつりと呟いた言葉でざっくりと心を抉っていくのだった。