天体観測▽南極カルデアの話です
▽ぐだキャスギル
窓の外は見慣れた吹雪ではなく、澄んでどこまでも見渡せそうな快晴だった。それを見たダ・ヴィンチに今日は天体観測にもってこいだ、と言われた立香は、自室――と言っても立香の部屋である――で休んでいたギルガメッシュを半ば無理やり引きずって外へ出た。
「――すごい……」
呟いた立香の吐く息は白く曇り、弱い風に流されて散っていく。防寒着を着込んではいるが、それでもその装備を貫通してくる寒さである。しかし、見上げた夜空は満天と呼ぶのも生ぬるいほどに星で埋め尽くされていて、寒さも忘れてしまえそうだった。
「どうしても我に見せたいものがあると貴様が言うから、仕方なくついて来てみれば……立香、見せたいものとはコレか?」
隣よりやや後ろ、立香に無理やり手を引かれて外へ出たまま、立香の後をついてきていたギルガメッシュを振り向く。いつもの服装はどう考えても寒いので、立香ほどではないが防寒着を着せられたギルガメッシュはやや不服そうだ。もこもこに着膨れて、マフラーに口許を隠されているのは少し可愛らしくも見えるのだけど。
「はい。綺麗でしょう いつも吹雪で滅多に見れませんから」
「バカ者。我がウルクのソラを舐めるなよ 星など見飽きるほど――」
呆れたようなギルガメッシュの言葉は「でも」と遮られる。
「でも、オレと見るのは初めてでしょう?」
「――」
ギルガメッシュを見上げて笑う立香の深く澄んだ蒼い瞳は、夜空の星々を落とし込んだかのようにキラキラ輝いていた。それで一瞬反応が遅れたギルガメッシュの手を立香は取る。冷えた手と冷えた手が重なる。手袋をしてくればよかったのだが、手をつなぐために置いてきてしまった。こうしていれば少しは暖まりはしないだろうか。
「なんかこうして見てると、自分がすっげえ小さく思えませんか?」
「は。我を誰だと思っているのだ貴様は。至高の王ギルガメッシュだぞ? 星屑ごときで翳る威光ではないわ」
立香を鼻で笑いつつそう言いながらも、ソラを見上げたギルガメッシュに立香は大層嬉しそうに微笑う。手をつないで隣に立つのは、約四千年前を生き抜いたヒトだ。普通に生きていれば絶対に出逢わなかったヒト。同じ時代、同じ時間、同じソラを見ることができるのはほとんど奇蹟だ。そのことを噛み締めながら、悼む手でひんやりと冷たい手を握り締める。
「また見ましょうね、星」
「それは断れぬ誘いであろう 貴様はこういう時ばかり強引だからな」
「自覚はあります」
はは、と笑った息が白く煙り、風に流れて散り散りに溶ける。それはギルガメッシュも同じで、正確にはもう生きてはいない彼が確かにそこに在る証左のように思えて、苦しいようなあたたかいような感情に満たされる。
「見ましょう。絶対に。ふたりで」
「…………貴様次第だな。精々足掻けよ、立香」
ぽす、と防寒着で着膨れた肩同士が触れあう。宝石箱のような星々から隣へ視線を移せば、立香を見下ろす真っ赤な宝石と目があった。微笑むように、弧を描く鮮やかな真紅。
「もちろん。王様を退屈させたりはしませんよ」
「言ったな? この我を期待させるのだから、期待通りでは許さぬぞ?」
「解ってますとも」
期待以上、できればそれ以上、予想もしてないような奇蹟を。背伸びをした立香はマフラーに隠れるギルガメッシュの唇へ触れるだけのキスをして、額を合わせて間近の瞳を覗き込む。どちらからともなく笑いだし戯れるように二度三度キスをして、立香はほんの少し体温を取り戻した手で、同じ温度の手を強く握り締めた。