貴方の人生最後まで自分で言うのも何だが、人間関係は上手くこなして来た方だと思う。うっかり背後から刺されたりしない程度に人々の好感度を稼ぎ、老若男女、種族問わず程よいお付き合いをしてきた。その中にはカブルーを独占したいと密かに思うものもいただろうが、カブルーの立ち回りの上手さがその欲求を行動に移させることはなかった。つまり、カブルーは今まで特定の誰かに束縛されることなく、自由を満喫していた訳である。
「お前にも仕事があるだろうが、出来る限り女と二人きりにはなるな」
「帰りが遅くなりそうなら必ず使い魔で連絡しろ」
「誰かと飲みに行くなら事前に報告するように」
その自由はほんの数か月前まで、という注釈はつくが。カブルーは現在種族も違えば年の差もあるエルフとお付き合いしている。正直に言うとカブルーが若さと勢いに任せてミスルンに告白を頷かせたような形で交際を始めた。欲求の失ったミスルンが他者に恋愛感情を再び抱けるのかと懸念はあったが、そこはカブルーは自身の寿命をかけた長期戦に挑むつもりだった。何十年かかろうともこの人に好きだと言わせてみせると、カブルーはミスルンと恋人になった時に決心した。そう、決心したのだ。
先程の台詞は全てミスルンが発したものである。彼は付き合い初めてから自身の欲求を素直に表すようになった。それは大変喜ばしいことだ。彼に新たな欲求が生まれたのは、カブルーにとっても嬉しい。だけれどもその欲求の方向性が少々おかしい。何故かカブルーを束縛するような方向性の欲望ばかりを伝えてくる。恋人同士だというのならおかしくないかもしれないが、彼に自身に対する好意はないはずだ。だって、カブルーはミスルンに好きだと言われたことなど一度もない。それらしき甘い言葉すらもなく、いつもカブルーの愛の言葉にこくりと頷くだけなのだ。
だから、分からないことは素直に聞いてみることにした。
「最近のミスルンさんのお願いについて質問があります」
「なんだ。別れたいのか?」
「別れ話じゃありませんよ!」
ミスルンの黒い瞳がカブルーを見つめる。ミスルンは感情の見えない表情のまま、カブルーの顎に手を添えた。
「お前に伝えたのはまだ序の口のお願いだ。私の執着は重いうえに見苦しいことこの上ない。別れたいのなら早めがいいぞ」
「ちょっと待ってください」
彼の言葉がカブルーの脳みそに染み渡る。まるで、ミスルンがカブルーのことを大好きみたいじゃないか。彼の顔からは相変わらずカブルーに対する好意は見当たらない。何なら今はガンを飛ばしてきている。けれども、顎に添えられた手が僅かに震えているのを感じて、カブルーはすとんと理解した。ミスルンは、ちゃんとカブルーを愛してくれているのだ。別れ話をされると思うと手が震えるぐらいには。
彼の手の上に自分の手を添えて握りしめる。そして足を一歩踏み出して彼との距離を縮めた。
「ミスルンさん、俺のこと好きですよね」
「分からない」
「好きだから束縛したいんじゃないですか」
その言葉を聞いてミスルンは黙り込む。そしてカブルーにとっては長く感じるほどの数拍を置いて、口を開いた。
「好きかは分からないが、今の私はお前に執着していると思う。お前の一挙一動が気になって仕方がない」
少し困ったような声色だった。自分の何倍も長く生きている彼が、自分の中で新たに生まれた欲求を持て余している。そのことに舌先がじんと痺れる心地がした。
「それは俺のことが好きだからですよ」
彼に生まれた欲求と自身への好意を紐づけるために優しく、けれども追い詰めるような口調ではっきりと断定した。その言葉を聞いてミスルンはぱちりと大きく目を見開き、それから花が綻ぶような笑みを見せた。
「そうか」
「それでですね、よければ俺のこと好きだと言って欲しいんですけれど」
情けないお願いだとは分かっているが、恋人になってから一度もそれらしき言葉を聞いていないのだ。折角彼が思いを認めてくれたのだから、良い思いをしたっていいだろう。カブルーの懇願にミスルンは逡巡しながら口を開いた。
「……出来る限り長生きをしろ。私の人生を少しでも長くお前で埋めて欲しい」
期待していた愛の言葉ではなかったが、彼の言葉は雄弁にカブルーへの愛を語っていた。だから、カブルーはミスルンを力いっぱい抱きしめて、その愛の言葉に元気よく返事をした。
「百歳まで長生きしてやりますからね!」
ミスルンは、嬉しそうにうんと頷いた。