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    Dk6G6

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    Dk6G6

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    フレキがカブミスに巻き込まれる話

    恋路に人を巻き込むな!自分の上司のラブシーンなんて見たいやつがいるか?
     いたとしたらソイツはとんだド変態だ。そしてフレキは薬中だが、変態ではない。なので今遭遇している場面への正直な反応は、オエー、だ。

    「カブルー……」

     自身の身元を引き受け、今は直属の上司となっているミスルンが短命種の男に迫っている。確か迷宮調査中に隊長の世話を暫く見ていたカブルーとかいう男だ。まだ三十にもなっていない赤ちゃんも同然の男の首に我らが元カナリア隊長は手を回し、今にも唇が触れ合いそうなほどに顔を近づけている。まさか隊長がオッタと同類のショタコンになるとは思ってもなかったな、と現実逃避気味な思考が頭を過ぎった。

    「ちょっとミスルンさん、一旦ストップです!」
    「ああ、お気になさらず。どうぞお二人さんで楽しんでくれ」

     ばちりと目が合ったカブルーが焦ったようにミスルンの唇に手を当てたと同時にフレキは部屋の扉を勢いよく閉めた。そもそもフレキがミスルンの部屋にノックもなしに入ったのが今回の事故の原因だ。生真面目パッタドルと比べてミスルンは無礼な態度を取っても気にすることはない。面倒なお作法とか礼儀を気にしないミスルンの態度をフレキは気に入っていた。とはいえ、流石にノックぐらいはすべきだった。そしたらミスルンが短命種の男に迫っているシーンなど見ずに済んだだろう。

    「まさかあの欲のない隊長がなあ」

     意外も意外だ。あの隊長が恋愛できるほど回復したのは喜ばしい。相手が短命種の男なのは予想外だったが。今度リシオンへの手紙に今回の件を書いてやろう。アイツなら「え~?マジで?」と言いながら爆笑してくれるだろう。少し機嫌良く歩きながら、そんなことを思った。
     この時のフレキはまさかリシオンに助けを求める手紙を長々と書くはめになるとは思いもよらなかった。

     その日からフレキの地獄は始まった。
     何って、ミスルンとカブルーがいちゃついている場面への遭遇率が急上昇したのだ。まずは言い訳をさせて欲しい。フレキはあの日からあらゆる扉をノックしてから入るようになったし、カブルーが屋敷を訪ねてきた日は極力ミスルンの部屋周辺に近づかない努力すらしている。なのに、二人が良い雰囲気になっているところに偶然出くわしてしまうのだ。

    「何でだよっ!?」

     一昨日は腹が減ったからとふらりと寄った食堂で二人が食事をしているのを偶然見かけた。タダ飯の恩恵に預かれないかと近寄った瞬間、カブルーがミスルンの口の端に付いていた食べかすを取り、甘く微笑むシーンを目撃してしまった。隊長も満更ではなさそうに礼を言うところを見て、一瞬でフレキの食欲は失せた。甘い空気で胃もたれしたような気分になりながら、その日はこっそりと食堂から退散した。

     昨日は貴重な休みが貰えたので薬でもキメながらゆっくりするかと薬の買い足しに出かけたら、二人が手を繋いで出かけてるところに出くわしてしまった。恋人繋ぎのまま市場で買い物をするお二人さんを見てフレキは気まずさから逃げ出そうとしたが、うっかりミスルンと目が合ってしまった。社会常識などクソくらえとは常に思っているが、このまま無視して逃げ出すのもどうにも気まずい。仕方なく頭を下げて媚びへつらうような笑みを浮かべた。

    「へ、へへ、これは隊長。こんなとこで会うとは偶然ですな」
    「何ですかその喋り方」

     カブルーの返答に小さく舌打ちをしてどうにか穏便にこの場を切り抜ける方法を考える。うっかり薬の買い足しに来たなどバレたらミスルンはともかくこの男は煩いだろう。何なら治安のためと理由をつけて貴重な薬の購入場所を取り押さえられてしまうかもしれない。そうなったらフレキは死ぬ。精神的に。
     この二人と穏便に別れるためにフレキは適当に二人を揶揄うことにした。そうしたらこの男が恥ずかしさからさっさとこの場から逃げ出すだろう。我ながら良い作戦だ。

    「街中で手を繋いでデートとはお熱いね。隊長も若い彼氏を作るなんてやるじゃん。どこに惚れたんだよ~」

     ひゅうと口笛でも吹くようにして囃し立てるとカブルーは照れたように頭を掻いた。よし、これでこの男が「行きましょう、ミスルンさん」とか言って隊長を引っ張っていってくれるだろう。そんな期待に反してカブルーよりも早くミスルンの方が口を開いた。

    「私を見つめる眼差しが好きだ」
    「へ?」
    「あと私より一回り大きい手も好ましく思っている。その手で触られると心臓の鼓動が早くなる」
    「ミスルンさん!?」
    「どこに惚れたかは分からない。けれども気が付いた時にはカブルーの好きなところが沢山増えていた」

     淡々とカブルーのどこに好意を感じるか伝えてくるミスルンを二人して唖然とした目つきで見る。そしてフレキよりも早くカブルーが正気を取り戻し、ミスルンの手を引っ張ってどこかに連れて行ってしまった。フレキの作戦通り、二人をこの場から退散させることには成功した訳だ。それに伴った疲労感は半端ないが。

    「の、惚気られた……!」

     何ならいちゃつく出しにされた気がする。きっと今頃二人はこの話題で更に熱い休日を過ごしていることだろう。話題を振ったのはフレキからとはいえ、この仕打ちはないだろう。この微妙な気持ちをどこにやったらいいか分からず、結局フレキは薬を買いに行くのを取りやめ、家でふて寝することにしたのだった。それが昨日の全容である。最悪だ。

    「勘弁してくれよ……」

     そして今。

    「ん、カブルー……」

     最悪を現在進行形で更新し続けている。上司の喘ぎ声をこれ以上聞いていたくなくて、フレキは自身の長い耳を手で覆った。
     こんな状況に陥ったのは理由がある。フレキが二人の情交にこっそり聞き耳を立てているとかでは断じてない。ただ、小腹が減ったからこっそり食料保管室に忍び込み、適当に高級そうなハムやらチーズをかっぱらっただけなのだ。流石に他の使用人に見つかったら不味いので、こそこそとそれらを抱えて部屋へと移動していたところ、人の気配を感じたので慌てて目の前の物置部屋に隠れた。ただそれだけだ。まあ、自分に罪がないかと言われたら微妙なラインに立っているが、だからってこの状況はない。やってきた人物たちはなんとフレキが隠れている物置へと入ってきてしまった。更に悪いことにそこで人目憚らずいちゃつきはじめた。何でだよ、自室行けよ。その言葉が出かけたのを慌てて飲み込む。その人物たちとは言うまでもなくカブルーとミスルンである。物置の棚の影に隠れたためか、フレキの存在にお二人は気が付かなかったらしい。何なら部屋に入った途端おっぱじ始めたので、二人とも色々と限界な状況だったのかもしれない。けれどもそんな事情はフレキには関係ない。早く出ていけ。

    (助けてくれ!リシオン、シスヒス、オッタ……!何ならパッタドルでもいいから!)

     耳を塞いでいても長い耳は過敏に部屋の音を拾ってしまう。衣擦れの音とミスルンの甘い声、余裕のなさそうな二人分の荒い息。キッツ~~~~!とフレキは思った。いや、本当にキツイ。これなら捕まった時の尋問の方が百倍マシだ。上司のラブシーンをこのままここで聞き続けるなど堪えられない。こんな状況に陥るぐらいなら食料泥棒として怒られる方がまだよかった。何せミスルンはフレキよりも五十は年上の上司なのだ。トールマンからしたらエルフは皆美形で中性的に見えるらしいが、フレキから見たらミスルンは筋肉質な中年の男だ。そんな男がうんと年下の男にゾッコンになっていることを考えてもみて欲しい。辛いだろう。人の恋路にケチをつけるつもりはないし、隊長の新たな欲求だというなら応援したい気持ちはある。こうして巻き込まれていなければ適当なアドバイスをミスルンに吹き込んでカブルーを揶揄う余裕もあっただろう。

    (もう誰でもいいから助けてくれ!)

     ここまで状況が進んでしまっては素知らぬ顔で二人の前に顔を出すこともできない。フレキは様々な作戦を脳内で考え、ついには諦めた。もうフレキに出来ることは意識を飛ばし、この状況から逃避することだけだ。今この状況にこそ薬があれば良かったのにと思いながら、出来れば早く終わりますようにという祈りを込めて床に寝ころび、目を閉じた。

    「は……!」

     気が付くと部屋からは物音一つしなくなっていた。身体を起こしてみると二人の姿は既になくなっていたため、どうやらフレキは無事意識を飛ばすことに成功していたらしい。図太い性格で助かった。この部屋にはもう二度と入らないでおこうと決心して、フレキはコソコソとその部屋から離れた。

    「リシオンへ、今の状況はクソッタレです、と」

     その日の仕事を終え、日課のリシオンへの手紙を書く。普段ならあったことや隊長の様子を面白おかしく書くのだが、今日はとにかく愚痴と助けを求める文章が主だった。この場にリシオン達がまだいたら状況はマシだった。きっと皆で隊長とカブルーを揶揄いつつ面白おかしく日々を過ごせただろう。ちょっと感傷的な気分になったので、気を紛らわせるように髪を掻き混ぜる。そして大きく息を吐いた。

    「フレキ、聞きたいことがあるのだが」

     そして次の日。起きて早々、昨日気まずい場面を目撃したばかりのミスルンに声をかけられた。思わず顔が引きつる。昨日の隊長の喘ぎ声が頭の中でフラッシュバックしたのを慌てて打ち消した。ごほんと咳をして揉み手をしながら、腰を曲げてへりくだる。

    「何でしょう。へへ、私に答えられることなら何なりと」

     不信なフレキの態度を気にすることなくミスルンは言葉を続けた。

    「一般的なトールマンの男が喜ぶものとは何なのか教えて欲しい」
    「……それは、何の目的で?」
    「恋人への贈り物だ」

     いよいよ正面衝突してきやがった。今までは偶然巻き込まれるばかりだったが、今回は積極的にフレキを二人のラブラブ恋人生活に巻き込んでいくおつもりらしい。本当に勘弁してくれ。心中で舌を出しながら、ミスルンの要望を反芻する。

    「魔物じゃないかぎりあんたが寄越すものなら喜ぶだろ」

     そして答えを丸投げした。馬鹿馬鹿しいほど簡単な話だ。一般的なトールマンの好みなど知らなくてもあの男の好みならはっきり言える。この隊長だ。どういう訳かあの男は隊長に骨抜きらしいので、隊長からならば適当に寄越したものでも喜ぶだろう。割と自分でも的を射た答えだと思ったのだが、ミスルンは首を縦に振らなかった。その顔には微妙に気まずそうな色が乗っている。

    「どうしたんだよ隊長。もしかして既に贈り物をして微妙な反応返された?な~んて」
    「うん」
    「マジかよ」

     冗談で言ったつもりだったのだが、図星をついてしまったらしい。適当に返事をしてこの話題からさっさと逃げようと思っていたが、こうなると好奇心が勝ってしまう。勢いのままに口から疑問が滑り落ちた。

    「何贈ったらあのトールマンに嫌がられんだよ」
    「服を送った」

     服か。確かに好みが分かれるプレゼントだ。とはいえこれでも貴族のミスルンならそう仕立ての悪いものを贈ったりはしないだろう。そこでポンと頭に一つの可能性が浮かび上がった。もしそれを贈ったのならばトールマンの男が嫌がるのも頷ける。

    「もしかして、エルフの民族衣装を贈ったり?」

     無言のままにミスルンの首が縦に頷いた。そのことに耐え切れず、腹を抱えて爆笑する。これが笑わずにいられるか。トールマンの男にあの丈も短く布地も少ない民族衣装はキツイだろう。エルフの身体のラインが出る服は他種族から嫌がられやすいが、民族衣装は最たるものだ。細身で体毛も薄いエルフなら似合うが、他種族が着ると幼子でないかぎり大惨事となる。

    「最近暑いと言っていたので、あの服ならば涼しいと思ったんだが」
    「あー、エルフの下で育てられたなら着たことはあるかもしれないけどな」

     幼少期ならばと言葉を脳内で付け足す。無論エルフから見れば今のカブルーも子供同然なのだが、流石に体格の良い他種族の男が着たら愉快な状況になることは分かる。きっとカブルーはあからさまに嫌がる素振りを見せた訳ではないのだろうが、一瞬顔を引きつらせるぐらいの反応は見せたのだろう。ヒーヒーと必死に笑いを収めようと息を吸ったり吐いたりする。駄目だ、腹が痛い。

    「だからお前に聞こうと思った。お前は世俗のことに詳しいだろう」
    「まあ、お貴族様より多少はな」

     しょうがない。ここまで笑ってしまったお詫びにちょっとは真剣に答えるか。数拍置いて、ある考えが思い浮かんだ。そう、フレキが真面目に考えるより世間の知恵に頼ればいいのだ。部屋に戻り、適当な雑誌を引っ掴む。そしてミスルンの前にあるページを開いてみせた。
     そこには各種族ごとの好みや恋愛相談が載せられていた。分かりやすいぐらい世俗に塗れた雑誌だ。これなら隊長の要望にも応えられるだろう。昨日フレキが横になってお菓子を食べながら読んでいたため、開いたページからは菓子クズが零れ落ちた。それを手で払い、ミスルンへと手渡す。

    「隊長が普段読まない雑誌だろうけど、案外面白いことが書いてたりするぜ」

     それ読んで頑張んな、と隊長の背中を気安く叩いた。ミスルンはそのページを見つめたままこくりと頷く。

    「感謝する」
    「いいってことよ」

     そこで一つ良い案が浮かんだ。ここ最近フレキを悩ます事態を解決する方法だ。何なら最初からこうしておけばよかったのだ。

    「へへ、お礼の代わりに隊長に一つお願いがあるんですがね……」



    「今日はお前の家に泊まりたい」

     恋人からそう言われて嫌がる男はそういないだろう。カブルーは彼の柔い髪の上から頬に手を添えて、勿論と答えた。
     ミスルンと恋人となりそれなりの月日が過ぎたが、お付き合いは順調といってもよかった。欲求のない彼との関係に悩んだことがないとは言わないけれど、彼は徐々にカブルーへの好意を示すようになってくれたおかげでここ最近は悩むことも少なくなった。この間は自主的にカブルーへ贈り物までしてくれるほどになったのだ。それがエルフの民族衣装だった時は少々困ってしまったが。
     そんな感慨に浸るカブルーを他所にミスルンはどこからか連絡用妖精を取り出す。屋敷に泊まる旨を伝えるのかと黙って見守るつもりだった。次の彼の言葉を聞くまでは。

    「今日はカブルーの家でいちゃつくから屋敷には帰らない」
    「何言ってるんですか!?」
    『りょーかい!隊長マジであの雑誌に書いてあったこと実践すんの?』
    「そのつもりだ」
    『ウケる。じゃあ彼氏に存分に可愛がってもらいな~』
    「待ってください。何のことですか」
    『隊長が健気にもプレゼントは私作戦してくれんだってさ。精々楽しめよ』

     その言葉を最後に妖精からの連絡はぷつりと途絶えた。
     ……説明が欲しい。その一心で彼の顔を見たが、伝わらずに首を傾げられた。その仕草すら可愛いと思ってしまうのだから重症だ。

    「さっきの連絡はどういうことですか」

     彼の普段の語彙からは決して出ないであろう単語だった。いちゃつくって何だ。確かにこの後の予定を表すのなら正しいだろうが、それをフレキに伝える必要はないだろう。今日は屋敷に帰らないの一言で済むはずだ。

    「フレキがカブルーと時を過ごす時はその都度連絡して欲しいと」
    「いちゃつく云々は言わなくてもいいじゃないですか」
    「そう言えと言われた」

     絶対面白がられている。今度会ったらしっかり言っておかなくてはならない。彼の羞恥心は未だ薄いため、言われるがままの行動をしてしまうきらいがある。そこを付け込まれるのは恋人としては面白くない。

    「それで」

     恋人の声によって思考が中断される。ミスルンはカブルーの服の袖をくいっと引っ張りあげると、自身の胸元へと引き寄せた。カブルーの手のひらにとくとくと穏やかな鼓動の音が伝わってくる。

    「贈り物は受け取らないのか」

     贈り物。先ほどのフレキの言葉が頭の中を駆け巡る。プレゼントは私作戦。つまり、ミスルンがカブルーへの贈り物になるということで……

    「受け取ります」

     するりと考えるよりも早く言葉がこぼれ落ちた。しょうがない。だって、カブルーは恋人との蜜月を楽しむ若いトールマンの男なので。据え膳には遠慮などしないのだ。
     だから、カブルーは家に帰ってから恋人からの『贈り物』の包みを丁寧に開き、その中身を楽しんだ。



     翌日。

    「やっほー、隊長。彼氏は大喜びだっただろ」
    「うん」

     朝帰りの隊長に手を挙げて挨拶をする。昨日は随分とお楽しみだったようで何よりだ。巻き込んでこないのならばどうぞ好きにやってくれ。
     隊長に逐一連絡を入れてもらうように頼んでからは、フレキがうっかりお二人の恋人の時間に巻き込まれることはぐっと減った。事前に避けさえすれば何てことない。ミスルンの屋敷で二人が過ごそうとするならコソコソと逃げ出し、終わるころに帰ってくればいいのだ。それ以外の時でも徹底的に二人でいるところを避ければ問題はなかった。まあ、この解決策の問題点は否が応でもお二人の行動を把握する羽目になるということだが。
     新たな悩みを頭の中でこねくり回すフレキを他所に、こくりと頷いた隊長はごそごそと懐から何かを取り出した。どさどさと机の上に大量の雑誌が置かれる。どれもこれもこの間フレキが渡したような雑誌ばかりだ。

    「また相談にのって欲しい」

     その平坦な声からは、決して逃れられないような圧を感じた。

     数週間後、リシオンにフレキから大量の愚痴レターが届いた。その中身は隊長の恋愛脳をどうにかしてくれ!という愚痴が八割を占めていたらしい。
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    Dk6G6

    DOODLEカブルーがミスルンにマッサージするだけの話
    未来永劫、貴方だけ目と目が合った瞬間、カブルーは自分が幻覚を見ているのではないかと真っ先に思った。だから瞬きを何度かしてみたけれども視界の景色は全く変わらない。一度視線を逸らし、もう一度焦点を合わせてから見ても無駄だった。数メートル先ではいつも通り泰然とした様子のミスルンが立っている。これが城や街中ならカブルーはいつも通りにこやかに声をかけただろう。
     しかし、今の彼の立っている場所が場所だ。視界を少し上に向けると、彼が出てきた店の看板が堂々と掲げられている。マッサージ屋と謳われているそこは、いわゆる夜のお店だった。歓楽街の中心地に健全なマッサージ屋などそうあるものではない。それにマッサージ屋とは書かれていても、その店の外観に張られているポスターや雰囲気を見れば、通常のそれでないことは一目瞭然だろう。そんな店からミスルンが出てきた。幻覚を疑ってもしょうがない。だって、彼に性欲などないはずだ。通常の男の知り合いがこんな店から出てきたのならカブルーは相手の性格によって軽く揶揄ったり、逆に見なかったふりをする。知り合いに性を発散しているところを見られたら、誰であれ多少気まずさは生じるだろう。でも相手はミスルンだ。羞恥心もないし、性欲もない。
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