混ぜるな危険「カブルー、誕生日おめでとう!お祝いしにきた……よ……」
サプライズとばかりに意気揚々と扉を開けたミルシリルは、腕いっぱいに抱えていた贈り物を全て地面へと落としてしまった。それを拾うこともせず、自身の視界に広がる光景を茫然としながら眺めている。
愛しき我が子の祝いにきたはずなのに、カブルーの部屋の真ん中でミスルンがメイド服を着て突っ立っている。
ミルシリルはよろよろと立ち上がり、一度部屋から出て扉を閉めた。そして大きく跳ねた心臓を抑えるように胸に手を当てた。
「きっと長旅で疲れていたんだな……」
まさかミスルンがカブルーの家にいるばかりか、メイド服など着ているはずがない。きっと疲れから幻覚でも見てしまったんだろう。我ながら非常に悪趣味な幻覚だった。荒くなった息を深呼吸することで落ち着かせる。そして今度こそカブルーの誕生日を祝おうと息こんで、力強くドアノブを握りしめた。勢いをつけて再び扉を開く。
「久しいな、ミルシリル」
「何でお前がここにいるんだ!?その恰好は何のつもりだ!」
まさしく悪夢だった。かつての同僚がメイド服を着て、義理の息子の部屋で仁王立ちしている。
彼が着ているのは貴族の屋敷にいるようなメイドのものではなく、機能性など全くない短いスカートにフリルがたっぷりついたものだった。膝上のスカートがふわりと揺れ、ホワイトブリムが銀の髪の上に鎮座している。ただ可愛らしさだけを追求したメイド服は見た目だけならミルシリルの好みだ。子供たちや人形に着せたらさぞかし似合うことだろう。そう、子供や可愛らしいお人形なら。それをとっくに成人済みかつほぼ私と同年代の男が着たら大惨事だ。
「いや、本当に何のつもりなんだ……」
まじまじとミスルンの恰好を見ていると、怒りよりも何でこんな格好でカブルーの家に?という疑問が頭をもたげてきた。
カブルーとミスルンが知り合いなのは知っていた。カブルーからの手紙にミスルンと出会い、迷宮の謎を解く手助けをしてもらったと書かれていたから。その過程で彼がミスルンの介護をする羽目になったのは少々腹が立ったが、ミスルンが第二の人生を歩むことになったことには安堵したのだ。短命種と長命種という差はあれど、息子と彼が手を取り合い、良き友人となれたのなら。そう望んだことがないとは言い切れない。だが、あくまで望んでいたのは清き友人関係であって、メイド服姿で相手の家にいるようなアブノーマルな関係ではない!
「この恰好が気になるのか」
「気になるに決まっているだろう!」
ふむ、と自身の恰好を確認したミスルンは一切恥を感じていない威風堂々とした態度で頷いた。
「気にするな。お前には関係ないことだ」
「関係大ありだ!もしお前が無断でメイド服を着てカブルーの部屋に来た不審者ならば、義母として通報しなくてはならないからな」
ばちばちと二人の視線の間に火花が飛び散る。じり、とした戦場のような緊迫感が二人の間に漂い始めた。片や隊随一の剣客。片や転移術の使い手の元カナリア隊長。今ここにカナリア隊の者がいればどちらが勝つかと盛り上がり、賭け事を行い始めたことだろう。睨み合ったまま二人が一歩距離を縮めた次の瞬間、「ミスルンさん、遅くなってすいませ……」と、帰ってきたカブルーが二人の様子を見て言葉を失った。
「えっと、言いたいことは沢山あるんですが、まず何でミスルンさんがメイド服を着ているのか聞いてもいいですか。サプライズのつもりなら大成功ですけど」
「ああ、カブルー。良かった、お前の趣味ではなかったんだね」
「え、もしかして俺がこんな格好させたと思っていたんですか」
カブルーからすっと目を逸らす。
まさか、そんな。決して息子の趣味だなんて思っていた訳ではない。ただ、トールマンにはエルフの見た目が中性的に見えるという話が聞いたことがあったから、もしやトールマンの人間たちとつるむ内に歪んだ価値観を植え付けられたのでは、と懸念したことは否定しきれない。
「こほん。それで、どうしてミスルンがこんな格好をしているんだい」
「俺も知りたいんです。もしかしてまた禄でもないことを吹き込まれでもしましたか」
カブルーとミスシリルの視線がミスルンへと集中する。二人の視線を受けてもミスルンが恥じらうことはない。愛らしいフリルを揺らしながら、ミスルンはカブルーとの距離を詰めた。
「似合っているか」
「えっと、似合ってなくもないですけど……」
「お前の好みではなかったか?」
「その、今はミルシリルがいるので」
「この間お前が……」
「わーーーー!この話は一旦やめましょう!」
凄まじいミルシリルからの視線を感じて慌ててミスルンの話を遮るが、時既に遅し。只ならぬ関係性を察したミルシリルからオーガと見まごうほどの気迫が漂ってくる。
確かにカブルーとミスルンは付き合っている。付き合ってはいるが、こんな形で義母にバレたくはなかった。ただでさえ反対されそうなのに、ミスルンがメイド服を着ているという状況が最悪に拍車をかけている。誕生日だというのに何でこんなに胃を痛めなくてはならないんだ。
「カブルー……?」
「一旦待ってください。事情は今度説明するので、今日はとりあえず帰ってもらってもいいですか」
「もう帰るのか。茶の入れ方を習ってきたから披露しようかと思ったんだが」
状況が混沌としてきた。この最悪な空気を一切気にすることなく、ミスルンは立ちあがって紅茶のカップを取り出してくる。
「確か萌え萌え……キュン……だったか」
何か最悪なフレーズも聞こえてきた。どうしよう。
「なあ、カブルー……」
「言いたいことは分かっています」
何やら色々と間違った文化を吸収してしまったらしいミスルンの腕を掴む。もうこれ以上状況を悪化させてほしくはない。
「色々と学んできてくれたのは嬉しいですが、今日は大丈夫ですから。一度服を着替えましょうか」
ミルシリルの訴えかけるような視線が痛くて堪らなかった。そもそも何でメイド服なんだ。惚れた欲目でうっかり貴方ならどんな服でも似合いますよ、と言ってしまったのが悪かったのだろうか。義母の前でなければまだ素直に喜べたのに。
ひそかに肩を落として別室に彼を連れて行くために装飾過多な肩の上に手を置いた。しかし、その手を逆に掴まれて、ぐっと顔を引き寄せられた。すぐ目の前に現れた顔は薄く化粧が施されているのか、普段よりも血色良く見える。息を吞み込んだ瞬間に、彼の唇が掠めるように触れあってきた。本当に瞬きをするよりも一瞬のことだったが、確かに彼の乾いた唇の感触を感じた。
「……贈り物を後で受け取って欲しい」
本当に、色々と間違った文化を学んできてしまったようだ。
彼の言った意味を理解してカッと耳まで熱くなる。しかし、義母の前で恋人とキスをしてしまった気まずさですぐに煮えた頭が冷え切った。
恐る恐るミルシリルの方を振り返ると、彼女は白目を向いて立ったまま失神していた。慌てて肩を揺さぶり、意識を取り戻させたものの彼女の涙から大粒の涙が零れ落ちる。
「うう゛……。私の教育が十分でなかったから、お前の好みが歪んでしまった……」
号泣しだすミルシリル。それに慰めるように「ちゃんと責任を持って生涯カブルーの面倒は見るから安心しろ」と追い打ちをかけるミスルン。そんな二人を見てカブルーは途方に暮れた。例え人間の扱いが上手いカブルーであっても、義母と恋人はその限りではないのである。
カブルーは痛む頭を抱えながら、義母と恋人との騒がしい誕生日を過ごすはめになるのだった。