最近、紅茶の味がしない。
サークル活動の一環で、育てている花のそばを通っても、匂いもしない、感じない。
最初は一過性のものかと思っていたけど、3日4日と続いてしまうとなにか別の病気を疑ってしまう。
ぼくはなんだかそれをみんなに打ち明けるのが怖くて、今日まで1週間、ずるずると過ごしてきてしまった。
レッスンを終えて、調理室でお気に入りの紅茶を入れる。
煮出すだけでアールグレイの深い香り…が漂ってくるわけでもなく。英智お兄ちゃんからもらったせっかくの茶葉なのに、その五感をまったく感じる事が出来なくて、満たされなくて、どんどん空っぽになっていく。
「いい匂いがすると思ったら、創ちん…こんなところにいたんだな」
「…に〜ちゃん」
に〜ちゃんだ。そう言えば、仕事が忙しくて1週間も会ってなかったっけ。
に〜ちゃんはちょっぴり甘苦い、キャラメルみたいな匂いがします。
「…創ちん?」
あぁでも、もうそんな匂いすら感じないんだ、ぼく。
真っ暗で、無だ。なんにも感じない。
目の前のにーちゃんは本物なのかな。
足りない。目と耳だけじゃ、それを感じることは出来なくて__
「創ちん!おい、大丈夫か」
「…!?……はい」
すぐそばで、ふらついたぼくを抱き抱えてくれたに〜ちゃん。
気付いたら床にへたりこんでいたぼくを見て、飛んできてくれたらしい。
やっぱりに〜ちゃんはやさしい。ぼくたちRa*bitsの、みんなのに〜ちゃんだ。
__なのに。ぼくは不思議とお腹が空いてしょうがありません。
使いものにならないであろう鼻腔を突く甘ったるい香り。
なんで、すぐそばから、に〜ちゃんから、するの?
「調子わるいなら、保健室で休むか?」
どうしよう。頭がくらくらする。
たぶん、この匂いのせいだ。
あぁ、に〜ちゃん、とってもいいにおいがする。
前はこんなにおいだったっけ?
に〜ちゃんの髪はスポンジで、真っ赤な瞳はイチゴのよう。まるでケーキみたいです。
「…に〜ちゃん、おいしそう」
「おいおい、創ちんまで天祥院の真似か〜?おれは食用ウサギじゃないぞ〜?」
意図せず出てきた言葉に、ぼくも内心後から動揺してしまう。なに考えてるんだ、ぼく。
「…お腹空いてるんだったら、に〜ちゃんが何か作ってやろうか?簡単なやつだけど」
こんなことを言っても、に〜ちゃんはさして気にしたりをする素振りもない。それどころか様子のおかしいぼくを気遣うばかりだ。
このままじゃいけない。保身の為早く離れないとと思うのに、ぼくをこの場に縛り付けてくる、これは、なんだろう。
「に〜ちゃん」
「うにゅ!?ちょ、創ちん、急に押し倒してどうしたんりゃ…」
あぁ、駄目だ。このままじゃ、ぼくは得体の知れない肉欲に任せて、このケーキを貪ってしまう。
ダメ、だめ、やだ、大好きなに〜ちゃんにこんなこと、絶対しちゃいけないのに、ぼく…
「食べちゃいたいぐらい、おいしそう」
「__ひ、ぅ!?」
首筋をひと舐めすると、ホイップクリームみたいな味がした。
「創ちん、な、なにして…」
久しぶりの味だ。ぼくはそれが嬉しくて、何度も何度も、に〜ちゃんを楽しんでしまいます。
「ぁ、や、やだ」
「大丈夫ですよに〜ちゃん…痕はつけませんから」
クリームを分けた先は、色とりどりのスイーツとふわふわのスポンジケーキ。
でもショートケーキで1番大好きなのは、血みたいに真っ赤な苺。
「う…は、創ちん、いたいって、ぁ」
この先は、どんな味かな、においかな?
皮膚を甘噛みすると、に〜ちゃんは子ウサギみたいに肩を跳ねさせた。
「創ちん…っ!」
「__ぁ」
怒ったようながなり声で、夢から醒める。
目の前には、青ざめた顔のに〜ちゃん。
肩のあたりには、痛々しい歯型がくっきりと付いていた。
「あ、ぁ、ぼく、に〜ちゃんを、食べ…っ」
__カニバリズム。
言葉は聞いたことがあるし、意味も一応知っている事象。
ぼくはおいしいケーキを食べていたんじゃない。
に〜ちゃんを、人を、血肉を間違いなく食べようとしていた。