無題のつづきお昼から少し時が進んだRADの応接室の前に私はいた。ルシファーから頼まれて執行部の書類をディアボロの所へ持って行くことになったからだ。書類の束は少し重いが、運べない重さではない。
「はあ」
ついため息がこぼれる。結局あれからバルバトスさんからあのディフューザーがどういうものか教えてくれなかった。私は心のモヤモヤを抱えながら結局日にちが経った。
しかしいつかは、いや今日こそ教えてもらうぞ!と意気込み少し体勢を整えてドアをノックした。
「どうぞ」
低い、でも優しい声が扉の向こうから聞こえる。
「やあ、君か」
扉を開けるとディアボロが応接室の中央に置いてある重厚な造りのソファに座っていた。手には執行部の書類なのか紙束を持っている。
「こんにちは。はいこれ、ルシファーからの書類」
「君が持ってきてくれたのか、ありがとう。でも重いだろう、私が持つからおいで」
ディアボロはソファから立ち上がるとその長い脚であっという間に私のもとに歩み寄り私が持っていた書類をひょいと軽々手に取った。
「しばらく授業はないだろう。よければくつろぐといい」
少し豪快な笑い声を部屋に響かせながらディアボロはあっという間に応接室のテーブルに私が持ってきた書類を置いていた。
「あれ?バルバトスさんは?」
私はそこでバルバトスさんが応接室にいないことに気づく。いつもはディアボロの側にいるからいないのは珍しい。
「ルークにお菓子づくりを教えると言って買い出しに行ったよ。バルバトスに何か用でもあったのかい」
「うん、まあ」
バルバトスさんがいなければ結局あのディフューザーについて聞くことはできない。
どうしたものかと頭をひねるとあることに気づいた。そうだ、あのディフューザーはディアボロからもらったものだ。ディアボロなら何か知っているのかもしれない。
「ねえディアボロ」
私はソファにまた座ろうとしたディアボロを呼び止める。呼び止められて座ることを止めたディアボロは私に向き合うように立った。その姿はとても凛としているがどこか圧を感じる。
「どうしたんだい」
「あのね、この前もらったディフューザーなんだけど…」
「もしかして気に入らなかったのかい」
「違う!あのね」
私はそこで最近アスモデウスから私からディアボロの匂いがすると言われたこと、この前のお茶会の時にバルバトスさんにそのことを打ち明けたらディアボロからもらったディフューザーが原因であるかもしれないこと、それ以上のことは教えてもらわなかったこと。それに
「ディアボロに言ったら喜ぶって…わっ!」
そう言いかけたところで私は突然の体の重みに変な声を出してしまった。目の前には赤の布地と金色のボタン。背中にはあたたかい手の感触。私はそこでディアボロに抱き締められているということに気づいた。体ががっしりしている分私はすっぽりと隠れてしまった。ディアボロの両脇から出ている行き場のない両腕がかろうじて私がここにいる目印になっている。さっきよりも豪快な笑い声が私の頭上から聞こえる。ディアボロの胸元に顔を押し付けられるように抱き締められているからどんな表情をしているのかわからない。だけどネガティブな笑い声ではないことは確かだ。
「ドウイウコトデスカ…」
口からやっと発せられた言葉がぎこちない。たぶん顔も真っ赤だろう。一通り笑い終えたディアボロは「ああ、すまない」と言いながらそっと私の耳元に顔を寄せた。
「実はあれはね」
さっきの豪快な笑い声と打って変わり、心までとろけそうな甘い声で続いた言葉に、気づくと私は彼の背中に手を回していた。