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    bomBay_tea

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    10月発行予定の執事エルヴィン×メイドリヴァイの新刊から、クリーニング屋のミケさん視点のお話を途中まで公開。早めのサンプルみたいなものだと思ってください。

    pixiv投稿済みのこちらのお話の世界です。※リンク先R18注意
    『ダリス・ザックレーのコレクション』
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13940951

    ザカリアスクリーニングの煙草 プラタナスの並木道を、一台のワゴン車が走っていく。白い車体の横腹にはセレスティアンブルーのライン。シャボンの泡のモチーフと、ゴシック体の白抜きで記された『ザカリアスクリーニング』の文字。後部座席にはハンガーに吊るされ、ビニールをかけた衣類がぎっしりと積まれている。
     運転席に座っているのは、店主のミケ・ザカリアスだ。彼のクリーニング店は定期契約の顧客が対象で、今日も決まったルートを走り、仕上がった衣類を届けては新たな洗濯物を回収する。契約先は個人宅から事業主まで様々だった。

     ザックレー氏の邸宅へは毎週火曜日、だいたい昼の一時過ぎに到着する。預かる衣服はどれも高級品で、全てがザックレー氏の所有物であった。仕立ての良いスリーピースのスーツとネクタイ。時には燕尾服。冬にはコートも。新聞の写真を注意深く眺めていると時折、見覚えのある衣装が写っていることもあった。

     緩やかな登り坂の先に、鉄格子の門扉が見えてきた。門の前で車を停め、呼び鈴を鳴らす。応対した若い使用人に店の名を告げると、ギギギ、と重い音を立てて門が開かれた。
     ミケは人並み以上に大きな体を折り曲げて、運転席に戻る。ゆっくりと敷地に入り、向かって左にハンドルを切ると、バックミラー越しに堅牢な鉄格子が閉ざされていくのが見えた。


    「ご苦労だな」
     出迎えたのはいつもと同じ、黒のワンピースと白のエプロンに身を包む小柄な使用人だ。刈り上げた黒髪に三白眼が特徴的な、どこかひんやりとした鋭い空気をまとう男だ。
    「ワイシャツが五枚。チャコールグレーと黒のスーツ。タイはこれとこれと……、よし」
     ミケの渡す主人の服を確認して移動式ラックにかけると、男は伝票にサインを書きつけて寄越した。
    「今は休憩か?」
    「ああ、まあそんなもんだ」
     ミケが問うと、使用人の男││リヴァイは深く息をつき、屋敷の外に出てきた。後ろ手に扉を閉め、大きく伸びをする。
     ポケットの煙草を一本薦める。悪いな、と受け取ってからミケの差し出した火を点け、リヴァイは細く煙を吐いた。ミケも一本咥えて火を点ける。二人は並んで宙を見つめ、しばし黙って紫煙を燻らせた。

     この屋敷でリヴァイと出会ってから、もう二年になる。不定期に応対に出ていた、おそらく使用人の間では上長にあたるエルヴィンに連れられ、不貞腐れた顔で現れたのが始まりだった。
    「新しくここで働くことになった。名はリヴァイだ」
     エルヴィンの簡潔な紹介は、明らかに男である彼が女物のワンピースを着ている理由にも、雇われた経緯についても一切触れていなかった。
     説明されないのなら、知る必要はないということだろう。知られたくないことや公にできないことがあるのは、珍しいことではない。仕事柄いろいろな顧客を見てきたミケはそのように理解し、余計な質問は差し挟まず、新しい使用人に挨拶をした。


     リヴァイは綺麗好きを通り越して、潔癖症のきらいがあるようだった。
     初対面の翌週からは決まって彼がクリーニングの受け取りに現れたのだが、彼は仕上がった衣服をミケの目の前で、隅々までチェックした。
     リヴァイの検分は、今までに会ったどの顧客にも負けないほど念入りだった。ミケは彼が全ての確認を終えるまで、辛抱強く黙って待っていた。彼の綿密な作業は毎週繰り返されたので、ミケは火曜日の配送ルートとスケジュールを見直した。
     そうしたやりとりを何か月か続けた頃。店に戻り預かったザックレー氏の衣服を洗濯しようとした矢先に、奇妙なにおいに気が付いた。
     ミケはにおいの元を探して、スーツを注意深く観察した。人並外れて鋭いミケの嗅覚はやがて、ジャケットの襟の裏に潜む油汚れと、裏地の肘部分に隠れていたインクのシミを発見した。
     ミケはしばし考えて、その日ザックレー宅から預かった他の洗濯物も隅々まで観察した。すると預かった衣類のおよそ半分に、不自然な汚れが見つかった。ネクタイの裏側の縫い目や、ワイシャツの後ろ身ごろの一番下など、どれも目立たない箇所に点在する場違いな汚れは恐らく、意図的に付けられたものと推測された。

     翌週の火曜日。仕上がった主人の服を、リヴァイはいつもの通りに険しい目つきで、隅々まで確認した。手抜かりはないはずだ。ミケはじっと黙って、彼の気が済むまで付き合った。
    「ほう、やるじゃねえか」
     全てのチェックを終えたリヴァイは、薄い唇を三日月形にしてミケを見上げた。その言葉と仕草はミケの予想通り、不自然な汚れを付けた犯人が彼であることを物語っていた。
    「どうも」
     ミケはぽつりと呟いて、サインの入った伝票を受け取った。

     その日を境にリヴァイは、恐ろしく入念な確認作業を一切行わなくなった。

     あれはミケが信頼に足る職人か否かを見極める、彼なりの試験だったのだろう。以降、鬼のように厳しい検分に当てられていた時間は、いくつかの世間話をする時間に代わった。わざと汚れを付けた服は、古くなってほぼ着る機会のない服だったということを、ミケは後の会話で知ったのである。


    「あー……、うまい」
     リヴァイは煙草を吸いながら目を細めた。
    「相変わらず、忙しそうだな」
    「まあな」
     ミケの煙草は彼自身が手巻きしている、リヴァイも気に入りの逸品だ。鼻に抜ける薫香は市販の一般的な煙草よりも軽やかで、ほのかな柑橘系の香りが気分をリフレッシュさせてくれる。客の前で吸うことはしないが、この屋敷の庭の、リヴァイの前だけは例外である。
    「ああ、そうだ。あれは良かったぞ。この間お前が言ってた、L社の洗剤」
    「そうか」
    「やっぱり、ただ汚れが落ちるだけじゃダメだ。すすぎに手間がかかるのも、生地が傷むのも使えねえ」
    「フッ……」
     リヴァイとはよく、このような話をする。
    ミケのクリーニングの手腕を見込んだらしい男は、絨毯の掃除やリネンの洗濯に最適な洗剤を欲して情報を仕入れたがった。ミケは屋敷内に足を踏み入れたことはないが、目の前の男が徹底的に磨き上げていることは想像に難くない。
     人並外れて嗅覚の鋭いクリーニング屋と、人並外れて掃除に厳しい使用人は、打ち解ければ互いに話の合う相手だった。

     いつだったかリヴァイはミケに、毛皮の洗い方を尋ねたことがあった。
    「毛皮なら、うちで預かることもできるが」
    「……いや、いい」
     ミケの申し出に、リヴァイは珍しく奥歯にものが挟まったような口ぶりで答えた。
    「あれだ、屋敷の外には出せない代物だ」
    「そんなに貴重なものなのか」
    「まあそんなとこだ」
    「……一口に毛皮と言っても、種類によって最適な方法は違う。何の皮だ?」
    「狼だ」
    「オオカミ?」
     予想外の返答だった。
    「汚れの種類は?」
    「……皮脂、と……あとは、蛋白質か?」
     てっきり壁掛けや敷物の類かと思ったが、衣服だろうか。狼とは珍しいが、あのザックレー氏のことだ。美術品以外にも、そういったものを仕入れる伝手があるのかもしれない。
     ミケは次の週までに狼の毛皮の手入れ方法を調べ、知り得る中で最も適切と思われる洗浄剤の小瓶を添えて、リヴァイに報告した。
    「恩に着る」
     リヴァイは礼を言って、小瓶を受け取った。

     後日、あれは役に立ったとリヴァイから報告を受けた。それ以上のことは何も聞かなかったが、彼はこの日のクリーニング代とは別に、毛皮一着分の洗濯料よりも多めの金額を上乗せして寄越したのだった。


    ++++++++++

    (この後ミケさんがエルリを被弾する話になります。続きは本で…!)
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    pixiv投稿済みのこちらのお話の世界です。※リンク先R18注意
    『ダリス・ザックレーのコレクション』
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13940951
    ザカリアスクリーニングの煙草 プラタナスの並木道を、一台のワゴン車が走っていく。白い車体の横腹にはセレスティアンブルーのライン。シャボンの泡のモチーフと、ゴシック体の白抜きで記された『ザカリアスクリーニング』の文字。後部座席にはハンガーに吊るされ、ビニールをかけた衣類がぎっしりと積まれている。
     運転席に座っているのは、店主のミケ・ザカリアスだ。彼のクリーニング店は定期契約の顧客が対象で、今日も決まったルートを走り、仕上がった衣類を届けては新たな洗濯物を回収する。契約先は個人宅から事業主まで様々だった。

     ザックレー氏の邸宅へは毎週火曜日、だいたい昼の一時過ぎに到着する。預かる衣服はどれも高級品で、全てがザックレー氏の所有物であった。仕立ての良いスリーピースのスーツとネクタイ。時には燕尾服。冬にはコートも。新聞の写真を注意深く眺めていると時折、見覚えのある衣装が写っていることもあった。
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