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    shakota_sangatu

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    shakota_sangatu

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    ダモローの短いの

    槌の音 なにもかもが上手くいかない。
     影に覆われた大地、命をむしばむ闇の中を、松明の明かりを頼りに逃げ帰る……。情けない醜態を晒したことを、歯を食いしばって耐えながら。ローランは、這う這うの体で最後の光亭へと戻ってきた。
     ローランの姿を、門番たちは遠巻きに見た。負け犬のような有様を笑っているのではと感じて、彼らの目を見ることはできなかった。冒険者たちに助けられたこと、それは本当にただただ『恥じ』で。
     耐えがたい衝動が、何事もうまくいかない現実が。ただただ受け入れがたく、今すぐにでも酒に溺れてしまいたかった。ただ、それが情けない行為であることを、頭ではわかってしまっていて。
     自分は何をしているのだろうと、目の奥が少しだけ熱くなる。うまくいけば、今頃は、バルダーズゲートで、あのロローカン導師に師事を受けて、立派な魔術師になっているはずだったのに。……、酒に溺れて、こんな場所で燻って、仲間すら助けられずに此処にいる。
     歯がゆすぎて、ローランは拳を握りしめた。
     泣けば、いっそう自分が情けなくなるから、そんなことはしなかったが。
     立ち尽くすローランに対して、声をかけるハーパーもティーフリングもいないが、それは別に構わなかった。慰められたい気分でも、そういったうわべの優しさを受け入れられる精神状態でもなかったから……。

     ──、ただ、槌の音が聞こえた。

     酒に溺れることも、眠ることもできないローランの耳に、規則的に鉄を打つ音は、まるで導きのように聞こえてきたのだ。
     それは刀鍛冶の音で、最後の光亭にも鍛冶場はあった。もともと、そういった用途に使われていたのかは分からない、今は牛舎も兼ねるようになったそこに引き寄せられるように足を踏み入れれば、見知った背中が黙々と炉にくべた鉄を打っていた。
     その男は、言葉数の少ない男だ。自分と同じティーフリングの、ダモンという鍛冶師。
     ゼブロー率いる避難民の一団として行動し、エメラルドの森に一時的に身を寄せた時も、この男は黙々と槌を振るっていた気がする。
     あの頃は、今よりもずっとローランは気が急いていて。毎日のように、ロローカンの下に向かいたいと願っていたから。だから、この男に対する興味は薄かった。
     というより、ローランはもともと、周囲への興味があまりない。そもそもが、近寄りがたい性格をしていたローランは、魔術の才を自覚してからいっそう、周りとの孤立を強めていた。周りを寄せ付けず、眉間に皺をよせて、貪るように本を読む。そんな男を構う奇特な存在は、カルとリアくらいのものだった。
     そして、ローランも必要以上の仲間はいらないと思っていたから、カルとリアさえいればよかった。仲間はそれでもう十分だったのだ、少し前までは……。
     今、ローランは孤独で、だからきっと、槌の音に気づいたのだ。
     ほんとうは、ローランにもっとも縁遠い音であるはずなのに。魔術を武器に、本のページをめくることに長けたローランの指に、無骨な武器は似つかわしくない。
     ───、なのに。
     ローランは、鍛冶場の入り口に立ち尽くしていた。気づけば、ぼうっと燃えるオレンジの炎に照らされて、黙々と槌を振るうダモンを見ていた。牛たちの微睡みを背景に、ダモンが剣を作っている。
     作っているのは、片手剣だろうか。それくらいなら、ローランも振るったことがあった。故郷がまだ地獄に呑まれる前、ローランが幼少のころに。父が無理矢理、ローランに握らせたのだ。
     懐かしくもない記憶だ、顔を顰めて振り払う間に、ダモンがこちらを振り返った。気配には気づいていたのだろう、ただ、放っておかれていて、作業がひと段落したついでにこちらを見ただけという感じがした。
    「───、ローランか、」
    「……、っ、あぁ、」
     ダモンは、ただ、ローランの名を呼んだ。驚いたわけでも、邪険にするわけでもなく。
     ローランは、ダモンが自分の名を知っていることに驚いた。
    「……、……、」
     ダモンの眼差しは、どこまでも静かだ。それはまるで、火を落としたあとの炉のように。もしくは、水が弾いた光のように。静謐さをたたえていて、けれども、光を宿していた。
     そんな眼差しで、ダモンは少しだけ、ローランを見た。
    「立ってないで、そこに座ると良い、」
     ややあって、ダモンはそう言った。そこには干し草が積まれていて、腰を下ろすにはちょうど良さそうな場所だった。
     ダモンは、余計な詮索をしなかった……。だからだろう、ローランが素直にその言葉に従うことができたのは。気づけば、ローランは干し草に腰かけていた。
     ぼうっと座るローランの視線の先では、ダモンが短剣を研磨し始める。キキキ、キキキ、という甲高い音と共に火花が散り、それがまるで魔法の矢のようだともローランは思った。

     かん、かん、かん。

     今度は、槌を振るう音。
     熱に強いティーフリングであっても、炉のそばはきっと熱いだろう。額に少し汗を浮かべる、ダモンの腕や手には古い火傷の跡がある……。
     小さな傷跡が分かるほど、煌々と照らされて、絶え間なく槌の音を響かせている……。
     黙々と刀を打つ背中を、長い間、ローランはただただ見つめていた。
     ダモンという男と、ローランは終始会話をすることはなかった。けれど、まるで新しい本のページを捲ったように、ローランは時を忘れてその男が醸し出す静かな時間に浸っていたのだった。

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