年末小話
「お前、またこのくそ忙しい時に蓬莱に行って来たろう?」
王は押した印影に息を吹きかけ乾かしながら六太に言った。
左手で先程の印影を扇ぎ、右手は既に次の決済文書をめくっているが、王の私室のカーテンの裏が不審な動きをしたのを見逃さなかった。
「へへへ」
頭巾を被った小さな不審者がにやにやしながらカーテンの裏から出て来た。
「それで何の用だ、土産か?慈悲の獣のくせに俺に分け与える慈しみは持っていなさそうだが」
「まぁ、そうカリカリすんなよぉ〜。万年ド素寒貧のお前にも三太さんが来てやったんだから。」
延王は盛大に顔を顰めた。
「つまらんことを言いに来ただけなら、この書類の山をお前に押し付けるぞ!」
「うわっ、機嫌わる〜」
六太は隠し持っていた尚隆の絹の靴下を取り出した。
六太が自分の履き古しの靴下を大事そうに懐から出したのを見て、尚隆はなんだか怒るのもアホらしくなってきた。
「中にな、すごいものを入れておいたんだ。驚くぞ。本当はお前の枕の下に忍ばせるつもりだったんだが、バレちゃあしょうがねぇな。」
六太は慇懃によれよれの靴下を差し出した。
「三太さんというのはあれだろう、鼻の赤い麒麟に荷馬車を引かせるとかいう……どれどれ……」
靴下の中からは潮でよれよれになった紙切れが何枚か出て来た。何やら字が書かれているが尚隆には少し読みづらい。蓬萊の算用数字とかいうものだったか。
「中山(チュウザン)……?」
「有馬記念の万馬券だよ。」
この世界で最高位の慈悲の獣は、にししと歯を見せて笑って得意げにしている。
万馬券というのはたしか、こちらの競艇の万舟券のようなものだったか、一発当てれば一夜で億万長者になれるという伝説の紙切れである。
「お前、当てて来たのか……!」
「いんや、もらった。」
「もらった、……?」
「蓬萊で小汚いオッサンがクリスマスプレゼントだって言ってくれたんだ。」
「偽物か?」
「ホンモノだったら俺の歳じゃ買えねー」
尚隆はなんだか脱力して全てがどうでもよくなった。年末なのに王宮に拘束されて仕事に明け暮れているというのに、コイツときたら蓬萊へ遊びに行き、さらに飲んだくれのオッサンからもらった偽物の馬券を俺の枕の下に仕込もうとしていたのだ。
尚隆は御璽を押したての書類の上に突っ伏した。
「なーんちゃって、本物のクリスマスプレゼントはこっちだぜ」
そう言って、突っ伏している尚隆の横で手を叩いた。
合図をすると女官がするすると出て来て、熱い茶と何かの菓子を置いて行った。紺色の丸い箱に白いものが入っている、氷菓のようである。
「お土産のー、スゴクカタイアイスー、」
六太は尚隆を机からひっぺがして、口に氷菓を突っ込んだ。
「はい、アーン」
「うぅ、」
「どうだ?美味いだろ?」
「甘っ。」
めでたしめでたし🍨