雁国にも春一番の強い風が吹き、散らされた咲き始めの梅の花びらが、礫のように延王尚隆に降りかかり小さな痛みに思わず目を瞑った瞬間、目の前の欄干で月餅を頬張っていた延麒六太が風に吹き飛ばされ、尚隆は咄嗟に六太の腰紐を掴んで引き留めた。
「ぐえっ」
麒麟である六太が関弓山の遥か上にある玄英宮から落下しても問題はないのだが、思わず六太を捕まえていた。
急に腰紐を引っ張られて、六太は月餅を喉に詰まらせて咽せた。
「すまんかった。」
尚隆は六太の背中を摩ってやった。
「月餅が……」
六太は食べかけの月餅を関弓山から落としてしまったことを気にしている。
「仕方あるまい、誰ぞ山のネズミでも虫でも喜んで食うだろうよ」
「今年の最後の梅味月餅だったんだ……」
「梅味月餅の次は桃味でも杏味でも、また新しいのが売られるだろうが」
「俺は梅味が食べたかったんだ。風情のないやつだ」
「そんなに菓子ばかりよく食うのに、風になんぞ飛ばされおって」
「お前が帯を引っ張らなけりゃ月餅を落とさなかったかも知れないのに」
「なんだと」
六太の身を案じていたのに、本人は月餅に気を取られていて尚隆はむかついた。
「なんだよ」
尚隆の険を察して六太は首の後ろの産毛が逆立つのを感じたが、六太は目を逸らしながらも口を尖らせた。
その六太の影から巨大な狼が滑り出てきた。
「畏れながら……」
悧角は遠慮がちに六太と尚隆の間に、拾ってきた半分の月餅を吐き出した。
🥮「……………」
👑「……………」
🦒「……………」
悧角のよだれまみれの月餅は玄英宮の鯉の餌になった。
「ほれ尚隆、月餅だぞ、食え」
「お前、池の鯉に俺の名前を付けたのか」
「今つけた。」
池の鯉(尚隆)がフガフガ言いながら六太の指を咥えているのを見て、延王(尚隆)は懐に隠し持っていた饅頭を別の鯉に与えてやった。
「ほれ六太、饅頭食え」
「げっ、勿体無いだろ!」
「台輔に饅頭を献上してなにが悪い」
「鯉に嫉妬してやんの!」
「嫉妬などしておらんわ」
尚隆と六太は罵り合いながら互いに鯉に餌やりをした。
めでたしめでたし