もっと、ずっと、これからも。.
大きな門だった。だがそれを押し開けるのに苦労したのは、その重さのせいでも、俺が隻腕だからでもない。怖かった。この門の向こうで、自分を待っている相手に会うのが怖かった。でもこの機会を逃したら、もう二度とあの子には会えない。そう聞かされてしまったら、ここまで来てしまった。会うのが怖いのに、それ以上に、やっぱり、会いたくて。
胸に詰まっていた臆病な気持ちを、息とともに吐き出して重い扉を開けた。その向こうには一本の道が続いていた。その脇にはきれいな花が沢山咲いていたが、どれも見たことがない。ここはあの世とこの世の境目らしいから、そのせいかもしれない。その道を進んでいくと、一本の木が見えた。その下に人影が見えた。
「……っ」
弱虫な足が引き返そうとするのを、どうにか堪えた。ここまで来て、本当に往生際が悪い。一歩、また一歩と近付くと、木の下にある人影がはっきりとしてくる。すると向こうもこちらに気付いたようで、くるりと振り向いた。それは美しい薄紫色の髪をした少年だった。
「悟飯さんっ!!」
ぱっと少年の顔じゅうに広がった笑顔が眩しかった。でもそれと同じぐらい、少年の頭の上で輝く光の輪が目に染みて、仕方がない。
「トラン、クス……」
「えっと久しぶり……なのかな? あの世にいると、時間の経過がよくわからなくなっちゃうんだよね」
「……」
「ねえ、その道着どうしたの? カッコいいけど……ちょっとびっくりしちゃった」
「……」
「悟飯さん?」
俺が何も言わないから、少年は首を傾げた。さらりと流れる薄紫色の髪が本当にきれいで、それを見ていたら、また胸の奥から何かがこみ上げてきて、ますます何も言えなくなる。でも、これだけは伝えなくては。そのために、ここまで来たんだ。
「……トランクス」
「ん?」
「ごめん……」
「え?」
「ごめん……君を…守れなくて…ごめん……」
許してほしいわけじゃない。許されるはずもない。君は最後の希望だった。未来だった。君だけは絶対に守らなければならなかった。それなのに、それがオレにはできなかった。
「オレが、弱かったせいだ……君を殺したのは…オレだ……」
「ご、悟飯さん、それは――…、」
「ごめん、トランクス……ごめん……っ…」
泣くつもりなんてなかった。これ以上情けないところを見せたくなかった。でも意味のない謝罪とともに、涙も溢れてきてしまった。涙で滲む視界でも、眩しい光の輪がふわりと浮かび上がるのがわかった。そして次の瞬間、温かいものに頭をそっと抱え込まれた。
「悟飯さんって、本当に泣き虫だったんだね」
「そう、だよ……君がいなくなった後、沢山泣いたよ……もう、涙なんて枯れたかと思ってた、のに……」
話している間にも、またポロリと涙が零れた。ぎゅっと頭を抱え込まれて、トランクスの胸に顔を埋める形になる。懐かしい匂いがした。でも聞こえるはずの心臓の音が聞こえなくて、また涙がこみあげてくる。すると温かい手がそっと俺の頭を撫でてくれた。そんなことされたら、もう止められない。
「きみを……大人にしてあげたかった……」
「うん」
「きみに……平和な世界を、見せてあげたかった……」
「うん」
「きみと……もっと…っ……一緒にいたかった…っ」
「……」
叶わなかった願いが次々と口から溢れ出す。全てを叶えることは不可能だったかもしれない。でも俺がもっと強ければ、叶えられる願いもあったかもしれない。でも、もう全て掌から零れ落ちてしまった。
「……ボクも、悟飯さんともっと一緒にいたかった」
頭の上から、そんな声とともにぽたりと何かがぽたりと落ちた。でも頭を抱え込む力は先程よりもっと強くなっていて、顔を上げることができなかった。
「悟飯さんの傍にもういられないのは、すごく……寂しいけど、でも、悟飯さんまで死ななくて、本当によかった。だから…もう泣かないで」
「トラ……っ……」
そんなことを言ってもらう資格はない。そう思うのに、溢れてくる涙が邪魔をする。君の最後のささやかな願いすら、このままじゃ叶えてあげることができそうにない。
「ずっと……ずっと大好きだよ、悟飯さん」
「オレも――…、」
その時、少しトランクスの腕の力が緩んだ。オレの顔はきっと涙と鼻水でぐちゃぐちゃだろう。ひどい顔だけど、師匠だとか年の差だとかそういう建前も全部涙で流れてしまった。ここにいるのは、ただの泣き虫の孫悟飯だ。こんな顔、君にしか見せられない。
だから、ねえ、鼻声で少し聞きづらいかもしれないけど聞いてほしい。最後にしたくないけど、これが最初で最後になってしまうから、全部正直に言うよ。君がいないと、オレはダメなんだ。君がいたから戦えたんだ。君を守りたくて、君の世界を守りたくて、オレは強くなりたかったんだ。
君が好きだよ、トランクス。