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    s_toukouyou

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    s_toukouyou

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    水銀黄金/女神の治世で一般人してる獣殿と不審者してる水銀

     彼にはすこしばかり不思議なところのある友人がいる。
     いつ、どこで出会ったのかさえあやふやな、けども話の合う友人が。
     それはいつの頃からか当然のように、彼の日常に紛れ込んでいた。ふとした瞬間に意識をむければそこにいて、視線が会えばにこりと微笑む。大抵の人間は気味悪く思うだろうが、彼は少々、いいや、人のそれとは思えない寛容さを持ち得ていたので、一度驚いたあとはそういうものなのだろうと受け入れた。
     笑みには笑みを返し、挨拶には挨拶を。徐々に交わす言葉の量も増えて、彼らが互いを友と呼ばう日は存外早く訪れた。今思えば、それは最初から彼を友として扱っていたように思うし、彼もまた言い表せない友情をそれに抱いていたように思う。
     
     出会ったばかりのころのことが次から次へと脳裏に浮かび上がるのは走馬灯めいていた。ああいや、まさに走馬灯であるのかもしれないが。現在に追いついた彼の意識は、はて何故おのれはまだ生きているのかと疑問を抱いた。
     どうということもない。行きずりのものに付き合って、死んだはずなのだが。
     彼がぱちくりとまばたいていると、友人は彼を見下ろしたまま微笑んだ。いつもの笑みと変わらぬはずであるのに、どこかひやりと冷えたなにかが肌の上を這った気がした。
    「あなたが遊ぶのを咎めるつもりはないがね、獣殿。いささか羽目を外しすぎではないかな」
     おや、これはもしかしてこの男、結構腹を立てているのでは? とここでやっと彼は思い当った。
     なにをしたというわけでもないが、むしろなにもしなかったというべきか。
     
     学校から――そう、彼は学生なのだ。制服を着て、毎日鞄を片手に学校に通う、どこにでもいるような――帰るその道すがら、迷子を見つけたのが発端だろう。
     己が命を断つか否かの瀬戸際に立つ、人生の迷い子。最初は引き止めるつもりで声をかけた。なにぶん今は悲劇に胸を痛める女神の治世であるから。そんな思考が過ると同時に消えていく。
     けどもとつとつと語られる身の上話に付き合っているうちに、どうしようもなく愛しく思えて、そんなに死に惹かれながらも、死に怯えてしまうのなら、私が付き合おう。などと、確か思ったのだった。愛児の死出の旅がやすらかなるものになるようつとめてやることが、此度の人生の終劇でも良かろうな、と。私と一緒なら怖くないだろう、と幼子をあやすようにして子を導き、子に縋り付かれてどこぞの屋上から転落したはず、であった。
     
     手をついて体を起こすと、ざらりとした石畳の感触が手のひらに傷をつけた。歩道のまんなかに倒れていたというのに、不思議と通りすがるものたちは反応ひとつしない。あたりを見回すと、べしゃりとつぶれて飛び散った肉のかたまりと鮮やかな血が広がっていた。
     ああ、死んでしまったのか。やすらかな最期であればよいな。微笑みを肉のかたまりに向けて、彼は立ち上がった。
    「私との約束があったのに」
    「ああ、そういえば、そうだったな」
     む、とあからさまに機嫌をそこねた友人に、彼は微笑に苦みを加えた。
    「ふふ、そう拗ねるな、私が悪かった。……ふむ、今からでも間に合いそうだ。どうする、カール?」
     彼らはプラネタリウムに行く約束をしていた。スマホを取り出して時間を確認して、彼は友人に問いかけた。
     友人は機嫌をそこねたままだったが、首を縦に振った。
    「では、ゆこうか」
    「ええ、獣殿」
     他愛ない雑談を交わしながら星の海へ向かうふたりの背を、一拍遅れてあがったたくさんの悲鳴が追いかけた。
     
     
     
     

     星の海に踏み入れて、席に腰を下ろす。
     冷えた空気の中、それの横に座っている友人は、まるで星々に囲まれた太陽であった。
     友人がただびとのごとく振舞っているのは、それにとってもありがたいことだ。女神の治世をこそ良しとした男であるので、それの友人が今目覚めてしまうのはこまる。
     とはいえ、ただびとのごとく振舞うのを超えて、おのれが無価値であるという振舞いさえするのはいただけない。今回のこともであるが、何度言っても認識をあらためてくれないのは、いささか頭が痛いところだ。友人がかつて首切り役人であるころからの悪癖であった。
     私との約束を反故にして、有象無象と死をわかちあおうとしていたのもかなりいただけない。本来であれば、それは私のものなのだから。いや、私は死ぬなら女神に抱かれて死にたいが、だからといってハイドリヒが他と死んでいいわけではないのだ。私の息子とならまだかまわないのだが。
     女神の治世のもと、あからさまにおのが力を振るうつもりはない。けどもおのれの価値すら見誤っている友人の生死の天秤をすこしばかり傾けることくらいは良いだろう。
     さてはてこの友人はどうすればおのれの価値を理解してくれるのか。頭を悩ませながらも、それは口元をほころばせた。友人との時間はいつだって楽しいものだ。加えて今は既知より解き放たれて未知のなか。このようなことで頭を悩ませるのも愉快といえよう。
     いかなるときでも、どこにいたって必ず見つけ出してきた、とても話の合う友人。
     それにはすこしばかり困ったところのある友人がいる。
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