「乾杯!」
かん、とガラス同士がぶつかり合う音がする。グラスになみなみと注がれたビールを飲み干して、空になったグラスをテーブルにたたきつけた。
「もう一杯!」
グラスをかかげて店員にむかって言う。
「もう酔っているのか?」
「論文から解放されたばっかりなんだし、はめをはずしてもいいだろ?」
金の髪がまばゆい友人の苦笑に唇をとがらせる。解放感から多少酒を飲むペースが速いのは否定しない。
「別に咎めたわけではないよ」
「おまえももっと飲むといい」
料理が入った小皿を友人のほうに押しやる。
同じ大学に通っている友人だった。人と思えないほどに美しく、正直自分とは違う世界にいるようような男だ。ちょっとしたきっかけがあり、こうしてふたりで出かけるくらいの付き合いになったが、本来ならばふたりで話すこともなかっただろう。
「そういえばさ、聞いた?」
「何をだ」
「んー、一年下の子から聞いた噂なんだけどさ。最近ここらで不審者が出るって話」
「卿がわざわざ話題に出すということは、普通の不審者ではないということか」
「そう! さすが! 以心伝心!」
前のめりになりながら声を弾ませた。
オカルト話に付き合ってくれる良き友人だ。
この男と友人になったきっかけが怪奇現象だった。写真を撮るとかならず人のような影が隣に写るという特殊な体質(?)を持っている。オカルト大好きな人間としては見逃せない話なので、それをネタに話しかけに行ったのだ。
他愛のない話をつづけているうちに、ふと視界のすみをかすめた影に視線を動かす。
思わず黙ってしまう。ごまかすように酒をひとくち飲んだ。
誰もいないはずの席に座っている男がいる。
長い黒髪を黄色いリボンでまとめた男だ。それは友人のほうを見ているが、たまにこちらのこと見た。
もう一口飲む。どうするべきか考えているが、なにも思いつかない。
「どうした?」
「あー……そういえば、前言ってた写真撮ると黒い影が映るってやつ、あの後なんかあった? 新しい現象とか」
「ああ、最近家の中のものが勝手に動かされていたな」
「それは……不法侵入されているとかではなく?」
「一応気が付いてから、侵入された痕跡を確認はしたが、普通の人間が入ってきた痕跡はなかった」
勝手に食事ができてるとか、知らない服がクローゼットに増えているとか、そういう話を相槌を打ちながら聞く。ついでにちらりと友人の隣に座っている影を見る。
影の視線にそっと目をそらす。わかる。あれはまだ友人を拘束するつもりかとかそういう色合いだ。若干鬱陶しく思い始めているのだ。こいつは早く友人をつれて帰りたいんだろう。
「どうして私の世話をしているのかは謎なんだが」
「えっ、それはこう、きっとラインハルトのことが好きなんだよ」
自身に向けられる冷徹な視線に耐え切れなくなって、保身じみたことを口走る。
「好き?」
「だって、そうだろ? そんな毎日ご飯作って、ラインハルトに似合う服を用意して、朝も起こしてくれるんだろ。めちゃくちゃ面倒見てくれてるし、好きじゃないと続かないよ。いい人だよ、たぶん」
雑に擁護していると、自分に向かう視線が若干和らいだ気がした。和らいだ後に、こいつになにがわかるみたいな表情をされた。
めちゃくちゃめんどくさいな。命の危機を感じてなかったら俺だってこんな雑な擁護しなくていいんだわ。