「私の分は?」
何のことだ、とラインハルトは怪訝そうな表情で、ファンからのバレンタインプレゼントを整理していた手を止めて、いつの間にか自室にいた男を見上げた。
この男は新人時代に出演した作品の監督であり、今では勝手に部屋に出入りしているくらいには良き友人である。まあ、家の鍵を渡した記憶もないのだが、特に咎める必要性も感じないので出入りは好きにさせていた。
「卿の分、と言われてもな。マルグリットから渡されてないのか?」
「女神からはもらった」
そうであろう、とラインハルトは一度うなずいた。
なにせラインハルトは事前に相談されている。「今年一年変なこともしてないし、出演作だのなんだのでお世話になったのは確かだから」、とのことで、どのような贈り物が良いかとくだんの女神に尋ねられたのは、約1か月前のことである。
「おまえからまだもらってない」
「ないぞ」
「去年はくれたのに!?」
そういわれてみれば、女神にバレンタインの贈り物をもらえずにしょげていたのが、あんまりにも気の毒で、「これでも食べて元気を出せ」とコンビニで買ったチョコを渡したような気もする。
思い出してしまうと、用意していないと聞いてすごく衝撃を受けた表情を浮かべている目の前の友人がなんだか愛らしく思えてきたので、ラインハルトは仕方がないとちいさく苦笑を浮かべた。
机の引き出しの中から、チョコレートの箱を取り出して、キッチンに向かう。
「横流しは受け取らんぞ」
「これは私が自分用に買っているものだよ。演技は体力勝負だからな、撮影途中にカロリーが欲しくなることもある。そういうときに手早く摂取できて良い」
ついてきながらも口を出してくるのに、注文が多い男だなと肩をすくめる。そもそも自分に贈られたものを他人に横流しするようなものだと思われているのは心外だ。
板状のチョコレートを小さく割って、マグカップに落として、ミルクを注ぐ。レンジにつっこんで、あたためる。ティースプーンでくるくるとかき混ぜて、問題なく溶けているのを確認したら、友人に渡した。
「まあ、いささか雑なのは認めるが、なにぶん急なことだったからな。許せ」
マグカップを受け取った友人は、じいとチョコが溶け込んだミルクの湖面を眺めていた。