夢だと思った。
長い長い階段を下りている。先は闇に包まれていて、よく見えない。
どうして階段を下りているのかすら分からないまま、しかし降りたほうがいいという直感にしたがってラインハルトは足を動かした。
どれだけの時間歩き続けたのか、いい加減変わらない光景にうんざりし始めたころ、ついに地の底が見えてきた。短い金髪を
巨大な門と、その両側に何かが立っている。門番のようであった。
真白いローブを身にまとい、フードを深くかぶっているふたりは、背が高いラインハルトよりも身長が高かった。ラインハルトは人を見上げるのはいつぶりだろうかと思った。
「人の子がなぜこんなところまで来た……。待て、人の子か……?」
「われらの同類にようにも感じる」
「であればよいか」
「正当な手段で訪ねてきた客を拒むわけもない」
「通るが良い」
そう言われても、来たくて来たわけではないのだが。
戸惑ったものの、ラインハルトは促されるまま門をくぐった。この先になにがあるのか、気になった。なんだか落ち着かない気持ちだ。
門の向こう側は大きな街であった。振り返ってみるが、背後に門はない。唐突にここに現れたかのようだ。
ラインハルトは興味深げにあたりを見回した。街並みに見覚えはない。玉石敷きの通りに、古風なつくりの建物。異国の匂いを感じる。そしてそこらじゅうに猫がいる。のんびりと歩いている猫もいれば、塀の上でのんきに寝ている猫もいた。
「なんだあ、迷子かい?」
妙に低い位置から声が聞こえて、視線を落としたラインハルトはさすがに驚きをあらわにした。
話しかけてきたのは猫だった。灰色の毛並みに青い瞳の猫であった。猫はラインハルトを見上げて、きょとんと首をかしげた。
少し迷って、ラインハルトはうなずく。
「気が付いたらここにいた」
「おん、たまにいるよ。そういうの」
猫はのんびりとうなずいた。
猫がしゃべっている、とラインハルトは何度目かの独白を脳内で再生した。
「来たばっかりかあ、となると住む場所がいるよなあ」
猫は前足でくしくしと顔を洗いながら考え込んでいるようだった。
別に住むつもりはないのだが。
「元の場所に帰る方法は分からないか?」
「俺は知らないなあ。帰る方法を探すにしても、休めるところはいるだろ? 知り合いの人間に空いてる部屋ないか聞いてやるから、ついてくるといい」
そういうことになった。
ほてほてと歩く猫の後ろをついていきながら、ラインハルトは周囲にちらと視線をやった。
猫が市場で店を開いているし、猫が買い物をしている……。
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小ネタ
「おまえさん、狩りの腕前は文句なしなんだが、自分の面倒を見るのが下手だからな」
よいしょよいしょと食事を運んでくる猫に、ラインハルトはなんとも言い難い表情をうかべた。たまに毛づくろいもされているのも勘弁してほしいのだが、善意で行われているので、いまいち断りづらい。