まだまだ雪が降る日もあるこの季節。ジブンは卒業文集を書き上げて、ほかの友達よりもずいぶんと短かった小学校生活も、もうすぐ終わりが来るというのを実感する。クラスでは最近、中学校の話題でもちきりだ。ジブンの村の小学校は、ほとんどの人が同じ中学校に進学するから、やれ先輩がこわいだの、やれ勉強が大変だの、きょうだいや近所の友達から聞いた中学のウワサ話が飛び交っている。
給食を食べ終わって、昼休みになった。雪がちらついていて廊下に出るのも寒いから、ストーブの効いた教室でおしゃべりや読書なんかをして過ごすクラスメイトが、ちらほらいる。校庭に出てドッジボールをして遊んでいる猛者もけっこういるけど。教室の中では、きょうも中学校の話題で盛り上がっている。
「オレは吹奏楽部が気になるなー。姉ちゃんがトランペット吹いてるの見て、かっこいいと思ってさ。でも、バスケもやってみたいんだよねー。」
「僕は柔道部に入るつもりだよ。小三のときからずっとやってるし。」
図書館で借りた本を読みながら、クラスメイトの話に聞き耳を立てていると、隣の席の友達が、ずいっと身を乗り出して話しかけてきた。
「なぁ。ダンは何の部活に入りたいんだ?」
「うーん。ジブンはまだ、考えたこともなかったな。」
「そうなのか。ダンぐらいの運動神経があれば、どの運動部でもエースになれそうだけど。それに色々な本を読んでて物知りだから、科学部とかも似合いそうだな。」
「そうかなぁ。」
中学校には、ブカツ……部活動というものがあるらしい。学校に様々なスポーツや文化活動のクラブがあって、多くの生徒はそこに所属にして、定期的に練習をしたり作品を作ったりするのだとか。大会や発表会に出る機会もあるらしい。小学校のクラブ活動より、ずっと本格的なものだ。本で読んだから知っている。
「ところで、ジブンたちの行く中学校には、どんな部活があるの?」
「ええと……。まず球技だと、野球、サッカー、テニス、卓球、バスケ、バレーだな。ほかにも運動部は陸上に水泳、柔道や剣道があるらしい。たしか、文化部だと、吹奏楽、演劇、美術、書道、科学、それから……」
千年間ずっと、“どっちを選ぶか”という二者択一しか知らなかったジブンは、いきなり提示された選択肢の多さに、めまいを覚えた。
「……そんなにあるの?どの部活にしたらいいのか、迷っちゃうよ。」
「中学校で一緒になる、隣の小学校は人数がかなり多いからな。そのぶん部活の種類も充実してるんだってよ。それに、帰宅部という選択肢もあるぞ。」
「うーん。それもいいけど、せっかくの中学校生活だから、ジブンも部活は何かやってみたいなぁ。こんなにたくさんの中から、みんなはどうやって選ぶんだろう。」
「人それぞれだと思うけどな……。小さいころからずっと続けてることや、中学で新しく挑戦したいことで選ぶ人もいれば、仮入部期間中に、練習と勉強を両立できそうかとか、顧問の先生やコーチ、先輩たちが優しいかっていうのを見て選ぶ人もいるみたいだぞ。実際に自分が続けられそうかっていうのも、大事なポイントだな。」
「へぇ……。いろいろ参考になったよ。ありがとう。ジブンも何の部活に入るのか、考えてみる。」
「おう!せっかくの中学の三年間をかけてやるんだから、しっかり考えて決めたいよな!」
そこで予鈴のチャイムが鳴り、みんな五時間目の授業の準備をし始めた。
――中学の三年間をかけてやる。
友達の言った言葉を反芻する。三年間という時間は、ジブンがハザマから出られて、現世で生きた時間よりもずっと長い。
もちろん、ハザマに閉じ込められていた千年間も、お父さんとお母さんがずっと大切に育ててくれたけれど。それでも、ゴクオーくんたちと戦って、ウソを、人との関わりを、親の愛情を知ったあの日に、ようやくジブンはこの世に生まれ出たようなものだろう。
いままでの人生よりもずっと長い時間をかけてでも、やってみたいコトはなんだろう?
せっかくなら、オモシロイと思うことをやりたいな。いままでやったことで、オモシロイと思ったのはなんだっけ……。とこれまでの短い人生の中で起こったことに、思いをめぐらせる。
そうだ。河川敷で、八百小のみんなとやったサッカー。本の中でしか現世を知らなかったあのころ、ジブンが初めて体験したスポーツだ。
そこで初めて、全力で走ったときの体の熱さと苦しさを知った。流れた汗が体を冷やすときの気持ちよさを知った。目に入る砂ぼこりの痛さを知った。たくさんの仲間に応援されて、気分が上がるのを知った。ひとつのボールを追いかけて、向かってくる相手を抜き去って、シュートを決めたときの高揚感を知った。
本を読んで、サッカーのことをちょっとわかったは気になっていたけど、実際に体を動かしてやってみないと、なんにも分からないんだなと思い知った。
そのあとジブンは、ゴクオーくんに「現世なんてつまらない」と言ってしまった。でもいま思い返せば、心の奥底できっとサッカーのことをオモシロイと感じていたはずだ。それを理解して言葉にできるだけの心が、まだ育っていなかっただけで。
――ジブンは、サッカーのオモシロイところをもっと知りたい。部活に入って、うまくなったら、もっとたくさん分かるようになるのかな。サッカーにだったら、ジブンの三年間をかけてもいい。
五時間目の授業が終わって、五分休みになったところで、居ても立っても居られず、隣の席の友達に話しかける。
「ねぇ。あれからジブンもちょっと考えてみたんだけど……。サッカー部に興味がわいてきたよ。」
「サッカー部か、カッコよくて良いよな!中学入ったら、一緒に見学行こうぜ!」
「うん!たのしみだなあ……。はやく、中学生になりたいな。」
次の六時間目の授業は音楽だ。きょうから卒業式で歌う歌の練習をするらしい。うきうきした気分で、ジブンは音楽室へと向かった。