Singin' in the Rain辿り着いた軒先で、蒼司は恨みがましく突如泣き出した空を見上げた。
いや、恨むべきは空ではなく、自身の不幸体質のほうか。
今日の自身に起きたことは、我ながらなかなかに酷かったと蒼司は思う。
観たかった映画は機材トラブルで上映休止、食べに行こうと考えていた店は三軒が定休日、やっと入れた店も料理が届くまでに40分以上掛かった上に注文した料理と違うものが届けられた。
そして、公園をまったり散歩しよう…と歩き始めた矢先に、この通り雨である。
酷かった、とは思うが、不本意にもこういうことはよく起こる身の上である。
いつもなら、またか…で終わる、はずだった。いつもなら。
だが、“今日”は違う。何故よりにもよって“今日”なのか。
チラリと、同じく軒先で雨宿りをする隣の彼女に目を向ける。
彼女は曇天を見上げ、「すごい雨だね」と困ったように苦笑した。
-ーー“今日”は彼女と二人きり、せっかくのデートだったのに。
恨んでも仕方がないが、思わず口をついて出た溜め息はそのまま激しい雨の中に消えてしまった。
「でも、今日は楽しかったねぇ」
こちらの心情など知ってか知らずか、彼女はしみじみと呟いた。
驚いて彼女を見れば、にこにことこちらを見上げている。
「……今日、楽しかったの?」
「え!?蒼司くん楽しくなかったの!?」
「え、いや、その…観たかった映画、観られなかったのに?」
「代わりに観たスパイ映画、シリーズ観たことなかったけど、ドキドキハラハラしてすごく面白かった!今度、前のシリーズ一緒に観よう!」
「…食べるまでに何軒も歩き回って、やっと入れた店もなかなか出てこなかった上に違う料理だったのに?」
「たくさんお腹空かせられる良い運動になったよね!入れたお店、初めてだったけど雰囲気も良かったしまた行きたい!!間違えて来た料理、悩んでたやつだったし、とっても美味しかったし、結果オーライ!!お店の人がお詫びで出してくれたアイスも美味しくてラッキーだったよね」
「……こんなに雨に降られてるのに」
「……蒼司くんと…もう少し、一緒に居たかったし…」
「…っ、」
さっきまでの勢いも急激に失速し、最後のほうは雨音に紛れて聞き取れなかったが、僅かに赤らんだ彼女の耳が言外に物語っていて、思わず言葉を詰まらせる。
雨は少しだけ弱くなった。
「……こんな日でも楽しめたなら良かった」
少しでも彼女が楽しめなのなら良かった、と心の底から思う。
安堵から零れた言葉は、けれど、彼女自身に否定されてしまう。
「……こんな日でも楽しめたんじゃないよ」
「蒼司くんと…蒼司くんと一緒だから、どんな日でも楽しめるんだよ」
じっと、真っ直ぐこちらを見つめてくる瞳から目が離せない。
自分はちゃんと楽しめていただろうか。
起こったことばかり気にして、彼女と居られる時間を大切に思っていただろうか。
「…朝日奈さん」
「え?」
「あっちに美味しそうなクレープの店を見つけたんだ。……雨が上がったら、行ってみようか」
「……うん!!」
雨が上がるまで、もう少し。